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女不動産屋 柳本美土里

「あれ?マスターはどうしたの?」
美希のネイルサロンが入っているビルの1階、水出しコーヒーが売りの喫茶店「カフェ・レトロ」のドアを開けた美希は、木目調のブラウンのカウンター越しに、いつも黙々とコーヒーをいれているマスターがいないのに気づいて、マスターの奥さんに声を掛けた。
「ごめんね美希ちゃん、今日は私がピンチヒッターなの。あの人ぎっくり腰になっちゃって、年取ると嫌ね」
奥さんは苦笑いをした。
「そんな~、年だなんて・・・マスターはまだ若いわよ。ぎっくり腰なんて、若い人でもなるんだから」
「そうは言ってもね~、もう58だもの。あちこちにガタが来てもおかしくない年齢なんだから」
美希は、苦笑いをして奥さんの言葉に応えた。
「やめてよ~。私もあっという間にマスターと同じくらいの年齢になるんだから、他人事じゃないのよ」
腕をさすって首をすくめた。

カウンターにコーヒーが出されると、芳醇な香りが鼻をくすぐった。
「そういえば、美希ちゃんも自営よね?年金だけじゃ老後は心配でしょう?何か対策してるの?」
「老後?そんなの全く考えてなかったわ。年金っていくらくらいもらえるのか、いつからもらえるのかも知らないし」
そうは言ったものの、自分もそろそろ真剣に老後のことを考えておかなければならない時期にさしかかっているのを感じていた。
そう思うと、マスターの奥さんの言葉に老後が不安になってきた。
「ねえ、年金っていつからもらえるのかしら?」
「わたしたち自営業者は国民年金だから、65歳にならないともらえないのよ。サラリーマンの厚生年金は61歳からなのにね。でも、国民年金に上乗せする国民年金基金に入っていれば、60歳から受け取ることができるタイプもあるみたいよ。でも、私たちは国民年金にしか入ってないから、65歳からの受給になるわね。だから65歳までは、ぎっくり腰になったって、頑張って働いてもらわないと」
「となると、わたしも65歳までネイルアーティストしないといけないって訳か?」
思わずため息が漏れた。
「美希ちゃん、なに言っているのよ。65歳になったって、国民年金なんて月5万円ほどしかもらえないんだから」
「え~、月に5万円?そんなんじゃ、とうてい生活できないじゃない」
美希は、あやうく持ち上げたコーヒーカップを落としそうになった。
「そうよ、だから老後のために対策をしておかないといけないのよ」
そうなると、老後なんてまだまだ先だと、悠長にはしていられない。
突然、老後が現実的になってきた。
「それで、マスターのとこは、どうしてるの?」
「それがね~、まだ対策らしいことはやってないのよ。国民年金じゃ、とうてい生活できないから、どうにかしないといけないんだけど・・・銀行の利息なんて、鼻くそ程度にしかならないから、なんとか貯金を増やす方法か、稼ぐ方法を考えないと・・・」
上品そうなマスターの奥さんから、鼻くそなんて言葉が出てくるのがおかしくてしかたなかったが、そこはスルーして美希はたずねた。
「じゃあ、株とか年金型の保険とかは?それに、不動産投資っていうのもあるけど」
「そうね、いろいろ調べて検討していかないといけないって思っているんだけど・・・なかなかねぇ。こんなことならサラリーマンの嫁になったらよかったわ」
洗った白いコーヒーカップを湯煎に浸けながら、奥さんは視線を落とした。

「ねえ?美土里は老後の生活資金の対策ってしてる?」
美土里の爪にネイルチップを乗せながら、美希はたずねた。
「何よ、いきなり老後のことだなんて?」
いつになく深刻そうな美希に、美土里はびっくりした。
「カフェ・レトロの奥さんに聞くとね、私たち自営業者は国民年金にしか入ってないから、年金がもらえても月々5万円ほどなんだって。そんなので生活できるわけがないから、なんとかしないとと思ってるんだけど・・・」
美土里は、そういえば自分たちもそろそろ老後のことが身近になってきた年代なんだと気づいた。
「う~ん、そうねえ~・・・柳本不動産は株式会社にしているから、私は柳本不動産のサラリーマン社長ということで、厚生年金に加入してるのよ。だから、国民年金よりは年金額が多いわね」
「ええ?美土里は厚生年金なの?ずる~い美土里だけ~」
美希は口を尖らせた。
「それでも、月15万円くらいだと思うわ。国民年金よりは多いけど、15万円じゃあネイルにも来られないわ」
「ちょっと待ってよ。それじゃ、私は年金は少ないわ、美土里が店に来なくて売り上げは減るわ、踏んだり蹴ったりじゃない?」
ほっぺたを膨らまして美希は訴えた。
「それは冗談だけど、私が年金をもらう頃まで美希はネイリストするつもり?そんなお婆ちゃんのネイリスト見たことないわよ」
「だって、働かないと生活できないじゃない・・・」
頬を膨らませた美希は、今度は泣きそうな顔をした。

