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女不動産屋 柳本美土里

看護学校を卒業後、大学病院でシフト勤務の忙しい毎日に追われているうちに、気が付けば信乃は27歳になってしまっていた。
両親は、待ちに待って生まれたひとり娘を手放したくなかったのか、結婚については何も言ってくることはなかったのに・・・。
さすがに自分たちの老いを感じ出したのだろうか?それとも、「早く結婚しないと行き遅れてしまう」なんていう叔母の言葉に焦ったのか?はたまた、生きているうちに孫の顔が見たくなったのか?近頃、叔母の持ってくる見合い話をしきりに薦めてくるようになった。
「いいわよ結婚なんて、まだ」
やっと落ち着いて仕事ができるようになり、看護師としてのやりがいを見つけ始めた頃だったので、幾度も断り続けていたのだが・・・
叔母の顔を立ててやってくれという父の言葉に、「結果的に断ると思うけど・・・」と前置きをして見合いをするようになった。

見合いに消極的だったのは、仕事にやりがいを感じていたからというのも確かだが、実は信乃には憧れる男性の存在があった。
彼は信乃より3つ年上の、同じ大学病院のレントゲン技師だ。
病院内の仲間で食事会があった際、ウィットのある冗談をちりばめた話をし、他人の話に気持ちの良い相槌をうち、話の流れを壊さない程度に突っ込みを入れて話を膨らませて座の雰囲気をひとつにまとめる姿に、信乃は好印象を受けた。
その食事会からというもの、彼も病院内で信乃と出会うと、優しい表情で声を掛けてくれるようになり、信乃も彼を意識するようになっていた。
二人は付き合っていたわけではないのだが、信乃としては、そうなることを期待せずにはいられなかった。

そんなとき、
「あの人、外科の看護師と結婚するんだって」
仲のいい同僚の看護師から彼の結婚話を聞いた瞬間は、驚きのあまり声も出せず、身体が固まるとはこういうことかと思った。
「どうして?」
どうして結婚するの?どうして私とじゃないの?どうして他の人と付き合っていたの?信乃の頭は混乱していた。
「自分が勝手に想っていただけだったんだ。優しい彼は、私のことを特別に想ってくれていた訳じゃなかったんだ」
信乃は失意のなか、病院内で以前と変わらない笑顔で接してくる彼に、耐えられなくなっていた。

結婚はタイミングだ、そう言われることがあるが、それは恋愛から結婚への発展だけでなく、見合いでの出会いにも当てはまることなのだろう。
夫とは見合いで結婚した。
時間の無駄とばかりに、しぶしぶ見合いをして、判を押したように断り続けていた信乃だったが、想いを寄せていた男性の結婚話に半ば自棄になっていたのだろうか、最後に見合いをした男性から強く求婚され、そんなに想ってくれるのならと、結婚を決心したのと同時に、勤務する病院も変えた。
夫の実家は農家だったが、自分たちが食べる程度の米や野菜を作っているだけで、実際はアパートや駐車場経営が収入の大半を占める地主だ。
彼自身は市役所に勤める公務員で、経済的には非常に安定した生活。
親との同居は可哀相だからと、実家の敷地内に新居を建ててくれたし、仕事を続けたいという信乃の気持ちも尊重して、それも許してくれた。
見合いでの出会いだったが、義父母にも望まれて嫁に来て、夫からも愛されているという実感があり、信乃は幸せだった。
そうこうするうちに信乃は妊娠し、夫も義父母も手放しで喜んでくれた。
もちろん信乃の父母も、孫の顔を見られるのが待ち遠しくて仕方がないようだった。

診察の結果、身籠っているのは男の子らしい。
「信乃さん、そろそろお仕事辞めたら?出産準備に専念しないと・・・」
自分でも、そろそろ休暇を取らないと、と思っていたところに、義母の言葉が降りかかった。
「辞める?いや、産休取るだけだから」とは言えなかった。
子どもができたら仕事は辞める、それが、義父母の認識だったようだ。
けれども、認識の違いをめぐって争いになることを考えると、それは言葉にできなかった。
辞めるか辞めないかは、とりあえず産休をとっておいて、産んでからゆっくり考えたらいいことだし。

