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ラビットプレス+1月号


借金時計が意味するものとは?(イメージ)

読者の皆様。令和3年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

皆さんにとっての令和2年はどのような一年でしたでしょうか。昨年は、新型コロナウイルスで始まり、コロナ禍に終わりが見えないまま暮れた一年でした。
安倍首相が昨年8月24日に歴代総理大臣在任記録を塗り替えたのも束の間、同月28日突然の辞意表明、9月16日午前の臨時閣議で内閣総辞職。2012年12月26日の第2次内閣発足以降、安倍首相の連続在任日数は2822日(第1次安倍内閣から通算3188日)で幕を閉じた。同日の衆参各議会での首相指名で、菅前官房長官が第99代内閣総理大臣に指名され、菅時代が幕を明けたが、折しも新型コロナウイルス感染症の感染拡大の勢いは止まず、コロナ対策が最重要課題として多難の船出となった。
我が国が半世紀以上、待ちに待った東京オリンピックは、今年開催に延期された。近代オリンピックの歴史上延期になった例は過去にはない。中止は夏冬合わせて5回あり、いずれも戦争が理由だった。実はその5回中2回は、なんと日本で開催される予定だった大会だというから因縁を感じる。

国内においてコロナ禍による雇用情勢が激変した。昨年11月、TDL(東京ディズニー)は、新型コロナウイルスのパンデミックの影響に対処するため、テーマパークやリゾート事業の従業員約3万2000人を削減すると発表。これは総従業員の14%に達する。日立金属は、2022年までの中期計画において、約3200人の人員削減を行うとし、飲食や航空業界などに至っては、社員をリストラや解雇せざるを得ない企業もあり、新型コロナウイルスが経済に与える影響の深刻さを伺わす。


オリンピックはいったいどうなるのか・・・(イメージ)

前月号でも指摘した我が国の「借金(政府総債務残高)」は、2020年3月末時点で1114兆5400億円(財務省公表値)となり、過去最大を更新中である。今年度末には単純に1200兆円を超えた計算で、昨年8月に開催された政府税制調査会では、消費税の増税が必要という意見があることも述べた。2011年の東日本大震災によって創設された「復興特別税」と同様に、コロナ増税が実施される可能性は高いと言われるなか、今一度経済の仕組みを理解し、この国の将来を託さなければならない若い世代に向けて、財政再建の本質を論じてみようと思う。

【日本の借金の返し方】
2019年度の我が国の実質GDP(国民総生産)は、約552兆9千億円(内閣府:国民経済計算年次推計)であり、約1200兆円に上る債務の返済にはGDP額全額を突っ込んでも2年以上掛かることになる。勿論これは国民すべてが飲まず食わずで生産活動を続ける前提であるから、全く現実的ではない不可能な例えであるが。

国の借金であるという政府債務(公債残高)を返済する方法としては、毎年国民や企業から徴収する各種の税金を増税し、単年度歳入超過に財務内容を改善していく(一般的な財政改革)方法と、現ナマに着目して政府特権である貨幣鋳造権(シニョレージ)を活用し、“お金”をどんどん造り出して返済に充ててしまうという二通りの方法が考えられる。
前者において、マクロ経済学注1における一国の財政論の一つとして、財政の赤字を賄うために政府が発行する債務証書(借用書≒国債)を発行することは、赤字を賄うために本来行わなければならない増税を、単に将来世代に先延ばしにすることと同じであるとして警鐘を鳴らす。
一方、後者のように歴史上も、また現在の開発途上国でも時折見られる手法として、シニョレージを最大限活用し、市場に流通するお金(貨幣)の供給量を極端に増量させると貨幣価値が暴落するインフレーションを引き起こし、経済活動や国際関係に混乱を来たすことも分かっている。

そうすると、結果的に国民生活への影響が甚大で、結局国の借金返済の主体は国民であって、例えば時の政府の無策によって増大した債務であっても、返済の責任は国民に帰属させられ、「国民一人当たりの借金」という概念は正しいということになる。果たしてそうであろうか?