「私の場合は、年金以外に会社名義で所有しているアパートとか賃貸マンションがあるから、そこからの賃料収入でやっていけると思うわ。仕事だから言うんじゃないけど、あなたも、不動産投資を考えてみたら?」
「でも、難しくない?」
「そうね、気をつけないといけないポイントはいくつかあるけど、それさえ押さえれば、株や外貨取引なんかよりよっぽど安全だと思うわ」
「そうなんだ。じゃあこの後カフェ・レトロでちょっとアドバイスしてくれる?たぶんカフェ・レトロの奥さんも聞きたいと思うから。コーヒーはおごるわ」
「はいはい、わかりました」

「こんにちは~!あら、マスターぎっくり腰はよくなったの?」
「美希ちゃん、あんまり大きな声で言わないでよ。ぎっくり腰なんて、恥ずかしいわ」
マスターは腰をさすりながら笑った。
「ごめんごめん。マスターも奥さんも、見たことあるでしょ。こちらは私と時々一緒に来てるうちのお客さんで、というより友達の柳本さんで不動産屋さんなの。こないだ奥さんと話していた件で、いろいろ教えてもらおうと思って・・・奥さんも一緒に聞いて」
美希は、奥さんを奥のテーブルに誘った。

「老後の生活資金について、いろいろ検討されてると聞いたんですが・・・」
「ええ、私たちも年をとってきて、いつまでもこの店を続けることはできないと思うんです。でも、国民年金にしか入ってないから、老後の生活が心配で・・・」
奥さんは自分用の湯呑みを両手で包み、覗き込んで言った。
「そうですか、老後の資金を確保するためには、国民年金基金や年金型保険、株や債権とか、いろいろな方法があると思うのですけど、私は不動産屋ですので、不動産を利用した方法をご紹介します」
「株や外貨取引などは、変動リスクが大きいため、それを軸に考えるのは危険だと思います。とはいえ、国債や公債、年金型保険はリスクは少ないですが、金利の低い今の時期では、出資額に比べて手にする利回りは低いと思われます」
「不動産投資については、いろいろな方法があるのですけど、需要をきちんと把握することと、メンテナンスがきちんとできれば、比較的安全な投資と言えると思いますよ」
そう言うと、コーヒーをひとくち啜った。

「例えば、マンション投資を考えてみましょう。郊外の中古マンションでファミリータイプを500万円で買ったとしましょう。購入の諸費用を概算50万円と見積もると、投資額は550万円です。それを月々5万5000円で貸せるとしたら年間収入は66万円です。
そこから、毎月の管理費や修繕積立金が年間24万円、固定資産税等が6万円とすると、必要経費が年間30万円となり、実質所得が36万円となります。
550万円の投資で36万円の年間収入とすれば、実質利回りは6.5%となり、現在の金利水準からすると、かなりの高利回りとなります」
「じゃあ、1100万円で2部屋買ったとすれば、毎月6万円くらい手に入るってことね」
カフェ・レトロの奥さんは、テーブルに身を乗り出した。

「でも、このケースは1年間ずっと入居者が入っているケースです。入居者の入れ替わりの空室リスクも考慮しないといけませんので、空室リスクを20%とすれば、年間収入が66万円の80%で、52万8000円となります。
そこから、必要経費の30万円を差し引くと実質所得は22万8000円、実質利回りが4.1%となります。これでも、債権に比べると悪くない利回りですよね。手にできる額とすれば、2部屋なら月々4万円弱ってところですね」
「そうよね、同じ人がずっと住んでくれるわけじゃないものね」
美希がうなずいた。

