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女不動産屋 柳本美土里

健太は、浅田次郎の小説「蒼穹の昴」の最終巻である文庫本の第4巻を読み終えようとしていた。
中国清朝末期の朝廷内で繰り広げられる物語が終焉を迎えようとしているそのとき、最終ページの上部余白に、誰かが書いた落書きを見つけた。

“ロイヤル・ザ・タワー4501号”

「なんや、これ?」
健太は、清朝末期からいきなり現実に引き戻された。

「蒼穹の昴」全4巻は、友人の淳一から借りたものだ。
浅田次郎の大ファンである淳一が、「これは絶対にハマるから」と半ば無理やり押し付けてきたのだ。
先に借りた「ハッピーリタイヤメント」があまり自分には合わなかったので、また浅田次郎?と、なかなか手にしなかった本なのだが・・・
ちょっとした時間の隙に読み始めると、どんどん本の世界に引き込まれ、一気に最終巻まで読んでしまった。

“ロイヤル・ザ・タワー”なんて名前は、間違いなくどこかのマンションの名前だろう。
気になった健太は、スマホをズボンのポケットから引っ張り出し、ネット検索した。
・・・あった。
大阪市北区、大阪駅から徒歩8分という駅前の1等地に5年前に新築されたタワーマンションのようだ。
なんだって中国清朝を舞台にした壮大な小説の最後に、物語とは似つかわしくもない“ロイヤル・ザ・タワー”なんだ?
まあ、単純に考えると単なるメモ代わりに書き込んだだけと思えるのだが・・・

淳一とは、高校時代からの友達だ。
同じクラスになったことはなかったが、同じ部活で汗を流した同期というやつ。
汗を流したといっても、室内スポーツである卓球部は、野球部やサッカー部の連中から軟弱系と言われていた。
卓球部の他のメンバーはともかく、自分たちはそう言われても仕方ないくらい、部活に必死に取り組んでいたとは言い難い。
だからといって勉強を頑張ったという記憶もあまりない。
そんなところで気が合ったのか、淳一と一緒に部活をサボって、よく放課後の街を徘徊したものだ。
そんな2人だったが、同学年の95%が大学進学をするという一応の進学校だったためか、2人ともそれなりに受験勉強をし、関西の有名私立大学に進んだ。

そんな淳一と、まさか大学まで同じになるとは思っていなかった。
自分は、第一志望、第二志望の大学を見事に滑り、ようやく第三志望の学校に引っかかった。
そして淳一は、第一志望の学校に何故か合格。
つまりは、自分の第三志望の学校と淳一の第一志望の学校が同じだったということだ。
2人は、よほどの縁があるのかもしれない。
そういうことで、大学に入ってからも、一緒に行動する生活が続くことになったのだ。

「おっ、もう読んだんか?えらい早いなあ、どうやった?」
淳一は、健太から返された“蒼穹の昴”4冊を受け取ると、自分の期待したとおりに健太が本の世界にのめりこんだのを確信してにやけた。
「そうやな、今回のは面白かったわ。そやけど最後のあれは何や?」
「最後のあれって?落ちが変やったか?」
「違う違う。4巻の最後のページにマンション名が落書きしてあったんやけど、あれは何や?」
淳一は受け取ったばかりの紙袋の中から、第4巻を取り出すと最終ページを開いた。
「そこや、そのページ。ネットで調べたらマンションの名前みたいやねんけど、本に書かれてるんは、何かのメッセージとか思わんか?」
「そんなん何とも思わんわ。どうぜ前の持ち主が何かの拍子にメモしただけやろ」
いつも古本を調達して読んでいる淳一は、興味なさそうに言った。
「そんなに気になるんやったら、この“ロイヤル・ザ・タワー4501号”の所有者でも調べたらええんちゃう?たぶん、これを書いた人と関係があると思うけど」
なるほど。探偵みたいで、ちょっと面白そうやん。
健太は、“ロイヤル・ザ・タワー4501号”の謎を解明することにした。

