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女不動産屋 柳本美土里

昨年の10月に突然賃料が減額され、完全に入金がストップしたのは今年の1月だった。
「こんなに大きな借金をしてしまって大丈夫なんですか?」という問いに、「弊社が返済額以上の金額で借上げますので、弊社のお支払いする賃料から三木さんが借入返済をしても、お手元にお金が残ります。全然心配要りませんよ」と営業マンに言われた。
設立して、まだ数年の不動産会社だったが、シェアハウス事業を中心とした多角事業を行っており、急成長をしている会社なので、これは時流に乗っている事業なのだろうと思い込んだのが良くなかったのだろうか?

大手企業に勤めているのだから、それなりのハイグレードの車に乗らないと恥ずかしいし、自宅にしても、人気の高い住宅地に一流と言われるハウスメーカーの家でないと、同僚からバカにされそうだ。
長期の休暇となる夏か正月には、家族で海外旅行にも出掛ける。
教育は子供に対する投資だからと、幼い頃から塾や習い事に通わせ、私立の学校に入学させた。
同じ年代の他の連中より高い所得をもらっている自分なら、それくらいの支出は十分賄える範囲だろう。
それに、勤務年数が増えれば、年収もどんどんアップするのだから、と漠然とした自信を持っていた。
しかし、子供は大きくなってくるものの、会社は業績低迷という理由で給与は上がらず、子供が中学高校と進学することで、教育費の負担が家計を圧迫するようになってきていた。
もちろん家計が厳しくなってきたのは、教育費が理由だけでなく、これまでの奔放な生活スタイルを急に変えることもできないというのにも一因があるのだろうが・・。

それなりにあった貯蓄はどんどん減り、このままだと子供たちが結婚し独立する頃には、底を突く。
このままだと、子供の独立後に老後資金を貯めたとしても、夫婦2人が今と同じような生活を送ることは叶わないのではないだろうか?
退職金と年金があるから大丈夫?
いやいや、退職金は家のローンの残額支払いで大半を持っていかれるし、年金制度も危ういと言うではないか。
子供がもっと小さい頃に、節約をして、きちんと貯金や投資をしておくべきだった。

三木がシェアハウスへの投資に誘われたのは、そんなことを考えていたときだった。
同期4人の飲み会の席で、定年退職後の話になったとき、河合が小声で話を始めた。
「実は最近、不動産投資を始めたんだ。シェアハウスを建ててオーナーになるんだけどね。完成すると、不動産会社が1棟まるごと借りてくれるから、入居者がいてもいなくても、オーナーには毎月決まったお金が振り込まれ、その中からシェアハウスを建てるために借りたローン返済しても、残りが手元に残るってわけだ」
話を聞いていた他の3人は、呑む手を止めて身を乗り出していた。
「それまでは、会社の給料なんて、気が付いたら、いつのまにか無くなっているし、老後のための貯金なんてできる状態じゃないと思ってたけど・・このシェアハウス投資を始めてから毎月15万円ずつ貯金できるようになってるんだ」
「ほーっ」
誰からともなく感嘆が漏れた。
「でも、途中で賃料を下げられたりするんじゃないのか?」
「アパート建築の会社で、30年間家賃保証をするって言ってて、実は定期的に賃料の見直しをされて家賃を下げられたってトラブルになっていたけど?」
腕を組んで話を聞いていた高杉が問うた。
「いや、その点も確認したんだけど、契約書でしっかり30年間保証しますって書いてあるから、大丈夫だろう」
河合は、全く心配していないようだった。

