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女不動産屋 柳本美土里

「ドン!」という大きな音で意識が戻り、気が付いた時には、割れたフロントガラスの隙間から見えるアスファルトの地面が目の高さにあった。
助手席に置いていた鞄が頭の上にあり、胸の前にはハンドルがある。
「ああ、事故をしたんだな」
そんなわかりきったことに気付くのに数分間も費やしたように思う。
「おい!大丈夫か?」という男の声と、救急車のサイレンが遠くから聞こえると思った途端に意識を失った。

「気が付かれましたか?」
次に気が付いた時は、病院のベッドの上だった。
首を持ち上げた隆一に気付いた中年の看護士が、めくれた布団を掛けなおしながら言った。
「トラックは大破したって聞いたけど、あなた本当に運が強いわね。多少の打ち身はあるものの骨折どころか大きな傷も見あたらないわ。頭も打ってないようだし・・・まあ、ゆっくり休むことね」
笑いながら、分厚い掌で2度布団を叩いて、彼女はナースステーションに戻って行った。

看護士のかわりにやってきたのは、交通課の巡査だ。
長男の隆彦よりいつくか年上だろうか?もしかすると同じくらいの歳かもしれない巡査が話してくれた事故の様子はこうだ。
ふらついていた隆一のトラックが対向車線との間にあるガードレールにぶつかり、その反動で横倒しとなり、自分が走行していた車線の路肩まで滑り、路肩側の側壁に衝突したらしい。
不幸中の幸いで、他に巻き添えを被った車両も人もなく、自身も大きな怪我はしていないようだ。
事故の原因は居眠り運転。
このひと月ばかり、隆一は布団に入っても熟睡することのできない日々が続いていたのだった。
「トラックと荷台の積荷はどうなりましたか?」
警官の腕にしがみついて訊ねた。
「まあ、ひどい状態だったから、トラックも荷物もダメでしょうね。でも、大きな怪我がなくて良かったじゃないですか」
警官は、慰めるように明るさを装った。
トラックも荷物もダメ。
その現実が黒い雲となって、隆一の身体に覆いかぶさってくるのを感じた。

太田隆一は、市内の高校を卒業するとすぐに地元の運送会社に就職した。
隆一の家庭は母子家庭だ。
小学校3年の頃に隆一の父は行方不明になり、それからというもの母と小学校1年の弟との3人暮らしになった。
当時は、どうして父がいなくなったのか母に聞いても要領を得ない答えしか返ってこなかったし、その理由を執拗に訊ねることは、子ども心にも母を苦しめるように思え、どうして父が家を出て行ってしまったのかはわからないままとなり、家ではその質問はしてはいけない雰囲気となった。

特に資格も特技も持たない母は、コンビニエンスストアとスーパー、居酒屋と仕事を3つも掛け持ちしたが、収入は毎月の生活費を捻出するのが精一杯。
母が風邪でもひいて仕事を数日でも休むと、とたんに生活のどこかに歪みが来るような暮らしぶりだった。
料金が支払えず、電気や水道が止められたことも記憶にある。
義務教育である中学校を卒業したらすぐに働いて、母を少しでも楽にしてやろう、そんな風に思っていた隆一に対し、母は意見した。
「公立高校やったらなんとかなるから、高校だけは行きなさい。いまどき、中卒の人は、ほとんどおらへん。母子家庭やからって子どもに高校も行かせられへんって他人に思われるのは、母親として悲しいわ。お願いやから高校だけは行って」
今にも泣き出しそうな母に折れて高校へは行ったのだが、その先を望むことは考えてはいけないことなのだと自分に言い聞かせて高校生活を送った。

むろん、高校に行かせてもらうだけでも母に申し訳ない気持ちだったのだから、大学なんてはなから行くつもりはない。
長男としては、早く働いて母や弟を楽にしてあげたい。
それが、隆一の表向きの考えで、そう思いこむことが自分に必要なことだった。
ほとんどが大学進学を目指すという友人どうしの会話の中で、「就職する」と答える自分に対し「え?どうして?」と驚いて理由を聞く友人に、その説明をすることが辛く、同じように生まれて同じ学校で生活してきた友人たちと自分との境遇の違いに、大きな不公平を感じることもあった。
本当は、こちらが隆一の本音だったのかもしれない。
「どうして父は家から出て行ったのか?」
家の中ではタブーとなっていた疑問を母にぶつけたのは、そんな頃だったと思う。
高校を卒業するくらいの年齢になり、もう大人だから話をしても理解できるだろうと、母は遠い日を見るような目でポツリと話し出した。