まずは、“ロイヤル・ザ・タワー4501号”の登記事項を請求した。
これは、以前に父親に頼まれて自宅の登記事項証明書を請求したことがあるので、だいたいの要領はわかっている。
“ロイヤル・ザ・タワー4501号”の管轄法務局に行き、登記事項の請求用紙に必要事項を書いて見合う印紙を貼って提出するだけだ。
そう高をくくって行ったものの、登記事項の現在の内容が記載されただけの要約書と、法務局の証明としての印鑑があり、過去の情報も記載されている証明書との違いも知らず、マンションは部屋番号ではなく家屋番号という登記された番号で請求しないといけないということも初めて知った。
幸い、法務局のお姉さんが親切に教えてくれたことで、なんとか無事に“ロイヤル・ザ・タワー4501号”の登記事項証明書を取ることができたが。

さて、登記事項証明書にはどういった内容が書かれてあるのだろう?
大体は理解できるようにも思えるのだが、間違いがあってもいけない。
「おまえ、まだ“蒼穹の昴”の落書きにこだわってるんか?」
淳一にバカにされながらも、司法書士を目指して勉強をしている淳一のお兄さんに見てもらうことにした。

「ふむふむ、マンションの1室の登記事項証明書やな」
「もともと木島久男って人が新築分譲のときに買ったみたいやな。で、買ってから3年ほどで、この木島久男って人が亡くなって、木島勉って人が相続で所有権を取得した、たぶん息子やろうな。それから相続した勉がすぐにこのマンションを売って、今の所有者は田川という人になってるな」
「最初の所有者は抵当権の設定もないから、住宅ローンも借りずに現金で買うたんやな。で、今の田川って人には、5000万円もの抵当権設定があるってことは、結構な値段の物件なんやろ」
そう言うと、淳一の兄は、表題部と書かれた部分を指して言った。
「大阪のど真ん中に建ってるマンションや、それも45階建ての最上階。4501号と言うことは角部屋かもな。専有面積が100平米もあるマンションやから、もしかして1億や2億はするんちゃうか?ってことは、最初の所有者の木島久男って人は、えらい金持ちやってことや」
そうか、あの“蒼穹の昴”の所有者は、この登記事項証明書に出ている金持ち連中の誰かかもしれないと思うと、自分もその一員になったような錯覚が健太をくすぐった。
そんな健太のそばで、淳一は目を閉じてひたすら何かを考えているようだ。
「淳一、どうした?」
「いや、木島勉って名前、どこかで聞いたことがあるように思って・・・ああ!でも思い出せん」
淳一は眉間に皺を寄せて頭を掻きむしった。

「でも、そんな金持ちの親から相続を受けたマンションなら、なんですぐに売ったんやろ?自分やったから喜んで住むのになあ。もしかして相続税の支払いに困ったんかな?」
健太の疑問に、淳一の兄は黒縁の眼鏡をずり上げて首を右側に少し傾げた。
「健太君の言うように、相続税の支払いのために売ったのかも知れへんけど、僕にはちょっと臭うんや」
「臭う?」
「そうや、健太君はタワーマンション節税って言葉を聞いたことないか?」
「相続税評価っていうのは、路線価が定められている土地の場合は路線価から、建物は固定資産税評価額で計算するんや。一般的にタワーマンションやったら敷地面積に対して戸数が多いというか、建物の延床面積が多いから、1戸あたりの土地面積も低層のマンションよりも比較的少なくなるわな。そうすると、土地の評価額は低くなる。建物の評価額については低層のマンションよりタワーマンションが高いとは一概に言われへんけど、同じマンションならどこの部屋でも建物の評価は同じなんや。つまり、同じマンション内の同じ広さの部屋なら、何階の部屋であろうと、南東の角部屋でも一方からしか自然光が入らない中部屋でも、相続税評価額は同じってことなんや。でも、考えてみたら、同じマンション内で同じ広さの部屋でも、実際の値段は大きく違ってるわな。同じ広さでも階数が上になるほど値段が高くなってくるし、角部屋の方が値段が高くなってる。そこがミソやねん」
「同じ広さの部屋で、低い階の部屋が7000万円、最上階が2億円やったとして、どちらも相続税評価額が5000万円ってこともありうるんや。そうすると、相続税対策に最上階の2億円の部屋を買っても評価は5000万円やから、相続税は5000万円に対して掛かってくる。2億円の財産を5000万円に圧縮することができるってことで、その分、相続税が安く済むってことや。で、その後に相続で自分のものになって売るかどうかは勝手やけど」
「現金で買うてから3年で相続、相続の後にすぐに売った、部屋はタワーマンションの最上階、典型的なタワーマンション節税のパターンやな」
健太は感心した。
なるほど、相続税評価額と実際の価格の差が大きいほど、相続財産の価値を圧縮し相続税を抑えることができるってことか。