赤ちゃんは順調に育っていた。
出産予定日の1週間前になって、お腹を痛みが襲った。
子どもを授かるってこんなに痛いものなの?意識が遠のくような激痛のなか、信乃は奥歯を噛み締めて耐えた。
強い痛みが続くなか分娩室へ。
強烈な痛みのために朦朧としていた意識が回復したときに、医師から告げられた言葉は今も耳にこびり付いている。
「赤ちゃんダメでした」
えっ!?嘘でしょ?
悪い夢を見ているようだった。
胎盤が剥がれて、赤ちゃんは心配停止の状態で生まれてきたということだった。
そう言われても、まだ信じられなかった。
だって、目の前にいる赤ちゃんは目を閉じているだけで、他の赤ちゃんと何も変わらないんだから。
しっかりとした顔立ちは、お父さん似なのかな?
死んでいるって言われたけど、奇跡が起きて、突然に泣き声をあげるのでは?
そんなことを考えるのは、死を実感しつつあるということに他ならない。
赤ちゃんの身体が冷たくなると、逃れられない現実だけが残されていた。

夫も義父母も、退院直後は信乃の体調を気に掛けてくれ、とても大切にしてくれていたのだけれど・・・
辛いのは、自分だけではなかった。
夫も義父母も、子どもや孫を授かることに、どれだけ期待して、それが裏切られたことの辛さは、期待の分だけ大きかったのだろう。
「本当に残念だ」という言葉は、幾度となく信乃の胸をえぐった。
義母が涙を流すと、泣きながら「私の孫を返してくれ」と信乃に訴えているように思えた。
「赤ちゃんが死んだのは私のせいなんだ」

そして、今回のことで次の妊娠も難しいかもしれないということを医師から告げられ、
それからというもの、夫と義父母の態度は変わっていったように思う。
彼らが子どもの話題を避けるようになったことが、かえって信乃には辛かった。
信乃が仕事を辞めずに産休で済まそうとした話を、親戚から回りまわって耳に入ったとき、「そんな気持ちやから、死産になったんや」という義母の声が聞こえるようだった。
義父母だけでなく、夫との関係もぎくしゃくし、子どもの死産から2年で信乃は結婚生活にピリオドを打った。
離婚については、悲しいという気持ちより、ほっとした気持ちの方が強かったかもしれない。
独りでいるときでも子どもの死は頭から離れないのだが、夫や義父母といると、黙っていても彼らの心の声が刺さってくるように感じていた。
そこから逃れることができたのは、信乃にとっては大いに救われることだった。

あれから2年経ち、信乃の心の傷もかさぶた程度には癒えてきた頃に、寄り添うことができそうな男性が現れた。
彼は、医療機器メーカーの営業として信乃の勤める病院に出入りしていた。名前は中村雄二。
後から聞いた話では、信乃を見て一目惚れしたと言う。
丸顔の優しそうな顔は、世間で言うイケメンではないけれど、包容力がありそうだった。
ドクターたちと一緒に接待を受けたりするうちに、二人で食事を行くようになった。
「信乃さん、僕と付き合ってください」
そういう雄二の言葉に、信乃は即答できなかった。
気持ちは嬉しいけれど、自分はバツイチで死産の経験があり、もしかしたらもう子どもを授かることができないかもしれないのだ。
そのことを、雄二にきちんと告げるまでは、安易に返事をすることはできない。
数日後、雄二と食事をした後に行ったショットバーで、信乃は自分の過去を全て告白した。

信乃の告白が終わらないうちに、雄二は子どものようにしゃくりながら涙を流した。
「信乃ちゃん、辛かったんだね。ゴメン、辛いことを思い出させて。話をするのも辛かったやろ?」
ハンカチで顔全体を覆うように涙を拭いている雄二だった。
「僕には、どう言ったらいいか判らないけど、信乃ちゃんが妊娠できるかどうかなんて関係ないから、僕は信乃ちゃんとこれからの人生を歩んで行きたいんや」
「子どものことは、ほんとに辛かったやろうけど、それは誰が悪いわけでもなくて、誰のせいでもなくて、天から授かった寿命やったんやと思う。この世では生き続けられへんかったけど、信乃ちゃんの心には生き続けている命やと思う。子どもも、信乃ちゃんが辛い気持ちを持ち続けることを望んではいないと思うよ。ママが幸せになることを望んでいると思うんや」
信乃は、雄二と結婚を前提に付き合うことを決意した。

