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ラビットプレス+2月号



徳川家康の想い描いた江戸とは…(イメージ:江戸屏風上・左隻、下・右隻:国立歴史博物館蔵)

平成26年(2014年)12月27日。年の瀬差し迫った日に、地方創生担当大臣(当時)石破茂は、閣議決定を受けた「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」及び「総合戦略」について記者発表を行った。
1. 2020年までの5年間で地方での若者雇用30万人分創出などにより、「地方における安定的な雇用を創出する」

2. 現状、東京圏に10万人の転入超過があるのに対して、これを2020年までに均衡させるための地方移住や企業の地方立地の促進などにより、「地方への新しいひとの流れをつくる」

3. 若い世代の経済的安定や、「働き方改革」、結婚・妊娠・出産・子育てについての切れ目のない支援などにより、「若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる」

また、併せて、この好循環を支える「まち」の活性化として、

4. 中山間地域等、地方都市、大都市圏各々の地域の特性に応じた地域づくりなどにより、「時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに、地域と地域を連携する」
も進めます。(地方から日本を創生する「長期ビジョン」「総合戦略」の閣議決定を受けて。地方創生担当大臣 石破茂コメントの一部)

これは、地方自治体に対し、個性豊かな特徴を生かし、働き場所を創出することで持続的な地域社会を実現させ、出生率の低い東京圏注1からの人の流れを作り出すことで地域人口の減少に歯止めを掛け、我が国全体の少子化を食い止めようとする政府の重要戦略であった(第1期地方創生)。
そして昨年(2019年)12月、第2期「まち・ひと・しごと創生戦略」を纏めた。

注1
出生率(人口学)≒一定人口に対するその年の出生数の割合。一般的には、人口1,000人当たりにおける出生数を指す。これを普通出生率または粗出生率という(単位パーミル(‰))。2018年の日本の普通出生率は7.4‰(パーミル)である。
また、15歳から49歳までの年齢別出生率を合計したものを、合計特殊出生率(合計出生率)といい、1人の女性が一生の間に何人の子を産むかを表す。ちなみに2018年の日本の合計特殊出生率は1.42人。
東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の出生率は全国的に見ても極めて低い水準で、特に東京都の特殊出生率は1.13人(平成25年厚生労働省人口動態統計月報年計)と際立って低い。


国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(2013年中位)では、2060年時点で日本の総人口(在留外国人を除く)は約9千万人に減少すると予測。地方創生では、これを1千万人緩和(出生率の上昇目標)することによって、1億人の大台を死守することを命題に上げている。しかし、政府の狙いとは逆に、「東京一極集中」は更に加速し、KPI(重要業績指標)に掲げた「東京圏への転入マイナス6万人」、「東京圏からの転出プラス4万人」、そして「東京圏への転出入の均衡」という目標はことごとく未達成のまま第1期地方創生は期限を迎えた。
その傍らで、各自治体は若年子育て世帯の獲得に凌ぎを削り、「ゼロサムゲーム注2」の勝利者こそが最高の栄誉だと言わんばかりに様々な居住支援制度を乱発してきた。このままでは、日本の社会構造は変わらない。つまり、国家の衰退は免れない、ということを国民は知らなければならない。本編では、令和の課題として大きく重く圧し掛かっている東京一極集中の功罪を明らかにし、その先の未来を考えようと思う。

注2
Zero-sum game:複数の参加者が存在する中で、それぞれの得点と失点の総和(=サム)が常にゼロであるというゲームのことをいい、「ゲーム理論」と呼ばれる経済理論の一種。“ゼロ和”と呼ばれることもある。例えば、為替取引の場合、二国間の為替の取引を行うので、市場全体の価値が上がるという事はあり得ず、一方のレートが上がれば、もう一方のレートは下がるので、ゼロサムゲームが成立する。一方、株式市場では、需要によって市場全体の大きさが変動するため、為替市場とは異なり、「非ゼロサムゲーム」と呼ばれる。


東京はどこまで行くのか・・・(イメージ:資料東京都庁)

