トップページ > 2018年6月号 > マンスリー・トピックス

ラビットプレス+6月号


苦し紛れのウソより、「記憶にないな~」(イメージ)

去る5月10日午後。参議院予算委員会に参考人として召致された柳瀬唯夫・元内閣総理大臣秘書官(現経済産業審議官)は、冒頭、「国会審議に大変なご迷惑をお掛けしまことに申し訳ございません」と自ら謝罪した。同日の午前。衆議院予算委員会での参考人質問で、これまで、面会自体を「記憶にない」と否定してきた柳瀬氏であったが、加計学園、愛媛県、今治市の職員と2015年4月2日に首相官邸で面会したこと、及びその直前、3月頃と6月頃の前後、計3回に亘り加計学園側と面会したことを明かした。ただ、愛媛県や今治市の職員の同席については、「10人近くの随行者の中に、居たかも知れない」と述べるに留め、はっきり認識していた記憶はないという説明に終始した。
同日午後1時55分。立憲民主党から質問に立った蓮舫氏が、柳瀬氏にこう切り込んだ。「あなたの記憶は自在に無くしたり、思い出したりするものなのですか」と。

政府高官、高級官僚らの記憶は自由自在だ。
戦後最大の疑獄事件として、時の首相・田中角栄氏を実質的に葬ったロッキード事件の参考人として国会に召致された国際興業株式会社社主(当時)小佐野賢治は、ロッキード社幹部との関係について問われた際、「記憶にございません」「知りません」を連発し、「記憶にございません」が当時の流行語となった。また、2004年7月に発覚した旧橋本派(自由民主党)の1億円闇献金事件(日本歯科医師連盟闇献金事件)において、2005年10月、東京地裁の公判で証人台に立った故・橋本龍太郎元首相は、日本歯科医師連盟側からの1億円受領について、「記憶にございませんが、他の方々がそう言っているのであれば、そういう事実があったかもしれないと、今考えます」と証言した。
「記憶にない」という表現を多用するのは訴訟大国・アメリカである。「I don't have any recollection about that」。直訳すれば、“私はそのことについて、何ら思い出すことはありません”となる。これは、アメリカ議会の証人喚問や、裁判において「偽証罪」に問われることを回避し、且つことの成り行きによっては“recollection”=想起する、つまり思い出すとか、記憶を辿ってみたらそういうことがあったと認識するとか、臨機応変に援用可能な言葉として重用される。ロッキード事件後、日本でも予算委員会など証人喚問の場で、偽証罪をかわす狙いで政治家や官僚の多くが、都合の悪い場合に、「記憶にございません」とかわすことが目立つようになった。

さて、今月の心理学的考察は、加計、森友学園問題によってクローズアップされた「記憶」に対する“疑問”を脳神経学と心理学の両面から解き明かし、人間が社会生活において自身の記憶をどのように認識し、記憶をコントロールしているのかを知ることで、記憶という心理的情報の意外な使われ方に迫ろうと思う。


遠い日の記憶、思い出せますか?(イメージ)

【記憶と脳の関係】
2017年7月19日。科学誌「ニューロン(Neuron)」に発表された論文、「Memory Takes Time(Nikolay Vadimovich Kukushkin・Thomas James Carew)」の冒頭、「記憶は、過去の事象の特定の時間特性、例えば刺激の発生の頻度又は複数の刺激の同時発生に適応する。科学誌ニューロンでは、「この適応は、過去からの情報を集合的に保持する分子的および細胞的タイムウィンドウ(経験)の階層的システムの観点から理解することができる。」と始まり、記憶が存在できるのは、脳内の分子、細胞、シナプスが「時間を理解している」からに他ならないと論じている。つまり、記憶は脳のある部位(粗野)の特定細胞に蓄積される(変化する)のではなく、脳そのものが記憶で出来ている(変化している)という。
記憶の定義は難しく、これほどシンプル且つ広範囲に使用されるものも珍しい。記憶とは、あるシステム上に起こった変化で、将来そのシステムに影響を及ぼす変化である。先の論文の共著者で神経科学者のNikolay Vadimovich Kukushkin(ニコライ・V・ククシュキン:ニューヨーク大学)は、「典型的な記憶とは、過去のある時点で活発だった脳の複数の部位の繋がりが、再び活性化することでしかない」と述べている。そして、人間だけではなく、あらゆる生物(単細胞生物に至るまで)も、変化から学ぶ能力=すなわち記憶を持っているというのである注1