「部屋からの見晴らしが抜群なんですよ」
前の運転席から顔を横に向けて後部座席に話しかける営業マンの言葉に、信乃は現実に引き戻された。
雄二との新婚生活に、マンションを購入することになり、二人で物件探しをしているのだ。
そして、今日はマンションの内覧日。
川の傍に建つ、築15年の中古マンションの8階。
駅からは少し遠いが、雄二も信乃も車通勤だから、その点は気にならない。
部屋からは、瀬戸内海を臨むことができ、天気の良い日には大橋や淡路島も見えるらしい。
川沿いを上っていくと、目指すマンションの玄関上にあるネームプレート「リバーサイド霞ヶ丘」が2人を迎えてくれた。
オートロックの玄関を入ると、円形の大理石のエントランスには、大人の男性でも抱えきれないくらいの大きな花瓶に、美しい花々が活けられていた。
エントランスの奥にあるエレベーターで、8階に上ると北側の開放廊下から東へ進み、816号の部屋にたどり着いた。
廊下からは、玄関ポーチの扉を開け部屋の玄関へと。
ダブルロックのキーを解錠して、室内に入った。
所有者は既に転居をしているらしく、室内は空室。
3LDKでも、荷物がないとこんなにも広いんだ。
玄関から一番奥、つまり南側にリビングがあり、バルコニーへの掃き出しの大きなサッシには、マンションの側を流れる川から続く海が広がっていた。
「わあ、凄い!」
思わず声を出してしまった。
天気のいい日で良かった。
事前に聞いていたように、大橋も淡路島もくっきりと見える。
雄二も信乃も、ひと目で気に入った。

親族だけの簡単な結婚式と新婚旅行を済ませると、引渡しを受けたばかりの「リバーサイド霞ヶ丘」816号室へ入居した。
2人の引越し荷物の整理がやっと終わった頃のことだ。
信乃が休みの日、キッチンで洗い物をしていると、ふと身体の左側が誰かに見られているような視線を感じた。
え?部屋には私しかいないはず。
まさかと思い、視線を感じた方にある和室の引き戸に、恐る恐る手をかけて、ゆっくりと横へ引きながら部屋を覗き込んだ。
玄関側でもバルコニー側でもない和室は、部屋に窓がなく、薄暗くてよく見ることができない。
信乃は、引き戸の襖の横の壁にある照明スイッチを押して、和室用ペンダントライトを点けた。
部屋には和ダンスの他には、張り替えたばかりの畳のいぐさの匂いの他は、何もなかった。
「気のせいか」
信乃はそう思って照明を消し、襖を閉めて忘れることにした。
だが、その件があってからというもの、ときおり信乃は誰かの視線や、誰かの存在を感じるようになった。

何度かそういう経験をしたあと、信乃は意を決して雄二に告げた。
「ねえ、この部屋なんだか変なのよ。誰かがいるようで・・・時々、見られているように感じるの」
「え?そうなん?僕も独りで部屋にいることがあるけど、そんな風に感じたことないけどな~」
とぼけているのではなく、この人はそういう感覚が鈍いのだ。
「いや、絶対おかしいよ、この部屋。私ははっきりと感じるから。誰かこの部屋で亡くなったとか、そういう話は聞いてない?」
「そんな話は聞いてないで。信乃ちゃんも一緒に不動産屋さんで契約したやろ?売主さんも来てたけど、そんな話してなかったやん。気のせいちゃう?」
子どもに言い含めるように、雄二は言った。
「でも・・・」
「わかった。じゃあ、とりあえず不動産屋さんに聞いてみよう。何かわかるかもしれないし、何もないなら、それで安心できるやろ?」