「でも、どうしてその不動産会社は、家賃保証できるって言いきれるんだろうな?」
「営業マンの話では、普通は賃貸需要のあるところにアパートを建てないといけないんだけど、その会社の営業方法がちょっと変わってて、地方から東京に出てきて働きたい人やパートや派遣で働いている人に入居してもらって、その人たちに教育を施して正社員になれるように育てるというビジネスモデルらしい」
「シェアハウスなので、普通のアパートより賃料は安いし、正社員になるための教育もしてくれるという付加価値も付くから、どの物件も引っ張りだこだそうだ」
「なるほどな、常に満室で人気があるのなら、不動産会社は借り上げしてオーナーに賃料を払っても利益が出せるっていう訳か」
「ま、こうした話は営業マンの受け売りだから。実際、どれくらいの部屋が埋まっていて、その入居者がどういう人だとかも、不動産会社に任せきりにしているから、俺はよくは知らないんだけどね」
河合は、シェアハウスの投資が順調にいっているから、2棟目も建てる準備をしているらしい。
これなら資産形成ができて、老後は悠々自適生活ができるかもしれない
三木は、河合がしているという、シェアハウス投資に興味を惹かれた。

日曜日の午後、玄関のインターホンが鳴った。
リビングの時計に目をやると、河合に紹介してもらった、シェアハウス投資の不動産会社の営業マンとの約束の時間になっていた。
インターホンのカメラに写るのは、歳は自分たちよりも少し下、40歳前後の男性で、黒縁の眼鏡に髪の毛を七三に分けた銀行マンのような雰囲気があった。
「どうぞ、お入りください」
インターホンに向かって投げかけると、玄関に走り錠を外した。
「初めまして、山本と申します」
玄関で名刺を差し出した営業マンの山本をリビングへ案内した。
「お邪魔します」
カウンターキッチンの向こうで、お茶の用意をしている妻の姿を見つけると、卒なく山本は挨拶をし頭を下げた。

「河合様から、三木様が不動産投資に興味をお持ちとお話をお聞きしました」
山本は、そう口火を切ると、不動産投資のメリット・自社の業績・オーナーになることのステイタスなどを流れるように話した。
「私どもの会社では、オーナー様に安心いただけるように、30年間サブリース契約をさせていただきます。サブリース契約というのは、弊社が1棟まるごとオーナー様より借り上げさせていただき、弊社は借上げたシェアハウスの入居者を見つけ賃貸借契約をするという形の契約になります。そうすることで、オーナー様は毎月の不安定な賃料収入に悩まされることなく、安心して賃貸経営を行うことができるのです」
河合から聞いていた話と同じだ。
会社といえば、資本金が10億円、設立から年数は少ない会社だけれど、既に全国に1,000棟近いシェアハウスを建てて運営しているらしい。
成長している会社なんだろう、この上昇気流に乗れれば資産形成ができるかもしれない。
営業の山本には、一応、前向きに検討したいと返事をして、次回は会社へ行くことを約束した。

「シェアハウスを建てるなんて、大きな借金をしないといけないんでしょう?あなた、大丈夫?」
「お前も聞いていただろ?山本さんの話。不動産会社がずっと借上げてくれるから、ローン返済は安心だって。僕たちは大手の会社員だから、融資も受けやすいので投資としてはベストですよって」
妻は沈黙をしたまま、三木を数秒見つめ、口を開いた。
「解ったわ、あなたがそう言うなら、やってみるといいわ」
きっと上手くいくはずだ、河合もやっているのだし。

妻とともに不動産会社に向かったのは、それから1週間の後。
事務所は銀座のビルにあり、大理石が施された床や壁の受付が2人を迎えた。
通された応接室も、外国製と思われるソファが真ん中にあり、壁には油絵が飾られていた。
ソファに座りながら、首を巡らせて部屋を見ていると、ドアをノックする音がし、営業の山本とその上司と名乗る男性が入ってきた。
上司からの挨拶が終わり、全員が席に着いたところで、女性社員がお茶を運んできた。
しばらく天候の話などをしてから、さて本題にという雰囲気で、山本はいろいろな数字が並んだ表を三木の目の前に差し出した。
「三木さん、今日は事業の収支シュミレーションを出させていただきました」
ところどころローマ字の略語がある他は、表いっぱいに数字が整列している。
「いろいろな数字が並んでいますが、重要なところをマークさせていただきますね」
「お勧めさせていただく物件の場合、こちらが毎月の弊社の借上げ賃料となり、こちらが月々のローン返済額となります」
山本はそう言うと、蛍光ペンで2列の数字の上をなぞった。
そして色を変えると、もう1つ別の列の上に蛍光ペンの先を置き、音を立てながら右に引っ張った。
「こちらが、その差額で、毎月のキャッシュフロー、つまり三木さんの口座に残ってくる金額です」
目立つ色でカラーリングされた数字は、月々約18万円、年間で200万円を越えていた。
「これが30年間続きます」
ということは、総額で6000万円余りの利益になるんだなと、三木は頭の中で算盤を弾いた。

