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ラビットプレス+1月号


平成最後の漢字も・・・(イメージ)

2019年。平成最後の年が明けた。

読者の皆様
新年明けましておめでとうございます

総務省統計では昨年、平成生まれの日本人が3000万人を突破したとのこと。4人に一人が平成生まれというわけだから、昭和が平成に代わる瞬間を知らない世代にとっては、今年の新元号発表と新天皇陛下即位は新鮮で且つ一生に何度も経験できない思い出として、ご自身の人生の節目となるだろう。
ここで、お正月ならではのお話しを一つ。
何故、新年がおめでたいのか、という話。まず、『おめでとう』という言葉を漢字で書くとどう書くのか。「お目出とう」?そうではない。「御芽出度う」が正解である。意味は字の如し、であるから、おわかりだろう。つまり、「尊い稲の芽が吹く春の様」を云うのである。旧暦の正月は立春。日本人はそもそも年齢を一年毎の積み重ねとして数え年を採用して来たので、年が明けるとまた一年の命(霊)を授かることに対し、歳神様に感謝する意味で使ってきたとされる(祝祭日の研究・産経新聞取材班)。

さて、平成三〇年の歴史には、様々な災による甚大な被害を忘れることは出来ない。自然災害は言うに及ばず、人間がもたらした大事件、事故も人災として含まれる。本編では、多くの災害を経験した平成時代にあって、史上初の観測レベルが多発している背景と、歴史に残る事件事故の原因を深読みし、次の時代への教訓としたい。

《天災は、忘れる間もなくやって来た》

平成に入って最初に起こった大規模な自然災害と言えば、長崎県雲仙岳(普賢岳付近)の噴火による大火砕流である。
少なくとも、当時10歳以上であった方でないと、詳細の記憶はないだろう。つまり、現在40歳以上ぐらいの方なら、世界的にも類を見ない溶岩ドームの崩壊と暴走する火砕流の恐怖を納めた動画映像に、「特撮映画のワンシーンを観ているようだ。」という感想を記憶しているだろう。


普賢岳の大規模火砕流(旧大野木場小学校砂防みらい館蔵)

雲仙岳は、島原半島の中央部を東西に横断する雲仙地溝(幅約9km)の山体総称であり、裾野まで含めると南北25kmの成層火山注1である。中央部には、東に開いた妙見カルデラがあり、その中に三岳(三峰)と呼ばれる普賢岳、国見岳、妙見岳(最新期の溶岩ドーム群)。五峰(五岳)と呼ばれる野岳、九千部岳、矢岳、高岩山、絹笠山を含め、東の眉山から西の猿葉山まで、総計20以上の山々から構成される。有史以降の噴火で、溶岩を3回流出している(1663年、1792年に溶岩の流出、1990~1996年には、溶岩ドームの形成とドームの崩壊に伴って火砕流が発生)が、噴火活動はいずれも普賢岳に限られている。