ハイパーインフレで借金は消える!?

注1
ミクロ経済学と対比する概念を基に研究される学問で、「ケインズ経済学」とも呼ばれる。「市場」経済(家計・企業≒消費者・生産者とその市場)という抽象化された世界を扱うのがミクロ経済学であり、「国」を単位として政府の役割を解くマクロ経済学は、1936年のジョン・メイナード・ケインズの著書『雇用・利子および貨幣の一般理論』によって始まり、国民所得理論に基づいた消費、投資などの集計量を用いて国民所得の決定を論じるもので「巨視的経済学」とも呼ばれ、当時の経済学に革命を起こした。

【国の借金とは何なのか?】
「国の借金」と聞いたとき、日本国が誰に(借款の相手方)、いくらの借金を、どのような返済方法で借りているのか、をイメージする必要がある。個人に置き換え考えれば当然のことだ。しかし、マクロ経済の基礎的な理解が在る方なら、先ず「対外的な借金」と「国内的な借金」の2種類を思い浮かべるだろう。この場合、一般的に使われる「○○の借金」という表現は実は正しい使い方ではない。国語的に「国の借金」と言えば、海外に対する我が国の負っている借金(債務)を指すことになり、国民一人当たり○○万円の負担は、それこそ一人一人が返済の義務を課せられる債務ということになる。
政府やメディアによって拡散され続けている「国の借金」という語句に煽られ、国家的危機を唱えるキャスターや評論家、コメンテーターのなんと多いことか。しかし、実際に問題となっている債務残高というのは、「日本政府部門が負っている債務」である。すなわち、国内的な借金であり、その中でも「民間の借金」ではなく、「政府の借金≒財政赤字」のことである。ここをはっきり認識しないと、この後の話に続かない。

他方、「国の借金」を正しく理解するなら、「対外的な借金≒海外部門への債務」ということになる。これは、輸入総代金や海外への所得の総支払等が、総輸出代金や海外からの所得の総受取額を超過することで生じる「貿易赤字」のことである。つまり、国際収支状況表上「経常収支」が赤字になることを意味し、貿易赤字が累積して国が対外的に負う借金が残高として顕在化するのである。因みに、日本の経常収支は1980年代以降、一貫して「黒字」である(海外からの総受取額の超過が40年近く続いている事実)。その結果、国の借金?どころか「対外純資産」は、30年近くの間、世界第1位を守り続けている。
我が国では、「政府部門が負っている債務」が巨額になる一方で、「海外部門への債務」は無く、逆に多額の債権を有している。これは、政府部門の債務が外国からの借金ではないということである。
しからば、日本の政府は誰からお金を借りているのか?
言うに及ばず、国内の民間部門≒国民である。すなわち、我々国民が政府に対する債権者として資産を保有しているのである。


日本で造って海外に売る!(イメージ)

【無から有を生む・・・お金を造れるの何処か?】
お金を造れる権利のことをシニョレージ(貨幣鋳造権)という(前述)。この時のお金とは、自国のみに通用するローカルマネーではなく、国際通貨(輸出入や国家間決済に使用できるお金)を指す。国の経済力は、自国通貨ではなく外貨保有量で測るのはそのためである。国際的に通用する自国通貨とは、世界の金融取引・貿易取引で中心的に使用されている基軸通貨と交換可能なことが条件となる。
如何なる国家も、また自治組織であっても決済手段としての“貨幣”(硬貨や紙幣問わず、現在では電子通貨も含む)を造ることは可能である。この場合の可能とは、単に製造できるという意味にすぎず、その貨幣が社会的に流通(通用)するか否かは別の話だ。我が国では、国家≒政府が自国通貨の貨幣鋳造権と発行権を独占している。
これを「貨幣高権」と言い、国内の如何なる組織体の造る貨幣も自国通貨としては認めていない注2
注2
日本において貨幣高権が法律上に明記されたのは、1897年に公布された貨幣法第1条が最初であるが、それ以前の国家権力が貨幣高権を持っていなかった訳ではなく、古くは律令国家において皇朝十二銭を鋳造していた。当時、民間の私鋳に対しては死罪をもって律していたが、律令国家の解体とともに貨幣の鋳造は行われなくなり、中世日本では、宋銭などの渡来銭と民間の私鋳銭によって貨幣経済が動かされていた。それを最終的に解消したのが江戸幕府であり、金座・銀座・銭座を設置するとともに三貨制度(金貨・銀貨・銅貨)を整備した。明治維新後、貨幣高権は再び日本国中央政府に回収され、現在に至ることとなった。(作道洋太郎「社会科学大事典・貨幣高権」)


