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女不動産屋 柳本美土里

朝に洗濯物を干したときには風もなく、寒いなりにも冬晴れの陽射しがあり、なんとか耐えることができる寒さだったのが、陽が西に傾いた頃から暗雲が太陽を隠し、急激に冷え込んできた。
住宅街に張り巡らされた電線が空気を切り裂き、風切り音が高まると、さらに寒さが増したように思える。
こたつの布団を肩まで被った好江は、かれこれ30分もこうして窓の外を眺めながらバルコニーに出る決心がつきかねていた。
陽が翳っていく空を見ているうちに、ふと明るくなったように感じた。
横殴りの風にのって、緑の街路樹をキャンバスに白いものが窓の外を流れていくのが見えた。
雪だ。
「わっ、こりゃあかん」
寒いなんて言っている場合じゃない、早く洗濯物を取り込まないと雪で濡れてしまう。
先ほどまでの逡巡が嘘のように、好江はこたつを飛び出し、バルコニーのサッシを開けると、雪まじりの風が顔に痛い。
「ううっ、寒い寒い」
竿にはためく洗濯物を手早くかき集めると、部屋内に放り出し、慌ててサッシを閉めた。
とりあえず、コタツにまた潜り込んで冷えた身体を温める。
ようやく身体が温まり、ひと息ついてから好江は緩慢に洗濯物を畳んだ。

好江の夫である隆一は、大手ファミリーレストランチェーンの店長をしている。
外食と言えば、年に数度行けるかどうかという高級レストランか、お得意様の接待で使うような割烹料理店、もしくは労働者向けの食堂くらいしかなかった頃、もちろん回転寿司などまだなかった時代、子どもと一緒でも気兼ねをせず、比較的廉価で家族みんなで食べられるファミリーレストランは人気があった。
夜中まで営業しているというところも、日本人の生活スタイルが深夜に延長されてきた時流とマッチしていたのだろう。
しかし、ファミリーレストランの人気はそう長く続かなかった。
寿司といえば値段が高い寿司店に行かないと食べられないという時代は終わり、1皿100円で食べられる回転寿司店が雨後の筍のごとく日本中に現れ、牛丼、ラーメン、ファーストフード、焼き鳥やしゃぶしゃぶの店までもが、大規模チェーン店として席捲したからだ。
当時よりも子どもの数が減ってきて、子どもと一緒に家族でレストランというスタイルも少なくなっていったからかもしれない。
隆一のファミリーレストランチェーンも例に漏れず、業績が悪化した店舗から閉鎖していき、今では一時期に比べると半数ほどの店舗数になっていた。
隆一が店長をする店舗でさえ、人件費の節約のために、店長自身がサービス残業をすることでなんとか持ちこたえている有り様である。
もちろん、給料もここ数年上がらず、ボーナスは減るいっぽうだ。
それでも隆一に言わせると、「リストラに指名されていないだけマシ」なのだと。
そんな家計を預る好江としては、電気代節約のためにエアコンは極力使わないように、寒い日はこたつだけで生活することで、少しでも負担をかけないようにしていたのだ。

洗濯物を畳んだ好江は、上着を羽織ってキッチンに向かい、鍋を火にかけてカレールーを溶かした。
今夜の献立は「今日は10時過ぎに帰れると思う」と言い置いて出かけた隆一の好物であるチキンカレーだ。
寒い風雪のなか帰ってくる隆一は、きっと喜んでくれるだろう。
そんなことを思いながらルーをかき混ぜていると、家の外で何かが落ちるのと、折れるような大きな物音がした。
「もしかして、お隣さん?」
好江と隆一が借りて住んでいる家の隣は、いつ頃建てたか判らないような古い家が空家のまま放置されていた。
「お隣さんがいないってことは、近所づきあいもしなくていいんだし、その分だけ気楽やね」家を借りた当初は、そう思っていたのだが、手入れをしていない隣家の庭には、夏には鬱蒼と雑草が立ち込め、秋には風に吹かれた落ち葉が、こちらの庭まで飛ばされてくる。
その都度、落ち葉の始末をしなければならず、近所づきあいをしなくてもいい気楽さとは程遠い面倒な作業となっていた。
それ以上に不安となっていたのは、いまにも崩れ落ちそうな建物だ。
「あの大きな音は、お隣からの音かぁ?」
好江はコンロの火を止めると、お隣と隣接する玄関横の小さな窓を覗き込んだ。
夕闇のなかには、降りだした雪が、さきほどよりも激しくなっているのが目に映るだけで、外の様子は全く見ることができない。
「えらい音がしたけど、こちらの窓も割れてないし、意外と大したことないのかも?」
小さな不安を残したまま、好江は窓から離れた。