注1

成層火山とは、殆ど同一の火口からマグマ噴火を繰り返し、噴出された溶岩によって形成された円錐形の火山。

代表例は富士山

※平成時代の雲仙岳(普賢岳)噴火活動(気象庁提供)
1990(平成2年) 水蒸気噴火 7月4日より微動(断続的)を観測。
7月24~25日地震群発(初めて西山麓で群発)、最大地震は24、25日、雲仙岳測候所で震度3。
10月23日地震群発、最大地震は10月23日12:27、M2.5、雲仙岳測候所で震度3。
11月17日噴火、17日03:22より連続微動。未明、普賢岳山頂東側の地獄跡火口、九十九島火口の2カ所から噴火。 周辺降灰。噴煙の最高は400m。
11月20日地震群発、最大地震は11月20日18:16、M3.9、雲仙岳測候所で震度3。
11月23日地震群発。
1991(平成3年) マグマ噴火 2月12日屏風岩火口噴火。
3~5月地獄跡火口と屏風岩火口で頻繁に小噴火。
5月12日から初めて山頂部で群発地震開始、次第に増加。
5月20日地獄跡火口に溶岩ドームの出現を確認。溶岩ドームが次第に成長し、24日火砕流開始、以後頻繁に火砕流発生。
6月3日火砕流災害(死者不明43人、建物179棟被害)。
6月8日火砕流災害(建物207棟)。
9月15日火砕流災害(建物218棟)。このほか雨による土石流災害あり。
5月26日火砕流に対する避難勧告、6月7日警戒区域設定、以後次第に拡大し、最大時には避難対象人口約11000人(9月)。
1992(平成4年) マグマ噴火 引き続き溶岩ドームの成長・崩落・火砕流発生。
8月8日火砕流災害(建物17棟)。このほか雨による土石流災害あり。避難勧告・警戒区域継続、年末時点の避難対象人口約2000人。
1993(平成5年) マグマ噴火 引き続き溶岩ドームの成長・崩落・火砕流発生。
6月23~24日火砕流災害(死者1人、建物187棟)。このほか雨による土石流災害あり。 3~4月山頂部で北西へ押し出す地盤変動、11月~翌年1月南西へ押し出す地盤変動。避難勧告・警戒区域継続、年末時点の避難対象人口約3600人。
1994(平成6年) マグマ噴火 引き続き溶岩ドームの成長・崩落・火砕流発生。
1993年11月に始まった南西方向押出し変動は、本年1月上旬に終了。ついで1月下旬から北西方向押出し変動開始、2~3月変動が続いた。
2~4月北々西方向にも火砕流。
8~9月南東・南西方向へ火砕流。本年を通じて溶岩噴出量次第に低下。
1995(平成7年) マグマ噴火 1月下旬から地下からの溶岩の供給による溶岩ドームの変化がなくなる。
2月11日を最後に火砕流がなくなる。ドーム直下の地震も2月から急減。
1991年からの一連の溶岩噴出は停止。
1991~95年の溶岩噴出量2億m3(溶岩換算)、火砕流回数約9400回(地震計による)。
1996(平成8年) マグマ噴火 2、5月に火砕流が発生。
火山性地震の発生は、噴火活動の活発時と比べると激減し、年間の総回数は150回。
9月6日に橘湾を震源とする地震で震度2の地震を1回観測。火山性微動は、1、3、6月に各1回発生。
3月24日は傾斜変動を伴うものであった。

~人災~

平成3年6月3日。15時30分頃から小・中規模の火砕流が頻発し、15時57分には最初の大規模な火砕流が発生。16時8分、1回目を上回る大規模な火砕流が発生し、溶岩ドームから東方3.2kmの地点まで到達した。一方、火砕流と併せて発生した火砕サージ(火山性ガスや火山灰が高温化して巻き起こる爆風で、推定温度はセ氏400度~600度)は、溶岩ドームから4km先にある北上木場町を襲い、筒野バス停付近で止まった。火砕流は赤松谷川方面にも流れたが、南からの突風で火砕サージは報道陣が取材のために集まっていた「定点」と呼ばれる北上木場町県道方面に方向を変えた。
この定点と呼ばれる付近一帯は、「水無川の砂防ダムから下にあり、扇状地となっているため大規模な火砕流が発生すれば襲われる可能性が強い」との指摘を多方面から受け避難勧告地域に指定されていた。

推定時速100キロに達する火砕サージは、報道関係者16名(アルバイト学生含む)、火山学者3名(仏火山学者・クラフト氏夫妻と米地質調査所のハリー・グリッケン氏)、報道陣らの警戒に当たっていた消防団員12名、報道関係者にチャーターされていたタクシー乗務員4名、報道陣らの避難誘導を行うためパトカーで来ていた警察官2名、市議会選挙ポスター掲示板を撤去作業中だった作業員2名、農作業中の住民4名、合わせて43名を一瞬にして呑み込んだのである。過熱報道が招いた人災だという関係者は多い。


マグマ噴火と火砕流(資料:阿蘇山火山防災マップ・熊本県土木部)

