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女不動産屋 柳本美土里

柳本不動産の年初めは、正月明けの木曜日からと決まっている。
東側の壁に祀られた神棚のお供え物と榊を新しいものに交換すると、美土里を真ん中に、河野と万理の3人は、手を合わせて拝んだ。

河野は以前に務めていた不動産会社で、お客様を騙しても会社が儲かればいいという、自社の利益を最優先する会社のやり方に不満を覚え、納得できないまま仕事を続けることに疑問を感じ、仕事への熱意も失いかけていた。
そんな河野を見るに見かねて、美土里は彼を柳本不動産に誘った。
お客様の役に立ちたい、そんな河野の気持ちと美土里の姿勢が同じ方向を向いていたからなのだろう、今では河野も生き生きと営業の仕事に打ち込んでいる。

万理は、つい先日入社したばかりの新入社員だ。
住んでいたアパートが火事に見舞われ、その際に一緒に住んでいた祖父母が亡くなり、天涯孤独の身になるという不幸を経験し、自身も火事以前の記憶を失うという傷を負った。
美土里とアパートの大家とで、万理の過去を遡り近親者を探したが、その生い立ちや環境は、できるなら消し去ってしまった方が幸せなんじゃないかと思わせるようなものだった。
そのために、未だ本人には知らせていない。
過去を思うのではなく、これからの自分を生きようとする万理の前向きな心がけと、人を癒す力のある明るい笑顔に美土里は魅せられ、アパートのオーナーの推薦もあって、柳本不動産の事務員として万理を雇うことになった。
そして、その後のとある事件で知ることになったのだが、万理には人よりも勘が鋭いというか、何か霊的な特別な力があるようでもある。

美土里は、父から引継ぎ、これまで無事に柳本不動産をやってこられたこと、そしてメンバーが3人となり、養うべき人間が増えたことの責任の重さを感じ、また新たな年を迎えられたことに感謝し、掌を合わせた。

今日は、初出なので仕事らしい仕事はなく、3人は丸ストーブで餅を焼きながら、お屠蘇の杯を傾けていた。
「河野くんは、初夢って見た?」
河野は少し首を傾げると、美土里の質問に答えた。
「そうですね~、除夜の鐘を聞いてからテレビで年明けを確認すると、すぐに寝てしまって、目が覚める直前くらいに夢を見たように思うんですが、起きると忘れてしまいました」
万理が吹き出すのを堪えるように口に手を当てた。
「社長、そもそも初夢って、いつ見る夢のことを言うんでしょう?」
「そうね~、諸説あるようだけど、元旦の夜に寝て見る夢というのが今では定説のようよ。それからすると、河野くんが言うのは、初夢じゃないわね」
「河野くん、2日の夜は夢を見なかったの?」
「2日の夜は、面白そうなテレビ番組があったので、お酒を飲みながら夜中まで観ているうちに、いつのまにかそのまま寝ちゃってました、夢を見る余裕もないくらい」
「河野さんは、テレビばっかり観ていたんですね」
万理は、抑えきれない笑いを漏らした。

「万理ちゃんはどう?初夢見たの?」
「ええ、私はよく夢を見るんです。怖い夢もあれば、楽しい夢も、あまりにも変なので起きてから笑い転げるような夢も。元旦の夜は、そうですね~・・・」
怖い夢と聞くと、美土里は火事の記憶かと心臓の鼓動が早まったが、本人は何とも思っていないようで、2日の夜の夢を思い出すのに集中していた。
美土里と河野は、万理の言葉を待った。
「言っちゃっていいのかな~」と言いながら万理は河野に視線をやった。
え?
いきなり視線を向けられた河野は焦り、その姿に美土里は一瞬の疑いを持った。
もしかして、元旦の夜、河野くんと万理ちゃんが一緒だったの?
そんな美土里の驚きに全く気付かずに、万理は口を開いた。

「元旦に見た夢っていうのは、河野さんが出てきたんです。で、何故か河野さんの髪の毛が全く無くなっててお坊さんみたいに、ツルツルなんですよ。いや、お坊さんみたいじゃなくて、お坊さんになってたんです。それで、神妙な顔をしてお経を読んでいるんですよ。私、可笑しくて夢の中でもゲラゲラ笑ってしまいました」
「それでね、私が河野さんに、どうしてそんな格好をしてお経を読んでいるんですか?って訊くと、僕はお経を読んで人を助けないといけないんだって。だから、じゃあ、もう事務所には来ないんですか?って私が言うと、それは別で、柳本不動産には行って仕事をするって。でも、その頭じゃ、ちょっとまずいですよと私が注意するんです。すると、大丈夫、かつらを被るからって、背中に隠してたかつらを取り出してきて被るんです。それがまた、ぴっちりとポマードで固めて髪の毛を7対3に分けて、その分け目がはっきりと線になっている髪型なんです。一目でかつらとわかるような」
そこまで言うと、夢の中の河野のかつら姿を思い出したのか、万理はお腹を抱えて笑った。

