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ラビットプレス+5月号


事件になる前に止められなかったのか!?(イメージ)

初夏。
陽気が人間の脳に作用するのは気温が上昇することによって人間の身体に備わる調整機能(サーモスタットのような役割を果たす)≒自律神経系(交感神経と副交感神経からなり、末梢神経系の中で随意性の無い植物性神経をいう注1)の働きによって順応しようとするからである。
季節の変わり目、特に春先に奇異な行動を起こす人が増えると云われる(「木の芽時」などと呼ばれる)のは、気象的に様々な変化(三寒四温、春一番、菜種梅雨など気象に関する季語も多い)が3月から4月下旬に掛けて起こり、時には一日に15度前後も気温差が生じたり、気圧の変化が大きく大気の不安定な日が続いたりして、自律神経が最も疲弊する時期で、そのことが一部原因しているという医学的な見解もある。

人間の脳は非常にデリケート且つ複雑な精密機械である。気候の変化によってだけが行動心理を支配するものではない。外界のあらゆる刺激(情報)によって自律神経系だけではなく体性神経系(運動神経や感覚神経:随意性のある動物性神経系)にも影響を及ぼす。
最近の三面記事を賑わせている事件・事故には、「何故?」と思わざるを得ない衝動的、突発性の高い事件が目につく(拙者はこれを近年、時代と共に変わりゆく環境の産物だとは思っていない)。今月のテーマに取り上げたパワハラ(これはもう彼のオリンピック4連覇を達成した女子レスリング王者とそれを取り巻く環境のことである)、虐待(幼気・痛いけない赤ん坊への執拗なまでの暴力、障害者や痴呆者への傷害行為など記事を目にしない日はない)、ストーカー(つきまとい行為の先に命まで危険に晒す残虐で恐ろしい結末。何とも言えない虚しさだけが残る)は、加害者の心理分析が大切であり、解析された心理メカニズムに則した適切なカウンセリングを実施しなければ犯人逮捕だけでは解決しないものばかりである。大別したこの三つの“行為“は、実は特定の環境下で発生するものではなく、社会生活の日常において誰の周りにも存在している事件なのである。今、被害に遭っていないまたは加害者ではない貴方も、明日、その当事者に代わっているかも知れない。その恐怖は案外楽観視されていることに拙者は危機感を禁じ得ない。何故なら、これら三つの代表的な行為は、人間誰しもが持つ「怒り」の感情がモチベーションとなっているからである。
人間は、怒りをコントロール出来るから霊長類なのである。怒りのコントロール≒アンガ―マネジメントがどれほど大切か。それを学んで頂くのが本項の目的である。

注1
「自律神経系」は内臓の循環器系、呼吸器系、消化器系及び発汗(体温調節)、内分泌機能、生殖機能、代謝のような不随意な機能を制御する神経系統であり、種々の生理的パラメータ(基準値)を調節し、ホメオスタシス≒恒常性の維持に貢献している。参考:現代医学の基礎知識(有斐閣)

《栄元強化本部長のパワハラ心理とは》
公益財団法人日本レスリング協会の元強化本部長で至学館大学女子レスリング部監督注2の栄和人氏による一連のパワハラ騒動が、平成30年4月7日に開かれた同協会の記者会見によって終結を迎えた。同協会の第三者委員による聞き取り調査で、栄氏による4つの行為がパワハラに当たる行為と認定されたからだ。

注2
栄和人氏の役職については本項執筆時点での表記です。


前人未到の五輪4連覇の女王に…(イメージ)

4つの行為とは、
1.今回のもう一人の被害者である男性コーチに指導者を変更した伊調馨氏に対して、平成22年2月に行われていた強化合宿の中で、「よく俺の前でレスリング出来るな」と発言したこと。
2.女子の強化委員会で、平成22年のアジア大会に向けて、実績のある伊調馨氏を日本代表の選考から外したこと。
以上の2件が伊調氏に対するパワハラ行為と認定し、
3.男性コーチに対して平成22年2月の世界選手権の宿泊先で、「伊調選手の指導をするな」などと発言したこと。
4.平成27年2月の男女合同合宿で、男性コーチに「目障りだ。出て行け」などと罵倒したこと(その他類似行為)。
以上2件を男性コーチへのパワハラ行為と認定。

