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心神耗弱なら不起訴!?では納得できまい(共同通信)

覚せい剤取締法違反(使用、所持)罪などに問われた飛鳥涼被告人(本名=宮崎重昭・56歳)の判決公判が9月12日、東京地裁で開かれ、懲役3年、執行猶予4年(検察側求刑懲役3年)の有罪判決が言い渡された。
一方、今年6月、東京・池袋で車が暴走し、歩行者を次々とはねた事件(7人が死傷)で、東京地方検察庁は運転していた男の精神鑑定を行った結果、刑事責任が問えると判断し、危険ドラッグを吸って正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で車を運転したために事件を起こしたとして、危険運転致死傷の罪で埼玉県吉川市の名倉佳司被疑者を東京地裁に起訴した。


自販機でも買える、薬物!(資料;京都新聞社)

我が国では、麻薬や薬物の乱用が流行した第二次大戦後から法整備を重ね、「麻薬及び向精神薬取締法(旧麻薬取締法)」、「大麻取締法」、「あへん法」、「覚せい剤取締法」により対処してきた。これらの4つの法律が所謂「薬物4法」と呼ばれる。
そして昨今、にわかに注目を集めているのが「脱法、合法ハーブ」「脱法、合法ドラッグ」等(英語訳:リーガル・ハイ(legal high)と呼ばれ、合法を意味するlegalを使用)と呼称される合成麻薬(広義の合成麻薬:薬事法では合成カンナビノイド(注1)を含有する化合品が順次指定薬物に指定されていっている)である。これらは、摂取を目的として使用すれば薬事法違反となり、薬効成分の種類を問わず、薬物の影響下で正常な運転が困難な状態、又は正常な運転に支障が生じる恐れがある状態で自動車を走行する行為により人を死傷させた場合、危険運転致死傷(略称:自動車運転死傷行為処罰法)に問われるが、依然その関係する事故事件は増加の一途をたどっている。


アメリカミシガン州の高校生の麻薬経験調査(ミシガン大2012)

2014年7月4日、警察庁と厚生労働省は、危険性の高い薬物であることが理解できるような「脱法ドラッグ」に代わる用語を公募し、約2万件の応募のうちから(準麻薬183件、廃人ドラッグ140件、危険薬物123件、破滅ドラッグ110件、危険ドラッグ102件、有害ドラッグ95件・7月22日厚生労働省公表)、危険を冠した用語とドラッグで終わる用語が多かったことにより、これを組み合わせて「危険ドラッグ」と総称することとした。しかし、今もなおインターネット等で簡単に入手可能な危険ドラッグに対し、我々一般市民は十分な知識を持っていない。もしかすると貴方もすでに危険ドラッグ常習者の一人かもしれないのだ。
※注1 合成カンナビノイド
カンナビノイド(cannabinoid)は大麻に含まれる化学物質の総称である。
60種類を超える成分が大麻草特有のものとして分離されており、主なものに、テトラヒドロカンナビノール(THC)、カンナビノール(CBN)、カンナビクロメン(CBC)、カンナビジオール(CBD)、カンナビエルソイン(CBE)、カンナビゲロール(CBG)、カンナビジバリン(CBDG)などがある。特にTHC、CBN、CBDはカンナビノイドの三大主成分として知られる。なお、陶酔作用がある成分はこの中でもTHCのみとされるが、他のカンナビノイドとの含有比率によって効用には違いが生じる。合成カンナビノイドは、この効果を模倣した合成薬理成分を言う。
(例:THCの鏡像異性体類縁体として、デキサナビノール(Dexanabinol)というTHCのような向精神作用がなく脳損傷の進行を抑える治療薬で、製薬会社ファーモス社が開発)


(資料:朝日新聞社)
【ハーブとの出会い】

人間はストレス状態にあったり感情的にダメージを受けたりすると、自律神経系である交感神経と副交感神経のバランスを崩し内分泌系や免疫系に乱れが生じることがあることは医学的に知られている。現代でこそ、様々なストレス緩和に結びつく手法が考えだされているが、古く人間が高度の文明を授かる以前には、何を以て精神コントロールを行ってきたのであろう。


心落ち着かせるハーブティはいかが?(イメージ)