でも、こんな不動産投資をしようとすると、いくら自己資金を出さないといけないのだろう?
たしか、貯蓄は300万円ほどしか残っていなかったと思うのだけれど、大丈夫なんだろうか?
三木は、勇気を持って尋ねた。
「いえ、このプランでは、自己資金0円のプランになっています。土地取得費と建物建築費、諸費用を合わせて約1億円ですが、この全てを銀行融資で賄います」
「え?手持ち資金0円で?」
三木は、思わず口走った。
「はい、手持ち資金0円でです」
そんなことが可能なのだろうかと?不思議に思い、山本とその上司の顔を交互に見た。
彼らは自身ありげに、にこやかな笑顔で頷いた。
「三木さんの場合、立派な会社にお勤めですし、勤続年数も長い。所得も結構おありでしょうから、うちと提携している銀行をご紹介しますので、まず融資は大丈夫だと思いますよ」

そっか、会社の威光のおかげで信用があるってことか。
やっぱり勤めるべきは、大手の会社だよな。
「では、進めさせていただいて宜しいですよね?」という山本の言葉に、三木は横に座る妻の顔を一瞥してから首を縦に振った。

それからというものは、いくつもの書類に署名捺印をし、必要と言われる書類を提出するだけで、風を受けた帆船のように、シェアハウス事業は順調に進んでいった。
契約から半年が経ち、シェアハウスは立ち上がり、本格的に事業がスタートした。
自宅から車で2時間の場所にあるシェアハウスを、建築中に1度、完成してから1度、妻と見に行ったのだが、見知らぬ土地に建てられた建物だという印象しかなく、なんだか、これが自分の物件で、これから不動産事業を行うのだ、という気負いも覚悟も沸いてはこなかった。
それでも、通帳には不動産会社より入金があり、ローン返済の引落があり、毎月の預金は着実に積み重ねられていた。
これなら、さらにもう1棟、買ってもいいんじゃないか?

不動産会社から、封書が届いたのは、そんなことを思うようになってきた頃のことだった。
「業績悪化のため、賃料を改訂させていただきます」とし、10万円ほどの金額が書かれていた。
言っている意味が、三木には、にわかに理解できなかった。
入居者の賃料を変えるってこと?
サブリース契約をして、賃料を設定していたし、30年間借上げるって言っていたんだから、まさか、こちらへの賃料と下げるってことじゃないよな?
でも、この内容はオーナー向けの通知に間違いないようだし・・・・
とりあえず、どういうことか確認してみようと、不動産会社に電話を掛けた。
「ツーツーツー・・・」
何度リダイヤルをしても、ずっと話中だ。
河合のところにも通知が来ているのだろうか?
三木は、スマホのアドレス帳から河合の連絡先を探し出し、電話番号を指で押さえた。
「三木。もしかしてお前のところにも来た?不動産会社からの賃料改訂通知」
こちらから用件を話す前に、三木の方が聞いてきた。
「ああ、そのことで話を聞きたいと思って電話をしたんだけど・・・やっぱり河合のところにも来たのか?」
「会社にも電話したけど、全然繋がらなくて・・・」
「俺も・・・」
5日後に引き落とされるローン返済については、とりあえず口座残高はあったはずなので大丈夫だろう。
しかし、これから起こるかもしれない恐ろしい事態を想像して、2人の間に暫しの沈黙が流れた。

