トップページ > 2016年12月号 > 女不動産屋 柳本美土里

女不動産屋 柳本美土里

「ドン!」
衝突音とともにシートベルトに体を押さえつけられて意識が戻った。
あ~あ、またやっちゃった。
先月も同じような追突事故を起こしたばかりなのに、また・・・。

前の軽自動車の運転席から降りてくる男性は、人が良さそうで真面目そうなタイプだ。
公務員だろうか?
男性の表情は怒るというよりも、ただ自分の車の被害を心配しているような様子が見て取れた。
幸いにも、いきなり罵倒されることはなさそうだ。
幸夫は相手の表情を確認してから、運転席のドアをそっと開けて外に出た。

前のワゴン車のバンパーの上に、こちらの車のバンパーが乗り上げ、ワゴン車の後ろのドアにめり込んでいる。
「とりあえず脇に寄せましょう」
幸夫は肯き、2人はお互いに自分の車の運転席へと戻っていった。

3ヶ月ほど前から始めたサイドビジネスのために、幸夫は慢性的な寝不足状態だった。
昨夜も3時間ほど寝ただけで、家を飛び出してきた。
車の中の暖房が気持ちよく、信号待ちではつい居眠りをしてしまう。
信号が青に変わっても気が付かず、クラクションを鳴らされることもしばしばだ。
信号待ちではサイドブレーキを引いているので、クラクションを鳴らされるだけで済むのだが、問題は渋滞のときだ。
シフトをドライブにしたまま、ブレーキを踏んだり緩めたりするうちに、意識が遠のいてブレーキを踏む力が弱まり、車がゆるゆると滑り出し、その挙句に前の車にぶつかってしまう。
そこで、目が覚める。

「さて、修理には、いくらくらいかかるだろう?」
5万円ほど?10万円ほどなのか?
いずれにしても、今は任意保険を使わないと支払いができない。
となると、次の保険の更新では保険料が値上げになるのは必至だ。
幸夫は、そんなことばかりが充満する頭を相手の男性に向けて下げた。
「彼女を悲しませたくない」そう思っていただけなのに。

幸夫が物心ついたときには、大勢の家族がいた。
大勢の兄弟と、大勢のお母さんたちと、お父さん。
そうした家庭が一般的ではないと知ったのは、もう少し大きくなってからだった。
お母さんの誰かが、兄弟の1人を呼びにきて、別室に連れて行く。
そこに何があるのか不思議に思った幸夫は、兄弟たちに聞いた。
「どうして他の部屋に呼ばれるの?何の話をしているの?」と。

そこで初めて知ったのだ。
一緒に育った兄弟たちには、一緒に生活しているお母さんたちとは違う、別のお母さんやお父さん、親戚という名の人がいて、たまにやってきて、僕の兄弟たちと別室で一緒に過ごしているということを。
僕がお母さんと思っていた人たちや、お父さん、兄弟たちは、本当の家族ではなく、本当の家族はどこか別のところにいて、僕は偽者の家族と暮らしていることを。

さらに大きくなってから、偽のお父さんが教えてくれた話では、本当の母はどこかに行方不明となり、1人では育てきれない父親が、親の責任を放棄したのだそうだ。
その父も、酒場での喧嘩で相手に大怪我を負わせ、刑務所に入ってから消息はわからなくなっているそうだ。
幸夫にとっては、父と母のことなんて、どうだって良かった。
元々いなかった人たちだし、彼らが自分のことをどう思っているのか?とか、彼らがどうしているのか?なんて、もはや自分には関係がない。
自分のこれからの人生を、どうやって生き抜くのかを考えることで精一杯なのだから。
高校を卒業して「児童養護施設」と言われる家を出れば、自分を助けてくれる人は誰もいないし、人脈やお金があるわけでもない。

高校を卒業すると、住み込みで鉄工所の工員となった。
寮は、社長の自宅と同じ敷地内に建てられた別棟。
4畳半の部屋が6室ある寮には、幸夫の他には地方出身者の同僚が住んでいた。
今でも鉄工所の社長には感謝をしている。
春には桜を見に、夏には庭でバーベキューをし、秋には紅葉狩りなど、季節ごとのイベントに、社長の家族と一緒に寮に住んでいる工員も参加することを許してくれた。
「あんたが率先して働かないと、どうするのよ」
イベントごとに、社長は奥さんに使われ叱咤されていた。
普段は1番偉いと思っている社長が、奥さんの言葉に愚痴を言いながらも従う。
「ばっかみたい」
威厳を示そうとする父親に対し反発するお嬢さんと、弱々しくも父親の味方をする息子さん。
ストレートな言葉のなかにも、お互いがお互いを大切に思い信頼している心が感じ取れる、そうした夫婦や家族の素敵な姿を見せてくれたのも社長なのだ。
幸夫は、初めて家族の素晴らしさを感じ、家族を羨ましいと感じる日々を送った。