好江が翌朝起きてみると、昨夜とはうってかわって晴れた青空が広がっていた。
でも、目覚めて最初に気になったのは、やはり昨夜の大きな音の原因だ。
ジーンズを穿きセーターの上からダウンジャケットを羽織ると、サンダルを引っ掛けて表に出た。
玄関から隣の境界となっているブロック塀のあたりを見ると、なんと隣家の樋がだらりと垂れ下がり、外壁が大きくこちらに傾いている。
「うわっ」
恐る恐るブロック塀の向こうを覗き込むと、屋根瓦が数枚、冬枯れの雑草に囲まれた庭に落ちて割れていた。
さて、どうしたものだろうか?
昨日と同じような強い風がまた吹いたら、瓦がこちら側に飛んでくるかもしれない。
それ以前に、傾いている塀が、何かの拍子に倒れてくるかも?
「この状態をなんとかしてもらわないと」
とはいえ、好江は隣の家の所有者が誰か知らないし、危険だからと市役所とかの公の機関がなんとかしてくれるものなのだろうか?

どこへ言っていいのか判らず、もやもやとした気持ちで家事をこなしていたところへ、近所の役員さんが自治会の回覧板を持ってきてくれた。
「お疲れ様です。いつもありがとうございます」
ねぎらいの言葉を掛けて回覧板を受け取ると、役員さんに思い切って尋ねてみた。
「昨日の夜は風が強かったですよね。そのせいか、お隣さんの壁がこちらに傾いて来ているみたいなんです」
好江は、隣の家の方に目をやりながら訴えた。
「ええ~、ほんと?」
役員さんは、そういうと隣に向かって首を伸ばした。
「あら、ほんと、樋も外れてるし。なんだか危ないわね」
「でしょう。また強い風が吹いたりしたら、こっちに倒れてくるんじゃないかと心配で・・・お隣さんって、どちらにおられるかご存知ないですか?」
役員さんは、少し首を傾げた。
「う~ん、私がこの町に越してきてから暫らくは住まれていたようなんですけど、なんでもお身体が悪かったみたいで入院されたって聞いたけど。まあそれも、もう20年ほど前のことだし。それからは、誰かが出入りされるのは見たことないわね。もしかしたら、自治会長さんがご存知かもしれないから、聞いてみましょうか?」
役員さんは携帯電話を取り出して、自治会長の羽田さんへ電話をした。
すぐに自治会長さんが確認に来てくれるということなので、玄関先で待っていると、羽田さんが自転車でやってきた。
「ありゃ~、これは酷い。いつかはこんなことになるんじゃないかと思ってたんやが、昨夜の風でな~」
ひとしきり状況を説明したが、結局のところ自治会長さんも所有者の居所は知らないということだ。
倒壊の危険があるということで、一度市役所に相談してみたらどうか?とアドバイスを残して帰っていった。

「それで、お隣の外壁が傾いたり、瓦が落ちてきそうだと言われますけど、そうした状況の写真とかは撮られていますか?」
いかにも面倒くさそうに市の職員は聞いてきた。
好江は、自治会長のアドバイスに従い、市役所に相談に来たのだ。
しかし、基本的に私有地にある建物については、その所有者が維持管理していくもので、行政が勝手に取り除いたり修理したりすることはできないという。
ただ、よほど緊急性がある場合については、撤去なり修繕なりを役所から所有者に命令ができるらしい。
お役所仕事とはよく言ったものだ。
担当職員は他人事のように、手続きについて淡々と話をするのみだ。
あんたにとっては他人事でしょうけど、なんだかなぁ。
「もし瓦が飛んできて怪我でもしたらどうしてくれる!?」
そう言いたいところを、ぐっと堪えて好江は職員の話を聞いた。
まずは職員が現地調査を行い、調査した職員が状況を持ち帰り、危険な建物であるかどうか、所有者に命令を出すかどうかの会議が開かれるという。
会議で命令を出すと決まったとしても、それから所有者を調査することになるので、所有者が判明するまでどれくらい時間がかかるかは判らないとのこと。
所有者が判明しても、命令に従うとは限らず、しかたなく役所が所有者に代わって取り壊したり保全したりする代執行を行うには、さらに手続きが必要らしい。
「で、結局いつ頃に危険な状態はなくなるんですか?」
好江は、苛立ち職員に詰め寄った。
思ったとおり、明らかな返答はもらえず、とりあえず手続きを進めてもらうように依頼するにとどまった。

