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女不動産屋 柳本美土里

まだ、私が3歳くらいの頃だったろうか?
兄の雄一郎の記憶といえば、木造家屋の2階のテラスから見える浜辺の景色が甦る。
母方の親戚の家が、京都府の日本海にある海水浴場の近くにあるということで、避暑のために家族で出掛けた。
父と母、そして母方の祖母、兄の雄一郎と私の5人での旅行だったと思う。
磯の香りが鼻をくすぐり、塗装がすっかり剥げてしまった木の板の床の上に、私たちはいた。
プラスティック製のボーリングのピンを、細長いテラスの端に並べ、同じくプラスティック製のボールで反対側の端からピンを狙うというボーリング遊びをしていた。

その頃、ボーリングは全国的に流行し、プロボーラーの試合がテレビで放映され、人気プロボーラーがCMに起用されるなど、誰もがこぞって余暇をボーリング場で過ごしているという時代だった。
私たちの両親も、ご多分に漏れず、ボーリングに親しみ、しばしば家族でボーリング場に出掛けていき、幼い私もボーリングのピンが弾け飛ぶ音と様子に興奮を感じた。
とはいえ、ボーリングのボールは私には大きくて重すぎて、独りで持つことさえもできない。
そんな私は、父の持つボールに手を添えて投げる真似をするというのが、せいぜいだった。
偶然にも、おもちゃ屋で見かけたボーリングのおもちゃに殊更の執着をしたのをしかたないと思ったのか、旅の開放感が財布の紐を緩ませたのか、母は案外にあっさりと買ってくれたのには驚いた。
親戚の家に戻ってきた私は、何をするよりも真っ先に、おもちゃのボーリングのパッケージを開き、兄の雄一郎の手を引っ張って2階のテラスへと駆け上った。
もっぱらボールを投げるのは私ばかりで、10歳上の兄の雄一郎は、私に倒されたピンを配置を整えて立て直す役だ。
今から思えば、中学生にもなる兄が、子供だましのボーリングのおもちゃなんて、楽しい訳もなく、根気良く黙って私の相手をしてくれるのは、妹思いだったからなのだろう。
不思議と、兄と連想されるのは、そのときの光景なのだ。
兄との記憶が他にあるといえば、日本海にある親戚の家に行った数ヶ月後のこと、家を後にする朝、父の車の助手席で俯いていた兄の横顔である。

ある日、兄が顔を腫らして中学校から帰ってきた。
「こけただけ」と言う彼に対し、それが嘘だとすぐに見破った母は、半ば叱るように原因を問うた。
それでも、どうしても本当の理由を言わない兄に業を煮やし、原因を探るため母は兄を引っ張って中学校へ向った。
校長先生と教頭先生、そして彼らに呼ばれた担任の先生の前で、兄は腫れた顔をさらし、母は学校側に原因究明を迫った。
母の剣幕に押されたわけではないのだろうが、調査の必要性を感じた学校は、数日後に原因を見つけ出した。
兄は、不良グループと呼ばれる連中に殴られたらしい。
そして、兄は不良グループから、他にもいろいろな嫌がらせを受けていたことも判明した。
兄がいじめられる理由というのは特になく、その頃の子供たちによくある、他者を下にみることで自分の存在を高めようとしたり、仲間かそれ以外の者かとの色分けをすることで、仲間意識を確認しようとする行為だったのかもしれない。
そんな不良グループのリーダーの父親は、代々、地域のとりまとめをしているような地元の名士であり、手広く建築会社を経営しているのだが、裏では反社会的な集団とも付き合いがあるという噂のある人物であった。
母は幾度となく学校側に不良グループの指導を要請し、学校側も指導をしているとは言っていたようだが、それでも、しばしば、身体のどこかを痛めて帰ってくる兄がいた。

「ちょっと、あなた聞いてるの?あなたから学校へ断固とした抗議をしてください」
「そうは言ってもな~、あまりことを荒立てると、かえって良くない方向へ向わせるかもしれないぞ」
父は、自分の中学生時代に、頻繁に学校にやってきては文句を言う親を持つ生徒が、他の生徒から疎ましがられ、距離を置かれているのを知っていたのだ。
母は父の態度を軟弱と感じ、父は母の姿勢を大局が見えていない独善的だと決め付けた。
それまで仲の良かった父母が、兄のイジメをきっかけに喧嘩をするようになり、2人の間の溝が広がっていったようだった。
そんな父母を前にして、その頃の兄は、どう感じていたのだろう?
繊細な性質の兄が、父母の険悪な様子をみて、自分を責め自傷しなかったことが何よりの救いだった。
暫くして、兄は学校へ行くことができなくなり、不登校となり、部屋に引きこもった。

