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ラビットプレス+6月号


新型コロナウイルス感染症終息は神のみぞ知る?(出典:米アレルギー感染症研究所・厚労省)

読者の皆様、その後の体調にお変わりございませんか?まだまだ予断を許さない状況下とは存じますが、どうかご自愛頂くと共に、常にご自身の問題として他人を思いやる心をもって日々を生き抜いてください。

さて、令和の時代になって益々高齢社会が浸透しているなか、平成生まれの方も既に三十路を超えてご活躍のこと。100歳を超える高齢者の人口もついに8万人(総務省人口推計2020年4月1日概算値:2019年11月1日確定値からの推計)を超えている今日と雖も、記憶に残っておられる方はかなり少ないであろう、ペストという感染症(広く伝染病という呼ばれ方は、1999年の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の施行により感染症に改められている)をお若い方はご存じだろうか。お耳にされることは多いこの感染症。実は人類の歴史を通じて最も致死率の高かった感染症であり、パンデミックの代表例として、1347年から1353年に掛けての大流行が記録に在り、ヨーロッパでは全人口の約3分の1と言われる3000万人前後の死者を出したとされる(1347年10月、中央アジアを発生源としてイタリアに上陸、1348年にはアルプスから北のヨーロッパ一帯を席巻した。その後世界中に蔓延し、米国国勢調査局の推計では、世界中で約一億人が犠牲になったとしている)。この時、流行の中心地だったイタリア北部では、住民の殆どが罹患して死亡。疫病の原因は「神の怒り」と信じたキリスト教会は、ユダヤ人1万人以上を虐殺し、疫病の終息を祈祷したとされる(東京大学名誉教授・村上陽一郎)。


黒死病(ペスト)はユダヤ人の所業とされた(出典:MEDIEVAL SOCIAL REACTIONS )

疫病の歴史と宗教には有史以来の深い関りがある。本編では、神仏に祈りを捧げることをもって新型コロナウイルス感染症の感染拡大を抑え込もうなどと、真面目に論じるわけではない。視点はそこではなく、歴史上、疫病の発生と終息に至る過程で、宗教が関り、担った役割を検証することで、新型コロナウイルス禍に立ち向かっている現代人に一筋の光明を照らしたい。疲弊した心身の安らぎの一助となれば、との思いで執筆させて頂いた。


医療現場では・・・(イメージ:共同通信)

【日本に仏教はどうして根付いたか】
 日本書紀注1によるところ、6世紀の中頃(552年)、百済の使者によって仏教を知ることとなった欽明天皇は、大層感銘を受け、群臣達に、「礼拝すべきか否か」を問うたところ、蘇我稲目は賛成したが、物部尾輿は、「外国の神を礼拝すれば国神の祟りを招く」と反対した。欽明天皇は蘇我稲目に仏像を礼拝させたところ、疫病が流行した。尾輿は「仏教を受け入れた祟り」と恐れ、寺を燃やし、仏像は難波に流し捨てたという。第一次崇仏論争である。
585年、蘇我稲目の息子にあたる蘇我馬子は、寺院を建立し、仏像を祀り、仏教を信仰していたが、また疫病が流行したため、物部尾輿の息子、物部守屋は敏達天皇に「仏教受容を止めるべきである」と進言。馬子の寺に放火し、仏像を流し捨てた。第二次崇仏論争。
用明天皇即位後も、両氏は仏教を巡って対立を続けていたが、諸豪族を率いた蘇我馬子が守屋を討ち滅ぼし、その後寺院の建立が諸国に広がったことから、仏教が根付いたという。

注1 日本書紀
奈良時代の歴史書で日本最古の勅撰書である。日本紀(にほんぎ)もしくは紀と称され、古事記と併せて記紀と称される。天武天皇の第3皇子・舎人(とねり)親王が勅を奉じて太安麻侶(おおのやすまろ)らと編纂したとされ、720年に成立。30巻。六国史(りっこくし)の筆頭。帝紀・旧辞のほか寺院の縁起、諸家の記録、中国・朝鮮の史料などを資料として用い、神代から持統天皇の終りまでを漢文,編年体で記している。

第45代聖武天皇が即位した後、天平9年(737年)、天然痘が大流行した。天平年間は災害や疫病(主に天然痘)が多発したため、聖武天皇は仏教に深く帰依し、天平13年(741年)には国分寺建立の詔勅、天平15年(743年)には東大寺盧舎那仏像の造立の詔を出し、ひたすら国家の安寧を祈ったと云われる。


聖武天皇の墓所・佐保山南陵(さほやまのみなみのみささぎ)

日本の国教とも言ってよいであろう仏教の浸透は、実は疫病をはじめとする禍(わざわい)を原因とする社会の混迷に乗じた対処療法の形なのである。

【寺院の役割】
宗教宗派の違いはあれ、イスラム、ヒンドゥー、新旧キリスト、ユダヤ、仏教から現代に多数出現している新興宗教の類まで、共通した宗教行事である「祈りを捧げる」行為を行う場所として建築物が用意されてきた。所謂「寺院(教会、聖堂)」である。