注1
アメフラシ(腹足綱後鰓類の無楯類に属する軟体動物)のえら部を刺激すると、次から同様の刺激を与えようと指を近づけるだけで素早く反応してえらを引っ込める。その際に、シナプス結合が強化されることを発見し、更にこの変化をもたらす分子も発見した。進化の観点から見れば掛け離れた対象である人間のニューロン(神経細胞)にも、これに似た分子があることがわかっている。


アメフラシ(参考:広島大学大学院理学研究所)

神経系は外界の刺激などによって常に機能的、構造的な変化を起こしている。この性質を神経の可塑性(かそせい)と呼ぶ。記憶や学習など、高次の神経機能が営まれるための基盤となっているシナプス(ニューロン同士の情報伝達をおこなう電気信号の接合部)にも可塑性があり、短期記憶は主にシナプスでの伝達効率の変化により、長期記憶はシナプス結合の数や形態の変化により達せられると考えられている(今西二郎・京都府立医科大学大学院教授)。
つまり、あらゆる知覚経験は、ニューロンの分子に変化を生じさせ、ニューロン同士の接続を再編する。脳そのものは記憶で出来ていて、記憶はつねに脳をつくり、脳を書き替えているのである。(参考:NICK STOCKTON WIRED)


神経細胞が情報を記憶する(イメージ)

【情報と記憶】
見て、聴いて、触って、食べて、嗅いで…、人間の五感に触れるもの全てが情報である。人は毎日溢れんばかりの情報の渦中に生きているが、その情報の全部を記憶に留めているわけはない。“記憶”と言われると、何か意識的に脳に信号を送り記憶領域に埋め込む作業を経た情報だけを想像しがちだが、実は全くそうではなく、意識しなくても記憶に長く留まる情報も多いのである。例えば、読者が日常生活で最も長い時間を過ごす場所に関する記憶はどうか。それが家庭、自宅であったら、何も毎日自宅のリビングの家具の配置やソファー、テーブルの色や形、素材や数などを覚えようとしなくても、瞬時に自宅リビングの現状を詳細に伝えることが出来るはずである。視覚から得る情報は、短期記憶の典型であり、通常長く記憶に留まる対象ではないことが分かっている(例えば、今朝観たテレビ番組の詳細など)が、同じ情報を反復継続して視覚から得ることで、無意識のうちに情報として長期記憶に留まるのである。心理学では、この反復継続をリハーサル(rehearsal)と呼んでいる。一方、毎日目にするものでなくても、どうしても覚えなければならない理由が存在する情報を記憶するにも、このリハーサルは重要である。試験勉強に代表される暗記問題や、ビジネス上での顧客の情報、来週出向かなければならない住所など、普段は全く存在を意識しない情報も、必要に駆られて覚え込もうとするのは、短期記憶の一部として、である。従って、しっかり覚えたつもりでも、ニ度三度と必要性が生じない情報は、ホワイトボードの文字を消すように記憶から失われるのである。“忘れてしまった”というのは、情報の種別によっては“無くなってしまった”と言った方が正解なのである。

人の記憶のメカニズムは、心理学においても重要な研究課題として古くから研究され、1960年代になって記憶の段階的メカニズムが提唱された。そして、それに対応する貯蔵庫(記憶を溜める場所=store storage)を想定するモデルが議論の中心となった。一般的にボックス・モデルと呼ばれ、情報と記憶のメカニズムを説明するのに有益であり、注目を集めた。また、脳神経学の分野からも医学的に説明がつくモデルという評価も得て、スタンダードになり、現在もなお記憶の分野での中心的な理論となっている。


