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女不動産屋 柳本美土里

「ねえ、あなた、これなんてどう?」
加代子は、分譲会社から送られてきた、いかにも制作にお金がかかってそうなパンフレットを、智弘の目の前に差し出した。
「あとで見るから、そこに置いておいて」
そんなことを言うと、また小言が返ってくるんだろうなあ・・・
そんなことを思いながら、顔だけを加代子に向け、左手でパンフレットを受け取った。

ブルーを基調とした表紙には、建築後の眺望の良さをアピールするみたいに、高層階から見た景色のイメージが描かれている。
駅前の複合開発で建てられる超高層マンション。
駅から徒歩1分の立地で、隣接するビルには医院や飲食店、商業施設などが入り、利便性が強調されている。
マンション高層階の南の部屋からは海が臨め、北側の部屋からは山の緑が眺められるらしい。
掲載された豊富な写真やイメージ画には、将来の素敵な暮らしを想像させられる。
智弘はパンフレットと一緒に渡された、もう1つの冊子を開いた。
マンションの形に部屋ごとに区割りされ、その中に数字がいくつも並んでいる。
価格表だ。
最上階の最高額の部屋は、6000万円を超す。
中層階以上の眺望が臨めそうな部屋は、4000万円台半ばというところだろうか。
智弘は思わず溜息を吐くと同時に、加代子の刺さるような視線を感じた。

智弘と加代子は、結婚して10年が経つ。
築後10年になる部屋は、結婚と同時に借りた新築の賃貸マンション。
駅から徒歩10分の立地も、3人家族に必要な部屋の広さにしても、特に不満はない。
しかし賃貸マンションでは、部屋の壁紙ひとつを替えるのにもオーナーの許可がいる。
壁にテレビを掛けるために釘を打つことも、ためらわれる。
そういった借りているという立場の不自由さや、両親の薦めもあって、「子どもが小学生になる頃までにはマンションを買いたいね」というところでは、夫婦の意見は一致した。

智弘は大手家電メーカーに勤める35歳。
同僚の中には一軒家を建てたという奴もいて、智弘のような賃貸派は少数派になっている。
第三者から見て、家を持っている連中の方が、持たない自分たちよりも優秀に見えるのではないだろうかと思ってしまうのは、持っていない側のひがみなのだろうか?
「あいつなんて、親の援助で一戸建てを建てただけ」と、妬んでるのか慰めてくれているのか判らない同僚の西川にしても、先月に中古マンションを買って、持っている派に昇格している。
「賃貸でも、毎月家賃を払っているんだから、買って住宅ローンを払っているのも一緒だよ」西川の言うことにも一理あると思うのだが。

たしかに、死ぬまで誰かから部屋を借りて暮らしていくというのもどうかと思う。
平均寿命まで生きるとして、会社を定年退職してから死ぬまでには、永い老後が待っているのだ。
日本の年金制度は破綻するのでは?と言われて久しいが、年金支給開始年齢がどんどん先延ばしになっているし、自分たちが受け取る頃には、いくらの金額がもらえるのかさえもよくわからない。
そうなると、定年退職後に部屋を借りて住み続けるだけの収入を確保することができるのだろうか?それは、望めそうにない。
たぶん、貯蓄と退職金を取り崩しながら生活していくことになるのだろう。
しかし、最近の会社の業績といえば、国内需要が減少しているなか、海外市場では韓国や中国のメーカーに押され、売り上げが萎むと同時に利益も激減している。
会社としても、生き残りをかけて経費の節約や事業の統合などを行ってはいるが、売り上げの減少をかばうだけの効果は出ていないようだ。
まだ表立ったリストラは始まっていないが、希望退職者も数千人規模で募っている。
頭打ちの給料に、年々減っていくボーナスでは、これから成長していく子どもの教育資金を捻出するのがやっとのように思える。
ましてや、老後の資金を蓄えるなんて、とうてい無理なのではないだろうか?
それなら、家賃と同じ程度の住宅ローンで家を買い、退職の頃までにローンを完済することができれば、なんとか老後の住居は確保はできる。
まだ若い今のうちなら、それも可能だろう。
家賃と同じくらいなら。
智弘は、家を買おうと決めた。

