トップページ > 2015年5月号 > 女不動産屋 柳本美土里

女不動産屋 柳本美土里

美土里と美希が喫茶店「カフェ・レトロ」の木製の椅子に腰掛けると、カウンターの奥から芳しいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
柳本不動産の女社長である美土里と、美土里が通うネイルサロンのネイリスト兼オーナーの美希は友人としても親しく、美希のネイルサロンが入るビルの1階にある水出しコーヒーが売りの喫茶店で、ときどきお喋りをする。
2人は年齢も近く、どちらも独身で、小さいながらも経営者の立場という共通点があるからか、なんだかとてもウマが合う。

「あ~あ、春なのにな~」
いつも前向きな美希が、溜息を漏らすなんて珍しい。
美希がこういう時は、吐き出してすっきりしたい何かがあるのだ。
美土里は、美希の憂鬱に水を向けた。
「どうしたの?何かあった?」
小首を傾げた美土里の目を覗きこんで、美希は口を開いた。
「べつに、特に何かあったって訳じゃないんだけどね~。春になって暖かくなると、一緒に過ごせる人がいないのが、なんだか寂しくて・・・」
「なにそれ、また~?暖かくなって彼氏が欲しいってこと?それならこの前も、寒い冬はぬくもりが欲しい、なんて言ってたけど?」
「だって、春になったらなったで外に遊びに行きたくなるでしょ?なら女どうしじゃなく、彼氏と一緒に出掛けたいっていうのが女心じゃない?」
美希は口を尖らせて言ったあと、すぐに顔の前で手を左右に振った。
「でも、美土里と一緒が不満ってことじゃないの。いつも女どうしばっかりは、ちょっと寂しいかなって思って・・・」
「ふふっ」
慌てて弁解する美希がおかしく、美土里は思わず笑った。

「そうね、美希の気持ちもわからなくはないわね」
「そうでしょ、わかってくれる?でも、美土里はそんな気持ちになったりしないの?」
そんな美希からの問いかけに、ふと考えた。
そういえば私も、長いあいだ彼氏がいないよね。
彼氏が欲しくないといえば嘘になるけど、仕事で忙しくしていると、なかなか出会いもないしなぁ。
「美土里は綺麗だから、すぐにでも彼氏つくれるのに・・・」
背が高くスラリとした美土里は、モデルでもしていたかのような体型だ。
その上、大きな瞳ではっきりとした二重瞼に、ツンと尖った鼻に上品そうな小さな口は、典型的な美人といってもいい顔立ち。
街を颯爽と歩く姿は、何人もが振り返るほどである。
「ちょっと美希~、いい加減なこと言わないでよ。すぐに彼氏ができるなら、こんなに長いあいだフリーでいるわけないじゃない」
美土里は、わざと膨れっ面をしてみせた。
「否定するところってそこ?綺麗だからってところは否定しないんだ~」
「もう、美希ったら」美土里は睨んだ。
「冗談よ、冗談」
「お互い彼氏を作る努力をしてないんだから、出来るわけないわよね」
美希は、もう一度息を吐いた。

「でもどうしたの美希。今日はやけに、その話題にこだわってるわね」
「うん、まあね。実は、同じネイリストの友達が結婚するっていうのよ」
口の端っこを曲げて、美希は言った。
「ふ~ん、おめでたい話じゃない」
「まあ、それはそうなんだけど、彼女、私と同い年なんだよね。もうこの歳だから、彼氏がいても結婚までは考えてないのかなって思ってたんだけど・・・なんだか、取り残されていくみたいな気がして・・・」
「そんなの、歳なんて関係ないんじゃない?いくつでも、結婚するときにはするだろうし、彼氏がいたのなら、それも不思議じゃないでしょう?」
「そうね・・・でも、彼っていうのが、ひとまわりも年下で。てっきり遊びだとばっかり思ってたもんだから」
「えぇっ、ひとまわりも年下!?芸能界とかならありそうだけど、私たちの周りでは、なかなかない話よね」
やっと賛同を得たとばかりに、美希は声を大にした。
「でしょ!ほんと、ム~カ~つ~く~!」

今の状況にはそれなりに満足しているのだけれど、同じ境遇だと思っていた友人が、結婚という目に見える幸せを手に入れるのかと思うと、嫉妬してしまうのだろうか?
もし美希が、突然結婚するって言ったとしたら、私も同じように嫉妬するのかなぁ?と、美土里は、ふと考えた。
しかし、目の前で溜息をついたり、怒ったりしている美希を見る限りは、しばらくそういうことはなさそうだ。
「美希、人は人、自分は自分よ。結婚が必ずしも幸せかどうかわからないし、最近じゃ、結婚しても離婚してしまうことだって多いじゃない。それって、離婚に至るまでの辛いことがあるってことの裏返しでもあるでしょ。美希の友達は、結婚という道を選択したんだから、それを祝ってあげるべきだよ」
「うん、それはわかってるんだけどね~、なんだかね~」
美希はコーヒーカップを手に取り、底に残るコーヒーをかき混ぜた。

ふと、美希は思い出したように「そういえば彼女、家を探してるって言ってた」と呟いた。
「え?なんでそれを早く言わないの?」
美土里はコーヒーカップを口に持っていこうとした手を止めた。
「ごめん、忘れてた」美希は、小さく舌を出した。
「忘れてたって・・・まったく、もう」
美希はスマートフォンを取り出し、指でいくどか画面をなぞると、電話を掛け始めた。
「朋子?私、美希。こないだ会ったとき、家を探してるって言ってたよね。今、友人の不動産会社の社長と会ってるんだけど、探してもらったら?ちょっとかわるね」
そういって、美希は美土里にスマートフォンを差し出した。
「初めまして、柳本不動産の柳本美土里といいます」
探す不動産の希望条件などを聞き取る美土里の耳に、コロコロとした明るい声が電話の向こうから響いてきた。
「では、また改めてお電話させていただきます」
電話を切ると、美土里は取り出したハンカチでスマートフォンの画面を拭い、美希に返した。
「ごめんね、じゃあ朋子の件、お願いします」
美希はペコリと頭を下げた。
「こちらこそ