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新年度に入り、新社会人、学生さんも少しは環境の変化に慣れてきた頃かもしれませんね。毎年発表される「今年の新社会人の典型(新入社員タイプ)」(公益財団法人日本生産性本部)によると、今年は“自動ブレーキ型”で、その意味は知識豊富で敏感、就職活動も手堅く進め、そこそこの内定を得ると、壁にぶつかる前に活動を終了。何事も安全運転の傾向がある、というものらしい。
まあ、そんなことは何も今年の新入社員に限ったことではなく、例えば年配の御仁にも職場環境や家庭環境によっては超安全志向の管理職も結構見受けられる。つまり、長引く不景気に保身を最優先することは当然で、ある意味危機管理能力が高いとも言えるわけで、今年の新入社員もそのような親世代に影響を受けた後天的本能のようなものだとも言えるのではないか。

こんな世の中だが、一方では順調な景気回復基調に後押しされて、どうも不動産の価格が上昇に転じているらしい。資産デフレからの脱却は結構だが、一般庶民の所有不動産は殆どが居住用資産であるから、自分の家の周りの土地価格が上がった↑下がった↓と言っても、企業会計のように家計に影響するものではない。売れば、買えば、のタラレバなのだから、「ウチには関係ない!」方々が殆ど。
しかし、現実は過酷を強いる。
そう、毎年この時期にやってくる所轄の役所からの通知。固定資産税等納付に関するお願いとともに、自家の評価が記された書類に目をやれば、「おや?なぜ?」と思うこともしばしばではないだろうか。一向に安くならない評価額と、地価上昇に即座に反応する土地評価替えにおける課税標準額の上昇。
「いったい誰が評価してるの?土地は鑑定士さんが毎年出される公示価格なんかが基準となるの?建物なんて新築時が天井のはずなのに、どうして一律に下がっていかないの?」というお声があちらこちらから聞えて来る。
今月号では、あまり知られていない固定資産税の評価方法や税金の仕組みを解き明かし、少しでも納得して税金を納める賢い納税者を増やしていこうと思う。


固定資産税に疑問を持ったら…(東京都税事務所)

【固定資産税の歴史】
我が国の租税史上、現代の固定資産税に相当する税は古く弥生時代(BC300年~AD250年頃)から発生していたと考えられている。その論拠としては、それ以前の縄文、旧石器時代においては一定の支配階級の存在が歴史学、考古学上証明されておらず、統治形態が進んでいなかったことに起因する。しかし、弥生時代に入ると、大規模集落の遺跡に代表される「統治」形態が確認でき、それらコミュニティの維持には当然支配層と被支配層が生まれ、隷属関係が構築されるからである。
隣国の中国では、更に古代から統治形態が確認されてはいるが、史書文献上に税制の成文法が確認されるのは前漢の時代(BC206年~AD8年)であり、我が国における租庸調制度の原型とされるのは、北周(556年~581年)に始まり、唐(618年~907年)で完成したものである。

我が国では飛鳥時代に入り、大陸の影響を強く受けていた同年代、646年大化2年1月1日に発せられた改新の詔(注1)4カ条によれば、公地公民制(王土王民)、行政組織の改革、戸籍制度、そして税制の確立を主文とし、本格的な律令国家への道を歩み始めたとされる(日本書紀)。そして大宝律令の公布(701年)によって完成する。
※第4条は新しい税制の方向性を示す条文で、ここに示される「田の調」とは、田の面積に応じて賦課される租税であり、後の大宝律令制における「田租」の前身に当たるとされる。それに基き、当時租は、田1段につき2束2把の稲を納めるとし、706年より1束5把(現在量約3升、収穫の約3%)となった。

注1:「藤原京出土の木簡が、郡評論争を決着させる」木下正史著『藤原京』中央公論新社2003年。
藤原京から出土した木簡により郡評論争に決着がつけられ、『日本書紀』の改新の詔の文書が奈良時代に書き替えられたものであることが明らかになった。しかし詔の内容は、王土王民という儒教的な基本理念に従い、特に主要政策は地方社会への影響も大きく、政策の浸透には当時のことであるから相当の時間を要したと考えられる。又、王土王民にあっても地方まで統治が行き届くはずはなく、中央では土地所有を認めなかったものの、制度は形骸的なものであった。
日本書紀の記述は、編纂者による潤色であることは間違いないとされるが、大化の改新は後世の律令制に至る端緒であったことも間違いなく、律令完成までの一連の諸改革をいうとして定着しつつある。


日本書紀(国立国会図書館蔵)

710年平城京遷都の後、律令による農民の税負担が問題となり、農地の放棄や浮浪、逃亡、偽籍(男が女として戸籍に登録すること。男の方が、税の負担が重かったから)が相次いだため、律令の一部改正や令の補填が行われた。

田地拡大政策(口分田の不足に対応する)の中心をなした改革は
1.百万町歩開墾計画(722年〈養老6〉)計画理由:国司・郡司が食料を支給する形で、百姓を10日間徴発し、百万町歩の良田を開墾するというもの。