「みんな、申し訳ない」
涙でくしゃくしゃになった顔を下に向け、薄くなった頭を俺たちに向けて、社長は深々と腰を折った。
「工場を続けていくことができなくなった」
発端は、経営者仲間が借金をするための、連帯保証人になったことのようだ。
その仲間が手形の不渡りを出し、夜逃げをしたことで、社長に責任が被せられたのだ。
これまで、なんとかやりくりをしてきたようだったが、ついに限界が来た。
結局、工場は倒産、従業員は解雇。
家と敷地、工場を売り払って借金の返済に充てるしかなくなったらしい。
明け渡しの期限が迫る中、ひとり、またひとりと寮を後にしていった。

「部屋を探しているのですが・・・」
どれだけの不動産屋に行っただろうか?
仕事を失い保証人になってもらえる人もいない幸夫は、ことごとく入居を断られ続けた。
仕事を選ぶことなんてできない。
途方に暮れるなか、幸いにも、先に寮を出た元同僚から、パチンコ店でのホールの仕事を紹介され、店の2階に住まわせてもらえることになった。

美代子と出会ったのは、そのパチンコ店だった。
カウンター業務をしていた美代子は、弾けるような笑顔の女の子だ。
誰もが好感を持つ美代子だったが、話してみて、幸夫と同じように家族の縁に恵まれなかったことを知った。
「うちが子どもの頃に親が離婚して、うちは母親と暮らすことになってん。うちが中学の頃に母親に彼氏ができて、なんだか家に居づらくなったから、中学校を卒業してすぐに家を出てきたんよ」
「すぐに夜の仕事をするようになったんやけど、お客さんをとったとかとられたとか、ホステスどうしの諍いが嫌になってね~、それで辞めちゃった」
あっけらかんと、笑いながら自分の過去を話す美代子に、幸夫はさらに好意を抱くようになった。

2人が付き合うようになってから、しばらくして美代子が妊娠した。
少ない友人たちと形ばかりの結婚式を挙げ、美代子の部屋が新居となり2人の生活が始まった。
「お腹、だいぶ大きくなってきたよな」
「そやね、どこからみても妊婦さんや」
「仕事の方、そろそろ辞めた方がいいんじゃない?」
妊娠している美代子が、パチンコ屋で働くことに幸夫は反対だった。
騒音のなかに長時間いることは、お腹の子どもに悪い影響を与えるとしか思えない。
少しでも長く働いてお金を貯めておきたいと思う美代子だったが、さすがに妊婦がパチンコ屋で仕事をしていることにお客さんからも心配の声が出始め、それがオーナーの耳にも入るようになった。
「うん、わかった。今月いっぱいで辞める」
美代子は幸夫の言葉に従った。

「家賃並みの支払いでマンションが買えます」
ある日、郵便受けのチラシを片付けていた幸夫は、そんなチラシが目に留まった。
家賃で家が買える?頭金も不要だそうだ。
本当だろうか?
他のチラシを傍らのゴミ箱に投げ込み、1枚のチラシを手に、幸夫は部屋に戻った。
「これ、どう思う?」
「どうって?」
テーブルに置いたチラシを2人は覗き込んだ。
「ここに書かれているローンの支払い例を見たら、今の家賃に少し足したくらいでマンションが買えそうだけど・・・それに頭金もいらないって書いてる」
「さあ~、どうなんやろ?ほんまにこれくらいで買えるならええ話やけど・・・私らがマンションを持てるなんて夢みたいな話やな~」
これまで、自分たちに家が買えるなんて思ってもいなかった。
でも、このチラシに書かれていることが本当なら、なんとかなりそうだ。
妻ができ、子どもができ、家を持てる。
それらが揃うことで、幸夫はやっと1人前の社会人になれる気がした。

