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ラビットプレス+11月号


揺らぐことはない?日米同盟とは(イメージ:産経新聞社)

前編においては現行憲法第9条に対するこれまでの論議の概要を書いた(本編は是非とも前後編通じてお読み頂きたい)。
戦後(太平洋戦争終結後)75年目、令和最初の元日を迎え、新たな局面を目前にしたこの国は、いったいどこへ行こうとしているのか。
現代の常識からすれば、現行憲法制定時に最も危惧された日本の侵略戦争復活はあり得ない。全ての戦力の不保持を明確に宣し、二度と他国に旭日旗を立てることはしないと誓った。その精神は今も、これから未来永劫変わることは許されない。

一方、国際社会を取り巻く様々な環境が激変し、第二次世界大戦当時と比較した議論は意味を持たなくなったことも事実である。
今や自衛隊の存在を否定する国民は少数意見であり、現行9条の論点の理解はせずとも、なし崩し的に我が国で肯定されている範囲の「戦力」を保持する自衛隊は、国民の社会生活上及び専守防衛上、必要不可欠という意見が世論の中心である注1

注1

内閣府による国民の自衛隊、防衛問題に関する意識調査によれば、自衛隊の必要性については、「あった方がよい」と答えた者の割合は、自衛隊発足間もない1956(昭和31)年の調査時点で6割弱。その後は年々増加し、66(同41)年調査では8割を超えた。その後、一時期7割台に減少したものの、75(同50)年以降は8割台の高水準で推移した。
この結果から、災害派遣や国際平和活動協力業務などの社会活動を通じ、国民の大多数が自衛隊の存在を必要なものと考えるようになったことが数字からも読み取れる。なお、84(同59)年の調査を最後に、本質問は設けられていない。【防衛白書】

日本国憲法(昭和21年11月3日公布・昭和22年5月3日施行)
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

【日米安全保障に関する条約締結と憲法】
国民の誰もが理解できる日米安全保障関係における米軍の駐留根拠とは、1951年(昭和26年)9月8日、サンフランシスコで締結された連合国側と日本との間に戦争状態の終結を確認し、戦勝国による占領体制を解くことを明記した国際条約(サンフランシスコ講和条約または平和条約・昭和27年4月28日発効:条約第5号)で、日本の主権回復を承認した連合国占領軍は、条約第6条に基づき、効力発生後90日以内に日本から撤退するが、同条但し書き(「日本を一方の当事者とする別途二国間協定または多国間協定により駐留・駐屯する場合はこの限りではない」)により、同日、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」を締結したことである。
その後、1960年(昭和35年)に「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(所謂、現日米同盟)締結へと進み、現在も我が国領域内における米軍駐留の法的根拠となっている。

1951年、時の首相でサンフランシスコ講和条約全権の吉田茂は、講和条約受諾の記念演説でこう述べた(関係部分抜粋)。

 「近時不幸にして共産主義的の圧迫と専制を伴う陰険な勢力が極東において不安と混乱を広め、且つ、各所に公然たる侵略に打つて出つつあります。日本の間近かにも迫つております。しかしわれわれ日本国民は何らの武装をもつておりません。この集団的侵攻に対しては日本国民としては、他の自由国家の集団的保護を求める外はないのであります。之れわれわれが合衆国との間に安全保障条約を締結せんとする理由であります。固よりわが国の独立は自力を以て保護する覚悟でありますが、敗余の日本としては自力を以てわが独立を守り得る国力の回復するまで、あるいは日本区域における国際の平和と安全とが国際連合の措置若しくはその他の集団安全保障制度によつて確保される日がくるまで米国軍の駐在を求めざるを得ないのであります。平和条約が成立して占領が終了すると同時に、日本に力の真空状態が生じる場合に、安全保障の措置を講ずるは、民主日本の生存のために当然必要である。」(サンフランシスコ平和会議における吉田茂総理大臣の受諾演説1951年9月7日、出典:外務省条約局法規課『平和条約の締結に関する調書VII』一部抜粋)

前述の受託記念演説に至る間、講和条約の作成合意に当たって日本政府は連合国(特に米国)との間で水際の折衝を行ってきた事実がある。そして、講和条約締結時点で言及された米国との二国間安全保障条約についても、講和条約と並行して協議されていたことがわかる注2


サンフランシスコ講和条約に吉田全権が調印(イメージ:国立国会図書館)

