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女不動産屋 柳本美土里

美希は眼を大きく見開いて息を詰め、ミントグリーンカラーの石をネイルの上に置いた。
「そんなに集中されたら、こっちの息が止まりそうよ」
美土里は、つられて止めていた息を吐き出しながら訴えた。
「ごめんごめん。でも、これだけは集中しないと、ずれちゃうからね」
美希には、プロのネイリストとしてのこだわりがあるのだろう。少々ずれても見比べないと判らないと思っている美土里のように大胆に仕事をできないタイプなのだ。

美希は、ネイルサロンの経営者兼ネイリストだ。
手を触り、爪を磨いているうちに、えびす顔の美希には話をしやすいのか、お客さんの悩み相談を受けたりすることも時々ある。
そして、お客さんの悩みが美希の手に余るときに相談する相手が、美土里というわけだ。
美土里は、美希の客の1人であり、柳本不動産の女社長という肩書きも持っている。
大手銀行の東京本店に勤め、スラリと長身のモデルのような美形で、バリバリと仕事をこなすキャリアウーマンだったのだが、勝気な性格が災いしたのか、男勝りのやり手なのが壁となったのか、言い寄ってくる男は、美土里のことをよく知らないやつか、身の程知らずの無謀な輩だけになってしまい、いまだに独身だ。
顧客第一主義を標榜しながら、実のところ自身の保身しか考えていない銀行のやり方に我慢ならなくなった頃、父親の発病を機に、セクハラ上司の椅子を蹴飛ばし、ハゲ頭をはたいて辞表を叩きつけ、関西にある家業の不動産屋を継ぐことにした。
美希とは年齢も近く、ウマが合うようで、食事に行ったり旅行に行ったり、プライベートでも仲良くしている間柄だ。

「美土里、ちょっといい?」
ネイルが一段落すると、美希は美土里の側に椅子を引き寄せた。
もしかして、またトラブルを聞いてきたか?
美土里は伺うような目で美希を見上げた。
「いつも、ごめんね。私の友人の話なんだけど・・・旦那さんのお母さんと折り合いが悪いみたいなのよ」
ああ、よくある嫁姑の争いか。
同居をしたりして近くにいるから争いの種も多くなるし、見たくないものも見えるし、聞きたくない話も聞こえてくるのだ。

だったら、さっさと別居すればいいのよ。
「で、旦那さんの親と世帯分離するから部屋を探してくれって話?」
美希は頷いた。
「うん、それはそうなんだけど、ちょっと面倒でね。旦那さんはベトナムに単身赴任されていて、嫁と姑の状況を知らないのよ。だから家を出てひとりで暮らしたいっていう嫁に、変な勘繰りをしているみたいで・・・」
そう言って、美希は美土里を見た。
「変な勘繰りって、もしかして、単身赴任中に嫁に男ができたんじゃないかってこと?」
あきれて口を開けたままの美土里に、美希は相槌をうった。
「なによそれ。ひとり残された嫁の苦労も知らないで、ほんと男って何考えてるんだか」
美土里は腕組みをして頬を膨らませて続けた。
「戦争で敵陣に乗り込んで行ったら、仲間がさっさとどこかに行ってしまって、ひとり残されたって感じだわね」
美希は苦笑した。
「いや、それはちょっと違うような・・・第一、美土里は戦争なんて行ったこともないくせに」
他人のことなのに感情がストレートに出る、こういう正義感の強いところが美土里の魅力のひとつなんだと美希は思った。
「でも、なんだかそんな感じかなって」
美土里も笑った。

「その旦那のお母さんって人が、やたら厳しい人みたいでね。ちょっとでも掃除が行き届いてないと、ネチネチ嫌味を言うらしいのよ。ほれっ、障子の桟を指でなぞって埃がついた指とお嫁さんの顔を交互に見るらしいの。まるで、どこかの三文ドラマみたいでしょ。その上、なかなか子供ができないことも、お嫁さんのせいのように言うらしいのよ」
まるで、自分が嫁いびりをされているように、美希は顔をしかめた。
「旦那さんは、週末に日本に帰ってくるみたいだから、そのときにしっかりと話をするそうよ。だから、それまでは頑張って我慢して、旦那さんが赴任するタイミングで家を出るつもりみたい」