「チラシを見て来たんですけど・・・」
幸夫は、不動産屋のドアを引いた。
チラシの言葉に嘘はなかった。
全額ローンとするので頭金も要らなかったし、ローン支払額はチラシに載っていた通りだ。
ただし、不動産を買うには、登記の費用などもろもろの費用が要るらしい。
そんな諸費用分も持ってないと言うと、その分もローンを組めるという。
そのために、ローン支払額は少し上がったが、全くお金を出さずにマンションが買えるのだから仕方のないことだと思う。
「買おう」幸夫は心に決めた。
美代子が驚き、そして喜ぶ顔が浮かんだ。

「山田さん、ローンの事前審査をさせていただいたのですが、物件の分は承認が出たのですけど、諸費用分だけは承認が出なくて・・・なんとかご準備できませんか?」
マンションの営業マンからの電話だった。
さて、困ったことになった、どうしようか?
とりあえず申込金は、出産のための貯金から出すことにした。
マンションの引渡しまでには1年ある、それまでになんとかお金を貯めるしかない。
とは言え、パチンコ店の給料だけでは、とうてい貯金はできない。
幸夫はアルバイトを探すことにした。
しかし、パチンコ店の勤務が不規則なこともあり、適当なアルバイトはなかなか見つからない。
そうこうしているうちに、マンションが完成した。
しかたない。
幸夫は美代子に黙って、サラ金からお金を借りてマンションの諸費用を支払い、引渡しを受けた。

パチンコ店を辞めていった元同僚から連絡があったのは、そんな頃だった。
「ちょっと話があるんやけど・・・儲かるええ話やないから聞いてくれへんか?」
儲かる話?
どんな話かわからないが、とりあえず聞いてみよう。
幸夫は元同僚に会いに出掛けた。
待ち合わせをした喫茶店には、元同僚と、もう1人別の若い女性がいた。
黒いワンピースの女性は、幸夫でも知っている有名ブランドの鞄を腕に掛けていた。
元同僚が言うには、彼女はビジネスパートナーだそうだ。
彼女の方が、先にビジネスを始めており、説明も上手なので来てもらったという。

「初めまして、三田彩香と言います」
白くて細い指に挟まれた名刺には、英語の会社名が刷られていた。
2時間ほどの話のほとんどを彼女がした。
凄く身体にいい日用品やサプリなどを売るビジネスだそうだ。
商品が素晴らしいので、売るのは易しいし、一度使うと誰もがリピーターになるのだそうだ。
そして、売るだけではなく、ビジネスをする仲間を作っていくことで、ビジネスが加速し、一般の会社が使っている莫大な広告費が、メンバーに還元されるところが醍醐味らしい。
「ネットワークビジネス」
名前は聞いたことがあったが、実際に詳しく仕組みを聞いたのは初めてだ。
この三田という女性は、このネットワークビジネスでかなりの収入を得ているらしく、外車に乗り、海外旅行にも頻繁に行っているらしい。
そんな様子を撮影した写真も披露してくれた。
元同僚も頑張っていて、それなりの収入を得ているようだ。
「ビジネスは自分の自由な時間にすればいいのよ」
それなら不規則な勤務の自分でもできるかもしれない。
頑張れば、大きなお金が権利収入のように毎月入ってくるような話でもあった。

住宅ローンに加えて、美代子に内緒のサラ金の返済もあったため、やりくりはかなり苦しくなっていた。
この分では、遠くない将来に、サラ金の返済か、住宅ローンの支払いができなくなってしまう。
そんなことになったら、美代子を悲しませることになる。
幸夫はビジネスを始めることを決意した。

簡単に稼げそうに思ったビジネスは、意外にもなかなか収入には結びつかなかった。
商品知識やビジネスを学ぶために行われる夜中のセミナーや勉強会などにも行かねばならず、サンプル商品を持っている方がいいと言われて、ひと揃えの商品を買うことも強いられた。
この頃の月々の収入は、わずか1万円ほど。
慢性的な寝不足で、幸夫は限界に来ていた。
「彼女を悲しませたくない」そう思っていただけなのに。

「ドン!」
衝突音とともにシートベルトに体を押さえつけられた。
河野は売却依頼を受けた物件の現地調査をした帰りだった。
右折する車でいつも混雑する信号の手前、前を行く車が止まったのに合わせ、河野もブレーキを踏んだ。
完全に車を止めた数秒後だった。
音と衝撃を感じ、ルームミラーを覗くと、後ろの車がリアガラスいっぱいに映っている。
追突されたのだ。
幸いにもスピードは出ていなかったらしく、体は無事のようだ。
こっちは止まっていたのだから非はないはずだ、それにしても、どんな輩がぶつかってきたのだろう?
河野は、恐る恐る運転席のドアを開け、車の後ろに回った。