これからどうする?
なんとか、不動産会社に連絡をつけよう。もし電話が繋がらないなら、明日、会社を退社してから、事務所まで行ってみようということになった。
翌日、三木はシェアハウス事業のことを考えると、仕事が手につかなかった。
いつになく、時間の流れが遅く感じ、何度も時計に目をやった。
繋がる可能性は薄いと思われたが、昼休みには、不動産会社に電話を掛けてみた。
やはり、繋がらない。
勤務終了時間になり、河合の携帯電話に電話をし、10分後に1階ロビーでの落ち合うことにした。
三木は1階ロビーに下りると、既に河合が待っており、三木の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「とりあえず、向かおう」
会話もそこそこに、2人は正面玄関を飛び出した。
大通りでタクシーを拾い、銀座にある不動産会社の事務所を目指した。
タクシーが不動産会社の入るビルに近づくと、そこには既に数人の人だかりができていた。
慌ただしくタクシー代を支払い、2人はビルに駆け寄った。
事務所の入り口には、しばらくの間、業務を停止している旨の張り紙が貼られており、それを見たシェアハウスオーナーらしき人たちが、携帯電話を耳に当て、しきりにどこかに連絡をしていた。

「これってどういうこと?」
「会社自体がヤバイんじゃないか?」
「会社が潰れるってこと?」
「そうなったら、家賃はどうなるんだ?」
不安な言葉が次々に耳に入った。
「どうする?」
「どうする?って言ったって、ここにいても仕方ないだろ?とりあえず今日は帰ろうか?そのうち、不動産会社から何らかの連絡があるかもしれないし、状況に応じて善後策を考えよることにしよう」

ローン引落の前日に、不動産会社からの入金があった。
やはり、額は賃料改訂通知書に書かれていた金額だった。
これまで事業で得た貯蓄があるから、月8万円ほどのマイナスなら1年半ほどはなんとかなるだろう。
でも、それ以降は家計を取り崩すことになってしまうが、毎月8万円のマイナスは、かなり厳しい。
それまでに、なんとかしなくては。
しかし、現実は三木にそんな余裕を与えてくれることはなかった。
賃料減額から3ヶ月目に、賃料自体の入金が無くなり、ローン返済額の分だけ通帳残高が減った。

事件が起こってからは、お互いの情報交換のためもあって、三木と河合は頻繁に連絡を取るようにしていた。
河合の学生時代の同級生で、銀行に勤める男がいるから、その同級生に相談したという。
その銀行マンから、かつて銀行の同僚で、今は関西で不動産業をやっている不動産のスペシャリストがいると言われ、その社長を紹介されたらしい。
「関西の不動産会社?そんなの東京のシェアハウス事業の問題で役に立つのかよ?」
とは言ったものの、週末には東京に来るらしいということなので、2人は一度会ってみることにした。

待ち合わせは、東京駅に直結したホテルのロビーラウンジに14時。
天井が高くヨーロピアン調のロビーラウンジには、一般的にイメージする関西の不動産屋社長とは程遠く、ピンと伸びた背筋で、タイトなスーツに身を包んだ妙齢の女性が、ティーカップを前に、ソファに腰掛けていた。
彼女は2人を見つけると立ち上がり、有名ブランドの名刺入れから、細長い指で名刺を取り出し差し出した。
「柳本不動産の柳本美土里です」
モデルのような長身を折り曲げ、挨拶をした。

2人は交互にシェアハウス事業のこと、不動産会社からの賃料が減額され、入金が止まったことなどを話した。
「そうですか、それは大変ですね。早急に手を打つ必要があると思います」
「これから何をすべきかということをお話させていただきます」
女社長は、バッグからノートを取り出すと、図を描き始めた。(後編に続く)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。