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女不動産屋 柳本美土里

社内の同期である三木が、女性用シェアハウスを建てサブリース会社に一括で貸し出すという不動産事業を行いっていることを知った河合は、三木の紹介で同じ事業を始めた。
最初は、サブリース会社からのサブリース料の入金により、安定的な事業がされていたのだが、あるとき、サブリース会社から一方的にサブリース料が下げられ、そのうち、サブリース料自体の入金が無くなった。
河合と三木が調べたところ、サブリース会社の経営が破綻しているらしいということが判明した。
そして、どう対応すればいいのか判らない2人に、救いの手が差し伸ばされることに。
それが、元銀行ウーマンで、今は関西で女性社長として柳本不動産を経営している不動産のプロ、柳本美土里が2人の前に現れたというのが、前回の話だ。

東京駅直結のホテルのティーラウンジで、美土里は鞄からノートを取り出した。
美土里は、ノートの上部にオーナーと書き、その下にサブリースをしている不動産会社、そして、さらにその下に入居者と、上中下と3段に表示した。
「これまでは、入居者からサブリース会社に賃料が支払われ、サブリース会社からオーナーへサブリース賃料が支払いされていましたよね?」
そう言うと美土里は、下から上に向けて矢印を書いた。
「それが、サブリース会社からの賃料が入ってこなくなったんですよね」と、美土里はサブリース会社からオーナーへ向かう矢印にバツをつけた。
「この状態を放置するのは、非常に問題があります。入居者からの賃料が破綻したままのサブリース会社に入り続け、オーナーがローン返済に困ったり、将来的にも全額を取り戻すことができなくなる恐れがあります」

眉間に皺を寄せて黙って聞いていた河合が、永い息を吐き口を開いた。
「じゃあ、入居者からの賃料を、サブリース会社にではなく、オーナーに直接入れてもらわないといけないってことですね」
美土里は、ゆっくりと首を縦に振った。
「たしかに、言われる通りです。そのためには、やらないといけないことがあります」
「まずは、サブリース賃料の未払いを理由に、サブリース会社との契約を解除通知します」
「でも、サブリース会社と連絡がとれない状態なんですが、契約解除なんてできるんですか?」と、三木が口を挟んだ。
「賃料支払い義務を果たしていないという、契約違反による解除になりますから、こちらから一方的な通知で行うことができるのです」
「その後、入居者に対して説明し、サブリース会社への賃料入金をストップしてもらうこと、賃料はオーナー宛に振込みして欲しいことを通知しなければなりません」

入居者は、不動産会社と契約していて、オーナーとは契約をしていないのに、本当にそんなことが、サブリース会社に通知せずに、オーナーが勝手にできるのだろうか?
疑問を感じた河合の視線に気付いた美土里は、紙に書いた図の上にペンを立てた。
「そうですね、本来なら、入居者と契約していないオーナーが、直接に自分のところへの入金を請求するのはおかしな話です。しかし、この場合は、サブリース会社の契約違反が原因で、オーナーとサブリース会社の契約が解除とすることができます。そうなると、部屋を貸す権利のないサブリース会社から借りている入居者も、借りる権利を失うことになるのです。例えるなら、親亀であるサブリース会社が権利を失うと、親亀の上に乗った小亀である入居者も入居しておく権利を失うのです」
「ただ、オーナーとしてはサブリース会社との契約解除は、入居者を退去されることが本来の目的ではありません。入居者としても、サブリース会社の契約違反が原因で、退去させられるという不利益を受けたくないので、オーナーとサブリース会社との契約が解除されたとしても、オーナーは入居者に賃料請求をして入居していてもらうことが、民法で認められているのです」
法律がそんな場合までを想定して決められていることに、河合は驚いた。
「それでも、オーナーと入居者との契約がされていないという状態は変わりませんので、問題が発生する可能性があります。例えば、オーナーと入居者が直接契約をしていたとすれば、契約違反を理由として入居者の退去を求めることはできるでしょうが、契約自体がされていないとなると、そうしたことがスムーズにできなくなる可能性があります。なので、サブリース会社との契約を解除したら、入居者との契約を早急に行うことが必要だと私は思います」
オーナーの立場を守るアドバイスをする美土里に、河合と三木は好感を覚えた。