【地方都市間の人口争奪戦に利益は有るか?】
政府は、第1期地方創生における総合戦略の中で、全国の市町村にも国の戦略を勘案した人口ビジョンと地方版総合戦略の策定を一年以内(2015年度中)に出すよう、努力義務を課した。

東京都と埼玉県の境に位置し(正確には東京都境に接してはいない)、柏市、松戸市に隣接する千葉県流山市は、人口獲得の争奪戦に勝利している地方都市の代表格である。同市の広報によると、2018年から2019年にかけて、年少人口増加数が全国第1位(総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」2018-2019)である。また、 厚生労働省「人口動態調査 人口動態統計 出生数、性・母の年齢(5歳階級)・都道府県・市区町村別(2017)」合計特殊出生率※1でも関東1都6県の中で第3位であり、年少人口の増加を下支えしている要因となっている。
ここ数年、流山市の人口は4000人/年以上増加し続けている。同市は、市の知名度アップ、イメージアップを図ると共に、市のブランド化を推進するため、自治体で全国初といわれるマーケティング課を設置。民間人を採用して、子育て中の共働きファミリーの定住化を促進する活動を始めている※2

※1


【データ:流山市HP】千葉県「合計特殊出生率の推移市町村別」より

※2
「DEWKS (Double employed with kids)」30歳代、40歳代の共働き子育て世代に訴求対象を絞ったマーケティング戦略を開始。DEWKSへのメッセージは、「母になるなら、流山市。」・「父になるなら、流山市。」。このマーケティング戦略のもと、知名度とイメージの向上を主目的にテレビや各種メディアを積極的に活用したプロモーション事業を強化充実させるというもの。

平成28年12月流山市第2期シティセールスプランより

一方で、流山市に住民を奪われているのが隣接の松戸市である。2013年から2018年までの間、1700人余りの人口が流山市に転出。同市においても流山市同様に30代から40代の共稼ぎ子育て世代をターゲットに人口獲得の戦略を展開している。市内の鉄道全駅(23駅)のエキナカ、駅前に保育施設を整備し、定員を3000人増加すると共に、近隣市や東京都内での積極的な移住誘致活動を展開している。松戸市自体は平成25年から総人口は増加に転じている(対前年比0.4%~0.5%で5年連続の増加:松戸市HP)が、流山市への人口流出は止まっていない(流山市のつくばエクスプレスによる東京都心への好アクセスと、住宅供給量の増加などが原因と分析:松戸市総合政策部)。


“母になるならシリーズ”流山市公式ポスター(イメージ:流山市)

“やさシティまつど”松戸市HP(イメージ:松戸市)

上記のような事例は全国各地で起こっており、各自治体は一様に子育て世代に対する施策を講じているが、その中の殆どが同世代に向けた助成や補助制度を併せて実施している。子どもの医療費や義務教育から高校までの学費、給食費の無償化、住宅取得に係る助成金や家賃補助など、手厚い制度を用意している。しかし、この財源は保険料や税金で賄われるのであるから、それを負担しているのは該当する自治体の住民に限らず、全国民が負担していることを忘れてはならない。

【東京・・・その魅力と実態】
何故人々は東京に集まるのか。理由は様々だが、その前に現在の「東京」という都市の成り立ちと現状を見ておく。

東京という都市に対するイメージを短く言い表すなら、読者の皆さんはどう形容するのだろう。世界最大級のメトロポリス(中心都市)、グローバル都市、世界都市、メガシティ etc。いずれにしても、それらをイメージさせた共通の要素は、人口規模や政治経済の中枢となる機関が集約されている都市であって、老若男女がそれぞれ意気揚々と暮らし、ポップカルチャー(広く大衆文化)の中心的存在など、他の都市とは一味も二味も違う、最先端を行くようなアクティブイメージなのではないか。

