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女不動産屋 柳本美土里

神戸に向かって海沿いの国道を走ると、寒さが緩んだ瀬戸内海の波のゆらめきがキラキラと明人の目を射していた。
息子の気持ちを量りかねた父親と、“学歴もなく社会的経済的にも取るに足りない男”と父親を軽蔑する明人。会話のない親子には、ラジオの音もかき消されるほどの軽トラックの甲高いエンジン音は、邪魔になることもなかった。
明人の誤算は、高校を卒業して東京大学に入学し、親元から離れるつもりだったのが、既に2年間の浪人生活を過ごしてしまったことだ。
さすがに3浪はできないと、仕方なく2ランクほど落ちる大学への入学を決め、家を出ることにした。
入学する神戸の大学には、実家から通えないこともない。
それでも、家を出て自立することを目標としていた明人は、さっさと住み込みの新聞配達のアルバイトを決めて、独り暮らしの口実を作った。

東京オリンピックの年に、21歳の健太郎と20歳の須磨子という若い夫婦のもとに生まれた明人は、それはそれは大切に育てられた。
躾に厳しい父親と教育熱心な母親ではあったが、休日ごとに動物園や遊園地に連れて行ってくれたし、流行の服を百貨店で買い、明人に着せてくれた。
健太郎はタクシーの運転手をし、須磨子は健太郎の母が経営する喫茶店で手伝いをする、裕福な家庭ではなかったが、外食がそう一般的ではなかった時代に、週に2、3度は繁華街にあるレストランへ食事に行くなど、当時の典型的なハイカラ家族だったのだろう。3人にとって幸せの絶頂の時期だった。

それが、突然に崩壊した。
明人が小学校へ入学したばかりの頃に、母親が病気であっけなく亡くなった。
もともと心臓が弱かった母親は、夏の盛りの路上で心筋梗塞を起こし、帰らぬ人となってしまった。
身内での簡単な葬儀の後、骨上げをした帰りに、幾日も雨が降らずいつもより流れる水が少ない住吉川の川沿いを、ゆっくりと下る車の中で祖母は父に告げた。
「健太郎、これから小さな子供を抱えて、あんたどうするつもりや?言うとくけど、うちは仕事が忙しいから、ずっとは世話でけへんで。あんたもまだ若いんやし、いつまでも独り身って訳にもいかんやろ。この子にも母親が必要やろうし、嫁に来てくれそうな人でも探したろか?」
「なにを言うてるんや、まだ葬儀を終えたばっかりやないか。そんなこと、考えられるわけないやろ。別におかんに頼ろうなんて思うてへんから心配せんでもええ!」
健太郎は祖母を睨み、吐き捨てるように啖呵を切った。
祖母にとって須磨子は、息子の嫁であり孫の母親ではあったものの、他から嫁いできた嫁であり結局は他人だったようだ。
若くして亡くなったのは可哀相だが、新たに嫁をもらってその穴埋めをすれば、また幸せな家族が出来上がると思っていたのだ。

須磨子の死から立ち直れずにいる健太郎は、祖母に頼ることもできず、いや頭を下げればなんとかなったのかもしれない。だが、人に頼りたくない片意地を張った性格のために、実家から離れて1人息子の明人との二人暮らしを選んだ。
二人暮らしとは言え、仕事で深夜にならないと帰ってこない父と、明人は一緒に夕食をとることもなく、買ってきた弁当や惣菜を独りで食べ、テレビと一緒に夜を過ごし、自分で灯りを消してベッドにもぐるのが常であり、実際は1人暮らしのような小学生となった。
「可哀相な思いをさせている」
健太郎は明人に対し、そういう気持ちは常にあったが、明人の母親が必要だからといって嫁を迎えるというのは相手に対しても失礼だし、明人が新しい母親を慕うとは限らない、そしてまだ須磨子を引きずっている健太郎がいた。

明人は、いつからか寂しいという感情も麻痺し、独りの生活に慣れてしまった。
甘える対象も術もなく、頼りにできるのは自分だけという思いから、ずいぶんませた子供となっていたようだ。
表面的には、仲良く一緒に遊んだり、勉強したりする友人に対しても、自分の心の中心を覆う殻を割ることができず、どんなに仲の良い友人にも本当の心の内をさらけ出すことができない性格になってしまったのは、この頃に置かれた環境が原因だったのではないだろうか。
心を許すと、甘えた言葉が出てしまう。
自分では甘えたつもりではなくても、片親という境遇に対して同情を買ってしまい、結果的に甘えることになってしまうのだから。
「人には頼れない、頼ってはいけない」
父も子も、かたくなにその言葉が生活の信条になっていたみたいだ。
人を頼って裏切られたときの落胆が怖いのと、自分の力だけを頼りに進んでいかないといけない、という気持ちを楯にしないと、2人ともが挫けてしまいそうだったのだろう。