美土里の話で、サブリース会社との契約を解除すること、入居者へ賃料の振込先をオーナーへ変更してもらう通知をすること、それから早い段階で入居者と賃貸借契約を結ぶことはわかった。
でも、具体的な契約解除通知の書面や、入居者との賃貸借契約の書類作成や契約業務などは、素人である自分たちでは、とうていできない。
また、現在空室となっている部屋については、入居者募集を不動産会社に依頼しないといけないし、どちらにせよ専門家の助けが必要となりそうだ。
親身にアドバイスをしてくれる美土里がやってくれれば助かるが、関西からやってきた美土里が、はたしてこれらの業務を請け負ってくれるのだろうか?
河合は、率直に美土里に尋ねた。
「ええ、させていただきますよ」
拍子抜けするほど、美土里はあっけなく承諾した。
美土里は、ファイルから2枚のシートを取り出し、河合と三木の前に差し出した。
「これは、サブリース会社への契約解除通告書と、入居者への賃料振込先変更通知です。これらについては、オーナー様のご署名ご捺印だけで大丈夫だと思います。もし、入居者からの問合せ対応を柳本不動産に任せるということでしたら、入居者への通知文には、柳本不動産の名前と連絡先を記入してください」
必要枚数をコピーして、それぞれ書留で送付するように美土里は指示をした。
「ここまでの業務につきましては、特に費用の発生はありませんが、入居者と賃貸借契約を結ぶ業務をさせていただく場合は、家賃の半月分の仲介手数料をいただきます。また、空室の募集につきましては、募集賃料相場の調査や募集図面の作成などもありますので、家賃の1ヶ月分の仲介手数料をいただきますが、よろしいでしょうか?」
2人は是非にと、美土里に依頼することにし、東京駅直結のホテルロビーラウンジを後にした。

契約解除通告を受け取ったサブリース会社からは、河合らの心配をよそに、何の反応も来なかった。
サブリース会社は、破綻後のオーナー対応などに追われていたりして、それどころではなかったのかもしれない。
賃料の振込先変更を通知した入居者からは、柳本不動産宛にいくらかの問合せがあったようだが、既にマスコミでサブリース会社の破綻のニュースが流され始めていて、入居者もそれを知ることになったためか、こちらも特に問題もなく進んだ。

河合と三木のレディース向けシェアハウスは、どちらも半数近い部屋が空室となっていた。
サブリース会社への契約解除通告後に、柳本不動産から入居者募集をしていたが、なかなか入居者が埋まらない日々が続いていた。
それでもローン返済をしていかねばならず、毎月の賃料収入では賄えないローン返済に、河合と三木は苦慮していた。
銀行へ、返済の猶予を相談してみては?という美土里の提案に、3人は美土里と共に融資銀行と折衝することににした。

融資銀行の東京支店は、東京駅から歩いて行ける距離にあるため、3人は東京駅で待ち合わせをして、銀行に向かうこととした。
ビルとビルとの谷間を縫い、大通りで信号待ちをし、橋の中央に麒麟の像が据えられた日本の道路の起点となる日本橋を渡った。
しばらく行くと、銀行のビルの前に到着した。
融資を受ける際にも訪れたビルだが、その際には感じなかった閉鎖感を、河合は受け、一瞬ビルに入る足が止まった。

美土里を先頭に、銀行の窓口に向かい名乗ると、奥から担当者が出てきて女子行員へ別室に案内するように指示をした。
河合たちに遅れて、先ほど挨拶に出てきた若い担当者と、上司らしい恰幅のいい中年行員が部屋に入室してきた。
2人は、名刺を差し出すと、すぐに用件を訊ねた。
「お電話では概略をお聞きしましたが、もう一度詳しいお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
銀行に対して、どういう交渉をしようかと、河合たちはあらかじめ相談をしてきていた。
先ずは、事実上破綻しているサブリース会社の動向が明らかになるまで、ローン返済のストップを申し入れようということだった。
交渉の上、それが難しいようであれば、当面は金利のみの支払いとし、元金の支払いを猶予してもらうという希望条件だった。
金利のみの支払いのみであれば、現状の入居者の賃料で賄う事ができる。