注2 日米安保条約草案(安全保障に関する日米条約案)1950年10月11日・B作業 安全保章条約研究(原文は保證と表記)
前文
両国は、すべての国民及び政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、これがため、国際の平和と安全とが国際連合憲章の目的及び原則に従って国際連合によって維持し増進されるよう衷心から希望する。
両国は、国際の平和及び安全の維持に必要な限り、国際連合が連合の加盟国でない国の安全についても憲章によって責務を有することに留意する。
日本国憲法は、日本国民が平和愛好諸国の公正と信義に信頼してその安全と生存を保持しようとするものであることを明らかにし、また、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求するため、戦争を放棄し軍備を保持しないことを定めた。合衆国は、かような国が安全に生存しうるような世界を招来することが国際連合の窮局の目標であることを確信し、また、かような国に対する侵略は、国際連合憲章の原則に従って、迅速且つ有効に阻止されなければならないとの確信を有する。
(国際連合の一九五〇年第〇期総会は、その〇月〇日の決議により、軍備を有しない日本国の安全を確保することは国際の平和と安全を維持することを最も重要な任務とする国際連合の責任であることを確認し、差当りこの責任を米国が国際連合のために負担するよう要請することを決議した。)
よって両国政府は次の諸条を協定した。
以上外務省外交史料館所蔵文書:日本外交主要文書より一部抜粋
(以下条文案第1条~第12条まで。最終的な条約案は前文と条文5条の編成である。)

吉田茂は、講和条約並びに日米安保制定の過程で、東西の緊張が高まる中にあって、我が国はこの度の平和条約によって独立を回復したい、日本の民主化を確立したい、セルフ・サポートの国になりたい、その上で日本は自由世界の強化に協力したいのであり、そのためにも、日本人の自尊心を傷つけない条約の作成が必要であるとダレス米国大使に訴えている。また、平和は繁栄を伴うものであるが、繁栄なくして平和は実現しないのであって、軍事費を負担せずに日本の安全を保証し、経済発展をめざすには、併せて日米間の安全保障条約も必要であるという見解を伝えている(講和問題に関する吉田茂首相とダレス米大使会談1951年1月29日東京三井本館及び同年1月30日ダレス大使宛て「我が方見解」)。

当時の国際情勢、特に朝鮮半島を巡る東西両陣営の凌ぎ合いが顕在化していた。1950年6月25日、金日成率いる北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が事実上の国境線であった38度線注3を越えて韓国(大韓民国)側に侵攻。1948年にそれぞれが独立国家として宣言した南北朝鮮の分断国家間による戦争が始まった。

注3

1945年(昭和20年)8月9日に行われたソ連軍による日本と満州国への侵略に伴う、朝鮮半島への侵攻という事態にアメリカは、ソ連に対して北緯38度線での分割占領案を提示し、両国が合意した。

時を同じくして、中国大陸ではソ連の支援を受けていた毛沢東率いる中国共産党が内戦に勝利し、1949年10月1日に中華人民共和国を建国。一方、蒋介石率いる中国国民党政府を第二次大戦中に支援していたルーズベルトが死去し、米国からの支援が途絶えて敗北した中華民国は台湾に脱出して台湾国民政府を樹立。日本のポツダム宣言受諾(完全降伏)以後、時を空けずに中国大陸、朝鮮半島で繰り広げられている共産主義国家の極東侵攻に手を焼いていた米国にとって、国連安保理が北朝鮮弾劾及び武力制裁決議に基づき韓国を防衛するため、国連加盟国にその軍事力と支援を統一部隊に提供するよう求め、米国に司令官任命を要請する国際連合安全保障理事会決議(1950年7月7日)を賛成7:反対0:棄権3で可決したことも、米国の負担を増大させる結果となった。
国際情勢が依然として混沌としている状況下で、特に極東アジアにおける米国の戦略には、アチソンライン上に不沈空母として存在する日本領土の軍事利用は不可欠であり、日米安全保障条約の締結以外に選択肢はなかった。


イメージ(五味洋治著:創元社)

【新安全保障条約(日米同盟)とは】
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和35年1月19日締結同年6月23日発効:条約第6号)を正式名称として成立した旧安保条約の改定版である。新旧条約の決定的な違いは、片務契約的な旧条約に対して双務契約を基本とした日米間の相互協力を明文化した、というのは建前であり、新条約は集団的自衛権を前提(旧安保条約でも集団的自衛権について国連憲章を引用しているが、その実行行為については米国に委ねるとしていた)とした双務契約を採用し、日本国領域のみならず極東地域の国際の平和及び安全に対する脅威が生じたとき(第4条)、双方どちらからでも協議の要請が出来るとしている。つまり、米国の要請に基づいた極東アジア地域の紛争対応策の協議に拘束されるということである。また、新条約は、同時に締結された日米地位協定注4により細則を規定しており、日本が米軍に施設や一定の土地を提供する具体的な方法を定める。その他、施設や提供基地エリア内での米国人特権や国内税の免除、兵士やそれ以外の軍属(兵士以外の駐留軍関係者の総称)などへの裁判権などを定めている。

注4 日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)
在日米軍基地の管理権は米軍が持つことや、米軍への課税免除、軍人、軍属らの刑事裁判権などについて定める。全28条からなり、地位協定17条は米兵らの犯罪について日米両国の裁判権が競合する場合の第一次裁判権(刑事事件を最初に審理裁判する権限)の原則を定めている。米兵らの公務執行中の犯罪などは米軍に第一次裁判権があり、その他は日本がこの権利を有するとしている。1995年の沖縄の少女暴行事件で、協定改定の要求が強まったが、運用改善や補足協定が結ばれるなどで対応し、条文は1960年締結以来、一度も変わっていない。