雄二は、電話の側に置いてあった不動産屋の名刺を確認し、受話器を上げた。
「すみません、先日リバーサイド霞ヶ丘の816号室を購入した中村ですが・・・実は、ちょっと気になることがあって・・・この部屋で誰かが亡くなったとかありますか?・・・ええ、ええ、・・・わかりました。では明日の10時にお伺いさせていただきます」
「ねえ、ねえ、どうだった?」
傍らにいた信乃は、雄二が受話器を置くのももどかしく、袖を引っ張った。
「いや、僕たちが買った窓口の不動産屋さんは、売主さんから売却依頼を受けた不動産屋さんとは違うから、詳しいことはよく判らないらしい。でも、部屋で事故や自殺なんかがあったら告知義務があるから、契約のときに売主側の不動産屋さんが教えてくれるはずだって」
「でも、売主さんが黙ってたら、その不動産屋さんも判らないじゃない」
信乃は不満そうに頬を膨らませた。
「まあ、そうかもね。だから、明日に売主さん側の業者さんを呼んでくれるみたいで、直接話を聞いてくださいって言われた」
「売主さん側の業者さんって、契約のときにいろいろ説明してくれた、あの女性の不動産屋さんね」
「たしかそうだよね、信乃も明日は休みやろ?一緒に行って話を聞いてみよう」

「先日は、どうもありがとうございました。売主側の業者で、柳本不動産の柳本美土里です。で、ご本人の口からお話を聞くのが一番かと思いまして、売主の辰野さんにもお越しいただきました」
赤い花をかたどったブローチが、美土里の紺色のスーツの襟に映えていた。
契約の際に同席した売主さんも美土里の隣に座り、黒縁眼鏡から真っ直ぐにこちらを見ていた。
誠実そうな視線で、嘘や隠し事をしそうなタイプには見えない。
「お話は聞きました。このたびは、ご迷惑をお掛けしているようで・・・なんと言っていいのか・・・申し訳ないと言うべきなのか・・・」
やっぱり何かあったのだ。
信乃は、売主の辰野の次の言葉を緊張して待った。
「実は・・・ええっと・・・中村さんがお考えのような事件や事故などは特にはないんです。ただ・・・」
ただ、何があったというんだ?
「ただ、あの部屋を売ることになったのは、妻が病気で亡くなったことがきっかけなんです」

「私たち夫婦は、お互い20歳のときに学生結婚しました。私も妻も子どもが大好きで、早く子どもが欲しかったのですが、さすがに学生の間は子どもを持つのはためらいました。それで、子どもは卒業してからと決めていたんです。22歳で大学を卒業してからは、赤ちゃんの兆候が出るのを心待ちにしたものです。でも、赤ちゃんはやはり授かりものなのでしょう、欲しいと思っていてもなかなかできないものですね。一時は、どちらかに問題があるのでは?と疑い、病院へ検査にも行きました。でも2人とも健康な身体だから、タイミングの問題でしょう、そのうちできますよ、と先生は言ってくれました。確かに先生の言われるとおり、卒業から3年して、やっと子どもができたのです。他の人だったら、3年くらいは普通と思われるかもしれませんね。でも、少しでも早く子どもが欲しかった私たちにとっては、やっとという気持ちだったんです」
「そして無事に男の子が生まれました。名前は光っていうんですが、それはもう可愛くて可愛くて、僕も妻もかわりがわりに抱っこして、日々の成長が僕たちの喜びでした」
売主の辰野は、その頃を思い出しているのか、嬉しそうな温かい眼差しを宙に向けた。
信乃にとっては、赤ちゃんに対する辰野夫婦の愛情は、胸を詰まらせるものだったが、息を飲んで、その後の話の展開を待った。