週明けに美希から美土里に電話が掛かってきた。
「こないだの話だけど・・・」
「ああ、嫁姑の争いの話?」
「ええ、そう。どういう話になったのかはよく判らないんだけど、嫁が1人で賃貸マンションに住むくらいなら、賃料を払うのももったいないし、将来のこともあるから買おうということになったらしくて」
「あらら、それはかなり飛躍した話になったわね」
「そうなのよ。それで、美土里にはマンションを探して欲しいっていうことで」
「ええ、わかったわ。じゃあ一度、ご本人から連絡もらえるように言って」
「らじゃー」

それから3日後、柳本不動産の事務所で、美土里と美希の友人である田所静江が向かい合っていた。
「お世話になります。美希からご紹介いただいて、このたびはお手間掛けます」
「いえいえ、こちらこそ、頑張っていい物件をご紹介させていただきます」
「美希から、いろいろ事情は聞いていただきましたか?」
言いにくそうに静江は美土里の顔を伺った。
「ええ、まあそれなりに・・・」
「お恥ずかしい話ですけど」
静江は俯いた。
「いえ、みなさんいろいろな事情で家を探されます。私どもは、お客様のご要望の家を探して、安心して購入いただけるように道をつけていくのが仕事ですから、個人的な事情にまで深入りをすることはありませんのでご安心ください」
美土里は包み込むような笑顔を静江に向けた。

週末の案内の際には、現在は帰国している夫の昭雄も静江とともにやって来た。
浅黒く日焼けした昭雄は、いかにも現場主義のエンジニアという雰囲気だった。
物件探しを始めてから約1ヶ月で、2人の気に入るマンションが見つかり、契約の運びとなった。
「では、契約の前にローンの事前審査をさせていただきます。お聞きしている範囲では、まず間違いなくローンは通ると思いますが、とりあえず事前審査をして安心してから契約とさせて頂くほうがよろしいかと思いますので」
資金計画の相談をする際に分かったのだが、夫の母親からある程度の資金援助も受けるという話だった。
あれ?母親も息子夫婦との別居を望んでいるのだろうか?
以前に聞いた嫁姑の諍いの話を思い出した。
嫁は可愛くないけれど、息子は可愛い。少しでも息子のローン支払いを楽にしてやりたいという親心なんだろう、と美土里は思った。
売買契約から1ヶ月半で残金決済、夫が国内滞在している間にマンションの引渡しを受けることができ、田所夫妻の新たな暮らしが始まったと思っていたのだが・・・。

それから、2年後のことだ。
数日前から急に冷え込み、秋の気配が一段と深まった秋晴れの日。
圓教寺には、住職の読経の声が響いていた。
境内には、喪服姿の男女が、整然と並べられたパイプ椅子に肩を並べて、ある者は本堂に掲げられた遺影を眺め、ある者はハンカチで目頭を押さえていた。
よくある葬儀の模様だが、参列者に若い人が多く見受けられるのが、余計に悲しみを誘っている。
喪主の女性は、30代半ば辺りの年齢だろうか、赤く腫れた瞼は、睡眠が摂れなかったことと、どれだけの涙を流したのかを物語っていた。

夫である田所昭雄が交通事故に遭ったと妻の静江が聞かされたのは、仕事に行く彼を玄関で見送ってから3時間ほどしか経っていないお昼前のことだった。
朝食の片づけをしてから、雨のせい干せていなかった前日の分もあわせた2日分の洗濯物を干し終わって、ひと息つこうとダイニングテーブルでミルクティーを半分ほど飲んだときだ。
珍しく家の電話のベルが静江の耳を突いた。
知り合いなら、静江の携帯電話に直接電話をしてくるはずだ。
家の電話が鳴るのは、どうせ何かの勧誘くらいのものだろう。
どうやって断ろうかと考えながら、仕方なく受話器をとった静江の耳に飛び込んできたのは、自分とは無関係だと思っていた警察からのものだった。