オーソドックスなボックス・モデル

【柳瀬元首相秘書官の記憶の信憑性は?】
折角なので、柳瀬氏の予算員会での質疑から、心理学的知見から記憶の信憑性を探ってみようと思う。政治的な駆け引きや事前の打ち合わせに対する評論ではなく、彼の当時(2015年3月から5月)の状況を推測して、である。
最初に加計学園理事長はじめ関係者と会ったのは2013年5月。安倍首相の別荘で開かれたバーベキューパーティでのこと。その後2015年4月2日という明確な日時が示された愛媛県と今治市の行政担当を含む「10人近くの随行者」との面談について、これまでの「記憶にない」発言を撤回して、「関係者の中に行政担当者も居たのかも知れない」と答弁した。
2015年と言えば3年前。読者諸君は3年前の4月2日の記憶を思い出すことが出来るだろうか。正しい記憶として思い出せる方がいらっしゃるなら、それは“ご自身”にとって、かなり重大な出来事があった日である可能性が高いと思われます。忘れようとしても忘れられない、印象に強く残る何かがその日になければ、日々の記憶は短期記憶の貯蔵庫から長期記憶に移されることはあり得ない。
ここでの注目すべき情報は、4月2日の「10人近く」の人数の記憶と、加計学園関係者と面談した記憶が柳瀬氏の貯蔵庫に残っているとしたら、紛れも無く彼にとって重要な出来事であったということが言えるはずだ。首相秘書官ともなれば、ご本人曰くでなくとも、相当の数の人と面会をこなしているだろうから、イチイチ何時、何処で、誰と、どんな話をしたかなど、出身校に関係なく(東大出のキャリアとかは全く関係ない)記憶しているはずは無いのである。人の記憶がいつも確実と言えないのは、それが知覚に関わる問題だからである。参議院予算員会で立憲民主党の蓮舫議員は、「あなたの記憶は自在になくしたり思い出したりするものなのですか?」と、問い質したことに反して柳瀬氏が、「私が記憶を調整していることは全くない。一貫して今治市や愛媛県の方とお会いした記憶はないし、加計学園やその関係者とお会いした記憶はある」と切り返したのだが、それは事実ではないことは自明である。何故なら、柳瀬氏にとっての4月2日の出来事は、3年前のある日ある時に面会した人数を記憶しているのであれば、重要な事案として長期記憶に貯蔵された情報であるはずであり、且つ、情報の保持だけではなく、取り出した記憶の情報の処理も可能なワーキングメモリー(作業記憶)注2であることが分かるからだ。従って、柳瀬氏は当日の面談の内容、面会者の素性及び関係性については、概ね記憶していると見て間違いなさそうである。

注2 ワーキングメモリーのイメージ

取り出した記憶を短期貯蔵庫で情報処理を行う

【嘘つきにはこの方法…記憶を脳から取り出す!?】
スタンフォード大学とハーバード大学で別々に行なわれた写真を使った記憶の実験で、MRI(スキャナー機能的核磁気共鳴映像法)を用いて観察し、記憶が生みだされる瞬間、最も活発に働く領域は、右前頭葉と、内側側頭葉の一部で海馬傍回皮質と呼ばれる部分であることを突き止めた。前頭葉は記憶の戦略的コントロールという役目を担い、内側側頭葉は情報の記号化と取り出しを司ることが明らかになった。
記憶は脳そのものである。記憶=変化によって脳内に作りだされる情報はタンパク質であり、それらは全て遺伝子によって作られ脳内の特定の領域に蓄積されると考えられている。脳が記憶を神経細胞(ニューロン)同士の新しい結合の中に蓄える仕組みを解き明かすことを目的とした研究を行っていたヘブライ大学の研究チーム(アミ・シトリ博士:イスラエル・ヘブライ大学の脳科学者)は、複数のマウスに与えた様々な経験の中で、同内容の経験に特徴的な遺伝子マーカー注3の発現を確認したと発表した。つまり、経験をコード化した記憶として遺伝子に刻む(特定の塩基配列が発現する)ことが分かったのだ。この遺伝子を分析することにより、経験の内容=記憶を取りだすことが理論上は可能となる。

注3
全ての生物が持つDNAの塩基配列上の特定の位置に存在する「個体の違い」を表す目印(マーカー)のこと。DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4つの塩基が連なって出来ている。この塩基の並びの目印となる特定の塩基配列を「DNAマーカー」という。


遺伝子の配列が決定する(イメージ)

近い将来、ウソ発見機はこの世から消え、自白の信憑性を裏付ける証拠として遺伝子の記憶コードを解析することも現実味を帯びてきた。
しかし、大事なことを忘れてはならない。人間は記憶を書き換えるのである。何かを思い出す行為は、その記憶を強化するとともに歪曲してしまう効果があることは研究に裏付けられている。辛い出来事は忘れ、楽しいことだけを思い出そうとする「ポジティブ優位性効果」や、過去の自分を美化する「自己中心性バイアス注4」などの作用によって、人は常に自身の記憶を書き換えて生きているのである。


注4
自己中心性バイアスとは、他人の行為より自分の行為に正当性を見出したり、過大評価をしたりする心理作用。バイアス=偏りの意味で、他人のことより自分のことに関する情報量が圧倒的に多いことから、万人が陥る心理で、物事の判断の全てを自分中心に判断する心理メカニズムを言う。

さて、貴方の遺伝子マーカーから取り出された記憶に、真実の証明は??