「光が3歳になった頃です、妻の胸に癌が見つかったのは。若かったせいか、腫瘍が発見されてから1年ほどで、あっけなく29歳の若さで死にました」
辰野の唇が、わずかに震えていた。
「葬儀を終えてからしばらくの間は、僕の母親と妻の母親が光の面倒を見にきてくれたのですが、妻の父親が体調を崩してからは、妻の母親は光の面倒を見ることができなくなり、離れたところに住んでいる僕の母に任すようになってしまったのです。でも、母もそう度々やってくることもできませんし、それならいっそ、実家へ戻っておいでという話になり、僕と光は実家へ引越し、マンションは売ることにしたんです」
「今回、中村さんの奥さんが、あの部屋で何かの存在を感じられたという話を聞いたとき、ああ、これは妻だなって思いました。妻は亡くなるまで光が可哀相だ、辛いって言っていました。光のことが心残りだったのでしょう。笑われるかもしれませんが、妻はあの部屋で光の帰りを待っていたのかもしれません」
辰野は、こみ上げてくる言葉をようやく形にして吐き出してしまうと、口をつぐんでしまった。
雄二も信乃も何て言っていいかわからず、そのまま姿勢を変えることもできなくて、事務所内の雑音のみが、遠くに聞こえていた。

隣で辰野の話を黙って聞いていた美土里が沈黙を破った。
「もちろん、私は辰野さんがお部屋を売却される理由はお聞きしておりました。でも奥様は、ご病気のために病院で亡くなられたので、この部屋についての告知義務にはあてはまらず、あえて買主様には奥様のお話はしませんでした。ですから、お部屋はいわゆる事故物件とか問題物件というものとは異なります」
「何度か私もお部屋にお伺いしましたが、私の感覚が鈍いのか中村さんの奥様が感じられたようなことは、何も感じませんでした。ただ、私たち不動産屋は、こういった話をたまに聞くことがあります。非科学的な話かもしれませんが、亡くなった方の思いがお部屋に残っていることが、稀にあると私は思うのです」

そう、誰もがあの感覚を感じるというものではないのだろう。
同じ部屋にいて、夫の雄二は何も感じたことがないらしい。
私にしか感じられない存在や思いなのだろうか?
私だから?
亡くなられた奥様が息子さんのことを心配して、気持ちを現世に残されているかも?その気持ちは、私にはよくわかる。
私も、大切な息子を出産と同時に亡くし、息子に対する思いは、心の底にこびり付いた錆のように、いつまでたっても消すことはできない。
そういえば、私の息子が生きていたら、辰野さんのお子さんと同い年だったんだな。
実は私は、あのことがあってからずっと、息子が生き残って私が死んだ方が良かったと思っていた。
もし、そうなっていたとすれば、やはり辰野さんの奥様と同じように、息子に思いを残して、さまよってしまっていたのだろうと思う。
そういう私の心に共鳴するものがあって、奥様は何かを言おうとしたのではないだろうか?
初めは怖いだけの奇怪な体験だったのが、事情を聞くうちに恐怖という感覚はすっかり溶けてしまった。

「信乃、大丈夫か?」
雄二は信乃を手を覆うようにしっかりと握り、この場に引き戻すみたいに声を掛けた。
母と息子との愛情が引き起こした現象に、信乃が自分の過去とダブらせ、辛い気持ちを呼び戻しているのではないかと心配してくれているようだ。
「うん、大丈夫」
信乃は雄二の方に顔を向け、微笑んで言った。
「辰野さん、お話くださってありがとうございます。奥様もお辛かったでしょうね、もちろん辰野さんも。私も大切な人を亡くした経験がありますので、奥様や辰野さんのお気持ちは痛いほどわかります。今回の件は、不思議な現象が実際に起こっていたのか、私自身の問題でそういうふうな現象を感じてしまったのかはわかりません」
そういうと、信乃は身体を雄二の方を向けた。
「ねえ、雄二さん。神主さんに部屋に来ていただいて、辰野さんの奥様の心を癒してさしあげましょうよ」
雄二は、黙って頷いた。
すると信乃は、身体を元のように戻し正面を向いた。
「辰野さん、そのときには、是非ともお子様もご一緒にお越しいただいて、奥様を安心させてあげて欲しいんです。お願いできますか?」
辰野は目を閉じて、テーブルに手をつくと「ありがとうございます。必ずお伺いさせていただきます」と頭を下げた。
「柳本さん、こういったご祈祷をしていただける神主さんをご存知でしたら、ご紹介いただきたいのですが・・・」
雄二の言葉に、美土里は柔らかな微笑を信乃に返した。
「ええ、お任せください。うちが時々お世話になっている神主さんをご紹介させていただきますので、ご安心ください」(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。