滋賀県にもあります(国立印刷局彦根工場)

巷では、我が国において“お金”を造り出すことが出来る機関として、政府と日本銀行が言われるが、正しくは国債を発行することが出来る政府だけが、お金を造り出せる唯一の対象である。日本のお金には物理的に分けると二種類在り、一つは紙幣、もう一つは硬貨である。ただし、ここで言う“お金”とは、社会生活上の全ての決済に便宜上用いられる「道具」のことで、紙幣は銀行券と呼ばれる日本銀行が発行するお金で、硬貨は政府の管轄する独立行政法人造幣局が鋳造し、日本銀行に交付する。銀行券の発行枚数を指示するのは日本銀行であるが、日本銀行は業務として政府が決定した経済政策によって市場に流出させるお金の量を管理し、当座預金取引の相手方金融機関(銀行、証券、国際決済機関等)の預金残高注3に応じた銀行券(通貨)を準備しなければならないからである。従って、日本銀行自体が独断で銀行券を印刷発行し、お金を造り出しているのではない。
注3
貨幣も銀行券と同様に、日本銀行の取引先金融機関が日本銀行に保有している当座預金を引き出すことを通じて、世の中に送り出される。つまり、この当座預金は各金融機関が市場決済のために保有するお金の預け先である。当座預金残高については、準備預金制度に関する法律(1957年(昭和32年)施行)によって対象となる金融機関(銀行、信用金庫(預金残高1600億円超の信用金庫)、農林中央金庫)に対して、「受け入れている預金等の一定比率(準備率)以上の金額を日本銀行に預け入れること」が義務付けられている。1990年ごろまでは、この準備率を上下させることにより、金融機関のコスト負担を増減させ、市場での金融態度の操作行ってきたが、金融市場の発達とともにその役割は薄れ、現在は「法定準備預金額(所要準備額)」を維持するよう促す(日銀当座預金残高を安定化させる)ことが重要となっている。 また、「量的緩和政策」(2001~2006年)や、「量的質的金融緩和」(2013年~)による日本銀行の潤沢な資金供給により、多くの金融機関が法定準備預金額を超える「超過準備」を有することが当座預金残高の安定化を阻害していることに対し、超過準備に金利を付すなど、短期金融市場における資金の需要を安定的かつ予測可能なものとなるよう、金融機関の裁定行動を誘導している。

【政府がコロナ終息より経済対策を優先する理由】
共同通信社が12月5、6の両日に実施した世論調査によると、菅内閣の支持率は前回11月調査から12.7ポイント下がり50.3%、不支持率は前回と比べて13.6ポイント増の32.8%であった。理由について、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないことが要因とメディア各社は分析している。別の視点で言えば、コロナ対策よりも経済対策に傾き、“国民の生命より経済が大事”という政府の姿勢を批判していることになる。国民の健康か、経済の活性化か。いずれか一方を犠牲にすればもう一方が善くなるという相関関係は存在しない。人々のロジックとして、国民の健康があってこその経済活動だろう!ということは至極当然である。しかし、政治家個人の頭では理解していることでも、これが政府、国家という単位で考えるとき、経済の影響は個人が結論を導き出せるほど容易いものではない。