加代子は、短大時代の友人の美穂と、イタリアンレストランの窓際のテーブルでランチをしていた。
キラキラと光る水面に、ゆらめくヨットを見下ろすことができるレストランは、ディナーなら記念日くらいにしか来られないような値段だが、デザートも付いての1500円のランチなら気軽に来ることができる。
「加代子、今度の同窓会は行くの?」
加代子は、季節の魚介類を使ったパスタのトマトソースが服に飛ばないように気をつけて、フォークとスプーンを皿の上に置いた。
「う~ん、今度の同窓会はちょっと遠慮しようかと思ってるの。だってお鍋でしょう?」
「あっ、そういえばお鍋のお店でするって言ってたわね。加代子って、お鍋だめな人だったもんね」
ちょっと気の毒そうな顔をした美穂に、加代子は苦笑いで返した。

いつの頃からだろうか?
物心ついた頃には、家族それぞれに専用の箸やコップがあった。
単にそれぞれが気に入った物を使っていただけだったのだろうが、兄が加代子のコップを使って牛乳を飲んだときには、泣いて兄につっかかった。
仲裁した母が、加代子用の新しいコップを買ってくれるということで、やっと泣き止んだものだ。
加代子の家は滅多に外食もしなかったが、外食をするときには、加代子だけは必ず自分専用の箸を持っていった。
そんな加代子も大きくなると、さすがに外食をするのに箸を持っていくことはしなくなったが、多くの他人の口に入った箸でつつく鍋を食べるのだけは、どうしても我慢することができない。
「潔癖症」
実際に精神科で診断を受けたことはないけれど、自分でも潔癖症だと思う。
同じコップで回し飲みをする友人を見ると吐きそうになるし、トイレはできるだけ外では行かないようにしている。

結婚を機に実家を出たのだが、過去に他人が生活していた中古の部屋は、知らない人が使っていたお風呂、トイレ、キッチンなど、考えただけでも住むことができず、住むなら新築物件と決めて部屋を探した。
その当時、タイミングよく夫の通勤にも都合のいい場所に新築の賃貸マンションが建ったので、そこを借りることにした。それが今の部屋だ。

2年前にホテルで開催された同窓会は、短大を卒業してから12年経ち、それぞれに異なった人生を歩んでいることを実感させられるものだった。
病院の2代目院長に嫁いだ看護士をしていた友人、勤める銀行に監査でやってきた金融庁のエリート官僚と結婚した友人、自営業の夫の両親と同居している友人。
それぞれの立場の辛さや、嫁と姑の確執などの愚痴は絶えないものの、誰しも経済的には余裕があるようだ。
いや、ゆとりのある友人だけが同窓会に来ていて、そうでない人は、はなから同窓会には来ていないのかもしれないということを、欠席者についての噂話を聞いて加代子は気付いたのだ。

「みちるの旦那さんが勤めていた会社、潰れたらしいわよ」
みちるの夫は、中堅規模の建築会社に勤めていたはずだ。
「それ以降、誰か連絡とったの?」
その場にいる人たちは、お互いに顔を見合わせて首を横に振った。
「ううん、なんだが連絡するのは気が引けて・・・今回の同窓会の件でメールをしてみたけど、返事は返ってこなかったわ」
欠席者についての同じような話をいくつか聞かされた後は、待ってましたとばかりの自慢話が始まった。
夫が出世した話、子どもが有名私大の付属幼稚園に入園した話、海外旅行に行った話、豪邸を建てた話などなど。

始めのうちは、「すご~い」などと相槌を打っていた加代子だったが、そのうち自慢話を聞くのも気が滅入ってきた。
加代子のところは、子どもは普通の公立保育園だし、海外旅行は新婚旅行のオーストラリア以来2泊3日で韓国に行っただけ、家は未だに賃貸マンションだ。
夫が日本を代表する大手家電メーカーに勤めているということだけが、この場で口にできる話なのだが、それも昨今の悪いニュースの前では、自慢にすらならなかった。
「えっ、加代子のとこは堅い会社勤めだし、てっきり分譲マンションだと思ってた」
そう話す友人に、悪気があった訳ではないのだろうが、言われた加代子は相当にへこんだ。
治安が悪く衛生面でも不安な海外旅行に行きたいとは思わないが、せめて自分たちのマンションを手に入れたい。
智弘の所得と会社の信用力があれば、マンションを買うことなんてそう難しいことではないと思う。
子どもの学校のこともあるので、できれば小学校にあがるまでには。
友人と自然に向き合うためにも、せめてマンションは買わないと。
そして、住むなら新しい方がいいもの。
潔癖症の自分は、新築分譲マンションでないと住めないだろうと思うし。