淳一は、健太の疑問も兄の憶測も全く耳に入っていないようだ。
まだ、木島勉が誰だったのか思い出すことに頭を100%使っているのだろう。
その淳一が突然声を上げた。
「あっ!もしかして・・・」
そういうと机の上の”蒼穹の昴”第4巻をひっくり返して裏表紙を確認した。
「もしかして」
そう言うと、次はパソコンを立ち上げ、次々と画面を出してきた。
もしかして何なのだろう?健太にはさっぱりわからない。
最後の画面を見て、淳一は自分の太ももを叩いた。
「やっぱり」
画面には、木島勉の名前が表示されていた。

淳一の話によると、“蒼穹の昴”は第3巻までは近くの古書店で買ったのだが、4巻は売っていなかったらしい。
それで4巻だけは、インターネット書店であるAmazonのマーケットプレイスで買ったのだという。
Amazonのマーケットプレイスとは、Amazonが売る新品とは別に、個人や古書店が古本を出品して売買をするインターネット上の場所である。
そこで、文庫本“蒼穹の昴”第4巻を買い、その売主が木島勉という名前だったという。
ちなみに、家の近くの古書店では本の裏表紙に値段を書いたシールが貼られているのだけれども、“蒼穹の昴”第4巻には、そのシールが貼られていないので、Amazonのマーケットプレイスで買った本だったかも?と思い当たり、過去の取引履歴を調べたら木島勉の名前が出てきたのだ。

「これで、健太の調査も完了やな。この木島勉って人が“ロイヤル・ザ・タワー4501号”を相続するか売る時、もしかしたら父親に購入させるために検討していたときにメモしたものやったってことやな」
たぶん、あの“ロイヤル・ザ・タワー4501号”と書かれた落書きは、淳一の言う通りの話なのだろう。
でも、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
健太の興味は落書きのことより、淳一の兄が言う“タワーマンション節税”に移っていたから。

これって使えるかも?

健太の父親側の祖父は既に亡くなっており、病院に寝たきりの祖母がいる。
一時期は危険な状態になったこともあったようだが、峠を越えた今は意識もしっかりしており、状態のいいときには多少の話もできる。
祖母が倒れて入院してからというもの、父と母は祖母の相続について話すことが多くなったように思う。
亡くなった祖父は工場を経営していたのだが、祖父が他界すると工場を継続することができなくなり売却したのだ。
その際に、かなりまとまったお金が祖母に渡ったらしい。
父親は1人っ子なので相続争いで揉める心配はないが、祖母が持つこのまとまったお金のために相続税をどれくらい取られるのかという点で頭を悩ませているようだ。
祖母の持つ財産が相続税により大幅に減らされずに父に受け継がれるということは、将来、自分が相続する財産も、それなりのまとまったものになるということに繋がる。
健太にとっても悪い話ではない。

「なるほど、タワーマンション節税か。それもええかもしれんな」
健太からタワーマンション節税の仕組みを聞いた父親も、少し乗り気になってきたようだ。
父の友人にも、タワーマンション節税をした人がいるということも後押ししたようだ。
母との相談の後、父が折をみて、祖母の状態のいいときにでも話をしてみるということになった。

日曜日の朝、朝食を済ませて新聞を読んでいた父親が、新聞を置くと健太に向かって言った。
「健太、学校が休みやったら、一緒にお祖母ちゃんのお見舞い行かへんか?」
そういう父の誘いに従って、家族3人で祖母の入院する病院へと向かうことになった。
病院に入ると、アルコール消毒液の臭いが健太の鼻をつく。
この臭いだけは好きになれない。
なるべく息を吸わないように気をつけて、健太は父母の後に続いて廊下を歩いた。
“古川すえ”祖母の名前のプレートがある部屋のドアを父がノックした。
ここまで聞こえるほどの声は出せないのだろう、室内に祖母がいるのを確信しているように返事のない部屋のドアを開けた。