そんな兄に対して、学校側は転校を薦め、母は学校の責任をなじった。
「どうして、雄一郎が転校しなくっちゃいけないのよ。悪いのはあいつら不良グループでしょ。学校がきちんと指導するのが当然じゃない、なんなら、あいつらを退学にでもすればいいのよ」
真っ直ぐな性格の母は、そもそも論を振りかざして、転校を薦める学校に憤った。
「そうは言っても、中学は義務教育なんだから、そんな簡単に退学なんてできる訳ないじゃないか」
「あなたは、どっちの味方なのよ」
「もちろん、雄一郎の味方だ。だからこそ、雄一郎にとって1番良い方策を考えた方が良いと言ってるんだ」
父も母も、子供を守ろうと思う気持ちに違いは無いのに、向おうとする方向が違うというだけで、諍いとなるのだった。
結局、学校へ行けなくなった兄にとっては、環境を変えることが良いのではないかという学校側の意見を受け、父の兄の家に預けて、他の中学校へ通わせようということで話が着いた。
その日の朝、久しぶりに顔を見せた兄は、私にぎこちない笑顔を向けると、そっと車に乗り込んだ。
動き出した車の助手席の兄に、申し訳なさそうな表情を見たのが、子供の頃の兄を見た最後だった。

兄が伯父の家に行ってから、半年ほど経った頃に、父と母は離婚した。
2人は、兄の問題で溝が深まったようだったが、それは単なるきっかけでしかなく、本当は既に2人の関係は壊れていたのかもしれない。
それは、幼い私には判らないことだ。
ただ私が解ったのは、父や兄とは、たぶんもう会えないのではないかということ。
寂しいという気持ちはあるものの、あまりにも現実感がなくて、涙を流すこともできなかった。
そして、私は母に連れられ、母方の祖母の実家に引っ越した。

それ以降に、兄と会ったのは20年以上も経った、父の葬儀と、母の葬儀になる。
離婚して、それぞれ別々の生活を送っていた2人が、後を追うように亡くなるのは不思議で仕方なかったが、やはり何かの縁が切れずに続いていたようにも思えて、ちょっと可笑しかった。
伯父の家に預けられていた兄は、父母の離婚をきっかけに父に引き取れ、、一緒に暮らしていたようだ。
今でこそ、シングルマザーやシングルファーザーは珍しくもないが、片親というだけで奇異な目でみられることが一般的にある時代でもあった。
片親の家庭ということで、私と同じように、兄も多くの苦い思いをしただろうということは想像に難くない。
それでも兄は、横道にそれずに高校を卒業し、地元の小さな会社に就職、仕事先で知り合った女性と結婚し、2人の子供にも恵まれていた。
私の方も、美容師になるための専門学校を卒業し、結婚を経て、今では自宅で美容室を営みながらも子育てをしている。
その後の人生を語ってしまうと、2人には共通の話題も見出せず、滞りなく式を終えると2人は、それぞれの日常に戻っていった。

それからさらに、20年以上が経った。
兄とは、時候の挨拶以上の付き合いはなく、それさえも数年前から途絶えていたが、お互い歳も重ねていたので、だんだんそうなってくるものなのかと、気にもしなかった。
そんな兄のことで、知らせが来たのは、予想もしない裁判所からの書面だった。
兄の遺産相続のことについての書面だった。
「そうか、兄は亡くなったのか」
兄の通夜も告別式にも呼ばれないくらいに疎遠になっていたことに、軽いショックを覚えたが、家族でひっそりと見送ったのだろう、自分に兄の子供たちを責める資格はないし、そんなつもりも無い。
裁判所からの書面を手に、遺産相続といっても、兄には2人の子供がいるので私には関係ないだろうと、ろくに書類を見ずに、棚に放り込んだ。