さて、本項の目的はパワハラの定義を検討するのでも、栄氏の行為の評論をするのでもない。何故、こうも執拗に栄氏がパワハラ行為を繰り返したのか、その心理メカニズムを解析するのが目的である。

本題から少し外れて、アメリカにおける行動心理学の実験で最近盛んな「架空面接実験」を紹介しよう。これは、セクハラやパワハラの原因となる男性の深層心理を解析する為に行われるものである。
被験者は男性で面接官役となる。勿論被験者にはこれが実験であることは伝えず、実際の面接試験である前提で行う。面接官役は三つのグループに分ける。面接を受ける側は、全員女性である。
第1グループには、「あなた方の評価が直接合否に影響する」という高い権限を有していることを事前に伝える。
第2グループには、「あなた方の評価は合否結果には直接影響しないが、参考意見とさせて頂く」との情報を伝えておく。
そして、ここが斬新的な取り組みなのだが、
第3グループは、「あなた方の評価は面接結果には反映されないので、自由にやってもらって結構」とし、且つ面接前に広報用と偽って、かなり過激な性的描写を含んだDVDを視聴させておく。これは、面接を受ける女性志願者を性的対象として見ることを敢えて喚起させるためである。

さて、実際の面接が行われるのであるが、その様子を観察して纏めた結果は以下のとおりである。
先ず、第3グループの面接官は、セクハラまがいの質問を投げかけ、時には志願者に必要以上に接近したり、顔よりも身体を重点的に観察したりする行動が記録されている。明らかに性的対象として女性志願者捉えている。
第2グループの面接官は、特にそのような行動は見られず、ごく普通の質問と、当たり障りの無い評価を下している。
ところが、第1グループの面接官が採った行動が第3グループと同様であり且つ高圧的であった。
この結果から、第3グループの行動はある意味当然であっても、性的刺激とは無関係の第1グループの面接官に同様の行動が現れたことは、第2グループと与えられた前提条件の違い、つまり高い権限を与えられていたというファクター(要因)がセクハラと同様の効果を生じさせたことになる。従って、志願者の女性に対して、「女性は性的対象」というステレオタイプ(根拠の希薄な観念の共有パターン)で捉えることを正当化してしまうことが分かる。


誘ってる??(イメージ)

強い権限を与えられた人間は、自分の行為や信条を過信し、自分は正しいという観念に縛られて相手の行動を批判する傾向が顕著になる。
栄氏の当時のプロフィールを見てみると、日本の元レスリング選手で、至学館大学レスリング部の監督と全日本女子レスリングヘッドコーチを兼任、2015年から公益財団法人日本レスリング協会強化本部長。また、2008年11月より同大学健康科学部健康スポーツ学科教授でもある。至学館大の谷岡郁子学長(日本レスリング協会副会長)が3月15日の記者会見で放った「栄和人という人間にどれだけの権限があるのか」「パワーの無い人間のパワハラはどういうものなのか」という類の発言が問題視されたが、4月7日のパワハラ認定記者会見では、同協会福田富昭会長自ら栄氏に権力が集中し過ぎていたと謝罪している。上記の役職や肩書を見ても、栄氏には相当な権限があったものと言わざるを得ず、それが高じて自身の言動に対する正統性を過信し、パワハラの認識など微塵も無い、厚顔無恥な栄氏が起こした今回の事件である。