ハーブは、香草と呼ばれることもあり、全てのハーブが香りを放つ植物と誤解されていることもある。ヨーロッパ中世の時代に、香りを持つハーブが魔除けになると信じられ、珍重された伝統から、現代でも主だったハーブに個性的な香りを特徴とするものは勿論多い。特に料理に用いるものや美容化粧品に加えるハーブの殆どに、人間が好ましいと感じる芳香を放つ種類が集中しているので誤解されやすいが、「香草」はハーブとイコールではない。
特にヨーロッパで薬用の薬草やスパイス等として有用な植物をハーブと呼ぶ(語源:ラテン語の草を意味するherbaに由来)。香りや辛味、苦味などの風味を楽しむために少量用いられるキッチンハーブを指すことが多く、又劇薬として有用なものも含むため、所謂有毒植物もハーブに含まれ、使用や栽培に許可が必要なものもある(出典:
wikipedia)。ハーブ、つまり薬草や香草、化粧料に関する文献は、古代バビロニア・ウルク期(紀元前3500~
3100年)にメソポタミア文明が栄えた頃に書かれたとされるエーベルス・パピルス(医学文書で紀元前1500年頃の書であるが、元は紀元前3400年頃より以前の文書を書き写したものだと考えられている)に記述が確認出来、美容化粧法としてフェイスパックの方法や、700程の魔法の調合法や治療薬(その大半が植物である)が記されており、すでにハーブの効用が薬用としても確立されている。当時の薬効としては鎮痛、鎮静作用が有益であり、神経を一定時間麻痺させる効果を利用した処方が重宝されている。パピルスには精神医学上の短いセクションを含み、うつ病の現代人の定義と等価であると推測される重度の落胆の状態を説明しており、又それらの対応方法も記されている。


淡い香りのラベンダー(神戸市布引ハーブ園)

ハーブは、古代エジプトからヨーロッパ一帯に広がり、薬効として鎮痛、鎮静に効能を発揮することが知られるように、やがてそれぞれの効果が分類されるに従い、薬用、食用(香辛料)、化粧料から強壮、媚薬としても重宝されるようになる。ハーブの香りの正体は植物にごくわずかに含まれる精油(エッセンシャル・オイル)で、多様な成分で構成されるこの精油を抽出し、リラクゼーション効果を高めるために使用する療法がアロマテラピーである。


イメージ
【お香との出会い】

「推古三年夏四月沈水が淡路島に漂ひ着けり。甚大き一圍、島人沈香しらず、薪に交て寵に焼く、其煙気遠く薫る、即異なりとして献る」(日本書紀:推古3年はAC595年)との記述が我が国での香の始まりとされる。以降、仏教中心の我が国には大陸から様々な香木が持ち込まれたが、稀少であり、高額な故、広く庶民に浸透する文化には発展していない。唐の鑑真和上が、仏典とともに香木と薬草を持ち込み、各種の香料を練り合わせて作る「薫物(たきもの)」の製法を伝えたといわれる。一方、線香(注2)の歴史は、現在でも中国や台湾で使われる、竹を芯とした竹芯香に始まるとされ、16世紀末の天正年間に現在見ることが出来るような線香の製法が伝わったとされる。


香木で作られた扇子(資料:泰和株式会社・写真右は東大寺蔵の伽羅の木)
※注2 線香

線香は、主な原料によって「杉線香」と「匂い線香」の二種類に分類。
[杉線香]杉の葉の粉末を原料に製造され、杉特有の香りのする煙の多い線香で、主に墓用線香として使われている。
[匂い線香]椨(たぶ)の木(クスノキ科タブノキ属の常緑高木)の樹皮の粉末を主原料に、各種の香木や香料を加えて製造され、現在広く家庭や寺院で使われている線香を指す。


お線香(イメージ)

足利八代将軍義政の東山文化最盛期、文化人たちによって香木の観賞を中心とした新たな香文化が誕生。後に「香道」に成長する新たな文化体系は、江戸時代に入り、現代にみられる香作法の基盤がほぼ完成し、武家社会の中に浸透し、家元制度も確立された。
仏教との繋がりが深いお香は、瞑想や読経の際には必ず用いられ、特に高級な香木からの香り成分は脳内麻薬(エンドルフィンendorphin:内在性モルヒネと言われる神経伝達物質で、モルヒネの数倍の鎮痛作用が有る)を分泌させることが実証されている。


モルヒネの化学構造
【合成麻薬と脱法ハーブ】

合成麻薬とは、化学物質から合成される我が国の法律上(麻薬及び向精神薬取締法)規制の対象となっている麻薬を言い、ケシやコカなど植物から生成される天然の麻薬に対して言う。代表的なものとして、LSD、MDA、MDMAなどがあり、錠剤型やカプセル型で流通しており、経口、舌下腺、吹き入れ、吸入(蒸気)などの方法によって体内投与される。MDMAとは、その化学名をメチレンジオキシメタンフェタミン(Methylenedioxymethamphetamine)と言い、MDAは、メチレジオキシアンフェタミン(Methylenedioxyamphetamine)の略名であるが、何れもアンフェタミン類として分類される薬物である。
アンフェタミン類には覚せい作用があって、これを摂取すると一時的に集中力を高め、疲労感を軽減させ、或いは幸福感、陶酔感を誘発する一方で、理性による抑制が失われ、常軌を逸した行動に出る事例も報告されている。
こうしたアンフェタミン類は、幻覚発現薬、精神異常発現薬とも呼ばれているが、アンフェタミン類を常用すると、依存性の一部として急速に耐性が生じ、使用量が増加し、その結果、高度の不安、妄想、現実感の歪みを引き起こし、幻覚や幻聴、更には脳障害、精神錯乱に陥る。


合成麻薬サンプル(資料:警視庁)