それでも、どこかで兄の相続のことが気になっていたのだろう。
お客様のカットをしている際の会話のなかで、ふと裁判所からの手紙を思い出し、美紀は話題に持ち出した。
お客様は、駅前の柳本不動産という古めかしい不動産屋さんの美土里という女社長なのだが、いろいろなことをよく知っているので、何か困りごとがあれば相談する相手となっていた。
「ふ~ん、でも遺産相続の話が美紀さんに来るってことは、お兄さんの子供たちが相続放棄したってことじゃない?」
「相続放棄?」
「ええ、相続人は相続をするか相続放棄するか選ぶことができるのよ」
「美紀さんの、お父さんとお母さんは亡くなられているって言ってたわよね。で、お兄さんには奥さんはおられたの?」
兄は数年前に離婚をしていた。
「それなら、相続人は子供さんたちになるはずだから、普通に子供さんが相続するとしたら、妹さんであるあなたに相続の話は来ないわ。なのに、相続の話が来たってことは、子供さんたちが相続放棄したってことじゃないかしら?・・・お兄さんは、それなりの財産とかはあったの?」
「とんでもない、財産なんて何も無いと思いますよ。古くて小さな家を持っているだけで、大したお給料ももらってなかったみたいだから、きっと貯金なんてものもしてなかったんでしょうね。定年退職をしたあとは、働かずに年金だけで暮らしていたようですので、借金はあっても財産なんてあるとは思えないです」
「ふ~ん、それなら、子供たちが相続放棄をしたっていうことは、もしかして借金とかがあったってことも考えられますよ」
「借金ですか。でも、子供たちが相続放棄してしまうと、私がその借金を引き継がないといけないんですか?」
「そうですね、子供たちが相続放棄をして、兄弟である美紀さんが相続をすることになれば、基本的にはプラスの財産もマイナスの負債も両方とも引き継ぐってことなので、借金も引き継がないといけないんですよ」
「じゃあ、もしかして、住宅ローンも引き継がないといけないんですか?」
美土里は、小さく首を振った。
「家は、もう何十年も前に買われたんですよね?それなら住宅ローンは既に終わっている可能性が高いですし、住宅ローンは、借りるときには一般的に団体生命保険に加入しているでしょう。万一、住宅ローンが残っていたとしても、お兄さんが亡くなったことで、残った住宅ローンは、団体生命保険で支払われ住宅ローンの残りは無いと思われるけど・・・でも、それも調べてみないと判らないわね」

「問題は、借金などの負債があれば、その額と、家の価値と、どちらが大きいかによって相続するか、相続放棄するかを判断する必要があるわね」
「いやいや、家の価値なんて、ほとんど無いと思いますよ。田舎の小さな古い建売で、あんな家を買おうという人なんている訳ないですよ」
「そうなの?でも改装工事をすれば借り手はあるんじゃない?」
「さて、それもどうでしょう?あの辺りは、たいていみんな自分の家を持っているから、借りる人なんているんでしょうか?」
「そうなの?もし、借りる人もいないようなところなら、お金をかけて改装工事をしても、もったいないだけだわね。でも、固定資産税はかかっているんでしょう?」
「そうですね、それはかかっていると思います」
「なら、誰も住まないとしても、相続をした人が固定資産税を払っていかなくてはいけないことになるわね」
「え~、そんな~。あんな家の固定資産税を私が払い続けないといけないなんて、困りますよ」
「ところで、お兄さんが亡くなられたのは、いつ頃?」
「そうね、4ヶ月くらい前かしら?」
美土里は、少し顔をゆがめ口を真一文字に結んだ。
「美紀さん、相続放棄ができる期間っていうのは、自己のために相続があったことを知ってから3ヶ月以内って決まっているんですよ」
「自己のために相続があったことを知ってから?」
「そう、つまり一般的には、相続をされる人が亡くなってから3ヶ月が経つと相続放棄はできないのよ」
「ということは、もう相続放棄ができないんですか?」
「う~ん、でも、それはどうかしら?相続を知ったときからということだから、本来は、被相続人の子供たちが相続するのに、子供たちが相続を放棄したことで、美紀さんが相続をすることになったんだから、子供たちが相続放棄をしたことを知った時点から計算されると思うんだけど・・・それでも、裁判所から書類が届いてから4ヶ月も経っているとしたら、ちょっと無理かもしれないわね」
「え~、そんな~。じゃああるかもしれない借金と、固定資産税がかかるだけの家を相続しないといけないんですか?」
美紀は、泣きそうな顔をした。
「だいたい、裁判所からの書類なんて重要なことが書かれていることが大半なんだから、もっと真剣に読まないとダメよ。とりあえず、一度、裁判所に相談してみたらどうかしら?」
「もし、どうしても相続放棄が認められなかったとしたら、その家を売るなり貸すなりして、なるべく負担が少なくなるように考えましょう」