学校の方はといえば、教育熱心だった母親のおかげで、本を読むことに苦はなく、家に帰ってからは、まず最初に宿題と学校で習った授業の復習をするという習慣もできていた明人は、学年でも常にトップクラスの成績だった。
何でも卒なくこなす明人はいわゆる優等生であり、先生からの評価も高く、クラスメイトの母親たちからも、特殊な家庭環境を問題外とすれば、自分の子供の友達になって欲しい生徒の1人だったようだ。
「勉強さえ出来てれば、先生から文句言われへんもんな」
成績が良いことが免罪符のように、学校という狭い世界をなめている、こまっしゃくれた小学生が出来上がっていた。

明人が勉強に対してこだわるのには、高校中退で学のない父親が、夜中まで働いているのにいくらも稼げないことが今の貧しい暮らしの原因であると信じていることが、理由のひとつだろう。
もし父が、それなりの大学を卒業して、いや高卒でもいいけれども、大きな一流会社で働くサラリーマンになっていたのなら、自分の家と自家用車を持ち、そんな親を持つ友人たちに引け目を持たずに付き合えたのにと思う。
そんな友人家庭への引け目を跳ね返すのは、彼らよりも良い成績をとることしかない。
父親どうしを比べると完敗だが、子供どうしを比べるなら決して負けてはいないぞ、と。
裕福で何の問題もない、両親の揃ったまともな家庭で育った連中と平等に戦える武器は、勉強だけ、学ぶことで立身出世を果たす他に自分が社会で成功する道はない、明人は、そう思いこんでいた。

普段は、甘えることもねだることもしない明人が、小学5年生のときに、一度だけ父親にねだったことがあった。
「塾に行かせてください」
トップ5%の成績の良い子供だけが通うことができる進学塾が近所にあった。
明人は、そんな塾でさらに上を目指す勉強がしたかったのだ。
それが、自分が世間で勝つ唯一の手段だから。
塾の月謝は、貧しい家庭には決して簡単に出せる金額ではなかったが、明人は子供ながらに、それは将来への人生を逆転させるための投資だから何としてもかなえたいと思い、それを父に訴えた。
いくら説得しても、父の答えは「無理だ」のひと言。
絶望で、悔し涙が止まらなかった。
母が亡くなったとき以来に感じた、心を絞るような涙だった。
「自分が訴える将来への投資を、無学で愚かな父は理解できない」
そして父を憎むようになってしまった。

中学受験、高校受験とも、近くにいくら優秀な私立学校があったとしても、明人には公立学校しか選択肢はなく、金がある家かどうかということが、学歴にも大きく影響をすることを知った。
「結局、世の中は金か」
学問の世界だけは平等だと信じてきたことが覆され、望まなかった公立高校への進学で、明人はすっかりやる気を失くしてしまった。
努力を支えてきた心の芯が折れると、成績は落ちるのは当然のこと。
それでも、これまでに築かれてきたプライドが自分の実力を省みず、無謀な志望校を目指させた。
当たり前だが、そうした受験は失敗に終わることになる。
それもこれも、全ては貧しい家庭のせい、そういう家庭にした父のせい、と責任を押し付けていた。
「もう、こんな家から、こんな親のもとから早く出たい。でも、やみくもに家出をするのではなく、きちんと学歴もつけて自立することが大切だ」
それが、明人の願いであり目標となった。

「新聞販売店のおじさんやおばさんの言うことを良く聞いて、迷惑かけるんやないで」
父は真っ直ぐに前を見ながら軽トラックのハンドルを握り、会話の無い時間が永く続いた後、それだけを告げた。
運転している父の向こう側に、静かに波打つ海があった。
「そんなことわかってるわ、偉そうに。あんたよりよっぽど世渡り上手やと思うわ」
そんなふうに思いながらも、口では、「うん、わかった」と明人は短く答えた。