現在の東京都の前身と言えば、誰もがご存じの徳川幕府によって栄えた江戸の町を指す。江戸の地名発祥は平安時代後期に遡り、鎌倉幕府の歴史書である「吾妻鏡注3」に記されたのが初見とされる。一般的には豊臣政権時代、秀吉に移封を命ぜられた家康が、当時湿地帯が広がる現在の関東平野を鋭意開墾し、江戸城を中心とする一大城下町を建設したことになっているが、歴史考古学上は、それ以前から交通の要衝として一定の繁栄があったもの注4と確認されている。
しかし、中世に開拓された江戸地方に入った家康以後に江戸の町の発展があったことは事実であり、18世紀には人口100万人を数える世界一の巨大都市へと変貌する基礎を築いた人物は、やはり徳川家康であろう。


家康の治水事業・利根川東遷(1594年~1654年)(資料:国交省関東地方整備局)

注3
「吾妻鏡」は「東鑑」とも記される。鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝から、第6代将軍・宗尊親王(むねたかしんのう)までの6代将軍記で、幕府の実績を年代ごとに記した編年体の体裁を採り、全52巻(第45巻は欠損)というのが一般的である。鎌倉時代研究の前提となる基本史料であり、一部では武家政権の最初の記録とも評されている。


注4
平安時代後期、武蔵国の秩父地方から進出してきた桓武平氏を称する秩父党の一族によって開拓され、12世紀に秩父氏から出た武蔵国初代当主・江戸重継が桜田(現在の霞が関桜田近辺)の高台に城館を構えたとされる。これが後の江戸城であり、江戸の地名をとって江戸太郎を称して江戸氏を興した。その後、関東管領上杉氏の武将・太田資長(後の太田道灌)、扇谷上杉氏の当主である上杉朝良、後北条氏の支配へと変遷し、墨田川以西から川崎、多摩あたりまでを支配域としていた。

1868年(改元の詔書「改慶應四年爲明治元年」(慶応4年を改めて明治元年と為す)9月(旧暦慶応4年7月)に江戸から東京府に名称が変更(府制施行)され、京都に都を置いたまま奠都(てんと)されたのである。以後、事実上首都の役割を担って来たのであるが、東京を首都と定める法令は無く、有史以来現在に至るまで天皇により遷都の詔書が発せられていない唯一の首都である。1889年(明治22年)5月1日に東京15区注5を東京府から分離して東京市が誕生し、1893年(明治26年)4月1日には、「東京府及び神奈川県境域変更に関する法律(明治26年3月6日法律第12号)」により、多摩地域が神奈川県から東京府へ編入、現在の東京都の境域がほぼ確定した(現在東京都は、23特別区・26市・5町・8村の基礎自治体で構成)。

注5
当時の東京15区は、麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、麻布区、赤坂区、四谷区、牛込区、小石川区、本郷区、下谷区、浅草区、本所区、深川区の15区で、皇居の在る麹町区を起点として「の」の字を描くように配置されており、上記の順序はフランスのパリ20区の表示順序と同様、公式表示。


イメージ(資料:台東区役所)

メガシティとは、国際連合の統計局の定義(人工建造物や居住区及び人口密度が連続する都市化地域で、全体人口が概ね1000万人を超える都市集積地域)により、2019年現在世界中で38都市地域が指定されている。その中で、世界で初めて1000万人を突破したニューヨーク市を1955年に抜いて以来、現在まで世界最大のメガシティは東京である(連単する横浜市やさいたま市など周辺都市地域を含め、人口3805万人:2018年現在)。
※因みに公式な東京都の人口は、平成27年10月1日現在の国勢調査人口(確報値)を基準とし、これに毎月の住民基本台帳人口の増減数を加えて推計した、13,942,856人となっている。