「ご存知のように、御行から融資を受けて事業を行っているシェアハウスへのローンの件ですが、事業計画にあったサブリース会社が事実上破綻し、予定をしていたサブリース料が入金されなくなりました。今は、入居者から直接に賃料を受け取っていますが、それでも契約したサブリース賃料には及びませんので、ローン返済が困難になっています。当面の間、ローン返済を猶予してもらいたいというのが、私たちの希望です」
三木は、美土里の描いた交渉内容を口にした。
担当者は上司の顔色を伺い、上司は苦い顔をした。
3人の目は、上司の行員へ注がれた。
中年行員は、言葉を整理するように視線を斜め上に結ぶと、深い呼吸のあと座りなおして口を開いた。
「サブリース会社が破綻するという予想外の不幸が起こり、オーナー様におきましては、本当にお気の毒な状況であると思われます。しかしながら、オーナー様がなされているのは、あくまで事業です。事業である限りは、リスクが伴うのも一般的な話ではあります。わが行が融資をしたことと、サブリース会社が破綻したこととは何の関係もありません。厳しいお話をするようですが、わが行としましては、お約束通り、ご返済を継続していただきたいというのが私どものスタンスです」
銀行マンらしい、型どおりの答えだ。

「一般的には、銀行の融資とサブリース会社の破綻は無関係であると思われます。しかし、銀行が融資を引き受けたいために、サブリース会社と結託して、サブリース会社主導でのアパート事業への融資に、甘い審査で臨んでいたとしたら、ひいてはサブリース会社の破綻やアパート事業の継続困難に繋がることになり、その責任の一端も銀行にあるんじゃないでしょうか?」
美土里の言葉に、中年行員は、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「結託して甘い審査って、そんな証拠がどこにあるんですか?言いがかりはやめてください」
場は緊張に包まれた。
美土里は、テーブルの上の湯呑みを口にし、テーブルに戻すと、中年行員に向けてニッコリと微笑んだ。
「気を悪くなさったのなら、すみません、謝ります。でも、ニュースで、ちょっとそんな話を耳にしたものですから・・・実際にオーナーは非常に困られています。返済のストップとまでは言わないまでも、当面はかなりの減額をしてもらわなければ、返済困難となり、シェアハウスの競売、オーナーの自己破産に繋がり、なかにはローン返済を苦にしたオーナーの自殺なんてことも起こるかもしれません。そんなことにでもなったら、話題のニュースですので、マスコミに面白おかしく取り上げられ、銀行に対する世間の風当たりも強くなるかもしれませんよね?あまり無理強いすると、銀行にとってもオーナーにとっても、良い結果が待っているとは思えないのです。どうか、柔軟なご対応をよろしくお願いします」
テーブルに手を着く美土里に続いて、河合と三木も頭を下げた。
銀行としては即答はできかねるので、行内で検討をして後日連絡をするとの回答を得た。

「美土里さん、あんなことまで言って大丈夫ですか?」
河合の言葉を、美土里は笑い飛ばした。
「あはは、大丈夫ですよ。銀行なんて自分たちの身を守ることばっかり考えているんだから、自分たちに火の粉がかかる可能性があるうちは、無茶なことはしないと思うわ。だから、それなりの提案をしてくるでしょう。けれど、それは当面の話で、銀行も、いつまでも甘い顔をすることはないから、今後のことも考えないといけないわね」
美土里は、憎々しげに銀行のあった方を睨んだ。
元銀行ウーマンということだが、よほど腹に据えかねることがあったのかもしれない。
「そうですね、空室がもっと減らないとどうしょうもないですしね」
河合には、その言葉を聞いた美土里が、大きな瞳で睨んだように見えた。
「いや、美土里さんのせいっていう意味じゃなくて・・」
慌てて取り繕ったが、美土里は河合のそんな言葉をスルーして自分の考えを話しだした。
「あの女性用シェアハウスというコンセプトが問題じゃないかと思うの。女性限定にすることで、女性にとって安心感があるんだろうけど、入居者の対象を女性のみに絞っているということは、男性の需要を全く排除しているのよね。それって、どうなのかしら?あの辺りって、独身男性も多いみたいだし、男性も対象にしたら、もっと入居率が上がると思うんだけど・・・」
物件周辺の需要を調査して、柔軟な提案をする約束して、美土里は帰っていった。