美紀が髪の仕上げをすると、美土里は、立ち上がった。
とりあえず、兄の子供たちに連絡をしてみよう、相続放棄した事情が判るかもしれない。
「もしもし、ご無沙汰しています。あの~、ちょっと聞きたいんだけど、兄さんの相続を放棄したって聞いたんだけど、どうして?借金とかあったの?」
「叔母さん、ご無沙汰しています。いえ、そういうんじゃないんです、父に借金は無かったみたいなんですが、私も結婚して家を出て、既に家を持っていますし、弟も自分で家を建てて住んでいます。だから、田舎の家だけあっても、もう誰も住まないだろうし、売ろうとしても大した値段で売れるはずもないから、面倒なんで相続放棄をしただけなんです」
「そうだったの、借金が無いって聞いて安心したわ」
「もちろん、借金が無いっていうのは、私たちが知っている範囲ではってことですけど・・父は年金でなんとかやっているって言ってたから・・もしかして、私たちが相続放棄をしたことで、叔母さんに迷惑が掛かってるんですか?」
「いえ、そうじゃないんだけどね。私の方で、ちょっとしたミスがあってね。ありがとう、判ったわ。じゃあまたね」
美紀は、そう言うと電話を切り、溜息をついた。

美紀は、棚に放り込んでいた裁判所からの書類を引っ張り出すと、それをハンドバッグに入れ、店の駐車場に置いてある自分の車に乗り込んだ。
裁判所の大きな入り口を入ると、正面に受付のカウンターがあった。
美紀は、受付の担当官に書類を見せ、行き先を尋ねた。
エレベーターで4階にあがり、廊下の突き当たりにある指定された部屋のドアをノックして開くと、カウンターで隔てられた向こうには、何台もの机が並べられ、多くの人が机にしがみついて書類を見たり、キーボードを打ったりしていた。
「すみません、ちょっといいでしょうか?」
そういうと、一番近くの机で作業をしていた女性が、こちらを振り向き、やってきた。
「はい、どういったご用件ですか?」
美紀は、書類を見せ、相続放棄をしたい旨を告げた。
「結構、日数が経ってますよね・・・しばらくお待ちください」
そういうと、女性は美紀あてに来た書類を手に、一番奥の窓側に座っている上司らしき人のところへ向った。
2人がしばらく会話を交わした後、さっきの女性が1枚の紙を手に戻ってきた。
「こちらに、どうして相続放棄の手続きが遅くなったのかを記入して、提出してください」
と言いながら、書架台の方に目をやった。
どう書けばいいんだろうか?
これを出せば大丈夫ってことなのだろうか?
美紀は、子供たちが相続するものだと思い込んでいたこと、だから裁判所から書類が届いても、よく内容を見ていなかったことを、そのまま書き、さきほどの女性に提出した。
「これで、相続放棄が認められるんですか?」
女性は美紀の顔を一瞥すると、事務的に回答を寄越した。
「いえ、この書類を基に、こちらで検討させていただきます。結果は後日に文章でお届けします」
「そうですか、わかりました」

美紀は、頭を下げ、部屋を後にした。
裁判所からの結果は、それから数日のうちに届いた。
相続放棄を認めると。
なんだか、あっさりといきすぎて拍子抜けをしてしまった。
美紀は、心配してくれていた美土里さんに、報告をすることにした。
「美土里さん、こんにちは。裁判所で、相続放棄が認められましたよ」
「そう、それは良かったわね。私も、あれから相続放棄について、いろいろと調べたのよ。自己のために相続を知ったときからというところがミソみたいね」
「今回の場合は、本来の相続人が相続放棄したことで、美紀さんが相続人になった訳だから、うっかりと裁判所からの通知を見ていなかったとしても、自己のための相続を知らなかったということを広く解釈してくれたのかもしれないわね。でも、これからは裁判所や役所からの書類は、きちんと目を通すようにした方がいいわよ。まあ、いずれにしても、良かったわね」
これで、兄の相続については一件落着となった。

久しぶりに、この夏には、京都の北にある、あの海辺に行ってみよう。
あのとき、家族で過ごした親戚の家が、どこにあるかは全く判らないが、もし今でも磯の香りが残っているのなら、小さな頃の幸せな思い出が蘇るかもしれない。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。