支持率低下には動じない!?(イメージ)

本編において主題とした財政再建は、日本の抱える大問題である。バブル経済崩壊後、失われた20年に溜まりに溜まったデフレ経済のツケは、先進諸外国に比べ、突出して膨れ上がった政府の累積債務の始末をどうするかということであり、新型コロナウイルスの発現の有無に係わらず、本腰を入れて取り組むべき最重要課題なのである。安倍前政権下においても経済政策を最優先と位置づけ、アベノミクスと呼ばれた多くの経済対策を行ってきた。跡を継いだ菅政権でも踏襲すべくスタートした矢先の第三次感染拡大期に遭遇した今、ようやく回復の兆しを見せていた我が国の経済を後退させてはならないと、国家を挙げて下支えの対策を講じているのがGO TOに代表される諸施策である。人が動かなければ経済は止まる。動けば感染が拡大する。このジレンマの中で政府が経済政策に傾く理由の一つが、コロナ関連と思われる失業者の増大と自殺者の増加注4である。
自殺の動機は個人差があるが、バブル崩壊後やリーマンショック後に自殺者が急増したように、失業率と自殺には相関関係があることが分かっている。厚生労働省によれば、新型コロナで職を失った人は昨年5月に1万人を突破し、その後も増え続け、総務省が12月1日に発表した10月の完全失業者数(実数値)は215万人で、前年同月から51万人増加(9ヶ月連続増)した。これだけ失業者が出れば、自殺者が増えても不思議ではない。
注4
警察庁統計によれば、令和2年11月末時点での年間自殺者数(速報値12月7日発表)は1万9101人で、前年比+426人(1万8675人)。5か月連続の前年比を上回る。このまま推移すれば、令和元年度まで10年連続の減少を続けてきた自殺者数が反転、増加となるのは確実視されている。因みに、新型コロナウイルスによる死亡者数は、昨年12月13日現在で2581人であった。


インバウンド再開はいつになることか(イメージ:厚生労働省)

昨年のような緊急事態宣言や強制的な営業自粛が要請されたら、廃業に追い込まれる事業者が一層増えるだろう。そうなれば当然失業者も増えるので、自殺者も増えていくと推測する。このような、所謂「経済死」が増えることが、社会にとって非常に深刻なダメージをもたらすことは自明である。動かずじっとしていることが重症化リスクの高い高齢者などの感染を防いでいる。それによって救われる命がある。しかし、感染予防を徹底するという前提だが、外出してショッピングや飲食することでも救われる命が沢山あることを、この1年間で多くの人が痛感し、考え方の多様化に繋がっているとも言える。ヘルスケアとは、体の健康だけを指すのではなく、メンタルヘルスも同様に重視すべきは、「コロナ鬱」による関連死の増大を防ぐことである。

本編の最後に、経済学の本質として、日本の累積債務解消に最も倫理的且つ現実的な政策を選択するとすれば、「コロナウイルス感染拡大に対する対策と経済回復のための対策の並行路線を維持し、民間の経済活動の支援を継続するとともに、消費税と相続税の増税により、プライマリーバランス注5の赤字の解消を目指す」ということに落ち着かざるを得ない。その意味においては、安倍、菅両政権の政策は正しいと言えるのではないか。すなわち、政府累積債務(赤字国債の大量発行)によって高齢世帯の家計に眠る民間金融資産だが、それが元にインフレ誘導もなく、累積債務による悪影響など主だって出ていない経済の現状があるのに、日銀に国債を買い取らせる徳政令のように、累積債務の根本的解消を目的とした国家基盤を揺るがすような政策は断じて行ってはならない。
注5
プライマリーバランス(PB)とは、社会保障や公共事業をはじめ様々な行政サービスを提供するための経費(政策的経費)を、税収等で賄えているかどうかを示す指標。現在、日本のPBは赤字であり、政策的経費を借金(国債発行)で賄っているので、それを一般的に赤字国債と呼ぶ。