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ラビットプレス+2月号


神話・伝説によって知ることとは・・・(節分のイメージ)

平成最後の数ヶ月。すでに1ヶ月が経過し、余すところ3ヶ月足らずとなった。本年初頭の首相演説で安倍晋三内閣総理大臣は、「新元号の発表を4月1日」と明言し、いよいよ新しい時代が迫っていることに言及して国民の機運を高め、眼下に山積する未解決の問題から目を反らすかのごとく、改元と未来への期待を煽りたて、穏やかな新年の幕開けを演じて魅せた。
このシリーズは期間限定。残り2回(3月、4月配信号)のテーマは筆者の中で確定している。それは言うに及ばず。「インターネット」の発明と普及による平成の激変だ。その前に、インターネットの普及と共に急激に変化してきた日本人の心根を探らなければならない。心情の変化や、精神面に影響を与えたインターネットによって、それまで集団的農耕民族の特徴を示していた現代日本人にも、ようやく「自我の芽生え」が訪れたのである。いや、新民族としての「自我」が芽生えたのだろうか?
それはすなわち、他者や集団から「個人」を主体とする物事、事象の捉え方への変化である。結論から言えば、自我の芽生えによって、日本特有の風習、文化、日本人の思考や歴史観までもが大きく変化し、明治維新以降、昭和の時代まで国策によって培われてきた近代日本の特徴的な社会構造が崩壊したことに繋がる。正に、平成30年の間に日本人がそれまでの日本人では無くなった、という大問題である。

【個人の情報とは何か?】

平成の昨今、他人のことに少しでも興味を持ったり、他人事に首を突っ込もうとしたりすれば、「個人情報」という錦の御旗に一刀両断、シャットアウトされる。国民の誰もが一度や二度、そういう経験をしているだろう。平成も今から振り返れば折り返し地点を迎えた2003年(平成15年)5月23日成立、即日施行の個人情報保護法によれば、

個人情報とは、
※個人情報保護法第2条 前略…生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。

  • 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(電磁的方式(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。次項第二号において同じ。)で作られる記録をいう。第十八条第二項において同じ。)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
  • 個人識別符号が含まれるもの

この法律において「個人識別符号」とは、次の各号のいずれかに該当する文字、番号、記号その他の符号のうち、政令で定めるものをいう。

  • 特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、当該特定の個人を識別することができるもの
  • 個人に提供される役務の利用若しくは個人に販売される商品の購入に関し割り当てられ、又は個人に発行されるカードその他の書類に記載され、若しくは電磁的方式により記録された文字、番号、記号その他の符号であって、その利用者若しくは購入者又は発行を受ける者ごとに異なるものとなるように割り当てられ、又は記載され、若しくは記録されることにより、特定の利用者若しくは購入者又は発行を受ける者を識別することができるもの

この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。

以下略

すなわち、「国民一人一人を識別出来得る氏名、生年月日や住所、居所などに関連付けられる全ての記録された文字・番号・符号等、コンピュータ管理される符号、その他個人の身上に係る一切の事実」が、個人情報である。
同法では、この個人情報は「個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない」(同法3条)とされ、法制上の必要な措置を国が講じなければならないとしている。


個人情報のセキュリティは大丈夫か??(イメージ)

【個人情報とプライバシー】

個人情報と言えば、当人のプライバシーに関する問題と捉えるのが一般的であろう。では、個人情報が全てプライバシーなのかと言うと、この二つは似て非なる概念であり、イコールではない。
プライバシー(英: privacy)の和訳としては、他人の干渉を許さない、各個人の私生活上の自由(広辞苑第5版)という概念をいう。すなわち、プライバシーとされる情報には、個人情報に含まれないものが多くあり、個人情報であっても、プライバシーには触れないものもあるということである。
例えば、手紙の宛名(住所・氏名)やメールアドレス、アカウントなどは個人情報であるが、その内容については個人情報を含まないものであっても、プライバシーで保護されるものであると言える。つまり、プライバシーは、個人情報を含む広義の概念注1であって、個人が守りたいと意識する情報全てであるということが出来る。