「とりあえず、この状況を不動産屋さんに連絡しておいたほうがええんちゃうか?うちは借家なんやし、お隣の家が原因でこっちの家に傷でもつけられて、うちが責任をとらなあかんことになったら面倒やで」
久しぶりに早めに帰ってきた隆一は、卵焼きを箸でつまんだまま言った。
「それもそうやね。不動産屋さんか大家さんなら、お隣の連絡先も知っているかもしれないもんね」

「もしもし、柳本不動産さんですか?お世話になっております。3丁目で家をお借りしている木下です・・・」
好江は、先日の風が強い日に隣の家に起こった状況を話し、万一のことがあれば、こちらに被害が及ぶかもしれないことを話した。
柳本不動産の女社長、柳本美土里さんがすぐに見に来てくれるということだ。
20分ほど経ったころ、インターホンが鳴った。
「ご無沙汰しています」
グレーのタイトなウールのワンピースを纏う美土里の胸元には、ルビーだろうか?濃い赤色のペンダントトップが揺れていた。
「先に、お隣の様子を見せていただいたんですけど、びっくりですね。早めになんとかしないと・・・」
「ええ、私も心配でお電話させていただいたんです。市役所にも行って相談したんですけど、なんだか時間がかかりそうで・・・それで、柳本さんか家主さんなら、お隣の連絡先をご存知かと思って」
美土里は、すまなそうな顔をして好江を見つめ返した。
「すみません、家主さんにも聞いてみたんですけど、ご存知ないようです。残念ながらうちも判らないです」
「う~ん、そうですか。自治会長さんに聞いても、ご存知ないって言われて」
好江は、ひとつため息をついた。
首を傾げていた美土里が、好江を宥めるように口を開いた。
「怪我をするといけませんので、なるべくお隣には近づかないようにしてくださいね。建物の被害があっても、それは保険でなんとかなりますから木下さんの責任にはなりません。その点はご安心ください。お隣の連絡先が判明するかどうか、ちょっと判りませんけど、登記簿情報からどうにかして調べてみますね。万一、被害に遭うようなことがあったら、すぐにご連絡ください」

数日後、美土里から電話があった。
「お隣の登記簿情報を調べたのですが、所有者さんの登記簿上の住所は、ずっとお隣の住所になっているみたいです」
「でも、お隣には誰も住んでませんけど」
「ええ、登記簿っていうのは実際の住所がそのまま反映されるわけじゃないんです。法務局に申請しないと登記簿の内容は変更されないんです。だから、例えば所有者が亡くなって相続人のものになったとしても、それを登記申請しないと、いつまで経っても亡くなった人の所有名義のままなんです」
「今回、とりあえず所有名義の方へお隣の住所宛に、今回の件についてお手紙を出させていただきました。でも、宛先不在で手紙は戻ってきていませんので、どこかに転送されているように思います。もし、その手紙を見て所有者なり関係者が連絡をしてくれれば、なんとかなるんじゃないかと思うのですが・・・もうしばらく、連絡を待ってみましょう」
なんだか、靴の上から足の裏を掻くような話だが、待つより方策はなさそうだ。

そんな不安定な心持ちと、なんら変わりない隣の状態に、鬱々として過ごし2週間ほど経った頃、美土里から電話が掛かってきた。
美土里がお隣に出した手紙が転送され、北海道にいる娘さんに届いていたらしい。
登記名義のお父様は10年以上前に亡くなられ、北海道に嫁いだ娘さんが相続されているということだった。
そして、今回の件で週末に娘さんがこちらに来られるという。
好江は、なんとか繋がった糸に少し安堵した。

「この度は大変ご迷惑をお掛けしまして、本当にすみません」
週末に美土里とともにやってきて頭を下げる女性は、なんと好江の母親よりも年上の老女だった。
早々に危険な建物は解体撤去して、更地にして売るつもりだという。
これまで、空家のまま放ったらかしておいたことを重ねて詫びると、どういう経緯で手付かずにしてしまったのかを話し出した。

「父が、この家を建てたのは60年も前のことでしょうか。私が小学生の頃で、弟がまだ小学校に上がる前でした。戦争孤児だった父と母が一緒になり、私と弟が生まれたのです。繊維会社の工場で工員として働く父は、たいそう苦労をしてこの家を建てたと聞いています」
「孤児だった父と母は、私たちを大変可愛がってくれていました。貧しい暮らしの中でも、休みの日となると、父は私たちを動物園に連れて行ってくれたり、母は駄菓子屋で売っている菓子は買えないけど、私たちに寂しい思いをさせないよう、余り物で手作りのお菓子を用意してくれたりしました」
「器用だった父は、この家のちょっとした修繕などは自分でやっていたようです。家に家族の成長を刻んでおこうと、柱傷を残したりもしていました。そう、童謡の真似をしたのでしょう、柱の横に私たちを立たせて、柱の左側に私の身長、右側に弟の身長を刻んでいました。面白いほど成長する時期です。1年ごとに上へ上へと刻まれる傷を見て、父は嬉しそうな顔をしていたのを思い出します。そんな父の横で母は温かい優しい笑顔でした」