夫の智弘も、マンションを買うことに賛成してくれた。
仕事で忙しい夫に代わって、私がいろいろと物件情報を集めてこなくっちゃ。
加代子は意気込み、マンション分譲会社の友の会に入り、新築マンション情報を集め、パンフレット請求をしては夢を膨らませ、智弘に意見を聞いた。
しかし、どのパンフレットを見ても前向きな意見を言わない智弘に、加代子は失望した。
この人って、本当にマンションを買う気があるのだろうか?その気になっているのは自分だけで、実は夫にはそんな気持ちは最初からないのかも?
マンションを買うことに向けて頑張れば頑張るほど、智弘の態度に加代子は孤独感が募っていった。

「あいつ、新築マンションの情報ばっかり取り寄せてるけど、そんな4000万円以上もするようなマンション買える訳ないよな。60歳の定年までの25年ローンを組んだとして、毎月どれくらいの支払いをしないといけないと思う?2.475%の金利で25年間元利金等返済をするとなると、月々20万円を超えるローンになるんだよ。その上、マンションの管理費や修繕積立金、固定資産税もプラスで掛かってくるんだから」
「あいつは俺がいくら稼いでいるか知っているだろうに。子どもの教育費や老後のことを考えると、そんな金出せる訳ないことを解ってないんじゃないか。突き詰めると、あいつとは価値観が違うんじゃないか、これからの人生を一緒に暮らしていけるのかなって思うようになってきたんだ」
仕事帰りの一杯の席上で、智弘は同僚の西川に愚痴った。
「おいおい、それはちょっと大袈裟だろう。でも、そうだな~、毎月20万円を超えるのはちょっとキツイよな。うちなんて3000万円の借入れで35年返済だから、月々返済10万7000円くらいだから、まあ家賃並みかな」
西川は、智弘のグラスにビールを注いだ。

「おまえのところは、中古マンションだからそれくらいのローンで済んだからいいようなものの、うちはなぜか新築にこだわってるみたいなんだ。絶対新築じゃないとダメって言われると、反対することで甲斐性のない男って思われるのが嫌で・・・西川のとこは、新築マンションって選択はなかったのか?」
「ああ、もちろん新築マンションも検討したよ。設備も最新で誰も住んだことがないまっさらの部屋、そりゃあ魅力的だよ。でも、やっぱりお前の言うように、値段が高すぎる。中古でも、まだ新しい方だったし、前の所有者が丁寧に使ってたみたいで、室内も結構綺麗だったからリフォームも壁紙くらいだし。だから中古でもいいかって。それでも、月々の返済を下げるために35年ローンにしたんだけどな」
「35年ローンって、定年後までローンを払うつもりかよ?」
智弘はカウンターの隣に座る西川の方へ向き直った。
「俺も最初は、35年ローンなら、定年後10年間もローンを払い続けないといけないのかって思ったんだ。でも、不動産屋が言うには、子供が大学を卒業して自立するまでは、教育資金などでお金がかかるけれど、それからは、生活のための費用は多くはかからないんじゃないかって。うちの子も、お前のところと同い年だから、大学卒業するまでとしたら、あと17年くらい。17年後なら俺は52歳、残りのローンは定年までの収入でなんとか繰上げ返済ができるんじゃないかなって思ったんだ。それに、ローン返済はボーナス月の増額はしていないから、それが残ってくるとすれば、定年までに完済できるかもしれないしな」
「お前らしい、お気楽な発想だな」
箸の先で煮豆を掴みながら、智弘は言った。
「いずれにせよ、よく奥さんと本音で話をした方がいいな。奥さんにしても、破綻しそうなローンを組むことに賛成する訳はないんだから、きっと解ってくれるよ」