「このマンション投資を成功させるポイントとしては、まず入居者が付きやすい需要のあるマンションを選ぶことです。これは、空室リスクに関わってくるポイントですので重要です。先ほどのマンションの例でいうと、入居者が付きにくいマンションだった場合の空室リスクを30%とすると、実質利回りは2.9%まで落ちてしまいます。空室リスクが10%増えるだけで、利回りが30%ほど落ちることになるのです。仮に空室リスクが50%になるとすれば、利益はほとんど出ない物件になってしまいます」
「では、需要のあるマンションとは、どういうマンションか?」
「一般的に言うと、そのエリアの多くの世帯の家族構成に合せた間取りかどうか?という点を見ますけど、そうでなくても需要が高い場合もあります。例えば、ファミリー世帯が多い郊外などでは、ファミリータイプのマンションを提供するのが常套ですが、そのエリアに単身者向けの物件がほとんどない場合は、単身者世帯がそれなりに見込まれるときにはワンルームなども、需要が高い物件とも言えます」
「賃貸物件の場合、分譲物件に比べると、住環境がいいエリアよりも駅に近い利便性のいい立地が好まれるようですね。それでもファミリー層をターゲットにするなら、駅前の繁華街で居酒屋が入っているビルの部屋とかじゃなくて、一定レベルの環境は考えないといけないと思います。要はターゲットの立場に立って、この部屋を借りたいと思えるような立地で物件を選定することが大切でしょう」

「次のポイントとすれば、なるべく安く購入して高い賃料で貸す、そして経費を極力抑えるということですね。そうすることで、利回りを上げることができるためです」
「安く購入するというのは、相場よりも少しでも安く購入するように努力するということです。相場よりも安い物件というのは、例えば所有者がローンの支払いができなくなって、競売や任意売却で売り出されている物件を買うことで、相場よりも安く買えることがあります。このケースでは購入の際に気をつけないといけない点もあるのですが・・・それは、実際に購入を検討するときにでもお話させていただきます」
「柳本さん、実はよくワンルームマンション投資しませんかっていう電話が掛かってきて、新築のワンルームマンションを勧められるんですけど、どうなんでしょう?」
「購入については、新築がいいのか中古がいいのかという質問がよくあるのですが、これは購入価格と賃料の割合の問題ですから一概には言えません。もちろん新築の方が価格が高いですけど、それだけ賃料も高く取れます。ただ、それは新築時の賃貸価格ですので、築年数が経過するごとに賃料は下がっていきます。何年か経過した後に、どれくらいの賃料で貸せるのかを調べたほうがいいと思います。そうしたことを考慮すると、中古物件の方が、長期で考えた投資に対する利回りとしては軍配があがるのではないでしょうか?」

「高い賃料で貸すというのは、需要に応じた間取りや内装、設備にするということで、賃料を引き上げることができます。また、需要に応じた間取りや内装、設備にすることで、空室リスクを減らすこともできます。マンションの場合、建物の築年数がいくら経っても、部屋の設備や内装を新しくすることで、部屋内は新築同様のピカピカになりますから。うちでやった事例としては、もともと3LDKの間取りの部屋だったのですが、2間続きの和室と洋室1部屋がある3LDKで、リビングはバルコニーに対して縦長の間取りの部屋だったんです。それをバルコニー側の和室ひとつをリビングと一体にして、バルコニー全面に面したL字型リビングの2LDKに間取り変更したんです。募集をかけてすぐに入居者が決まりましたよ。今は部屋数よりも、ゆったりした間取りが入居者に好まれるんです」