「何だそれ、ひどいな~」
河野は不満そうに口を尖らせたが、河野の顔を見て丸坊主の頭を想像すると、美土里も万理につられて笑いが吹き出した。

「そんな髪の毛がなくなる初夢って、良くない夢ですよね」
河野が訴えた。
「あれ?もしかして河野くん、髪の毛が薄くなってきたのを気にしているの?」
「えっ、薄くなんかなってませんよ!」
そう言うと、おもむろに頭頂部を掌で隠した。
「あっ、やっぱり気にしてるんだ~」
万理は、河野の頭を指差して笑い、河野は不貞腐れた。

「河野くん、そんな嫌そうな顔をしているけど、頭がツルツルになる初夢って、実は縁起がいいのよ、知らない?」
「そんな話、聞いたことないですよ」
「“一富士、二鷹、三茄子”って初夢で縁起のいいものは聞いたことがあるわよね、その続きがあって、“四扇、五煙草、六座頭”って言うのよ」
「何ですかそれ?」
「四の扇は形が末広がりだから、五の煙草は煙が昇る様子が運気が上がると、六の座頭とは髪の毛の無い法師のことで、“毛が無い”というところから“怪我が無い”になるから、縁起がいいって言われているのよ。つまり、河野くんの髪の毛がない夢っていうのは、縁起がいい夢なのよ」
少しだけ河野は機嫌を直し、ぎこちない笑顔に戻った。
「でも、その夢って、河野くんの夢じゃなくて万理ちゃんの夢だったわね。じゃあ、河野くんじゃなくて、万理ちゃんの縁起がいいってことになるわね」
河野は、椅子からずり落ちる仕草をして天を仰いだ。

それから数日後、正月気分も抜け切らぬ頃、柳本不動産の電話が鳴った。
「お待たせしました、柳本不動産です。はい、河野ですか?しばらくお待ちください」
河野宛の電話らしい。
万理は、土地を購入して分譲住宅を建て販売する大神住宅の名前を告げ、河野に電話を繋いだ。
「はい、河野です。部長、お世話になっています、今年もよろしくお願いします」
河野の元気が良かったのは、そこまでだった。
それ以降の会話は、相手の話の聞き役に徹し、ときおり相槌を打つ程度、最後の方には謝罪の言葉も混じっている。
心配になり途中から聞き耳を立てていた美土里は、河野が受話器を置くやいなや問いかけた。
「河野くん、何があったの?」

「ええ、それが・・・」
去年に、河野の仲介で大神住宅に古家付きの土地を買ってもらった。
その土地の前面道路は、民間の所有地である私道路だったが、位置指定道路という建築基準法で定められた道路として問題はないはずだった。
もちろん、そうした内容は契約の前に調べて、重要事項の説明という形で、大神住宅にも説明をして購入をいただいたのだ。
そのときに、上下水道やガスなどの設備が前面の位置指定道路に通っていること、古家には、それらの配管が入っていることも説明した。
しかし、先ほどの電話では、土地を2つに分譲して販売しようとすると、1軒については従前に配管されている上下水道やガスを使えるが、もう1軒については、前面道路を掘削して本管から引き込みをしないと家が建てられない、いや家は建てられるのだが、上下水道設備のない家なんて売れないと。
そりゃそうだ。
そのためには道路を掘削しないといけないし、掘削するためには、道路の所有者たちの同意が必要だというのだ。

「何それ?引き込み管が1本だということも説明したんでしょ?」
河野は頷いた。
「だったら、分譲するのならもう1本、引き込み管を入れないといけないってわかるでしょう、引き込み管を入れるために道路の掘削も必要だし、私道路なら掘削同意も必要だってことぐらい、大神住宅も不動産業者なんだからわかるでしょうに」
美土里は呆れた。
「河野くん、分譲するなら掘削同意が必要だってことを書面に記載した?」
「いえ、そこまでは書面に記載していませんでした、でも、引き込み管が1本しかないってことは記載して、配管図面も渡して説明したのですが・・・」
河野はまだ納得できないのか、疑問があるのか首を傾げたままだ。
「困ったわね、あくまでこちらに非は無いって突っぱねることもできないことは無いと思うけど・・・大神住宅が分譲目的で古家付きの土地を購入するってことは知っていたのよね?」
「はい、それは知っていました」
「とすると分譲目的での購入ということは知っていた、だから本管を割って水道管を引かないといけないことは明らかだった。そうなると、掘削同意が必要だということも、きちんと書面に記しておいた方が良かったわね。で、大神住宅は何て言ってるの?」
「掘削同意を、柳本不動産で取ってくれと言われてます」