長年の仕事の掛け持ちの疲労のせいか、髪の毛には白いものが混じり、すっかり老けた母だったが、その分、精神的は強くなっているのだろうか、まるでひとごとのように、過去の話を始めた。
「あなたのお父さんは、とっても優しくて気の弱い人やったんよ」
優しい?
思いがけない言葉が母の口から飛び出した。
嫁と子どもを捨てて家を出て行った男が、優しいわけないじゃないか。
露骨に反意を表した隆一を宥めるように、母は言った。
「結果的には、私が悪かったのかもしれん」
隆一は、母が言う言葉の意味を図りかねていた。

母の話はこうだ。
証券会社に勤めていた父は、顧客に株の売買を促すことを仕事にしていた。
今ではどうなのかわからないが、その頃の証券会社では、大口の優良顧客には証券会社が値上がりしそうな株を、推奨銘柄として購入を持ちかけるというやり方で株を売っていたことがあったそうだ。
値上がりするということに根拠があったのかどうかはわからないが、多くの大口顧客に同一銘柄の株を買わせることにより、その銘柄の株価が上昇傾向をみせ、それを見た他の一般投資家もその銘柄に惹かれ、結果的に株価が上がるということはあったようだ。
父は、いつものように会社の推奨銘柄を大口の顧客に売却した。
が、こともあろうにアメリカの景気後退の影響で、その株価は上がるどころか、大きく下がってしまい、その顧客に大損を被らせることになってしまったらしい。
「必ず値が上がる」と言われて株を買った顧客は怒り、父に損害賠償を迫ったらしい。

証券会社の営業マンが「上がります」と言ったところで、株の取引なんて最終的には投資家の判断での売り買いであり、その結果は売り買いした投資家が受けるのが当然の話だ。
したがって、いくら顧客が「話が違う」と言ったところで、父には何の責任もないはずだったが、頑として顧客の言い分を退けることはできなかったようだ。
後でわかった話だが、顧客が儲かったときには、父は幾ばくかの金銭を受け取ったり、海外旅行に同行したり、夜の街に連れて行ってもらったりもしていたようだ。
時には、女性をあてがわれたりも。
そうしたことで、顧客に対して強い態度に出られないようになってしまっていたのかもしれない。

結局、父はそれまで貯めていた貯金をはたいて顧客の損失補填をしたものの賄いきれず、最終的には会社のお金にも手をつけてしまったそうだ。
母は、通帳から全くお金がなくなってしまったことを父に問いただしたが、父は「顧客の損失補填に使った」とだけしか言わず、それを理不尽に思う母と、顧客そして会社との板ばさみになっていたのだろう。
その頃の母は、父を責めることしかできなかったのだ。
そして、父は最終的には全てを捨てて逃げるという選択をしたのだ。

顧客にはっきりと物が言えず会社の金にまで手を付けてしまった父。
恐れずに全てを母に話し理解を求めたとすれば、家族ともども夜逃げ同然となったかもしれないけれど、母子家庭にはならずに済んだかもしれない。
それなのに父は、何もかも捨てて逃げてしまった。
隆一は、そんな父のことを許せずにいたし、そんな男だけにはならないと決めていたはずだった・・・。

人当たりも良く、明るい態度の隆一は、仕事ぶりも真面目でどこの取引先からも好感を持って迎え入れられていた。
運送会社に就職してから5年ほど経った頃、隆一は取引先の受付の女の子と付き合うことになった。
それが隆一の妻となった翔子である。
2人は、男の子と女の子を1人ずつ授かり、年月の経つのは早いもので、長男はもう大学生になっており、長女は市内にある私立高校へ通っている。
世間は不景気なのだろう、隆一の運送会社の取引先も、倒産したり業務縮小したりの会社が多くなるにしたがい、隆一の給料もどんどん減っていった。
ボーナスをあてにして購入した家のローンの支払いも苦しくなってくると、妻の翔子はスーパーのパートに出掛けるようになった。