三宮から東に伸びる銀杏の街路樹が続く国体道路沿いに、その新聞販売店はあった。
販売店のドアを開けると隅には古新聞が積み上げられ、翌日の折込だろうか、何種類ものチラシがテーブルの上を占領している。
ここが、これからアルバイトをする仕事場なんだな、と少し緊張を感じながら明人は室内をぐるりと見回した。
「ごめんください」
テーブルの上のチラシの向こうにあるガラス戸が開き、おばあさんが顔を出した。
「これからお世話になる足立ですけど・・・」
すると、おばあさんは皺だらけの顔を笑顔に変えた。
「ああ、学生さんの・・・ちょっとあんた、来られたよ」
振り向いて、そう声を掛けると、奥からおじいさんが眼鏡をはずしてやってきた。
「おう、そうかそうか、よろしくな。まあ仕事は、ぼちぼち覚えたらええから。そうそう、まずは、これから住むことになる部屋に案内したってや」
おばあさんは頷き、「すぐこの裏のアパートやから」
そう言うと、つっかけのまま歩き出した。

父と明人は軽トラックに乗り込み、おばあさんの後を追った。
「えらい、年寄りやなあ」
思わず父親が呟くのももっともだ。新聞販売店のオーナー夫妻は、どうみても祖母の世代と思われる年恰好の二人だった。
案内されたアパートは、半世紀は経っているような古い木造の建物だった。
大きな共同の玄関で靴を脱ぎ、廊下を渡ってそれぞれの部屋に入る、寮や学校のようだと思った。
風呂なし、共同の炊事場、共同のトイレ、4畳半ひと間の部屋のサッシは木造で、明らかに隙間風が吹き込んでいた。
「まあ、今まで住んでいた家もこれよりちょっとマシなくらいで、そんなに変わらへんわ」
そんなことより、初めて自分だけの部屋が持てる嬉しさで、明人は気持ちが昂ぶっていた。
少ない家財道具をすぐに運び入れると、父はオーナー夫妻に手土産を渡し、深々と頭を下げて帰っていった。

70歳近いオーナー夫婦をどのように呼べばいいのか思案していると、前任の先輩が「おっちゃん、おばちゃんで大丈夫だ」と教えてくれた。
引継ぎのために残ってくれている前任の先輩は、明人よりも4つ年上で、同じく2浪でやってきたらしい。
そんな先輩のこれまでの失敗談などを、夕食の席で楽しそうに話をする、おっちゃんやおばちゃんと先輩のほのぼのとした様子が、明人の緊張していた気持ちを和らげてくれた。
仕事は、さっそく翌日から始めた。
朝の3時に起きて朝刊が販売店に配送されるのを待ち、荷卸しして担当エリアの部数だけ抜き取り、新聞の間にチラシを挟み込んでいく。
チラシの挟み込みが終わると、自転車やバイクに積み込み、担当エリアへ配達。
仕事の要領も配達先もすぐに覚えた明人は、これまでの先輩たちと比べて褒められ、オーナーや他の配達員とも良好な関係を築いていった。

朝夕の食事は、オーナー夫婦と3人で販売店奥の台所でいただく。
明人にとっては、家族で食卓を囲むのは、記憶にないくらい昔の幼い頃のことだ。
食卓の醤油やマヨネーズなどを、個々が順番に回して使うなんてことも、明人にとっては想像でしかなかった家族の食卓風景そのものだ。
そんな明人を、おっちゃんとおばちゃんが家族のように可愛がってくれるのが嬉しかった。
暑い夏に配達から帰ってくると、冷菓を用意しておいてくれたり、寒い冬には風呂のないアパートから銭湯まで行くのは寒かろうと、販売店の2階にあるオーナーの家の風呂に入らせてくれたり。
おっちゃんとおばちゃんにしても、働きながら勉強をする苦学生たちを、本当の子供か孫のように思って支えてくれていたのだろう。
そんな、おっちゃんとおばちゃんに対して、明人は固く閉ざしていた心の殻をすっかり破っていた。

ある日の夕食時、たまたま明人の父親の話になった。
明人が片親だということは既に話をしていたのだが、父親のことはほとんど口にしたことがなかった。
「お父さんは、最初に会うたきりやけど、何の仕事をされてるんや?」
おばちゃんの質問に、明人は一瞬口をつぐみ、少し恥ずかしそうに「タクシーの運転手をしてるんです」と、おばちゃんの表情を窺いながら答えた。
「そうか、男手独りで働きながら、これだけしっかりとあんたを育ててきたんは、ほんま立派やなあ」
おばちゃんは、何度も頷いた。
父を軽んじられると思っていた明人は、意外な言葉に耳を疑った。
「全然、立派と違います。お金も全然稼がれへん甲斐性なしの父親です。学もないから、車の運転しか能がなくて・・・」
そう言うか言わないかのうちに、おばちゃんが大声を上げた。
「あんたはあほかっ!学歴がないとかお金がないとかは、人間の価値とは何の関係もないんや!お父さんがどれだけの思いで、男手独りであんたを育ててきたんか、あんたにはわからんのかっ!」
今にも殴りかからんばかりの表情で怒るおばちゃんの言葉に、ただびっくりして明人は箸を握ったまま固まった。