2ヶ月前に見舞いに来たときよりも、祖母は小さくなったように見える。
相変わらずベッドに横たわっているが、顔色は少し良いみたいだ。
「お母さん、具合はどうですか?」
父の声に静かに目を開いた祖母は、僕の姿を見つけると、目を細め口元を緩めた。
たった1人の孫ということもあるのだろう、小さな頃から祖母は僕のことをたいそう可愛がってくれた。
その頃は、両親ともに働いていたこともあって、幼稚園へのお迎えも祖母がしてくれたし、自転車が乗れるようになったのだって祖母が荷台を持って練習させてくれたお陰だ。
「健ちゃん、お見舞いに来てくれたんか、ありがとな」
父は身体を起そうとする祖母を押しとどめ、電動でベッドの上体側を持ち上げるボタンを押した。
僕と母が、ひとしきり近況報告などをした後、父が相続税対策の話を切り出した。
父の話が一段落すると、じっと耳を傾けていた祖母が口を開いた。
「ようは解らんが、何も気にせんと、お前が思うようにしたらええ」
この世での自分の役割は全て終えたかのように、満足げな顔で祖母は言った。

となると相続税の節税のためには、評価額と実際の価格の差が大きいタワーマンションの部屋を探すことが必要となる。
淳一のお兄さんが、真面目で正直者だからと友人である不動産営業マンを紹介してくれた。
最近、会社を変わったそうだが、不動産仲介の営業の仕事内容は、どこの会社でも似たようなものらしいので、心配は要らないということだ。
「初めまして、河野祐介です」
玄関先で名刺をしっかりと両手で握り締め、父にお辞儀をする姿。
紺のシングルスーツにブルーのネクタイをしっかりと結び、靴はたぶんリーガルだろう。顔には淳一の兄に負けず劣らずの黒縁の眼鏡を掛けている。

祖母の相続財産にかかる相続税対策のために不動産を購入しようとしていること、そのためにはタワーマンションがいいのではないかということ、売却時には購入価格を大幅に下回らないようなマンションが希望だということを告げた。
「そうですね、よくご存知ですね。おっしゃる通り、タワーマンションを購入されて相続税の節税をされる方は多いようです。売却時に購入価格を大幅に下回らないマンションとなると、新築マンションより中古マンションの方がいいでしょう。だれも住んでいないという新築のプレミアムが付いていて、新築で購入して短い期間で売却しても中古となると、大きく値が下がることが往々にしてありますから」
物件を探して2~3日中に連絡をするという約束をして、河野は帰っていった。

「ただいま戻りました」
柳本不動産の引き戸をガタピシと開け、河野が帰社を告げた。
「お帰りなさい、お疲れ様~」
柳本不動産の女社長である、柳本美土里がパソコンで書類作成をしながら、ねぎらいの言葉を掛けてくれた。
美土里の、お客様の立場に立ってアドバイスする姿勢や正義感が強いところが信頼を得ているのだろう、取引をした売主さんや買主さんが、また別のお客さんを連れて来るという嬉しい忙しさが続いていた。
父から柳本不動産を受け継いでからというもの、美土里独りでずっと頑張っていたのだが、忙しすぎて、そろそろ人を雇わないといけないと思っていた頃だった。
ある売主さんからの相談がきっかけで取引することになった、他社の仲介業者の営業マンに誠実なところを見つけ、1ヶ月ほど前にリクルートしたばかりなのだ。

祐介は帰ってくるなり休憩もそこそこに自分の机に向かった。
祐介は彼のために新たに購入してもらったパソコンを前に、しきりにキーボードを叩いている。
「河野君、頑張ってるわね。友達の紹介のお客さんって言ってたけど、どんな物件を探しているの?」
美土里は、祐介の後ろに立ってパソコンの画面を覗き込んだ。
「へぇ~、すごい高額物件を探しているのね、どんなお客さんなの?」
祐介は、健太の家の事情を話し、相続税対策の購入だということ、そのために評価額と実際の価格が離れている物件の方がいいのだということを答えた。
「ふ~ん、それでタワーマンションか。だったらそれらのタワーマンションの賃貸情報も調べておいた方がいいわね。それらが出たらプリントアウトしてテーブルまで持ってきて」
それだけ言うと美土里は、自分の机に戻り書類作成作業を続けた。