「最後の経費を抑えるというのは、管理費や修繕積立金が安いマンションがいいということではありません。管理費や修繕積立金が、その内容に見合ったものなのかということです。管理会社が入らずに所有者でつくる管理組合が自主管理しているマンションもあります。こういったマンションは、管理費や修繕積立金が安いことが多いのですが、充分なメンテナンスが行われなかったり、大規模修繕をするときに修繕積立金では不足するために一時金を徴収されたり、所有者全員からの一時金の徴収が難しい場合も多いので、大規模修繕の内容がレベルの低いものになってしまったりということが往々にしてあります。したがって、私としては自主管理のマンションはリスクが大きいので、あまりお勧めしませんね。また、戸数の少ないマンションの場合は、戸あたりのメンテナンスの負担が大きいために、管理費や修繕積立金が高くなるのが一般的です。こうした経費が高いからといって賃料が高くとれる訳ではありませんので・・・比較的大規模マンションの方が同じ内容のメンテナンスをしたとしても戸あたりの負担が低いのでお勧めかと思われます。きちんとメンテナンスができているマンションのなかで、管理費や修繕積立金が低いものをお勧めしています」
「他に経費を抑えるという点では、補修や改装の費用を抑えるということもあります。室内のメンテナンスは、部屋の管理やグレードアップにとって必要なことですので、それらをしないというのではなく賃料維持やアップ、空室リスクダウンのためには積極的に改装や設備の取替えはした方がいいと思います。ただ、全てを業者任せにせずに自分でできる部分もあると思うのです。例えば、入居者募集前に室内を清掃したりは、自分でもできますよね。ちょっとした塗装や、水栓の取替なども、実際にやってみると、そんなに難しいことじゃないんですよ。そうして経費を抑えることで少しでも利回りを上げることができるんです。時間があって面倒くさくないのなら、ぜひトライされればいいと思いますよ」
「私には無理やわ、不得意の分野やし。それは、美土里のとこに任せるわ。コーヒーも自分でいれるより、マスターにいれてもらった方が断然美味しいし。ね、マスター」
そう言うと、美希はマスターにコーヒーのおかわりを注文した。
「いや、その例えはちょっと違うような・・・まあ、うちとしては全部任せてもらった方が売り上げが上がって嬉しいけどね」
二人のやり取りを見ていた奥さんが、コロコロと笑い声を上げた。

美土里は再び説明をはじめた。
「それと、経費を抑える大きなポイントといえば、金利負担です。株や債権をローンで買うっていう話は聞いたことがありませんが、不動産投資の場合は、金額が大きいので銀行融資を受けて買うケースも多々あります。不動産投資の指南役なんていう連中が、手持ち資金0円で全額借入れをして不動産投資を勧めていることって世間にはあるようですが、私としては、それはお勧めできません」
「銀行融資の金利というのは、それが利益を圧迫することになるわけですし、空室リスクを考慮した実質利回りが5%で、銀行の融資金利が4%だったとすれば、融資期間中の本当の利回りは1%になってしまいます。計算上は、それでも利益が出ている訳ですが、空室期間が延びたり経費が増えたりという、わずかな要因でその1%の利回り分は吹っ飛んでしまいますし、下手をすると赤字になってしまいます。また賃料が入ってこない空室の間も、銀行への返済はしないといけませんので、銀行返済ができるだけの資金を備えておく必要があるのです。だからできるだけ銀行借り入れはせずに、手持ち資金で買える物件を選んだ方がベストだと思うのです。もし借りるとしても、空室リスク考慮後の実質利回りの半分以下の利息支払いで済む金額もしくは借入れ期間を選ぶことが必要だと思います。つまり、空室リスク考慮後の実質利回りが5%だとすれば、ローン返済額は実質利回りの2.5%分までが限度だと私は思います」
「とすると、500万円ほどの手持ちの場合は、それで買える金額の物件を選んだ方がいいってことなんですね」
メモを取りながら聞いていた奥さんが質問した。
「そうですね、安全を選択するとしたら、その方がいいと思います。でも、先ほどのお話とは少し矛盾するのですが、将来の収入を増やすのなら、手持ちの500万円と、銀行から500万円を借入れして2部屋を購入する方がいいのです。ローンが返済された後は、所得は2部屋分になりますので、500万円の手持ちで1部屋を購入するより、収入は倍になりますから。また、2部屋を所有されているのなら、1部屋が空室になったとしても、もう1部屋から賃料が入っているとすれば、ローン返済に困ることはないので、キャッシュフローのリスクとしては軽減されます。もちろん、1部屋が空室状態でもう1部屋の賃料で銀行返済をしている時は、手元にほとんど残りませんので、毎月の賃料収入をあてにしている場合はお勧めできませんが・・・だから、働いて賃料以外の収入がある場合や、ある程度の預金がある場合にはこうした方法でもOKだと思います」
「なるほどね~、それぞれの状況によっても、物件選びは変わってくるってことやね」
「じゃあ、私たちの状況を話すから、老後の生活資金確保のための不動産投資の提案してよ」
美希がそういうと、カフェ・レトロの奥さんは、大きくうなずいた。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。