注1

「プライバシーは「個人情報」の取扱いとの関連に留まらず、幅広い内容を含むと考えられます。そのようなプライバシーの侵害が発生した場合には、民法上の不法行為等として侵害に対する救済が図られることとなります。」(個人情報保護委員会QAより抜粋)


プライバシーは個人で守る?(イメージ)

【平成の流行語:ハラスメント】

ハラスメント(英 Harassment)とは、嫌がらせ、いじめなどと直訳される。この言葉の本質は能動的であり、日本における使われ方とは正反対だ。日本社会でのハラスメントは、行為者ではなく、受け手の感覚によって定義されがちであり、大きな社会問題となっている。つまり、本来ハラスメントは種類、内容を分類でき、定義が可能なものでなければならない。それが日本的には、当事者同士の関係性、主体と客体の意識、感性、状況によって認定にブレが生じるから問題がややこしくなるのだろう。
また、インターネットなどを検索してみると、ハラスメントの種類という名目で30~40種類の分類が見られるが、本来種類分けというのは明確な基準によって分け方が定義されなければ単なる羅列に過ぎず、どれもハラスメントが行われている場所やシーンによる分類で、本質的な分類根拠に欠けているのが実情だ。従って拙者は、〇〇ハラスメントと呼ぶからには、関連する事象と行為を一定の基準で括り、包括して命名すべきなのだと考えている。そうすると、ハラスメントの種類はざっと5種類程度に収まる。

  • 1.パワーハラスメント
    これがそもそもハラスメントという言葉を流行させた元と言える。職場や学校、チーム内など、複数の人が集合している場面で、関係者による立場の優劣を利用したハラスメントを言う。
  • 2.セクシュアルハラスメント
    SEX(男性、女性、マイノリティ)の身心に関連する言葉、用語を用いて相手に不快感を抱かせる行為である。
  • 3.モラールハラスメント
    個人の主観的な感性や意識に基づいたモラールをセオリーとして相手に強要する。常識という名の一方的な押し付けである。
  • 4.ディスクリハラスメント
    差別を原因としたハラスメント。差別(英 discrimination)には人種、性別、出身地、学閥など、他人と個々の属性の比較によって発せられる言葉や態度、対応などである。ヘイトスピーチなどもこれに分類される。
  • 5.バイオレンスハラスメント
    文字通り暴力行為によるもので、様々なハラスメントに乗じて肉体的攻撃を与える場合もあれば、理由なく暴力を振るう場合もある。

一見すると、日常的に何処かしこで目や耳にする状況であるが、ハラスメントという事象で処理される行為は、軽微な”嫌がらせ“とみなされることが多い。しかし、これが行きすぎると法律上、不法行為及び刑法罰の対象として扱われることになり、明確な線引きが難しいところでもある。
ハラスメントの社会的認知、市民権の獲得に至った経緯として、個人が有する基本的人権への目覚めがある。我が国風土には、とかく美化されてきた“日本人らしさ“という概念に含まれる我慢、辛抱は美徳という根幹意識がある。個人主義的民主主義が正当化される欧米アングロサクソンには備わっていない感性である。
つまり、自分の身は自分で守らなければ生きて行けない環境で培われる個人のアイデンティティと、集落形成からくる組織的民主主義で自衛してきた環境とでは、個人に備わった思想は対極的なのである。


ハラスメントの定義が必要ね!(イメージ)