「子どもたちにも、もう少しアルバイトを増やすように言いましょうか?」
翔子はそう提案したのだが、自分が大学に行けず、学歴のない者が会社で受ける理不尽を実感している隆一としては、せめて子どもたちにはしっかりと勉強をしてもらい、学歴を積んで欲しいとの思いがあった。
「いや、そこまでしなくてもなんとかなるだろう」
貧しさの苦労は人一倍知っている。
これ以上、お金のことで嫁に苦労を掛けたくないし、子どもたちに不自由な思いもさせたくないという思いが彼をつき動かしていた。
それになにより、嫁の悲しい顔を見るのが辛かった。

そんなとき、隆一に声を掛けてきたのは同僚の栗原だった。
栗原は、半年ほど前に入社してきた運転手だ。
この業界では、ひとつの会社に留まらず、トラックの運転手という職種で会社を転々とする人も少なくない。
栗原も、そんなひとりだ。
切れ長の目で狐のような顔の栗原だが、誰にでも愛想が良く、喋ることが好きなようで、誰に対しても親しく話をするタイプのようだ。
「太田さん、お疲れ様です」
そんな栗原が、事務所の外でタバコを吸っている隆一を見つけ近寄ってきた。
「最近、寒くなって来ましたね~。こんな日は熱燗でもキューっと飲みに行きたいですよ。太田さんはお酒飲まないんですか?」
「うん、家では時々飲むけど、最近はそれも減ったかな。外に飲みに行くことなんて滅多になくなったよ」
隆一は自嘲的に笑った。
「そうなんですか、もしかして奥さんがうるさいとか?」
「いや、そんなことはないけど・・・」
以前なら隆一も、時々は飲んで帰っていたが、稼ぎが減って嫁を働かせている手前、大っぴらに外で飲むなんてことは心苦しいのだ。
「もし良かったら、今度の休み前の日にでもご一緒にどうですか?」
栗原は人差し指と親指で猪口を持ち酒を飲む仕草をした。
隆一の困った様子を見てとったのか、畳み掛けるように栗原は話を続けた。
「実はちょっとしたお金が手に入ったもんだから、お祝いにパーっと飲みに行きたいんですけど、独りじゃあまりにも寂しくて・・・一度、太田さんとも飲みたいと思っていたんです。もちろん支払いは僕が持ちますから、お願いしますよ」
手を合わさんばかりに懇願する栗原の誘いを断ることができず、隆一は次の休み前の夜に飲みに行く約束をしてしまった。

「いいんじゃない、久しぶりに飲みに行ってらっしゃい。時には発散しないと息も詰まるものね」
妻の翔子は、嫌な顔ひとつせずに送り出してくれた。
栗原が勘定を持つと言っているし、まあいいか。

どうせその辺の居酒屋だろう、そう思っていた隆一は、栗原に連れられて行った店を見て驚いた。
「ここって、なんだか高そうな寿司屋のようだけど、大丈夫か?」
一応、隆一も財布にいくらかのお金を入れてきたものの、不安になってきた。
「太田さん、心配しないでくださいよ。今日は僕に任せてください」
栗原は、高級店に行き慣れているかのように自然な振る舞いで店に入った。
同じようなトラックの運転手をしているのに、こんな店に出入りしている栗原のことが不思議で仕方ない。
酒が入ると気持ちも良くなり、隆一の口も滑らかになっていった。
「このあいだ、ちょっとしたお金が手に入ったって言ってたけど、宝くじでも当たったんか?」
そう言うと、ひと呼吸置いて、栗原は隆一の方に向けて座りなおし顔を近づけてきた。
「実はですね、僕の知り合いに競輪関係の人がいるんです。で、頻繁にはできないんですけど、時々、イカサマが行われるようなんです」
「イカサマ?」
びっくりした隆一の声を聞き咎め、栗原は人差し指を口に当てた。
「栗原さん、大きな声を出さないでくださいよ。こんなことがバレたら、ヤバイことになるんですから」
栗原が言うには、暴力団対策法が出来てから何かと取締りが厳しくて、暴力団と取引をする会社や個人が大幅に減っているらしい。
そんな暴力団の資金源としては、出所が探られない公営ギャンブルが最適だそうだ。
そこで、暴力団と繋がりのある競輪界の大物が動いて、たまにレースに操作を加えて開催されるということだ。
ギャンブルで勝ったのなら、当局にも知られることもなく堂々と金を増やせる。
もちろん、この情報はごく限られた人しか知らないし、その情報を漏らすことはできないから、関係者を通じて投資の参加をさせてもらうっていう寸法らしい。
それで見返りには、儲けた額の20%をその人に渡すということのようだ。