「いい情報があるかもしれないから、とりあえず不動産屋に行ってみないか?西川が買った部屋を紹介してくれた不動産屋さんだし、信頼できる人だって言ってたから」
この人、なんだかいつもと違って家探しに積極的だわね。
不動産屋さんなら、また違った情報を持っているかもしれないし、話を聞いてみるのも悪くないわ。
加代子は智弘とともに目的の不動産屋に向かった。

見るからに古い、入り口の木戸の上に「柳本不動産」の看板があった。
「なんだか古そうだけど、ここって大丈夫?」
加代子は、先に立つ智弘の袖を引っ張った。
「こういうところの方が信用が置けると思うよ。西川の紹介もあるから行ってみよう」
建て付けの悪い木戸を引いて開けると、店内は想像よりもずっと清廉で落ち着いた空間だ。
「こんにちは、西川くんから紹介していただいた増田です」
智弘の呼び掛けに、奥から出てきたのは妙齢の綺麗な女性社長だ。
「柳本美土里と言います。こんにちは」
少し強面のおじさんを想像していた加代子は、びっくりした。
促されるまま二人はソファに腰掛けると、しばらくしてお茶が運ばれてきた。
「それで、どういう物件をお探しですか?」
女社長は、智弘と加代子の顔を交互に見ながら質問をした。
「できれば、新築マンションがいいなって思っているんですけど・・・」
加代子が口火を切った。
優しく微笑んで美土里は、タブレット型パソコンを開いた。
「この辺りの新築マンションとなると、真ん中辺りの階層の3LDKタイプの部屋では、平均的に4500万円くらいの値段ですよね」
さすがに、よく知っている。
「じゃあ一度、ローン支払いの計算してみましょう。諸費用は大体200万円弱かかるとして、それはお手持ちでと考えていてもよろしいのでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
智弘の言葉を聞くと、美土里は画面をタッチして数字を入力していった。
「では、物件価格の4500万円を借り入れるとして、定年までの25年返済で住宅ローンを組んでみると、月々あたり20万1311円となります。これに、マンションの管理費と修繕積立金の合計が2万円としたら、月々の負担は22万円余りになります。奥様、いかがですか?」
月々22万円!
今の家賃の倍の負担だ。
とうてい払える金額じゃない。
「でも、これってボーナス返済が入ってないですよね?」
「ええ、ボーナス増額をせずに月々返済だけでの金額です。じゃあ、ボーナス返済も入れて計算してみますね」
タブレットの数字を変更して、加代子の前に置いた。
「ボーナス増額を50万円とすると、月々返済が11万8286円、それに管理費修繕積立金を加えて13万8286円、これならどうですか?」
これなら、月々返済はなんとかなりそうだ。
でも、ボーナス返済50万円というのは、かなり厳しい。
加代子は、答えられなかった。
それを察して智弘が口を挟んだ。
「ボーナス月の50万円っていうのは、ちょっと難しいですね。会社の業績も不安定だし、ボーナスがこれからも今までと同じように出るかもわかららないし・・・」
「そうですか・・・」
美土里は目を閉じ、眉間に皺を寄せてしばらく考えていた。
沈黙の後、何かを思いついたように目を開けると、美土里は思いがけない提案をした。
「だったら、中古のマンションを買いませんか?それも、かなり古いやつを」
一瞬、美土里が何を言っているのかわからずに、加代子は口をあんぐりと開けた。
古いマンションなんて絶対に嫌だ、無理!!
加代子の反応を予想していたように、美土里は加代子の目を見てこう提案した。