【SNS…ソーシャルネットワークの中で生きる】

平成は通信革命の時代である。
思い起こせば、昭和天皇崩御の一報はTVの速報で知った。その頃は携帯電話というモバイルの普及前であり、メールとは郵便のイギリス英語(mail service:/アメリカ英語ではpostal service)で、国際郵便(air mail)ぐらいしか馴染みのない言葉だった。携帯電話(英 mobile phone)という言葉が誕生したのは、我が国では1986年~87年(昭和61年~62年)頃。1985年に民営化した電信電話公社(現NTT)から、それまでのショルダーホン(肩から掛けるタイプのワイヤレス電話)から、手で持てるタイプ(ハンディタイプ)の無線電話が登場し、携帯電話と呼ばれるようになった。そして、1989年(平成元年)にアメリカ・モトローラ社製の「マイクロタック」という半折り畳みタイプの超小型携帯電話をDDIセルラー社(現au)が発売すると、NTT(携帯電話部門は1992年にNTTドコモとして分離)も超小型携帯電話「mova」を開発して一気に携帯電話市場が広がったのである。
それも今では、通信手段としての電話ですら過去の産物になろうとする勢いである。それは、取りも直さず、スマートフォン(英: smart phone)の登場だろう。スマートフォンには明確な定義は存在しないと言われるが、携帯電話との違いは、従来型の高機能携帯電話(フィーチャーフォン)と比べ、よりスマート(賢い、シャープの意)で、パーソナルコンピュータに近い多機能携帯型PCとして位置付けている。スマートフォンの歴史は意外と古く、1992年(平成4年)、アメリカのラスベガスで開催されたコンピュータ産業の見本市に登場したIBM社製のデモ機。その後の1994年(平成6年)に「IBM Simon(タッチパネル搭載)」が発売され(この時点では「スマートフォン」という名称は存在していない)、1996年(平成8年)にフィンランドのNokia社が携帯電話「Nokia 9000 Communicator」を発売し、初めてスマートフォンと呼んだ。
一方、この時期の日本の携帯電話は独自の発展を遂げていた。それは、NTTドコモによる「i mode(1999年・平成11年)」の登場によって、世界で初めて携帯電話端末によるインターネット接続を実現し、E-メールや静止画像、動画の送受信、Webページの閲覧が可能で、2008年(平成20年)にソフトバンクモバイル社が「iPhone」を発売するまで、所謂「ガラケー」天国だった。
つまり、今の通信を取り巻く環境が構築されたのは、ほんの10年間の出来事であり、この10年で、日本人の生活全て激変させてしまった、と言っても過言ではない。

あっという間に普及した…(イメージ)

更に、スマートフォンの爆発的普及と共に浸透して行った無料通話アプリと、それに付随したサービスとして個人間のコミュニケーションを促進し、社会的なネットワークの構築を支援するインターネットを利用したサービスが「SNS」である。趣味、職業、居住地域などを同じくするなど、同人的関係のコミュニティーを容易に構築できる「場」として開発されたアプリケーションを利用し、インターネットを通じて知人の「知り合いのグループ」というネットワーク越しに新しい交流が生まれるなど、過去に存在しなかった新しいコミュニケーションツールは、仮想と現実の境を越えて世界中の人々をSNS渦に引きずり込んだのである。


繋がることはどういうこと??(イメージ)

【日本人の自我…次の時代に引き継がなければならないものとは】

子供は、周囲の環境と係わる中で、自分の存在というもの(他者と自分の違い)に気付き、やがて自分の意思や欲求を主張し始めるという、「自我」が芽生える。また、他者と出会い交わる中で、社会性が芽生え、自我の芽生えと相まって自分の行動を律していく(集団の中の個である自分の存在の認識)。 自我の芽生えと社会性の芽生えが、自分の行動を客観的に把握する土台となり、身心の発達と共に理性が育つ。これが人格の形成である。
本編のサブタイトルに、「個人情報、ハラスメント、SNS…」と、それぞれ異なるキーワードで平成の特徴的な背景を示したが、実はこれら全てが同じ問題の原因として繋がっている。個人情報という言葉の定義は個人情報保護法という法律によって整理され、プライバシーとの使い分けを可能としている。その法律が出来る前、すでにプライバシーをも無視した個人情報は、インターネットの普及と共にダダ漏れの状態に置かれていた。スマートフォンやPC端末から容易に取得できる情報を二次的、三次的に世間に晒し、SNSを通じて世界中に拡散する。時にはネガティブなプライバシーも全く接点の無い人の手元に届けられ、加工され、捻じ曲げられてまた拡散のレールへ戻される。毎日毎日、24時間、絶え間なく繰り返されるこれらの行為によって、自己防衛本能を呼び覚まされた我々日本人が目覚める。DNAに刻まれた特有の情報を上書きし、我慢や辛抱は愚弄されて消滅してゆく。主張は全て自分本位であり、他者の立場に、他者の発言の意図を斟酌し、言葉無き思いに忖度を巡らせる、などという実に日本的な思考回路は寸断され、定義など必要としない、その時その時の感覚任せでハラスメントを叫ぶ社会が訪れることになる。