「なるほど、じゃあその人は1円も使わずに、代理でかけて儲けた20%を得ることができるって訳やな」
「そうですね、もちろん自分でもかけてるでしょうけど、元手にも限度がありますからね」
「で栗原は、今回いくらかけて、どれくらい儲けたんや?」
「ええ、今回は100万円かけて3倍くらいのオッズが出たので、配当は300万円。これから20%の40万円の手数料を支払って元手の100万円を差し引くと、実際に儲けたのは160万円ってとこですね」
隆一は目を大きく見開いた。
そして、酔いが醒めていくのを感じた。
「実は、来週にも1レースあるらしいんですけど、太田さんも乗りませんか?」
「でも、100万円なんて金は、そんな簡単に動かせんけど」
「いや、いくらでもいいんですよ。結局はかけた金額に応じた配当金から20%の手数料を引いた額になるだけですから」
「ちょっと考えさせてくれ。明日にまた連絡するから」
もしかして、チャンスが来たのかもしれない。

栗原が儲けているのは本当らしい。
あんな高級店に行きつけているみたいだし。
栗原の話に乗って儲けられたとしたら、給料の減った分くらいは直ぐに補充できそうだし、上手くいけば、嫁を働きに出す必要もなくなるかもしれない。
でも、栗原の言葉を信用してしまってもいいのだろうか?
二つの思いが交錯して、隆一はどうするべきか悩んだ。
とりあえず10万円くらいで試してみよう。
栗原は、いくらからでもいいって言っていたことだし。
もちろん、褒められた稼ぎ方じゃないので、家族には内緒にしないといけないが・・・。

栗原は律儀にも10万円の預り証を書いて渡してきた。
「太田さん、楽しみにしていてくださいね」と。
その10日後に栗原から渡された封筒には28万円が入っていた。
なんと18万円もの儲けだ。
嫁のパート代の2か月分にもなる。
これが定期的にできるのなら、嫁のパートを辞めさせることもできるし、住宅ローン返済に苦労することもなくなる。
栗原からもたらされる操作したレースは、月に1度くらいのものだった。
あまり頻繁にして、目を付けられるといけないという理由らしい。
どのレースなのかはわからないが、確実に2倍から3倍くらいの配当が当たっているようだ。
隆一が預ける金額も、回を重ねるごとに増えていった。
半年ほどした頃、栗原から呼び出しがあった。
「太田さん、実はこれまでのような操作したレースは、しばらくの間は封印しようということになりそうなんです。あまりに続けていると、バレる危険性も高くなるということで。それで、来週のレースでとりあえずストップになって、次はいつ始まるかはわからないということなんです」
そうか、そりゃそういうこともあるだろう。
今まで儲けさせてもらったんだから、文句を言える筋合いでもない。
「わかった、じゃあ最後なら少しかけ金も頑張ってみよう」
隆一は家族に内緒で借りられる、いわゆるサラ金にも金を借り、今までの儲けも合わせて400万円の金を作って栗原に預けた。

ここ数日、栗原の顔を見ないな~と思っていたのだが、どうせ出勤時間が違うのだろうくらいにしか考えていなかった。
同僚の運転手が、栗原が出勤してこないことを不思議に思い、住んでいたアパートを訪ねると、そこはもぬけの殻、まさか蒸発してしまっていたとは。
その運転手もしっかりと栗原に騙された口だそうだ。
それを耳にしたとき、隆一は地震が起こったのかと思うくらい足元が揺れるのを感じた。
「どうしよう!?」
400万円やられた。
150万円ほどは儲けさせてもらった金だが、それを差し引いても、250万円を損したことになる。
浅はかだった。今から思えば、あの競輪レースの話も本当のことかどうかわかったもんじゃない。

ともかく、これは大変なことになった。
サラ金への返済のためには収入を増やさねばならない。
隆一は、トラック運転手の仕事の後に、他の仕事をすることにした。
電子部品の工場での深夜の仕事にありついたものの、慢性的な睡眠不足となり、働き出して1ヶ月を過ぎた頃には限界に達しているのを感じていたのだが・・・
ついに事故を起してしまった。
経費節減をしていた運送会社は、車両保険や積荷への保険はかけておらず、事故を起した運転手の責任だとして、車の修理代と荷物の損害賠償の責任が隆一に背負わされた。