仏教寺院を例に採れば、発祥地であるインドでは、雨期に一定の場所に留まる安居(あんご)が起源と云われる。この雨期に留まる場所を精舎(サンスクリット語でビハーラ vihara)という。また、中国では、寺は官舎(役所機能を備えた役人の住居)を意味する。相まって、僧侶の住居を兼ねる寺が主流をなして行く。そもそも信仰による礼拝の対象を祀る場所であるが、災害の際の一時避難所的な役割や、僧侶が居住して説法を定期的に行ったり、学問の研鑽の場所であったりと、地域の治安・生活・文化拠点の役割も果たしていた。そうして見てくると、一部現代の新興宗教団体活動とは違い、勿論仏教の布教と信仰の促進は大きな目的ではあるが、信仰心の芽生えは寺院活動の結果として生まれる産物であって、社会貢献活動を通じて地域住人の健全な生活と発展を見守り、あらゆる面での情報発信源として、寺院は“社会資源”であった。それが本来寺院や教会の姿である。


インドの寺院、礼拝堂は人々の安居(イメージ:トラベルコ)

歴史上、疫病の流行と鎮静には寺院や神社が大きく関わってきた。
京都八坂神社は、9世紀に流行した疫病を鎮めたことで知られるようになり、素戔嗚尊注2(すさのをのみこと)を祭神としており、境内には疫神社も祀っている。
2010年、口蹄疫の発生により、30万頭近くの牛が殺処分された宮崎県では、日向国一之宮都農神社がコロナウイルス感染症の終息を願い、本年2月18日から毎朝祈祷しているという。また、3月に入ると、全国多数の神社を包括する神社本庁が、「新型コロナウイルス感染症流行鎮静祈願祭執行の件」という通知を発し、各地の神社に対して新型コロナ鎮静祈願の神事挙行を促している。

注2 素戔嗚尊(すさのをのみこと)と疫病除け
日本神話の神。伊奘諾尊 (いざなぎのみこと) ・伊奘冉尊 (いざなみのみこと) の子でアマテラス、ツクヨミと共に「三貴子」の一柱。多くの乱暴を行ったため、天照大神が怒って天の岩屋にこもり、高天原から追放された。出雲に降り、八岐大蛇 (やまたのおろち) を退治し、奇稲田姫 (くしなだひめ) を救い、大蛇の尾から得た天叢雲剣 (あまのむらくものつるぎ) を天照大神に献じた。古事記では、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、速須佐之男命、須佐之男命、日本書紀では、素戔男尊、素戔嗚尊等、須佐乃袁尊、出雲国風土記では、神須佐能袁命(かんすさのおのみこと)、須佐能乎命、神仏習合では牛頭天皇などと表記される。代表的なご利益は、縁結び、子孫繁栄、厄除け、病気平癒、五穀豊穣、水難火難病難除けなどである。
疫神社の祭神は、各地で信仰される蘇民将来(そみんしょうらい)である。伝承によると、素戔嗚が旅の途中、兄の蘇民将来と弟の巨旦(こたん)将来に宿を求めた。巨旦は裕福であるにもかかわらず断ったが、貧しい兄はできる限りの歓待をした。素戔嗚は、その礼として茅の輪をつけていれば厄病を免れることを教えた。そしてまもなく、疫病が流行し、蘇民将来の一家だけが助かったというのである。この伝承に基づいて、全国各地で御守りや家の門扉に、「蘇民将来之子孫也」と書く習慣が生まれている。(「備後風土記」新編日本古典文学全集『風土記』〈小学館〉)


全国に在る八坂神社は疫病除けのメッカ(イメージ:京都八坂神社)

【今こそ寺院の使命を発揮すべきとき】
疫病は人の命を脅かす元凶であり、医科学が発達した現代でも容易には克服できないことを今回改めて実感させられた。医学の無い時代には、目に見えない疫病は現代の比ではなく、只々恐ろしく、なすすべも無かっただろう。そのような時、神仏に祈るのことは、きわめて自然な心の働きに思われる。
疫病除けや災難難除けにご利益がある寺社が全国各地に在り、様々な伝承が受け継がれているという事実には理由がある。疫病除けや災難除けといったものは、所謂呪術である。そして、その呪術は必ず成功するのだ。蓋し、呪術しか頼るものが無かった未発達な社会においては、それに失敗した集団は滅びるからだ。当然、その記録は残っておらず、事象ごと無かったことになってしまう。すなわち、疫病除けの寺社や伝承が各地に存在するのは、これまで幾度もその時代が疫病を克服してきたからに他ならない。