アナログも大切です(イメージ)

スマホ依存症(ノモフォビア=No mobile phobia)と名付けられた新しい精神疾患が認定(学術的には行為依存症の一つ)され、老若男女問わず、世界中でその奇行が報告される。アルコールや薬物依存なら原因物質がはっきりしているのだが、日常生活で必需品となった道具による依存症は、使用している本人に支障の意識が乏しく、身心が蝕まれていることに気づかないという厄介さが特徴だ。また、SNSやインターネットから情報を得るだけの側にも、二次感染が起こっている。チェーンメールなどに代表される強迫観念や、米国大統領や元大阪市長など、著名人が発する情報に先導され、洗脳状態に入り込む「フォロアー」。それらを民意と称して政治利用を目論むポピュリズムに満ちた指導者に群がる民衆。もはや選挙戦にSNSは必須のアイテムとなっている。
溢れる情報の波に呑まれ、自己そのものを見失った日本人が平成の時代に多く出現した。その人々がこれからの日本を背負っていくのである。


民衆の声は届くの?(イメージ)

明治以後の近代国家形成過程で、社会構造に対する“神話”も生まれた。例えば日本型企業の「終身雇用神話」「大企業不倒神話」や市場経済における「土地神話」、国民生活においての「安全神話」などなど。そしてこれらの神話はことごとく崩壊した。

日本の建国の歴史は神話によって創られている。また、世界の国々の成り立ちに於いても神話の存在がその国の建国の事実を支えている(A.D.Smith “Myths and Memories of theNation”(1999年)欧州列国における国民統合や領有権主張の根拠は、神話・伝説が重要な役割を占めていることを検証している)。
天皇が生前退位注2のご意向を示され、本年5月1日に新天皇が即位する。この歴史的に大きな意味が在る時だからこそ、日本人が持つ神話信仰に去来するイデオロギーの変換が求められる。つまり、明治政府の国家統治を目的とした古事記・日本書紀神話に基づく大日本帝国憲法及び天皇制樹立に始まり、民族形成の為の歴史教育、軍国主義教育を経て培われてきた単一民族国家観(日本人の民族意識)を正しい史観に委ね、日本国憲法第1条における象徴天皇の存立根拠を論証することで、新しい日本民族の起点とするのである。

注2

日本書紀(720年)によれば、我が国初の天皇の生前退位は、645年、乙巳の変(大化の改新)直後、皇極天皇が同母弟の軽皇子(孝徳天皇)に譲位している。また、直近の生前退位は文化14年(1817年)に、仁孝天皇に譲位した光格天皇。それ以降現在まで、生前退位した天皇は無い。なお、明治以降は制度的にも天皇の生前退位は認められておらず、今上天皇の生前退位は、天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成二十九年法律第六十三号)に基づく特例である。


社会科で習った歴史って、史実??(イメージ)

日本の国土は島々が連なる「列島」であるから、日本は列島社会を形成してきた。古代大和朝廷による統一国家誕生は、現在の様な「北は北海道から南は沖縄まで」、というような統治ではない。畿内を中心とした狭いエリア(九州北部から中国、四国、近畿及び、北陸・中部・関東のごく一部)であり、その後戦国時代を経て秀吉並びに家康による天下平定によって支配が一定及ぶこととなった(蝦夷、琉球は除く)。その間、約900年の時間を要しており、そもそも単一民族による統一国家などではなく、列島の地形に応じて発達してきた地域性の強い、小国の連合体という認識が正しい。従って、多様な創世神話の下で、日本民族のアイデンティティを形成する歴史文化が複数存在して当然なのである(現に江戸時代中期頃までは、中央集権的な国家運営ではなく、朝廷の京、幕府の江戸、その他各藩の地方自治の下で、それぞれの地域が独自の文化的発展を遂げている)。
改元後の新しい時代に向けて、日本人として引き継がなければならないこととは、歪曲された国策教育、時代風潮や情報操作に翻弄されることなく、個々一人一人が自らのイデオロギーを確立させ、多元的なアイデンティティを構築して行くことであり、またそれらを認め合うことが重要なのである。