こちらの車のバンパーの上に、後ろの車のバンパーが乗り上げ、後ろのドアにめり込んでいる。
20代後半くらいの年齢の男だ。
蒼白い顔は、事故を起こしたことによるものなのか、単に顔色が悪いからなのか?
「とりあえず脇に寄せましょう」
河野は言い、2人はお互いに自分の車の運転席へと戻っていった。

「社長、聞いてくださいよ~」
河野は事務所に戻るなり、美土里に訴えかけた。
河野は柳本不動産の唯一の社員で営業マン、美土里は柳本不動産の2代目女社長だ。
背が高く均整のとれたスタイルで、女性としても魅力的な美土里だったが、男勝りの性格が災いしてか、いまだに独身を貫いていた。
好きで貫いているわけではないのだが、気付くと妙齢になっていたというところだ。
正義感が強くお客様思いの河野は、営業としては頼りないところもあるのだが、柳本不動産のポリシーに合っているということで、美土里が迎え入れた初めての社員だ。

「河野くん、どうしたの?」
「車をぶつけられたんですよ、止まっているところに後ろから」
「あらら、でも体は大丈夫そうだけど、なんともないの?」
「ええ、まあそんなに激しくぶつかった訳じゃなかったので、体は大丈夫なんですが、車の後ろのドアがベコって」
そういうと、河野は開いた左手に右手の拳を打ちつけた。
「相手は、任意保険に入っているんでしょ?なら、修理してもらえばいいじゃない」
河野は口を尖らせた。
「それがですね~、保険は入っているのに使いたくない、修理代は分割で支払いたい、なんてふざけたことを言っているんですよ」
「またどうして?」
「保険料が上がるのは嫌だけど、一括で修理代を支払うお金もないらしいんです」
「う~ん、それは、困った加害者ね」
困っている河野の様子に、美土里は笑いが込み上げてきた。
「社長、何笑っているんですか?僕が困っているっていうのに・・・」
河野は尖らせた口をつぐみ、今度は頬を膨らませた。
「加害者ってどこの人なの?」
「仕事は駅前のパチンコ屋さんだそうです。で、駅の南側に最近建ったマンションに住んでいるそうです」
「え?あの駅南の分譲マンション?その加害者、マンションを購入したばかりだというのに、かなりお金に困っているみたいだわね。なんだか事情がありそうね・・・。一度事務所に呼んでみたらどうかしら、私が話を聞いてあげるから。事情によれば私が修理代を立替えてあげてもいいわよ」

やってきた男は、やはり蒼白い顔をしていた。
「あなた顔色悪いけど、大丈夫?どこか悪いの?」
「いえ、たぶん寝不足だと思うんです。あの事故のときも、一瞬居眠りをしてしまったようで、意識が飛んでいたんです」
男は、すまなそうに答えた。
山田幸夫と名乗った男は、妻と生まれたばかりの子どもがいること、マンションを買ったときにサラ金から借金をしたこと、稼ごうとネットワークビジネスを始めたものの上手くいかず、時間ばかりとられて睡眠不足の状態であること、住宅ローンとサラ金の返済が大変だということ、先月も同じような追突事故を起こしたこと、修理代を支払うお金がないことを、ぼそぼそと語った。

「あなたね~、ちょっと考えが浅すぎるんじゃない?不幸中の幸いで、今回の事故は怪我もなくて良かったけど、もし人でもはねて大怪我させたり、殺めたりしたらどうするつもりだったのよ?」
「そんなことになったら、奥さんやお子さんが悲しむとは思わなかったの?」
美土里は、激高した。
妻と子どもの悲しむ顔が浮かんできたのか、男は嗚咽を漏らした。
「まあまあ、社長」
河野が、美土里を宥めに入った。
「だって・・・」
「無理をしてマンションを買ったことが原因なんでしょうけど、ローンの支払いができなくなれば差押えを受けて競売されることになるし、サラ金の支払いができなくなって厳しい取立てがあると思えば、旦那さんとしては、なんとか不足分を稼いで平穏な生活を維持したいって思うのは当然ですよ」
河野は、ため息を吐きつつ言った。
「で、あなた、これからどうするつもり?」
「どうするって言われても・・・どうしたら・・・」
「そんなこと知らないわよ」と美土里は言いたい気持ちではあるが、おせっかいな優しさが沸いてきて、目を閉じ腕を組んだ。