「そんな幸せな家族に転機が訪れたのは、私が高校3年で弟が中学2年の春でした。私は、部活の早朝練習のために父親とともに家を出て、その後に朝食を済ませた弟が登校するといういつもの朝でした。前日に小雨が降り、このあたり一帯に霧がかかっていました。この前の道は、ほら南に向かって少し坂になっているでしょう。下りきったところには今では信号が設けられていますけど、その頃は信号も横断歩道も無かったんですよね。弟はいつものように、玄関先で母に見送られながら、この道を自転車に乗って登校していったのです。自転車のスピードも出ていたんでしょうか、それとも路面が濡れていてブレーキが効かなかったのか、坂を下りきったところ、いつもは注意をしながら横断するところを、弟は速度が上がったままの自転車で道に飛び出したんです。そこに折り悪く土砂を満載したダンプが通りかかり、弟を自転車ごと飛ばしてしまいました。私たちが見えなくなるまで、いつも見送ってくれていた母です。霞で見えにくい中でも、その日も弟の自転車が見えなくなるまで追っていたと思います。その母の目の前で、トラックが見えたと同時に、突然に弟は消えてしまいました。様子を見ていた近所の人の話では、母は狂ったように何かを叫びながら坂を走り降りていたとのことです」
「自転車ごとダンプで飛ばされた弟は、ひどい状態で即死だったそうです。そうです、というのは、私は、きれいに復元してからの弟の遺体しか見せてもらえなかったから。あの日以来、母は何も手につかなくなってしまいました。1日中ぼんやりと宙を見つめていると思うと、突然大声で泣き出したり嗚咽をあげたり。父は息子を亡くした悲しみにじっと耐えて母を庇い、なんとか立ち直らせようとしていましたが、自分のせいだと頑なに思い込む母。どんどん壊れていくのが私にも解りましたが、どうしようもしてあげられなかったのも事実です。そして半年の後、母は電車に飛び込みました」
好江は、言葉だけでは言い表せない老女の家族の壮絶な過去を思い、胸が痛んだ。

「そんな辛い出来事が続いた家には、私と父が取り残されました。家にいると弟と一緒に成長を刻んだ柱があり、庭には父が私の中学校入学の際に植えてくれたハナミズキ、悪戯をしてお仕置きに閉じ込められた押入れ、台所を見ると母が立っていたのが目に浮かびます。母が毎日送り迎えしてくれた玄関、小さな弟と一緒に入ったお風呂、どこもかしこも家族の思い出に溢れています」
「私は高校を卒業すると、逃げるように東京の会社へ就職し、父独りを残し家を後にしたのです」
「その後、結婚して東京が本拠となると、私のなかでこの家はどんどん遠いものになっていきました。もちろん、東京にいる頃は、正月くらいは家に戻って父に挨拶をしていたものですが、主人が北海道に転勤となり、父が施設に入ってしまった後は、この家に立ち寄ることもなくなったのです」
「私にとっては、家族で幸せなときを過ごした思い出があちらこちらにある懐かしい家です。と、同時に弟と母を相次いで亡くした辛い記憶を鮮明にさせる家でもあるのです。そのために、遠方にいるからと自分に言い訳をして、敢えて避けてきたというのが本当なのでしょう」
「そうした複雑な感情を持っていた家だからこそ、父が亡くなって私が相続することになっても、壊してしまうこともできず、かといって修理をして他人に貸す気持ちにもなれず、こんなに永い間、放ったらかしにしてしまったんです」
そう言うと、老女は重ねて謝罪した。

じゃあ、どうしてこの度、解体撤去しようと決心できたのか?
もちろん好江にとっては、それに越したことはないのだけれど、ふと疑問を口にした。
「ええ、この度、柳本さんからお手紙をいただき、建物が危険な状態になっていて、お隣さんにご迷惑をお掛けしていること、解体撤去費用は土地の売却代金で賄えそうなこと、そしてなによりも決心をさせたのは、私たち姉弟の成長を刻んだ思い出の柱とハナミズキの樹を残すという提案をいただいたからなんです」
老女は、今回の件がきっかけで、永い年数を経て辛い過去を過去として浄化させることができるようになったのだろう。そして家族の大切な思い出だけを切り出し、残りの生涯を生きていくのかもしれない。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。