銀行から回答が来たのは、1週間ほどしてからのことだ。
内容は、1年間は元金据え置きで金利のみの返済としても良いとの返事。
マスコミから銀行の融資姿勢に疑問を投げかけられたことも影響したのかもしれない。
とりあえず1年間の措置となるが、当面の資金繰りには大いに助かる。
河合と三木は胸を撫で下ろした。

その頃、美土里からも提案がもたらされた。
河合のシェアハウスについては、下町と言われるエリアで、単身者が比較的少ないエリアだそうだ。
そのため、単身者用のシェアハウスの需要は少なく、たとえ女性専用シェアハウスを男性に開放したとしても、大きくは改善しないのではないか?ということだ。
しかし、日本らしい施設が多いので、外国人観光客が非常に多いそうだ。
なので、民泊やゲストハウスの需要が高いらしい。
「民泊?」
民泊をしようとすると、届出や備品の準備、ゲストの受け入れ業務、清掃など、運営をするのは非常に面倒そうだが・・。
しかし、美土里の提案では、柳本不動産で借り上げできるのであれば、運営は美土里の方でするとのこと、その提案賃料は、一般的に賃貸募集する場合と遜色の無い金額設定がなされていた。
でも、これも、基本的にはサブリースと同じだよな、と河合は思った。
でも、賃貸相場に近いサブリース料金の設定なので、サブリースを行わず一般の個人の入居者を募集する場合と入ってくる賃料収入ほぼ同じとなる。
その上、空室リスクも無いから、オーナーとしては安定した賃貸経営ができる。
大きく前回と違うのは、きちんと需要の調査を行った上で、柳本不動産が借上げるということで、柳本不動産も勝算を見込んでいるのだろう。
前回のように、サブリースを餌に、アパート建築を勧めるわけではなく、柳本不動産には、わざわざサブリースを申し出るメリットがないのだから。
それに、現入居者が退去すれば、順次民泊に変更していくようだが、当面は、一般の賃貸入居者とゲストの宿泊となるため、現入居者への説明や対応も柳本不動産が行うとのことだ。
オーナーにとっては、願ってもない申し出だと思われる。

一方、三木の物件については、特に外国人などが押し寄せてやってくるようなものがないエリアということなので、民泊でという訳にはいかないようだが、近隣に大きな工場があり、独身男性が多いようなので、女性用シェアハウスをやめて、男性にも開放して賃貸募集をしていこうとの方針を提案された。
三木も、美土里の提案を受け入れることにしたようだ。

それから数ヶ月経ったが、サブリース会社に取り込まれた入居者の賃料などは、まだ返還されない。
被害者の会が立ち上がり、弁護士団がサブリース会社と交渉を重ねているようだが、話は遅々として進んでいないようだ。
それでも、銀行への返済を1年間は金利のみとしてもらえたことで、資金繰りに余裕が出てきたし、柳本不動産が運営する民泊事業も順調にいっているようで、約束どおり、借り上げ賃料を受け取れている。
これなら、金利のみという特例期間が終わり通常のローン返済に戻っても大丈夫だろう。
三木のシェアハウスも、男性需要を取り込んだことで空室はほとんど無くなり、ほぼ順調な運営ができているらしい。

大変な状況から救い出してくれた女社長、美土里には本当に助けられたと思うだけでなく、美土里が放った言葉が、今でも胸に刺さって離れない。
破綻したサブリース会社が悪いのは言うまでもないし、銀行にも避難されるべき点はあるということを前提としての言葉だが。
「不動産事業をするなら、他人任せにするんじゃなくて、自らの事業として、しっかり学び、リスク管理をしないといけないと思うわ。それが難しいのなら、その事業に関係のない第3者のプロの意見を求めてから、慎重に判断するべきだと思うの」と。
自分は、自らの事業という点を疎かにして、任せるだけで自然と利益が増え資産ができると甘く考えていたのではないだろうか?
河合は、同じ失敗を繰り返さないことを肝に銘じた。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。