《我が子を死の淵に…止まない虐待の加害者心理を探る》
虐待と定義づけられる行為は、加害者となる側の行為に対し、被害者が抵抗出来ない状態を一定期間(時間)継続することをいう。つまり、加害者の例えば暴力に対して、被害者が反抗したした場合は虐待ではなく、喧嘩として処理される。従って、虐待は腕力や立場の優劣が確実な者同士の間の事態である。
カウンセリングなど、心療の世界では、虐待加害者のトラウマ注3を動機として取り上げることが多い。例えば、甘えたい、かまってほしい、褒められたいなど、加害者が幼少期に持っていた欲求(心理学では承認欲求と呼ぶ)が子供時代に叶わなかったことや、我慢してきたことがあると、立場が代わって自分の子供が同様の要求を向けることで刺激され、過去の満たされなかった欲求に対する不満感情の記憶が刺激され、これが引き金となって怒りや嫌悪感が増幅するというものである。更に、加害者となった側は、殆ど自分の行為に後悔し自己嫌悪の念を抱くという。


誰もが幸せを願うはず(イメージ)

注3
「トラウマ」は日本語では心理学の学術用語として「心的外傷」または「精神的外傷」と訳され、精神的に何らかの大きな打撃を受け、さらにその影響が後遺症のように長く残るような体験を指します。

日常化する虐待行為の矯正というジャンルでは、前述した加害者の心の奥に目を向けた原因の解明と、それに基づく“治療”という行程を経る。
本項の目的はそこではなく、正に虐待という行為を行う瞬間の加害者の心理を明確にすることによって、その“瞬間”を回避出来ないかと考える。ここで思い出して頂きたいのが前述の栄氏のパワハラ行為に至る心理的メカニズムである。彼は、伊調氏や男性コーチに対して何故パワハラを働いたか。それは、圧倒的な栄氏の社会的地位の優位性にあった。これと同じ心理的メカニズムが虐待の加害者にも認められることは容易に判断出来る。すなわち、力関係の優位性である。親と子、上司と部下、先生と生徒(児童)、男性と女性(体力的な理由だが、例外は存在する)など、客観的に当事者の立場が均衡していない者同士であることがわかる。従って、各種のハラスメントも、悲惨な虐待行為も、結局は弱者に対する権力の行使に他ならない。この構造を根本的に変えないと、例え加害者のトラウマを取り除き、カウンセリングによる心の鎮静を得たとしても、これらの行為の根絶には至らない。拙者はそう考えるのである。

《ストーカー行為は重大事件の予兆…強者の論理の不成立》
本項執筆中に前代未聞のセクハラ騒動が報道された。こともあろうに日本の頭脳である官僚組織のトップ、財務省の福田淳一事務次官が女性記者にセクハラ発言を繰り返していたと、週刊新潮が報じた。森友問題に関し質問する記者に、「浮気しよう」「触っていい?」などと露骨な性的表現を度々使ったという。被害者は複数いるとも伝えられる(毎日新聞社説)。福田事務次官の性的嗜好や欲求度は知らないが、彼の心理状態は正に前述の栄氏と同じ地位の優位性からくる権力の歪んだ行使だ。「俺は事務次官様だ!」「この国の全てを牛耳っているのは俺だ!」くらい思っているだろう。これは断言しても行き過ぎではないと確信する。開いた口が塞がらない。
ストーカー行為に走る人には多くの共通点が指摘される。そもそもストーカーの原点は恋愛感情である(ストーカー行為を定義する際にそこに着眼している)。相手に対する好意は万人が持つ至って正常な人間の心理状態だ。殆どの人は、それが永遠ではないことを知っているし、薄れていく感覚をも経験し、また相手がそうなることも経験している。従って、そこから先に別れがあることも、悲しく辛い時間を経ることも分かっている。しかし、多くは流れゆく時の中で新しい扉を探し、見つけ、辛い時間に終止符を打つ。特に女性脳は過去の仕舞い方に優れていると言われる注4


永遠の愛を信じてる!(イメージ)

注4
一般的に男性脳は「シングルタスク(一点集中型)」、女性脳は「マルチタスク(複数同時進行型)」と言われる。また、空間認知能力においても男性脳は立体的認知力が高く、女性脳は平面的認知力に優れているとされる。医学的には性別による違いではなく、遺伝的に右脳と左脳の働きの優劣によるものとして、二つのクラスに明確に分類出来ないとしている。