美土里は閉じた目を開き、幸夫に言った。
「今の状態のままなら、どうしようもないわね。収入を増やすか、支出を減らすかしないと思うわよ。とりあえず奥さんを連れてきなさい、私から話をしてあげるから」
「でも・・・」
サラ金から借金をしていることや、寝不足で事故を起こしたことなど、妻の耳に入れたくないことが表沙汰になるのを幸夫は恐れ躊躇した。
「この期に及んで、何を言っているの?このままいくと、いつか大きな事故でも起こして、取り返しのつかないことになるわよ」
確かにそうかもしれない、幸夫は、仕方なく腹をくくった。

「一緒に来て欲しいんだけど・・・」
言葉にするタイミングを計り、幸夫は意を決して美代子に声を掛けた。
「どこへ?」
交通事故を起こしたことや、その被害者が勤める不動産会社の社長から美代子を連れて来るように言われていることなどを話した。
「でも、なんで私も呼ばれるんかな?よくわからへんけど・・・まあ、ええわ、一緒に頭を下げに行ったげる」

「・・・そういうことで事故を起こしてしまったみたいなの」
美土里の話を唇を噛んで黙って聞く美代子の横顔を、幸夫は恐る恐る見た。
「ほんまに、あんたって人は・・・」
美代子は、子どもを叱る母親の顔で幸夫を睨んだ。
「そこで、私から提案があるの」と美土里は二人を交互に見た。
「住んでいるマンションを売って住宅ローンやサラ金の借金が返せるのなら、それもひとつの方法なんだけど、仮に今、マンションを売ったとしても残りの住宅ローンを返す以上の値段では売れないと思うわ。となると、現状をなんとかするには、所得を上げるか支出を減らすしかないと思うの」
美土里の提案は、こうだ。
まず、寝不足になって事故を起こしてしまうようなビジネスはすぐに辞めること。
節約したり切り詰めることができるかどうか、生活費を見直すこと。
生まれたばかりの赤ちゃんがいるから奥さんは外に働きに出られないけれど、家の中でパソコンやスマホを使って柳本不動産の仕事を手伝ってもらうことで、少しでも所得を増やすこと。
それでも、返済ができない場合は、マンションを誰かに貸して、自分たちは小さな賃貸マンションに住み、賃料の差額を返済に充てるようにすること。

「でも、それって・・・」
河野が心配そうに美土里を見た。
「ええそうよ、本来は住宅ローンを借りて買った家は、自分が住むためのものとして借りた種類のローンなんだから、家を他人に貸すのはダメなんだけど、返済のための一時的なものであれば、仕方がないんじゃないかなと私は思うの。実際、転勤などで家を貸している人もいるでしょ、銀行にしても、返済が滞ったり、できなくなるよりもマシだから大目に見ているんじゃない?」
「一応、これは社長の個人的な意見ということで、本当はダメなことなので、そうならないように頑張りましょうね」
河野がすかさずフォローを入れた。

すべてを聞き終えて、赤ちゃんを胸に抱えていた美代子は口を開いた。
「いろいろと本当にありがとうございます。この人が私や子どものことを思ってしてきた気持ちは嬉しいし大切にしたいと思います。でも結局、その気持ちが、裏目に出てしまって、こういう事態になったんですよね」
うなだれる幸夫を見て、そう言うと、美代子は目元と口元を緩ませた。
「柳本社長が、そういってくださるのなら、私も頑張ってお仕事させていただきたいと思います。何をどうしたらいいのかもわかりませんが、よろしくお願いします」
美代子は両手を重ねて頭を下げた。

「でも社長、あの2人、大丈夫でしょうか?」
2人が事務所を後にすると、河野は心配そうに訊ねた。
「大丈夫だと思うわよ。生活費を切り詰めて、奥さんも収入を得れば、なんとかなるでしょう。あの奥さんには、物件データの打ち込みとかをしてもらうわ、それなら家でもできるでしょう。それで、続きそうなら、バイト料の前払いって形で出してあげてサラ金の借金分を返済すればいいしね。結局はサラ金から借りたお金の返済が、重荷になっていたんでしょう?」
「そうですね、それならなんとかなりそうですね」
「ところで、僕の車の修理代はどうなるんですか?」
「あんなの、ちょっとへこんでるだけなんだし、問題ないわよ、そのまま乗ってれば?」
「ええ!そんな~」
河野は口を尖らせた。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。