2011年度から15年度に掛けて、インターネットを通して東京都が行った「東京都の魅力」アンケート(都庁生活文化局広報広聴部都民の声課・対象は東京都区部及び東京都市町村部在住のインターネット都政モニター:インターネットが使える20歳以上の公募者で、性別、年代、地域等を考慮して500人を選任)における上位は、「交通網が充実している」(76%)が8割近く、「物や店が豊富である」(48%)が5割近くに上り、日常生活の利便性を魅力の理由に挙げている。その他、「芸術や文化に触れる機会が多い」(34%)、「医療や福祉が充実している」(23%)、「情報が豊富である」(21%)、「仕事がある」(20%)と続き、当然のことながら人が生きていくために必要な環境が集約的に整備されているというところが人気の理由となっている。

警察庁による世界の大都市圏における人口当たりの殺人件数の比較(2018年統計)では、人口100万人当たりの年間件数が4件と世界の主要都市と比較しても低い水準(ランキングTOPはシンガポールの2件)にあり、ニューヨークの約8.5分の1、パリの4分の1の水準だ。こうした治安の良さを支えているのが「交番(駐在所、派出所、地域安全センターなど)」システムで、都内に約1200か所在り、都内全ての場所で400メートルほど(徒歩5分/1分80m換算)の距離に1か所在る計算だ(2017年度統計)。


2018年警察庁刑法犯統計資料


東京が魅力的な理由

資料:東京都庁生活文化局広報広聴部都民の声課アンケート

【第1期地方創生戦略の反省と政策転換】
政府の地方創生の狙いとは、頑張る地域を応援し、地域総合力を高めて自立させることである。つまり、地域経済の活性化に自ら知恵を絞り、主体的且つ先駆的な取り組みを頑張る自治体の支援である。第1期地方創生(まち・ひと・しごと創生戦略)では、地方自治体がそれぞれの個性を活かして総合戦略を立て、働き場所の提供と持続的な地域社会をつくる必要があるとされた。それによって出生率の低い東京圏から地方圏に人口が流出し、東京一極集中の緩和を図ろうとしたわけだが、前述のとおり、緩和するどころか益々地方からの転入は増加している。


三大都市圏・地方圏の人口移動(資料:内閣官房まち・ひと・しごと創生本部)

東京一極集中の実態は、実は地方郊外から直接転入という道筋を辿るものばかりではない。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口(2018年版)では、2015年から2045年の30年間で全国各都道府県における県(都、府)庁所在地への人口増加率を3.4%以上と推計される自治体は24道府県にのぼるとし、同時期の東京圏人口増加率と同等であると推計している。すなわち、地方における各自治体の中でも県庁所在地への人口集中が続き、例えば高知県(当該推計上、高知県は西日本最大の人口減少率)では県全体の人口に占める高知市の人口割合が54%に増加する(2015年では46%)。これは県民の半分以上が高知市に居住するわけで、高知市以外の地域の疲弊は益々避けられない状況となる。
そして地域の中心都市に集中した人口が、次に転出していく先が東京圏なのである。2018年の東京圏外から圏内への転入者は約28万人であるが、そのうち名古屋圏と大阪圏から7万人が転入してきており、その他県庁所在地からの転入も7万人であるという(総務省統計局:住民基本台帳人口移動報告)。加えて転入者の年齢層も25歳~39歳という若年、働き盛りの世代で高い割合を占め、この年代層は名古屋圏、大阪圏でも転出超過となっている。すなわち、大都市圏からも若年層の東京転出が続いているということだ。
また、産業構造の変化に伴いサービス業の発達した都市部への人口流出が顕著で、郊外の若年層が地域経済の中心地で就労する動きが見て取れるが、その後により給与水準の高い東京圏へと流れ出ていくという構図である。地方都市において、若い人たちを惹きつける魅力ある産業が地域で興らない限り、この構図は崩れないのは当然である。世界の大都市との比較において、生産性が低いとされる東京圏ではサービス業が発達しており、東京を頂点とする大都市への転職がトレンドであるのは自然の流れである。
政府及び地方自治体は、第1期地方創生の失敗を直視し、全ての地方自治体に対する画一的な手法を抜本的に見直し、地域中心都市の存在感を高めるような持続的なまちづくり、経済振興政策に転換すべきが「令和の課題」である。


イメージ(バナー:内閣府・内閣官房)