古代から現代へ、千年という時を経ても寺社の役割は変わらない。コロナウイルス禍の状況下、持病がある方々や入院中の高齢者、医療関係者など危険に直面している人々の不安は想像を超えている。社会全体が不安と恐怖に苛まれている今こそ、寺院の機能を発揮し、心の平安を取り戻す役割を果たすときではないか。僧侶や神職者におかれては、祈りと対話を通して人々の不安を取り除き、正道を説いて頂きたい。また、寺社の役割はそれだけではない。今年1月には京都の東本願寺(真宗大谷派)同朋会館では子ども食堂を開設したというニュースが流れた(本年5月からコロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止している)。食事に集まった子供たちの前で僧侶らによる講話や、宿題、遊戯などを伴に行っている。現代版“寺子屋”の復活である。勿論、密集、密接を懸念する親も多いと思うが、そこは最大限の配慮を講じたうえで、このご時世だからこそ開催して欲しいと願う。人々の心が次第に荒みだしている今こそ、「優しさの連鎖」を作っていくことが必要である(新型コロナに仏教界はどう向き合うべきか 鵜飼秀徳:東京農大・佛教大学非常勤講師)。


東本願寺子ども食堂(イメージ:東本願寺同朋会館)

【世界は今、祈りを捧げる】
コロナウイルス感染症禍は世界中の人々の生活を劇的に変えた。昨年12月の公表以来、発生源とされる中国武漢市や北京、上海が相次いで都市封鎖(ロックダウン)を徹底した。フランスやイタリアでは全国土に厳しい外出制限を発し、アメリカはニューヨークやサンフランシスコなどの大都市でロックダウンに近い措置を行った。世界中に広がる国民の移動制限は、世界経済を完全にマヒさせ、直接間接を問わず人々の暮らしを直撃し、今もなお正常化の目途は立っていない。
このような全世界の状況は、今を生きる人々の経験則では対処できない。自然災害や戦争を経験した人々でさえ、周りの景色が全く変わらない中で時間が止まったかのような静寂に、行動の方法さえ見失っている。


ロックダウン・外出制限が続くニューヨーク市街地(イメージ)

コロナ禍は新たな犯罪や事件を生み出した。差別、暴力や殺人といった報道は日増しに、コロナさえなければ、という嘆きも聞こえてくる。
欧米には風邪や花粉症予防の目的でマスクを着用する習慣そのものが希薄だった。多人種国家であるアメリカ・ニューヨークで最初の感染者が発表されたのは3月1日だった。当時、市は「今のところ健康な場合、外出を控えたり、フェイスマスクをしたりする必要はない。医療機関から指示された場合にのみ、マスクが推奨される」(At this time, New Yorkers do not need to:Limit travel within the city. Wear a face mask if you are healthy. Face masks are only recommended if directed by a health care provider.)としていた。市がマスク着用に積極的でなかった理由として、ヘイトクライム(憎悪犯罪)に対する警戒感の高まっていた。2月上旬、マスクを着けたアジア系の女性が差別的な言葉を浴びせられ殴られた事件が発生。同様にアジア系を標的とした差別的な事件が相次いだ。
4月、ブラジルではマスクをしていないことを店員に咎められた客が激怒し殴り掛かかった挙句、止めに入った警備員が銃を発砲、流れ弾が女性店員の首に当たり死亡した。フィリピンでは、陽性反応が出た感染者が入院を拒否。説得に応じない住人を当局が射殺するという事態になった。5月、アメリカミシガン州の店舗で、州で義務付けられているマスクをせず店に入ろうとした客を制止し、追い返した店の警備員に対し、逆上した客が再び店に戻り後頭部を銃で撃ち抜き殺害。日本でも、量販店でマスクを買い占めようとしていた客を諫めた店員に、客が頭突きをして逮捕された。
マスク一枚で殺人という最も悲惨な結果を招くコロナウイルス感染症。人間の心の奥にまでウイルスは入り込んでしまった。


大統領の言葉通り惨劇が(イメージ:MBS「サンデーモーニング」スクリーンショット)

感染によって死亡した人々、事件事故で亡くなった方々への追悼。病床に在る人々の回復。医療現場の従事者やそれを支える人々への感謝。そしてパンデミックの終息と世界中の人々の心の安寧。
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、ジャイナ教、そして仏教など、宗教、教派、宗派を問わず、今世界中で祈りが捧げられている。
奈良市の東大寺は4月24日、高野山真言宗やカトリック大阪教区などと大仏殿前で、「コロナウイルス感染症の感染拡大終息を願い、宗教や宗派を超えて、毎日正午に祈りを捧げよう」と、共同会見を開いた。感染防止のため、屋外で行われた会見には、東大寺の狹川普文(さがわふもん)別当の呼びかけに賛同した高野山真言宗の添田隆昭宗務総長、カトリック大阪教区の川邨(かわむら)裕明司祭、手向山八幡宮(奈良市)、円照寺(同)、金峯山寺(吉野町)の関係者ら7人が出席。狹川別当は、「他の人々のために行動は自粛しつつ、皆さんと一緒に祈り続けたい。それぞれの場所でお祈りいただければ」、添田宗務総長は、「最後の一人まで救い尽くすという弘法大師さまの願いを、現代の世界で実現したい」と述べた(毎日新聞4月25日記事)。


東大寺大仏殿前に集まった宗教家7人衆(提供:毎日新聞社)

緊急事態宣言が解除され、コロナウイルス感染症の感染拡大が終息しても、そこからが、平常な生活を取り戻すため、人々の努力を必要とする。祈りは神仏に希う(こいねがう)だけではない。全ての人々へ祈るのである。