~日本の火山~

2003年(平成15年)、火山噴火予知連絡会は、数千年にわたって活動を休止した後に活動を再開した事例や、近年の火山学の発展に伴い過去1万年間の噴火履歴で活火山を定義するのが国際的にも一般的になりつつあったことから、「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」を活火山と定義し直し、それまでは過去2000年の噴火活動を基準として86火山を指定していたが、108火山に指定を拡げ、更に2011年(平成23年)6月に2火山、2017年(平成29年)6月に1火山を新たに選定し、活火山の数は現在111となっている。
また、今後100年程度の中長期的な噴火の可能性及び社会的影響を踏まえ、火山噴火予知学会は、「火山防災のために監視・観測体制の充実等が必要な火山」の選定を発表し、50火山について監視が必要と報告。気象庁では、噴火の前兆を捉えて噴火警報等を適確に発表するため、地震計、傾斜計の外、空振計注2、GNSS観測装置や監視カメラ等の観測施設を整備し、関係機関からのデータ提供も受けながら、火山活動を24時間体制で警戒監視を行っている。

(以上参考:雲仙岳災害記念館・九州大学地震火山観測研究センター公開資料)

注2

空振計とは、火山の爆発的な噴火により生じる火口付近の空気の振動を測定することが可能な計器。 空振とは、火山の爆発的な噴火により火口で急激な気圧変化が起こると空気の振動が発生し、その衝撃が音波(低周波)として伝播したもの。


日本の要監視火山50分布地図(資料:気象庁)

2015年(平成27年)にマンチェスター大学のアルバート教授らが発表した、「世界で最も危険な火山ランキングTOP10」。 選定基準は「100年以内に噴火の恐れ」、「100万人以上の命が危険にさらされる可能性がある」の二つで、その第1位はなんと日本にあった。

  1. 1.硫黄島(Iwo Jima):日本・東京都
  2. 2.アポヤケ山(Apoyeque):ニカラグア
  3. 3.フレグレイ平野(Campei Flegrei):イタリア
  4. 4.阿蘇山(Mount Aso):日本・熊本県
  5. 5.トランスメキシコ火山帯(Trans Mexico Volcanic Belt) :メキシコ
  6. 6.アグン山(Gunung Agung):インドネシア
  7. 7.カメルーン山(Mount Cameroon):カメルーン
  8. 8.タール山(Taal):フィリピン
  9. 9.マヨン山(Mayon):フィリピン
  10. 10.ケルート山(Gunung Kelud):インドネシア

硫黄島は、数千年前に海底火山の活動によって隆起して誕生した島で、小笠原諸島の南端近くに位置している。
気象庁の噴火警戒レベルは適用されていないが、2012年(平成24年)以降、「火口周辺警報(火口周辺危険)」が継続している。硫黄島が最も問題視されている理由は、マグマによる隆起が4年に1mという世界でも類を見ないペースを保っている点だという。1945年当時と比べると17m隆起しており、大規模噴火が起こることは、もはや時間の問題と言われる。硫黄島には現在人は住んでいないが、噴火による津波が問題で、日本列島や台湾、香港など太平洋岸に、推定高さ25mにも達する巨大津波が到達する可能性があるという。


次の時代の天災キーワードは、「火山噴火」かもしれない。

《人災…いつまでも平和な国土が続く保証はない》

平成の人災、大事件・事故を挙げれば指を折っても足りない。しかし、一つだけと言われれば、拙者はオウム真理教による複数の凶悪事件、中でも阪神大震災の復旧最中でじゃっ起した、我が国犯罪史上類を見ない無差別テロである「地下鉄サリン事件」をその筆頭に挙げなければならないと思う。


当日の第一報を伝えた号外(北海道新聞社)