「社長、できました」
祐介がプリントされた物件情報の束をテーブルに運ぶと、美土里は作業の手を止めて、祐介の対面に座った。
「これらのタワーマンションの収益率っていくらくらいになっているの?」
「そうですね、この1億の物件で、賃料が40万円ってとこですので、そこから管理費や修繕積立金、固定資産税額を引くと、年間の収益率は4%は切るでしょう。タワーマンションって意外に収益率は低いんですね。でも、今回は相続税対策だから収益率はあまり関係ないように思うのですが・・・」
美土里は、少し困ったような顔をして腕を組んだ。
「河野君、タワーマンション節税には問題があるってことは知らないの?」
「ええっ!?タワーマンション節税って問題があるんですか?だって、相続税対策として有効だからと、みんなよくやってるじゃないですか?」
祐介の眼鏡の向こうにある目玉が大きくなったように見える。

「そうね、これまでは相続税対策として、よく使われていた手法だわね。タワーマンションの評価額と実勢価格の大きな差を利用して相続税を節税する。でもね、タワーマンション節税をした物件が従来の評価方法による財産評価されずに購入価格で評価されたという事例があるのよ。むろん、この人は国税不服審判所に訴えたけど、結局のところ負けたわ」
美土里は、その事件の記事を祐介に見せた。
「この人の場合は、親が亡くなる直前に2億9300万円で購入をし、亡くなった後の4ヵ月後には不動産会社に売却依頼を行い、その後6ヶ月足らずで、最終的に2億8500万円で売却したという事例でね、国税不服審判所では、マンション購入目的が相続税の節税であることが明らかであるとして、一般的な不動産の相続税評価額ではなく、相続開始時の時価、今回の場合は取得価格である2億9300万円であるとされたのよ」

「もちろん、相続税対策かどうかは、ここまであからさまにしなければ判らないのかもしれないし、個別の案件だから、それぞれ内容は違うので、こうすれば必ず時価で評価されるとかされないとかは不明だけどね、今回のお客さんが節税できるかもしれないし、もしかしてこの例のように痛い目に合うかもしれないってことを、よくお客さんに話をしておくべきよね。それに、このタワーマンションでの節税に対して、行政は何らかの税制改正をするかもしれないという噂もあるようだから・・・」
「そうですか・・・じゃあ、どうしたら・・・」
祐介は消え入りそうな声で俯いた。
美土里は、子どもに言うみたいに優しく声を掛けた。
「私はね、タワーマンションの節税が悪いってことを言ってるんじゃなくて、そういったリスクがあるということをお客さんにしっかりと理解してもらうことが大切なんだと思うの。その上で、不動産業者としての提案ができればいいんじゃないかな?」

「さっき、タワーマンションの賃料を調べてもらったのは、こういうことなの。相続が始まる直前に購入して、相続が開始されてから短期で売却すると節税目的だと思われる可能性が高いけれど、何年も持ち続けてから相続になるか、相続直前に購入したとしても、何何も持ち続けてタイミングを見計らって売却すれば、節税目的だと思われる可能性は低くなるんじゃないかしら?」
「でも、管理費や積立金、固定資産税などのコストはかかるので、賃貸に出さずに何年も大金を寝かしておく訳にはいかないわよね。とすれば貸す方がいいわよね。でも、さっき調べてわかったようにタワーマンションの上層階の価格が高い部屋でも、それに見合うだけの賃料はとれない。だったら、タワーマンションの上層階ほどではなくても相続税評価額と実際の価格が離れていて、賃貸の需要があって、その価格に見合った賃料の取れる物件を紹介して、買主さんに賃貸経営をしてもらうように提案した方がいいと私は思うの。別に物件は1つじゃなくても、複数でもいいしね」
「で、賃貸経営を何年か続ける中で、売却する物件も出てくるでしょうし・・・それなら、節税目的だと疑われる危険性も低くなるんじゃないかな?と私は思うの。それでも、リスクを知った上で、お客さんがタワーマンション節税をするというなら、仕方ないけど・・・」
「それと、現状ならどれくらい相続税が掛かるか?また節税が必要なら、その方法の検討も必要だし、節税した後の納税資金はどうするのか?といったことも考えないと、お客さんにとってのいい提案はできないと思うから、税理士とかの専門家に相談してもらうように話するといいと思うわ。できればうちと懇意にしている税理士さんがいいけど」

祐介は、深く頷いた。
「わかりました。僕も友人の紹介のお客さんに目隠しで危ない橋を渡らせることはしたくありません。しっかりと話をして検討してもらうようにします」
祐介は、すぐにお客さんのところへ電話をかけ、事務所を飛び出していった。
閉まりきれていない柳本不動産の玄関引き戸の隙間から、キンモクセイの甘い香りが流れ込んできていた。(完)

このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。