一方、脱法ハーブとは、流通時においては「合法ハーブ」「合法アロマ」など、危険性が少ない天然植物をイメージさせるがごとく販売されているが、覚せい剤や大麻などと同様の作用を持つ可能性がある化学物質が添加された薬物である。これらは現在、「危険ドラッグ」と総括呼称され、添加化合物に関する規制強化の対象として「薬事法」により、中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用を有する蓋然性(がいぜんせい)が高く、且つ人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある1400物質(平成26年8月15日現在)が指定薬物として、医療等の用途に供する場合を除いて、その製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止されている。


押収された「脱法ハーブ」(資料:警視庁)
【リラクゼーション・癒しの香りから強い刺激へ】

動物の脳は、高等動物になるに従って新しい皮質が発達し、下等動物は古い皮質が発達する(人間は90%以上を新皮質が占めている)。新しい皮質とは大脳新皮質と呼ばれ、人の思考を司り、知的活動と結びついている脳とも言える。
一方、古い皮質は大脳辺縁系と呼ばれ、人間の場合、新しい皮質が発達することにより退化する。大脳辺縁系は、食欲や性欲などの動物と共通した本能に基づく行動 、情緒行動(喜怒哀楽)を支配し、自律神経系機能にも影響している(情動脳と呼ばれる)。興味深いことに、大脳辺縁系は嗅脳(注3)とも呼ばれ、嗅覚は直接この大脳辺縁系と結びついている。又、他の視覚や聴覚などが、視床や大脳皮質を経て大脳辺縁系へ到達するのに対し、嗅覚は嗅神経からダイレクトに大脳辺縁系へ入る。嗅覚が人間の五感の中で最も原始的であり、本能的な感覚と言われる所以である。
※注3 嗅脳(きゅうのう)
大脳底部の嗅覚に関与する領域。嗅神経の入ってくる部分にある。旧皮質に属し、両生・爬虫(はちゅう)類では広く占めるが、人間では退化して小さい。嗅脳は広義では嗅覚の受容と連合に関係したすべての脳部を含む。感情を司る情動脳と重なり合っており、情動脳の発達に大きな貢献をしてきたと言われる。


嗅覚神経路図解(資料:エステー株式会社)

嗅覚は鼻腔の上の方にある嗅上皮という部分でキャッチされ、匂いの分子は嗅上皮の粘膜でできた液体層に溶け込み、嗅細胞の先端である嗅毛と呼ばれる極細い繊毛で受容される。受容された匂い情報は、嗅細胞の中で興奮を起こし、電気信号に変換されてインパルス(微電流)を発生させ、インパルスは神経線維を伝わり、脳の底にある嗅球と呼ばれる嗅神経を経て脳へと伝わることが分かっている。そして脳へ入った匂い情報は大脳辺縁系に達し、更に大脳辺縁系から視床下部、直下にある下垂体へと伝達される。同時に大脳皮質の嗅覚野にも到達し、そこで匂いを知覚し判断する。


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人間は古代から精神安定や鎮静の方法として嗅覚能力を用いたリラクゼーションを取り入れてきた。それが最も直接的で短時間のうちに五感を刺激し、著しく神経に作用することを知っていたからである。しかし、時が経ち、文明が高度化するに従い、多様なストレス社会の到来と共に、より直接的に、より短時間に強い刺激を脳内に与えることが欲せられるようになると、特に強いストレスを感じる環境下で精神を病んでいる一部の人々に限らず、日常生活からの解放、快楽を求める欲求は高まり、現代人の逃げ場としてドラッグに手を出す人々が増大してきた。


身近にある薬物乱用へのきっかけ(公益財団法人埼玉県暴追・薬乱防止センター)

戦後、わが国の薬物乱用状況は、覚せい剤を中心に語られてきた。今日までに、その乱用期は3期に分けられ、終戦後の混乱期に始まる第一次乱用期(1945~57年)、高度経済成長に翳りが出始めた1970~94年に至る第二次乱用期、そして、バブル景気の崩壊後、1995年から表面化した第三次乱用期である。この第三次乱用期は現在も続いているとされ、政府・厚生労働省は薬物乱用対策推進本部を設置し、薬物乱用防止五ヶ年戦略(1998年)、薬物乱用防止新五ヶ年戦略(2003年)、第三次薬物乱用防止五ヶ年戦略(2008年)と、取締まりの強化、乱用・再乱用防止の強化を図ってきた結果、有機溶剤や覚せい剤といった、害の強い薬物の乱用の拡大の防止は効果を上げていると言えよう。しかし、最近の特徴として、(1)精神病惹起作用の強い「ハード・ドラッグ」から、大麻やMDMAに象徴される「ソフト・ドラッグ」への変化、(2)有機溶剤優位型から大麻優位型へといった、「わが国独自型」から「欧米型」への変化、(3)薬物使用自体では捕まらない、「捕まる行為から捕まらない行為へ」といった「違法から脱法への変化」である(出典・和田清:薬物乱用・依存の今日的状況と政策的課題.日本アルコール薬物医学会雑誌 43:120-131,2008)。


捕まらない?いえ、捕まります(資料:警視庁)