平成7年3月20日午前8時過ぎごろの通勤時間帯。
東京都千代田区霞ケ関駅を通過する3つの地下鉄路線(当時の営団地下鉄霞ケ関駅に停車する日比谷線、千代田線及び丸ノ内線)を走る5つの車両に、猛毒の化学兵器として恐れられる「サリン」を散布し、死者13人、負傷者5,800人以上(オウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律に基づき給付金の支給を受けた被害者数)の甚大な被害をもたらした。日本国内のみならず、全世界を震撼させたあの事件から、間もなく24年の歳月が過ぎようとしている。事件の風化は時の経過と共に顕著であるが、この事件と、一連のオウム真理教首謀の事件については、忘れようとしても無駄な程、日本の歴史に汚点を付けた事件である。
しかしながら、既に四半世紀が経過しようとする中にあって、当時を知る世代は減少し、平成の時代に生を受けた若い世代には、現実問題としての認識や恐怖感は格段に薄いこともまた、確かな時代の流れである。

~オウム真理教の事件簿~

オウム真理教とは、麻原彰晃こと本名・松本智津夫(以下「麻原」)をオウム真理教(以下「教団」)の教祖・創始者とした宗教団体である。
1955年(昭和30年)3月2日、熊本県八代郡金剛村(現八代市)で出生。熊本県立盲学校を卒業後、鍼灸師として生計を立てたり、千葉県船橋市内で医薬品の販売業を営んでいたりしていたところ、仏教、仙道、ヨーガなどに傾倒し、1984年(昭和59年)2月に前身となる、「オウム神仙の会」を設立した。1987年(昭和62年)7月頃、名称を「オウム真理教」に改め、自身が「最終解脱」を果たしたと吹聴して、信徒に「尊師」、「グル」などと呼称させ、上命下服の位階制度を教団内に確立。その後、自らを頂点とする理想国家設立を目的とした革命思想に転じ、1990年(平成2年)2月施行の衆議院議員総選挙に落選したことなどを契機に、武力による国家転覆へと加速し、武装化を進め、松本サリン事件、地下鉄サリン事件などを引き起こし、1995年(平成7年)5月に殺人及び殺人未遂容疑で麻原は逮捕された。その後起訴された13事件につき2006年(平成18年)9月に死刑判決が確定した。

  1. 信徒殺人事件(平成元年2月上旬)
  2. 弁護士一家殺人事件(平成元年11月4日)
  3. 信徒リンチ殺人事件(平成6年1月30日)
  4. 弁護士殺人未遂事件(平成6年5月9日)
  5. 松本サリン事件(平成6年6月27日)
  6. 信徒リンチ殺人事件(平成6年7月10日)
  7. VX殺人未遂事件(平成6年12月2日)
  8. VX殺人事件(平成6年12月12日)
  9. 被害者の会会長VX殺人未遂事件(平成7年1月4日)
  10. 10公証役場事務長逮捕監禁致死事件(平成7年2月28日)
  11. 11地下鉄サリン事件(平成7年3月20日)
  12. 12新宿駅青酸ガス事件(平成7年5月5日)
  13. 13都庁爆発物郵送事件(平成7年5月16日)


松本サリン事件(毎日新聞切り抜き)

オウム真理教がじゃっ起した事件における特徴は、組織的凶悪犯罪であることはもとより、教団が軍事組織として機能し、猛毒のサリンやVXガス注3など、化学兵器を製造及び使用している点で際立つ。暴力団などの反社会的組織が、拳銃などの武器を密輸等で手に入れ、対立勢力との抗争に備えるなどのケースとは、レベルが格段に異なる、国家を標的として存立した巨大テロ組織であった。
教団は、1987年(昭和62年)頃から本格的な布教・宣伝活動を開始し、独自の出家制度を確立した上、在家信徒が出家する際には不動産や預貯金などの全財産を寄進させた他、1992年(平成4年)1月に、中古コンピュータ販売、飲食業などを営業目的とする会社を設立し、活発な経済活動を展開して獲得した潤沢な資金を基に、山梨、静岡の両県に「サティアン」と称する大規模施設群をはじめ、活動拠点を全国に建設した。また、ニューヨーク、モスクワ、ボン(独)など海外にも進出して勢力拡大を図るとともに、教団内部に国の行政機構を模倣した省庁制度を導入し、組織体制の整備を図った。