【憲法9条と集団的自衛権】
2014年(平成26年)7月1日、政府(安倍首相)は夕方の臨時閣議で、従来の憲法解釈を変更し、限定的に集団的自衛権の行使を容認することを決定した。閣議決定の内容は、自衛権発動を認める要件として、わが国や「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生し、国の存立や国民の権利が「根底から覆される明白な危険」がある場合、必要最小限度の武力を行使することは、「自衛のための措置として憲法上許容される」とした。日本を取り巻く安全保障環境が変容し、他国に対する武力攻撃でも、わが国の存立を脅かし得る、とも指摘している(閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」)。
集団的自衛権については、新旧安保条約にも明記され、主権国家を国際社会から認められた我が国に在って、固有の権利であることは法律上問題はない。問題となるのは、如何なる場合であっても国権の発動として集団的自衛権を行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界を超えるものであって許されないとする政府の一貫した解釈を、憲法9条の改正無しに覆したこと(原則を無視したこと)にある。勿論、これは苦肉の策であることは自明であり、当時この解釈を前提に所謂安保関連法(「平和安全法制整備法注5」と、自衛隊をいつでも海外に派遣できる恒久法「国際平和支援法」の2本)案を早急に成立させ、日米同盟の強化を目的とした安全保障条約の実効性を高めることが、米国の強力な要望に応えることであった。

注5 安全保障関連法の主な法律
・集団的自衛権の行使を認める改正武力攻撃事態法
・地球規模で米軍などを後方支援できる重要影響事態法
・平時でも米艦防護を可能とする改正自衛隊法
・武器使用基準を緩め、「駆けつけ警護」や「治安維持任務」を可能とする改正PKO協力法
 など。


新旧安保条約の変更点(出典「国会議員に読ませたい敗戦秘話」産経新聞社)

【日米安全保障条約の終結は日本に何をもたらすのか】
日本国憲法制定時、GHQ草案がその根幹を構成し、日米両国の専門機関が議論の中で修正に修正を重ねて成立を見たのが現在の憲法である。その前文に注目してみると、次の記述が日米安保条約を担保していることが読み取れる。
日本国憲法前文(抜粋)
~中段 日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・中略、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。後略
1.諸国民、とは・・・自国以外の国々の民、つまり自由主義国を指す。
2.信頼して、とは・・・相手を信じて頼ること、つまり信用できる相手に依存すること。
3.われら、とは・・・日本国民、つまり日本国の主権者をいう。

法律の前文とは、法律本体の規定ではないものの、その法律の目的とするところや体系を表す部分として「法規範性」を有するとされる。規範性とは、その内容が従うべきルール(準則)や体系であり、憲法前文(正式に前文という表記はない)には第1条から103条に至る憲法の示す理念が凝縮されている。つまり、全ての条文は前文に少なからず拘束される。
そうであるなら、前述した「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」部分の意図するところが重要であることも当然で、憲法制定当初から、我が国は9条によって戦争を放棄し、戦力を保持しないと宣言しているのだから、信用のおける諸国に防衛を頼ることで自国の平和(安全と生存)を実現し、維持していくのだ!と世界に向けて発信していることになる。これを根拠として時間を置かずにサンフランシスコ講和条約締結の同日に日米安保条約(旧安保)が締結されていることになる。すなわち、日米安保と現在の日米同盟は、憲法の示す方向ということなのだ。反対するなら憲法を改正しなければならない。

もし、現日米同盟の基本である1960年改定版日米安全保障条約を解消したとすると、我が国の安全保障上、どのような状況を迎えるのか。
事象には必ず表と裏があるので、メリット、デメリットは当然であるが、相手国である米国サイドからすれば、60年前とは国内事情も国際情勢も、アメリカ自身の状況も大きく変化していることから、「もはやアメリカは世界の警察ではない」と言及した前オバマ大統領の真意どおり、世界のトップランナーとして風を切って進んでいた時代に締結した友好国との同盟に対する見直しまたは破棄は、至極現実的なのである。日本との同盟では、代表例として尖閣諸島領有権問題が挙げられよう。日中間の軍事衝突がもし発生したとすれば、日米同盟に則り米国は中国と、望む望まないに係わらず、戦火を交えることとなる。しかし、現在の条約規定にその逆は無い。従って、米国の強い要請があったとしても、集団的自衛権の行使に係る安倍政権の憲法解釈の転換には、国家間の利害を超えた、日本が岐路に立たされた状況での選択に相違ないと思われる。


今、改めて地球儀を見る時が来た!(イメージ:渡辺教具製作所)

日本国憲法制定公布から70有余年、その間、激動の社会において一字一句改正されることは無かった世界で唯一の法典も、日々逼迫する国際情勢の変化に耐えられなくなっていることは自明である。正に今、動かなかった巨石が動こうとしている。これを止められる者は居ないだろう。さすれば、どの方向に向けるのか。これを真剣に考えなければならないのが主権者たる日本国民である。今ではない、その先の世代に真の平和を引き継ぐことが出来るか、出来ないか。
この国の行方を見定める時が訪れようとしている。