続いて、おっちゃんが口を開いた。
「あんな、明人くん。あんたもこれまでいろいろ苦労してきたやろ、思い通りにいかんことも多かったやろ。それはしんどいことやろうし、そんな中で道を間違えんとここまで来たんは立派やと思うで。あんたは頭はええけど、もうちょっと想像力を持たなあかんな。あんたのお父さんは、あんたを放り出して逃げることも、再婚して母親にあんたを任せきりにすることも、しよう思うたらできたと思うで。それをせんと、あんたとここまで来たんは、あんたのことを思うてのことやろ。そりゃあ並大抵の苦労やなかったと思うで。それに、普通の家ならせんでもええ苦労をさせたと、あんたに対して申し訳ないっていう思いも大きいんちゃうんかな」
そして、おばちゃんの方をチラリと見ておっちゃんは続けた。
「おばちゃんはな、おっちゃんとは再婚なんや。ほんでな、前の旦那さんとの間に子供がおるんや。いろいろ事情があって、子供は前の旦那さんが育てることになって、おばちゃんは子供と会うこともでけへんかったんや。そんなおばちゃんやから、子供に対する親の気持ちがようわかるんやろ。子供の望みを叶えてあげたくても、でけへん現実いうもんがある。叶えてもらえなかった子供も辛いやろうけど、叶えてやれなかった親の方がどれだけ辛いか、あんたはこれまで想像したことないやろ?これからは、人のそんな気持ちを汲むことができる大人にならなあかんと、おっちゃんは思うで」
おばちゃんは、俯いてエプロンで目頭を押さえていた。
おっちゃんの言葉がストレートに胸に入ってきて、明人は溢れる涙を止めることができなかった。
これまでに誰か、こんなに愛情を持って叱ってくれたことがあっただろうか。
真正面から自分を見て、おばちゃんが叱って、おっちゃんが諭してくれる。
この溢れる涙は、その嬉しさに震えた心と、父の気持ちに思いを寄せることもせず、自分のことしか考えていなかったこれまでを悔いる心がもたらしたものだった。

あれから30年の歳月が経った。
大学を卒業し就職。
恋愛もして、妻と出会い、子供も授かった。
順風満帆の人生だったかというと、そうとは言い切れない。
自分で会社を興すことを夢見て、独立したものの、思うように売り上げも上がらず、挫折をした経験もある。
仕事のパートナーとして信頼していた人に裏切られたり、安易にした借金のために、大変な苦労をしたこともある。
自暴自棄になり、失踪を考えたり、自殺をするしかないと追い詰められたこともあった。
それでもこれまで、もし自分が人生を投げ出したとしたら、妻や子供はどんな気持ちになるだろうか?と、想像することで、なんとか持ちこたえてこられたのも、新聞販売店のおっちゃんとおばちゃんの、あの時の言葉があったからだと思える。
結婚して子供を授かると、あの頃は想像をしようともしなかった父の気持ちが、痛いほどよくわかる。
子供の望むことは、なんとしても叶えたいと思う。それが子供のためになることなら尚更のことだ。
しかし、気持ちはあっても、叶えてやれない現実もある。
あの時の、自分を塾に通わせてやれなかった父親の惨めな気持ちを思うと、胸が詰まる。
今では、自分の子供があの頃の自分の年齢になっている。
さて、あいつは親の気持ちを想像することができているのだろうか?
あの頃の自分のように、素晴らしい出会いが、あいつを成長させてくれるといいのだが。

「美土里さん、それで父親も歳をとって、放っておくことができないから、二世帯住宅を建てたいと思ってるんです。父は人付き合いの苦手な人だから嫁に対しても気疲れするみたいで・・・その性格は、僕も受け継いでいるからわかるんですよ」
友人からの紹介で柳本不動産にやってきた明人は、女社長である柳本美土里に自宅マンションの売却と、2世帯住宅を建てるための土地探しを依頼していた。
「そんな性格の父だから、父の部屋として1部屋を確保するだけじゃなくて、水周りもある別世帯としての2世帯住宅にしようと思うんです。それなら、父も気兼ねなく自分の暮らしを楽しめるし、父に何かあったときには、僕たちもすぐに気付くことができるから」
温かい言葉の明人に、美土里は柔らかな笑顔を投げかけながら、プリンターから土地情報が印刷されたシートを数枚持って応接テーブルに広げた。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。