注3

VXガスは、1950年代イギリスの軍事用化学兵器として開発され、人類史上最強の猛毒神経ガス(V剤)と言われる。科学名は「O-エチル-S-(2-ジイソプロピルアミノエチル)メチルホスホノチオラート」。現在では、化学兵器禁止条約によって使用が禁止され、製造・保存にも厳しい制限が課せられているが、テロリストなどの利用が懸念されている。
※2017年にマレーシアで、北朝鮮金正恩委員長の兄・金正男氏殺害事件にVXガスが使用されたことが分かっている。

2016年(平成28年)9月。ロシア連邦最高裁判所は、ロシア連邦法「テロリズムへの対抗について」第24条に基づく同国最高検察庁の請求を受け、「国際宗教団体オウム真理教(Aum Shinrikyo、AUM、Aleph)」をテロ組織として認定。ロシア国内における活動を禁止する決定を下した。同決定により、「オウム真理教」(名称変更した組織・Aleph「アレフ」に同じ)は、アルカイダやISIL(「イラク・レバントのイスラム国」)などが含まれる「テロ組織リスト」に登載され、ロシア国内での教団活動への参加や資金提供、勧誘などの行為が刑事罰の対象となった。

~教団の今~

現在、「Aleph」の名称を用いる集団及び「Aleph」と一定の距離を置いて活動する「山田らの集団(主流派・教団呼称を使用せず、幹部個人の名を踏まえて呼称)」並びに、「ひかりの輪」の名称を用いる集団(上祐派・元教団幹部上祐史浩を最高幹部とする集団)が教団の重要な一部を構成しており、いずれの集団も、「オウム真理教の教義を広め、これを実現する」との共同目的を有しており、麻原の意思に従い、また、麻原の意思を推し量りながら組織運営に係る決定を行って活動していることを確認し、以下の理由から公安審査委員会注4は観察処分の継続を決定している。

  1. 麻原が現在も教団の活動に影響力を有していること
  2. 松本・地下鉄両サリン事件に関与した者が現在も構成員であること
  3. 同事件当時に教団の役員であった者が現在も役員であること
  4. 麻原の説く殺人を勧める「綱領」を保持していること
  5. 組織として危険な体質を保持していること
  6. 閉鎖的かつ欺まん的な組織体質を維持していること

注4

公安審査委員会は、国家行政組織法に基づき、法務省の外局として設置された委員会で、破壊活動防止法及び無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律の規定により、破壊的団体及び無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関して審査及び決定を行う機関で、公安調査庁長官から規制処分の請求があった場合にのみ、審査及び決定を行うこととされている。(以上参考:警察庁、公安調査庁公開資料)

オウム真理教

平成12年より観察処分

宗教団体アレフ

(改称)

宗教団体アーレフ

脱退

ひかりの輪

Aleph

「山田らの集団」

(意見対立結果、平成27年頃に分かれる)

平成30年7月6日。
松本・地下鉄両サリン事件などで計29人の犠牲者を出した一連のオウム真理教事件をめぐり、死刑が確定していた教祖の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(63)=本名・松本智津夫(ちづお)=らの死刑が6日に執行されたことが、関係者への取材で分かった。教団が起こした事件の死刑囚は計13人おり、執行は初めて。同日中にほかの6人も執行される。上川陽子法相が命令した。ほかの6人は、早川紀代秀(68)・井上嘉浩(48)・新実智光(54)・土谷正実(53)・中川智正(55)・遠藤誠一(58)の各死刑囚。(産経新聞2018.7.6号外より抜粋)

何故、あの時オウム真理教が存在を現わしたのか。最も多いときには信者数11000人を超えていたとされる振興宗教に陶酔し、身も心も投じた若者たちは、今をどう生きているのか。昭和の成長期を経て、平成バブルは崩壊し、『失われた20年』に失われたものは、経済に置き換えられた価値だけだったのか。
実は、若者の生きる意欲や使命感、アイデンティティも育たない平成時代を作ってしまったのは、昭和の時代の大人たちではなかろうか。そのつけは、次の時代に廻ってくることは容易に想像出来るのだ。


次の時代の人災キーワードが、「テロ」でないことを祈りたい。