「あなた、わかったわ。この家を売りましょう。そうすれば、住宅ローンを返済しても、いくらかは残るんじゃない?それを返済の一部に充てて、そして小さな部屋でも借りてみんなで住めばいいじゃない」
大きな借金を作ってしまって、さぞかし怒られ悲しませることだろうと思っていたのが、全てを話した隆一に、翔子は意外にもあっけらかんとしていた。
「だって、今更どうこう言っても仕方ないじゃない」

以前に取引をさせていただいたお客様からの紹介で、家の売却の話が美土里の元に届いた。
美土里は柳本不動産の2代目の女社長だ。
「もう、このままでは住宅ローンの返済もできませんし、売ってしまおうと思うんです」妻の翔子とともに柳本不動産にやって来た隆一は、そう話をした。
「そうですか、月々のローン返済が厳しいということなら、返済額を下げるように銀行と交渉するっていう方法もありますけど・・・」
「いえ、住宅ローン以外にも大きな負債がありますので、売却してしまって、ある程度の金額が残るのでしたら、それを返済の一部に充てたいと思ってるんです」
美土里は、隆一のこれまでの経緯、負債の理由を尋ねた。
「それって、事故の損害の全部を太田さんが負わないといけないのかしら?会社も負担すべき責任があるんじゃないですか?」
隆一と翔子は、全ての非は睡眠不足で事故を起したこちらの責任だと思い込んでいたらしい。
隆一と翔子は、同時に顔を上げて美土里を見た。
美土里の言葉に、驚いたようだ。
「そうなんですか?会社にも責任があるんですか?」
「そうね、運送会社として業務の中で事故が起こるのは想定できることだし、そのためのリスク回避として会社として保険はきちんとかけるべきだと思うんだけど・・・それを怠っていた会社にも責任はあるんじゃない?でも、これについては断定できないし、良かったら弁護士を紹介するから相談されたらどうですか?」
もし、美土里の言うように会社に損害の分担をしてもらえるのなら、こちらの負担は軽くなる。
ダメもとで、弁護士に相談してみてもいいのではないだろうか?

「で、ご自宅の方なんですが、良かったらうちの方で買取りさせてもらえませんか?」
美土里の提案は、こうだ。
自宅を柳本不動産が買取り、買取り代金で住宅ローンの返済とその他の負債や借金の返済を行い、家はそのまま賃貸にして隆一に貸す。
それならば、太田家は今までの生活環境のまま暮らせ、引越ししなくてもいい。
2~3年もすれば、長男は大学を卒業し、長女は高校を卒業する。
そうなると子供たちの状況も変わるから、今のように4人全員が同居しているとも限らないし、学費などの負担も減っているだろうと。
そのときに、必要ならば自宅を買い戻してくれてもいいし、そのまま賃貸契約を解消して小さな家に引っ越してもいいのではないか?ということだ。

隆一の家庭としては、子供たちがもうすこし成長するまでは環境を変えたくないのは本音だ。
せめて長男が大学を卒業するまでは。
美土里の提案は、隆一家族にとっては、願ったりの話である。
「じゃあ、買取り金額と賃貸の賃料設定をしてみますので、それで検討してみてもらえますか?なるべく太田さんの賃料負担が少なくなるように考えてみますから」
「で、事故の損害については弁護士の先生と相談いただいて、なるべく負担を少なくしてもらうよう頑張って交渉してくださいって、私からもお願いしておきますね」
柳本不動産の買取り代金で住宅ローンは完済し、負債の多くは返済できそうだ。
弁護士の先生の力も借りて負債を減らすことができるなら・・・
いろいろあったが、問題は解決の方向へ向かい、新たな未来が見えてきたように思える。

今回のことで解ったことは、翔子の悲しむ顔を見たくないために独りよがりになってしまい、騙されたり無理をしたりして、どんどん問題を悪い方向に進めてしまったのだと思う。
結局、それは翔子の笑顔を遠ざけることとなっていたのだろう。
これからも妻や家族に苦労をかけることが出てくるかもしれない。
でも、家族でしっかりと話し合い協力すれば、きっと前に進んでいくことができるのだろうと思えた。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。