「田所さんのお宅ですね、奥様ですか?ご主人の昭雄さんが交通事故に遭われまして、病院に運ばれたところです・・・」
電話の向こうで話している言葉が、聞いたことのない外国語のように、全く意味を飲み込むことができなかった。
予想だにしていなかった事を突然告げられると、人間の脳は機能しなくなるのだろうか、静江の思考は完全に停止してしまっていた。
「奥さん!奥さん、聞こえてますか?」
叫ぶような電話の声に、ようやく動き出した脳は、やっとのことで夫が運び込まれたという病院の名前を聞くように指令した。
「判りました、すぐに伺います」
ハンガーに掛かっていたベージュのコートを羽織ると、ハンドバッグひとつをひっつかんで、表に飛び出した。

夫は、先週帰国したばかりだった。
工作機械メーカーのエンジニアである昭雄は、2年間単身赴任でベトナムに行っていた。
ベトナムでのプロジェクトが一段落し、やっと帰国することができた。
40歳を目前にした昭雄は、会社でも決して若い方ではないのだが、子供がいない夫婦2人の家庭は、会社側から見れば海外赴任をさせやすい家庭環境と映っているのだろう。
若手社員とともに、現地作業員を取りまとめるプロジェクトリーダーとして、しばしば海外に派遣させられていた。
「会社も人使い荒いよな。でもまあ、年明けくらいまでは日本に居られるはずだから」
昭雄は昨夜、そのように話して笑っていた。
「どうか、大した怪我じゃありませんように」
病院へ向かうタクシーの中で、静江は固く目をつぶり、両手を合わせた。
タクシー料金を支払うのももどかしく、静江は病院へ駆け込んだ。

集中治療室前の待合スペースで待つように指示され座っていたところに、警察官と看護士がやって来た。
「田所さんの奥様ですか?交通課の者です。事故の状況ですが、ご主人が横断歩道を渡っているときに、左折してきた前方不注意のトラックに巻き込まれたようです」
淡々と事故の状況を語る警察に続いて、看護士が夫の状態を説明した。
「頭部を轢かれたようで、頭蓋骨陥没骨折しているみたいです」
トラックが迫ってきたとき、どれだけの恐怖が夫を襲ったのだろう、タイヤが自分の上を通過するときにも意識はあったのだろうか?だとすると、自分を押しつぶしていく間は、何を考えていたのだろう?
静江は、想像するだけで身震いがした。
「今、緊急手術をしています。医師は手を尽くしていますが、残念ながら非常に危険な状態です。最悪のケースも考えられますので、近しい方にお越しいただくようにお願いします」
看護士の言葉が、静江の祈りを打ち砕く黄泉の世界への切符のように思えた。

静江はまず、普段はあまり電話をしたくない相手に電話を掛けた。
「もしもし、お義母さんですか?昭雄さんが交通事故に遭って、大変なことになっているんです。危ない状態のようですから、すぐに病院に来てください」
頭の中は混乱しているはずなのに、義母に対しての言葉は、自分でも驚くほど冷静だった。
もし立場が逆だったとしたら、夫の事故に動揺もしていない冷淡な嫁だと思うだろう。
こんな状況でも、義母に対しては心の壁を作ってしまっている自分に驚いた。

緊急手術をしてから6時間、祈りもむなしく、昭雄は帰らぬ人となった。
まだ日本に帰ってきてから1週間ほどしか経っていないのに、夫が日本に帰ってくるのを待っていたような凶事に、静江は唖然とするほかなかった。

初七日を済ませ、少し落ち着きを取り戻したとき、静江はひとりきりになった悲しみがこみ上げてきた。
人が死んだ後の通夜や告別式やその後の法事は、残された者のためにあるのだろうと思う。
次から次に、こなさないといけないことがあり、悲しみに浸っている余裕をなくしてくれているのだろう。
そうした忙しいうちに時間が過ぎ、自然と心の整理がなされていくという仕組みなのかもしれない。
それでも、雑事をこなして時間が経った後でも、これだけ辛い気持ちになるのだから、何もすることがなく悲しみのただなかに始めからどっぷりと浸かってしまうとしたら、心が壊れてしまっていたと思う。