「奥様、古いマンションを買ってそのまま住むんじゃなくて、キッチンもお風呂も建具もクロスも、全部取っ払ってしまって、まるごと新しいものに取替えるんですよ。玄関ドアと窓サッシだけは、マンションの共用部分だから取替えられないけれど、それ以外の場所は、全て新築マンションと同じように新品です。それに、古いといっても、今の耐震基準を満たしていて、共有部分もきちんと管理されたマンションを選べば、問題はないと思いますよ」
そうか、その手があったか。
玄関ドアとサッシだけなら、そんなに気にならないわね。
「もし、中古マンションを買って、柳本さんが言われるようなリフォームをするとしたら、どれくらいの金額になりますか?」
「そうですね、もちろんマンションによってもリフォーム内容によっても金額は異なりますけど、70平米くらいの広さのお部屋ならリフォーム代としては500万円くらいで大丈夫だと思いますよ。耐震基準を満たした中古マンションが2000万円だとしたら、総額で2500万円になりますね。だとすると・・・」
美土里は、再びタブレットの画面を叩いた。
「2500万円の住宅ローン借入れなら、25年返済で月々11万1839円のボーナス月増額なし、35年返済なら月々8万9039円です。これならどうですか?」
うん、これなら無理なくローン返済ができそうだわ。室内は新築同様だしね。
「でも、2000万円くらいの中古マンションってありますか?これまで中古マンションは検討していなかったので、どんな物件があるのかわからないんですけど・・・」
「ええ、ありますよ。良さそうな物件を探しますので、詳しい条件を教えていただけますか?」
駅からの距離や希望エリアなどの条件について美土里から質問を受け、翌週に内覧をする約束をして、二人は柳本不動産をあとにした。

「どうせ全部取替えるんですから、部屋の汚さは全く無視してください。立地や周りの環境、マンション全体の状態や管理、部屋内では陽あたりとかを重点的に見るようにしてくださいね」
美土里のアドバイスで、いくつかのマンションを見せてもらい、オートロックでセキュリティや管理がしっかりしていそうな駅から徒歩5分のマンションに決めた。
「部屋はいったん壁と梁だけのスケルトンの状態にしますので、間取変更もできるし、キッチンの形や大きさもある程度自由に決めることができます。いわゆるリノベーションですね。これから、一緒に考えていきましょう」

それからというもの、平日は毎晩夕食後にリノベーション内容について相談し、週末は住宅設備や部材のショールームへ出かけた。
「夢が膨らむわね。キッチンはL型にしたいわ。リビングを広くとって2LDKでいいんじゃない?」
「うん、僕も部屋は2LDKでいいと思う。家族が一緒の時間を過ごすリビングがゆったりとした方がいいしね。それに、できたらお風呂を大きくして、3人が一緒に入れるくらいにしたいんだけどなぁ、できるかな?」
「3人一緒って・・・いや~ね、新婚じゃあるまいし」
加代子は智弘の腕を叩きながらも、楽しそうだ。
自分たちだけのオリジナルの部屋を作っていくという過程で会話も増え、一緒に出かける機会も増えた。
なにしろ、加代子の機嫌が良いのが一番嬉しい。

「美土里さん、ありがとうございます。うまくいきましたね」
「そうね、最初に西川さんと来られて、なんとか奥様を説得してほしいって言われたときには、できるかどうか全く自信がなかったの。新築にこだわる人って、こだわる理由が漠然としていることが多くて、つかみどころのない話になってしまうの。でも、奥様にお会いして、新築を望んでおられる理由がわかったのよ。お出ししたお茶、まったく口をつけられなかったでしょう?口をつけるどころか、湯呑み茶碗を触ろうともしなかったんですよ。あれだけお話をされていて喉が渇かない訳はないと思うんだけど・・・で、この方は潔癖症なんだなって。それで、フルリフォームの提案をしたわけ」
「そういえば、かなり綺麗好きだとは思っていたけど、それが新築にこだわっていた理由だったとはな~」
智弘は頭を掻いた。
「でも、奥様を騙しているみたいで、ちょっと心苦しかったわ」
「そうですね、すみませんでした。僕から新築ではローン支払いが厳しいことを話して、しっかり説得したら良かったんでしょうが・・・でも、おかげで妻も楽しそうにしているから、結果オーライということで、許してください」
「わかったわ。じゃあリノベーションが終わったら、室内の写真撮影をさせてね。これからの営業資料にしたいから」
「さすが社長、しっかりされてますね。どうぞ、いくらでも撮影してください」
美土里に見送られて事務所を出る智弘の顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。