大神住宅は、建売用地を買ってくれるお客さんだし、仲介をしている柳本不動産としては争っても得はない。
前面道路の所有は4人の共有だ。
河野は責任を感じて、掘削同意を取り付けることにした。

私道路の所有者4人は、その道路に接した土地の所有者ばかりだ。
そして、4人とも、それらの土地に家を建てていた。
これなら、道路の掘削同意を取り付けるのも、そう難しくはないだろう、と高をくくっていたのだが・・・。
「社長、4人のうちの2人は、気持ちよく掘削同意の書面に印鑑をもらえたんですが、あとの2人がなかなか難しいんです」
河野は、美土里に泣きを入れた。
「で、どんな状況なの?」
美土里の問いに、河野は説明を始めた。

西側の西川さんについては、最初に訪ねた際に掘削同意が欲しい旨を話したのだが、「ちょっと考えさせてもらうわ」との返事だった。
2度目に訪ねたときには、「同意してもいいけれど、書類に署名や捺印をするのも手間だし、印鑑証明を取るための費用がかかるからな~。こっちがそんなことに協力しても、何のメリットも無いからな~」と言い出したのだ。
「金を出せってこと?」
美土里は通った鼻筋に皺を作り、少し顔をしかめた。
3度目には、露骨に「いくら包んでくれるの?」と訊ねてきた。
「仕方ないわね、道路の所有者の掘削同意は必要なんだし、10万円くらいまでで同意してくれるなら、それでもいいんじゃない。他の気持ちよく同意してくれた所有者にも、はんこ代として3万円ほどは包んでお渡ししてね。ただし、金額については口外しないように言い含めておいてね」
美土里の言葉を聞いて河野は口を尖らせた。

「でも、そもそも位置指定道路と役所に認定されている道路なんですから、その道路の中にある市の水道管に対して工事をするのに、道路所有者の掘削同意なんて必要なんですか?」
「あらあら、宅地建物取引士の河野くんが、今更そんなこと言うかな~」
「位置指定道路は、建築基準法上の道路認定の一種というだけで、通行承諾や掘削同意に当然にお墨付きを与えているってことじゃないのよ。もちろん、緊急車両が通る道路なんだから、個人の所有とはいえ、道路上に何かを建てたり車庫として車を常駐させたりするのはいけないんだけどね」
「だから通行承諾や、掘削同意については、それぞれの話し合いで決めていく必要があるの。今回の土地については私道路の土地に通行を目的とした地役権設定がされているので、通行についての権利はあるんだけど、掘削とかについての権利はないから、道路所有者の掘削同意が必要なの」
「やっぱり、そうですよね。なんだか掘削同意をお願いしているうちに、道路所有者から理不尽なことを言われているように思えてきて・・・」
河野は、しょげてうなだれた。

「道路所有者は、一方的に権利の主張をしているんじゃないってことを理解したら、そんな気持ちにならなくて済むわよ。道路の整備が必要となった場合には、道路を使用している人が協力金を求められることもあるけど、基本的に道路の整備には、その所有者がしないといけないんだから、道路所有者には、そんな負担もあると思っていれば、一方的に理不尽なことを要求されている訳じゃないでしょ」
美土里に諭されて、少し割り切ることができるような気がした。
しかし、すぐにもう1つの問題があることに気付き、河野は気持ちが萎えた。

「もう1軒の東側の家は、東浦さんって言うのですが、いつ行っても誰もいないんです。もう住んでいない様子なんですが、謄本の所有者住所は間違いなくそこなんです。周りの方に聞いても、以前にお祖母さんが1人で住んでいたけれど、いつの間にいなくなったのか?どこへ行ったのか?誰もわからないみたいなんです」
「仕方ないわね、じゃあ興信所に依頼してみよっか?」

1週間ほどして、興信所からの調査結果が届いた。
本人はどこかで生きているようだが、住所変更はされておらず、その家に住所はあるそうだ。
子どももおらず、ご主人は既に亡くなっており、本人、主人とも両親も兄弟姉妹も、この世にはもういない。
遠縁にあたる親戚がいたので、所在を聞き取りしたが、数十年来、行き来はなく全く行方は知れないらしい。
調査報告が入った頃には、その他の3人の掘削承諾は揃っていた。
「これは、困ったわね」
「生きているのに、住所の地にいない。周りの人も行方知れずだし、親戚の縁も薄くて交わりもないとなれば・・・」
「老齢だということなら、病院に入院しているか、どこかの老人ホームとかに居るんでしょうか?」
美土里は、頷いた。
「そうね、たぶんそういうことなのかも知れないわね。でも、そうだとしても、どうやって探す?この近隣エリアだけでも、入院施設のある病院や介護施設、高齢者向け住宅まで入れると、途方もない数になるわよ。片っ端から電話でもする?」
「そちらに東浦さんって方はおられますか?って」
「今どきのことだから、もし居たとしても、家族でもない不動産屋に、おいそれと教えてくれるかしら?」
たしかにそれは大いに疑問だ。まず間違いなく教えてはくれないだろう。
家族のふりをして電話を掛けても、すぐにバレるであろうことは火を見るより明らかだ。