そんな静江に、追い討ちを掛けるような電話が入った。義母からだ。
「静江さん、昭雄が死んだってことは、田所家とあなたとはもう関係が切れたってことは判るわよね。あなたが居るマンションは昭雄が買ったもので、あなたのものじゃないでしょう?買うときには私もお金を出したんだし、私にも権利があるはずよ。いつまでも、昭雄のマンションにいないで、早く出て行ってくれるかしら」
息子が亡くなって、義母は狂ってしまったのだろうか?
一瞬、そう思ったものの、あまりにもはっきりとした物言いに、この人は本気でそう思っていることを悟った。
静江はショックのあまり、返す言葉も出なかった。
怒りのためか、悲しみのためか、受話器を持つ手が震えた。

「美土里さん、私は家を出ないといけないんですか?」
静江は、泣きそうな顔で訴えた。
「そう、お義母さんがそんなことを言ったの?昭雄さんが亡くなったばかりだというのに、酷い話ね」
美土里は眉を寄せて、唇をゆがめた。
「静江さん、いくつか確認させてね。お義母さんがマンションの資金を援助してくれたときは、贈与、つまり昭雄さんは親から借りたんじゃなくて貰ったのよね」
「はい、援助するから使いなさいって貰ったものです」
「そう、それと、昭雄さんは遺言とかはしてなかったのよね」
「まさか、まだ若いし自分が死ぬなんて思ってもみなかったでしょうし・・・遺言なんていう話は聞いたこともありません」
「普通はあんな若くして遺言を残すほうが珍しいものね」
「それと、もうひとつ。お義母さんは、昭雄さんの相続について生前に放棄していたりもしていないわよね」
「ええ、もちろんです」
「そうよね、息子の相続なんて、考えてもなかったでしょうし」
美土里は、何度も頷いた。
「法的に言うとね、まず、マンションの資金援助については、お義母さんから昭雄さんへの贈与だから、これは昭雄さんのもので、この点ではいくら資金援助したからといって、お義母さんにマンションに対する権利はないのよ。でも、相続ということでは、ちょっと話が違ってくるわね」
「昭雄さんとの間に子供がいなくて、昭雄さんが遺言をしていない、お義母さんが相続放棄をしていない、またはしないとすると、お母さんと静江さんが相続人となり、法定相続が行われるというわけ」
美土里は、テーブルに置いた紙に、昭雄・静江・お義母さんを線で結んだ相関図を書いた。
「法定相続ではね、子供がいない夫婦の旦那さんが亡くなった場合は、相続財産の3分の2を妻、3分の1を旦那さんの親が相続するの。だから、昭雄さんの財産であるマンションや預貯金などの相続財産合計の3分の1は、お義母さんに渡さないといけないということになるわね」
静江は、唇を噛み締めた。
「でも、貯金なんて300万円ほどしかないし、仮にマンションが3000万円だったとしたら、貯金と合わせた3300万円の3分の1、1100万円をお義母さんに渡さないといけないんですか?そんなお金なんてないし」
「そうよね、そうすると方法としては、お義母さんにマンションを譲って、相続財産の3分の2から貯金を差し引いた額をお義母さんから受け取るか、お義母さんとマンションを持分で共有するか、いっそマンションを売ってしまって、相続財産を全てお金に換えて分けるかになるわね」
「お義母さんと共有なんて、絶対にあり得ないわ」
静江は眉を吊り上げた。
2人の間には、相当、根深いものがありそうだ。
「生命保険が入ってくるから、そのお金でなんとか義母の相続分を支払うってこともできないわけじゃないけど、そうなるとこれからの生活が不安だし・・・」

「う~ん、どうしてもあのマンションに拘っているのならともかく、そうじゃなかったら、売ってしまってお金で分けるのが私はベストのように思えるけど。ひとり暮らしなら、もう少し小さなマンションを買って住むっていう手もあるんだし。女がひとりで暮らしていくには、ある程度は手元にお金を残しておく方が、安心だと思うけど。どちらにしても、静江さんとお義母さんが直接話をしても、話し合いにならないように思えるわね。弁護士とかに入ってもらって、間接的に話をした方がいいんじゃない?弁護士の先生に知り合いがいないなら、うちの懇意にしている先生を紹介するわよ」
「そうですね、ちょっと考えます」
浮かない顔をして、静江は帰っていった。