ストーカーになる人の思考と感情は概ね同じと言われ、好意が高じて過度な独占欲に繋がり、相手の逃避によって強者の論理が否定され、怒りの感情が発揮される。つまり、ストーカーとは“怒っている人”ということも出来る。
怒りの感情とは、自分への不当な評価に対する憤りの表現と自己防衛機能である。ストーカーという枠組みの中に入る人々の怒りの根源もまた、相手に自分が正当に評価されていないと感じるところから始まっている。何故? どうして? 許せない!!という感情の流れは、次第に個々のパーソナリティに見合った“行為”へと形を現わしていく。ある人はつきまとい行為を、ある人は迷惑電話や大量のメールを送り続ける、またある人は日常的に暴力を、というように。やがて、それらの行為は全てのストーカーに同様の結論をもたらす。すなわち、それらの行為の結果が自己正当化に結び付かないということに気づくのである。その先は共通している。行き詰まりから自暴自棄となり、最終的にはその原因たる相手の存在を消し去ろうという危険な結論注5に至る。

注5
反社会性パーソナリティ障害:サイコパス(精神病質者)と呼ばれる人の特徴的性格は、冷酷・無慈悲・尊大・良心の欠如・罪悪感の薄さなどが混在する。診断は「HARE PCL-R第2版テクニカルマニュアル」に定められた20項目を用いて精神科医や心理学専門家により行われる。自己肯定意識が強く、自分本位の思考が高じると自分を神格化するほどの境地に至り、犯罪行為に対しても罪悪感を持たなくなる。


怒りを理論する…(イメージ)

怒りの感情を制御することの研究は、古くは紀元前に遡る。古代哲学者や宗教的指導者の間で怒りに対する対処法の実践が行われてきた(In de Ira や Seneca the Youngerらストイック哲学による怒りの定義と対処・紀元前4世紀-西暦65年)。現代では心理学者によって考案されたアンガ―マネジメント・プログラムに応用され、古典的手法による認知行動療法(Congnitive Behavioral Therapy≒CBT)の介入によって不安治療が行われてきた。
先ず、自己分析(自分の怒り感情発生のメカニズムと特性を知る)から始める。これは心理テストに似た設問に回答し、6つのパターン化された診断結果(怒りの発生原因が特定出来れば、それを避けることが可能となる)を基にプログラムに照らして心理療法を受けることになる。
次に、特定の状況における適切な対応としてリラクゼーション・テクニックを教える。代表的なリラクゼーション・テクニックは、呼吸法(深呼吸で呼吸を整えること)、その場から物理的に立ち去ること等である。
最後は、怒りを感じる状況に遭遇した際に、学んだテクニックを応用することができるよう、繰り返しロールプレイで実践感覚を養う。これをすることで、自然に反応するようになるのである。また、認知行動療法に基づいて集団精神療法、家族療法、リラクゼーション・オンリー療法などを併用し、幅広く適用させることで効果が確認されている。
一方、怒りは大きなエネルギーであるため、ベクトルを修正することでモチベーション維持(動機付け)などに有効活用することが期待できる。怒りの感情をストレートに表現してしまうのではなく、怒りエネルギーをポジティブ・シンキングに振り向けることもアンガ―マネジメント・プログラムを通じて可能となる。


アンガ―マネジメントは治療です(イメージ)

1.感情の自覚
2.感情の表現
3.他者の感情の理解
4.感情の推察力
5.感情の自己統制 (Self-Management)
6.他者の感情の統制
7.感情の自己管理 (Self-Control)
上記は、心の知能 (Emotional Intelligence≒EI) を測定(主に行動観察を通じて行う)する7領域である。心の知能とは、自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能を指し、IQ(知能指数)とは異なる感情を扱う領域の指数化として、近年研究が盛んである。アンガ―マネジメントと相まって、世界中で商業的に頒布されている。

さて、怒りっぽい貴方!一度アンガ―マネジメント・プログラムをお受けになられることをお勧めします。
手遅れにならないうちにね。