2人が困り果てているのを見て、万理が口を開いた。
「もし良ければ、私をその家に連れて行ってもらえませんか?何かわかるかもしれないから」
神妙な面持ちで言う万理に対し、もしかしてという期待があったのも事実だ。
早速3人で留守になっている家に向かった。
その家のガスは閉栓されていたが、電気のメーターは僅かに動いている。
おそらく、長期の不在をするためにガスは止めているが、冷蔵庫は動かしたままというところだろう。
郵便受けには、多くのチラシやダイレクトメールが突っ込まれていたが、郵便局からの郵便物はその中にはない。
「河野くん、これって郵便局に転送手続きしているんじゃないかしら?郵便物がないわよね?」
「そういえばそうですね。ダイレクトメールやチラシはあるけれど、郵便局を通した郵便物は見当たらないですね」
郵便局に転送届けをしているのなら、手紙を送れば本人に届くかもしれない。
向こうから連絡をもらえるかどうかわからないけれど、試してみる価値はある。

「万理ちゃんの方は、何か感じた?」
じっと目を瞑る万理に向かって、美土里は聞いた。
「いえ、すみません、ちょっとまだはっきりとはわかりません」
「そっか、仕方ないね。じゃあ、まずは手紙作戦でいこう!」
スマートフォンで家の写真を撮り、所有者の名前が記載された登記簿抄本を、万理は持ち帰らせてもらうことにした。

その翌日のことだ。
美土里が出社するなり、万理が駆け寄ってきた。
万理のあまりの勢いに押され、美土里は一歩後ずさった。
「社長!昨日の夜、夢を見たんです。あのお婆さんの!」
「お婆さんって、もしかして、河野くんの掘削同意の?」
「ええ、あの家の写真をしばらく見て目の裏に焼き付けてから、枕の下に登記簿抄本を置いて寝たんです。すると夢にお婆さんが現れたんですよ」
万理は興奮していた。
「ほんと?」
にわかには信じられない。
「ええ、たぶん間違いないと思います。お婆さんは痩せていたけど、髪の毛は白くて豊かでした。住んでいる建物は小高い山の上にあって、まだ建ったばかりのような綺麗な2階建の建物なんです。アパートのようでしたけど、部屋が10室もあるかないかくらいで、1階には食堂を兼ねた壁に大きなテレビがかかった共有スペースがあるんです。で、お婆さんの部屋には、ドアのないトイレとむき出しの洗面台があるだけの浴室のないワンルームなんです」
いつの間にか、美土里の横で万理の話を聞いていた河野が、何か気付いたようだ。
「社長、それって、半年ほど前にオープンした岡の上のサービスつき高齢者住宅じゃないですか?」
「そうね、万理ちゃんの言う部屋の様子は、高齢者住宅の感じだわね。まだ新しい10室前後の高齢者住宅で、山の上か岡の上にある建物となると、この辺りでは1つしかないわね」
美土里と河野は、顔を見合わせた。

「ちょっと行ってきます」
河野は、事務所を飛び出していった。
そして、2時間ほどしてから戻ってきた河野は満面の笑みだった。
「社長、ビンゴです。万理ちゃんの言う通り、岡の上のサービスつき高齢者住宅に東浦さんはおられました。豊かな白髪で、枕元には速達で出したうちからの手紙も置いてありました。事情を説明すると、こころよく掘削同意に署名捺印をしてくださって。でも印鑑証明書は取りにいけないから、僕にとってきてくれと印鑑登録カードまで渡してくださったんです」
そういって、東浦さんの印鑑登録カードを目の前に差し出した。
「そう、良かったわね。これで掘削同意が調ったわね。万理ちゃんに感謝しなさいよ」
美土里もホッと胸を撫で下ろした。

奇しくも、今回も万理の不思議な力に助けられたことになる。
良い初夢を見るために枕の下に宝船の絵を入れるっていうのは聞いたことがあるけれど、枕の下に登記簿抄本だなんて・・・
見えざる力に感心する一方、そんな、おまじないみたいな方法で、万理がお婆さんを発見したことに、美土里は笑いが込み上げてきた。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。