それから1ヶ月ほど経ち、静江が再び柳本不動産にやってきた。
「美土里さん、先日はありがとうございました。マンションに居たら義母が電話を掛けてきたりして鬱陶しいので、あれからとりあえず実家に戻ってたんです。ちょっと考える時間も欲しかったし」
「で、やっぱり美土里さんの言うように、弁護士さんを立ててお義母さんとしっかりと話をしようと思うんです。マンションを売るか、お義母さんに譲って、その分お金を貰うということになるかは判りませんけど、無理をして手持ちのお金を出すことは止めようと思って。これからの私のためにも、お腹の中にいるあの人の子供のためにも、はっきりとさせたほうがいいのかなって。あの人も、そうすることを喜んでくれると思うし」
静江は、すっかり気持ちの整理がついたように晴れやかな顔になっていた。
「え?静江さん、今なんて言った?お腹の中にいるあの人の子供?」
「ええ、実は妊娠3ヶ月って診断されたんです。不思議ですよね、あんなに望んでいてもできなかった子供が、あの人が亡くなってから、あの人の生まれ変わりみたいに」
美土里は、目を丸くした。
「ちょっと待って。もしその子供が生まれてきたとしたら、その子は昭雄さんの相続人でもあるのよ。厳密に言うと、胎児である今も相続の権利はあるってこと。つまり、そうなると昭雄さんの相続人は、静江さんと子供の2人となって、お義母さんの相続権は失われるのよ。つまり、相続についてお義母さんと争うことはなくなるの」
「えっ、そうなんですか!?」静江は、息を飲んだ。
「ええ、ただし、先ほど言ったように、子供が無事に生まれてきた場合だけど。縁起でもない話で申し訳ないけど、万一、死産とかになると、やっぱりお義母さんと静江さんとの相続になるんだけど・・・」
「こうなったら、病院から診断書を取って、妊娠しているので、出産するまでの間は昭雄さんの相続はストップするっていうことをお義母さんに通知すればいいのよ。無事に出産すれば、お義母さんと話し合う必要もなくなるし」

話を聞いていた静江は、静かに話し出した。
「美土里さん、ありがとう。実は、子供ができたとわかって、お義母さんの気持ちも少しはわかるような気がしてきたの。まだ、男の子か女の子かも判らないけど、もし男の子だったとして、この子が大きくなってお嫁さんにとられたとしたら、私も嫉妬してしまうかもしれないし、その嫉妬から意地悪なことを言ったりするようになるかもしれない。ううん、そうじゃなくて息子の嫁にはしっかりと、きっちりとしてもらいたいという気持ちから厳しく接してしまうかもしれない。私ももう少しお義母さんの気持ちを汲んでいたら、もっと優しくなれたのかもしれないし、反抗することもなかったのかも」
静江は優しいお母さんの顔になっていた。
「そうね、その気持ちがあれば、お義母さんの態度も変わるかもしれないわね。それにお義母さんにとっては待望の孫なんでしょう。昭雄さんの残した一粒種なんだから、きっとお義母さんも静江さんと仲違いして、孫との縁を切るようなことは決してしないと思うしね」
温かいものが美土里の胸にこみ上げてきた。
「ええ、もし美土里さんの言うように、昭雄さんとの子供が生まれてきて、それを機にお義母さんともわかり合えるのだとしたら、あの人が残してくれた子供のおかげで、昭雄さんが一番望んでいた結果になるんでしょうね」
静江は、堪えきれずに嗚咽した。
「そうね、きっそうなるわよ。そのためにも、静江さんは身体を大切にして、元気な赤ちゃんを産んでね」
そろそろ節分が訪れようかという季節、まだ冷たい中にも新春の香りが含まれた風が、妊婦を応援するように柳本不動産のドアを叩いた。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。