2.三世一身法(養老七年の格〔723年(養老7)〕)法令発布の目的:開墾奨励、法令の内容:新たに溝地を作って開墾したものには3代に渡って、又旧来の施設を利用して開墾したものには本人一代に限り田の私有を許可したもの。

3.墾田永年私財法(天平十五年の格〔743年(天平15)〕)法令発布の目的:開墾奨励、法令の内容:墾田した土地は永久とし、収公しないことを定めたもの。

などで、荘園制の始まりがここに見て取れる。

平安時代初期では荘園制を発達させた(人の支配から土地支配へ)が、貴族階級の特権が政治の怠慢を招き、租庸調の徴収にも大きな影響を与えた。延喜の荘園整理令(902)では皇族・貴族の新たな荘園を禁止し、勅旨田(皇室財政収入のため、勅旨により院・宮などに与えた開墾田や空閑地)を廃し、人民の請作にかえることとした結果、初期荘園制は衰退したが未耕作地の増大を招いた。このころ、租の徴収方法が年貢形式に変更され、一年毎に荘官や地頭が名主・作人から徴収して荘園領主に納めることとなった。

戦国時代(鎌倉、室町、安土桃山)後期、豊臣秀吉の天下統一により検地(太閤検地)が行われ1地1作人の検知帳が作成された。これが所謂課税台帳の役割をなした。


太閤検地調(大垣市蔵)

江戸幕府成立後は、様々な法令の制定、改正を経るが、貨幣経済の発達と併せて、金納、米納、物納、労納など納税方法も多岐に亘るようになる。田畑永代売買禁止令(1643年)、慶安の御触書(1649年)、分地制限令(1673年)などを次々と発布し、幕府財政安定化に努めた結果、年貢負担は重く、各地で農民一揆などを誘発している。

江戸時代までの税内容は、複合総合課税方式であり、所得(出来高)に応じた課税が主であったが、明治維新を境に近代国家の政策を取り入れることとなり、目的税の細分化や原則的物納の禁止、課税対象の変更が行われた(地租改正1873年~79年)。これにより、所得税が新たに設定(1887年)され、複合税であった地租も収穫出来高課税から地価を課税対象とする税率制(当時は3%)に移行し、納税者を土地所有者に改めた。所謂固定資産税の登場であった。

【固定資産税の概要】
固定資産税は、毎年1月1日(賦課期日)現在の土地、家屋及び償却資産(これらを「固定資産」という)の所有者(具体的には固定資産課税台帳に所有者として登録されている者で、登記の有無は関係ない。ただし、質権または100年より長い存続期間の定めのある地上権の目的たる土地については、質権者または地上権者が納税義務者となる〈地方税法第343条第1項〉。固定資産の所有者の所在が不明である場合には、相続人又はその使用者を所有者とみなして固定資産課税台帳に登録し、その者に固定資産税を課することができる〈同法第343条第4項〉。)に対し、その固定資産の価格(評価額)をもとに算定される税額を、その固定資産の所在する市町村が課税する税金である(地方税法第5条第2項、ただし、東京都は特別区ではなく、都が課税する〈同法第734条〉。)。税率は都道府県及び各市町村が設定することが可能で、標準税率は現行1.4%である。以前は2.1%までという限度税率の取り決めがあったが現在は廃止されている。

固定資産とは次に挙げるものをいう。

1. 土地
田、畑、宅地、鉱泉地、池沼、山林、牧場、原野、その他の土地(雑種地)。

2. 家屋
住家、店舗、工場(発電所及び変電所を含)、倉庫、その他の建物。

3. 償却資産
(1) 土地及び家屋以外の、事業の用に供することができる資産
(2) 法人税法又は所得税法の規定による所得の計算上、減価償却額又は減価償却費が、損金又は必要な経費に算入されるもの(簿外資産、償却済資産、償却していない資産等を含)。
(3) 営業権など、無形減価償却資産は除く。
(4) 耐用年数1年未満又は取得価額10万円未満の償却資産で損金算入したもの、取得価額20万円未満で3年間の一括償却をしたもの、法人税法第64条の2第1項等に規定するリース資産で取得価額が20万円未満のものなど、少額資産にあたる資産は除く。
(5) 自動車税の課税客体である自動車、軽自動車税の課税客体である原動機付自転車・軽自動車・小型特殊自動車・二輪小型自動車は除く。
(6) 法人税法施行令第13条第9号又は所得税法施行令第6条第9号に掲げる牛、馬、果樹等の生物は除く。ただし、観賞用、興行用その他これらに準ずる事業の用に供する生物は、償却資産となる。

(注) 中小企業者に該当する法人・個人事業者については、取得価額30万円未満の減価償却資産を取得した場合に、損金算入できる措置が講じられており、この特例措置は租税特別措置法による国税(法人税・所得税)に関する制度であるので、固定資産税(償却資産)では適用されない。
※この特例により損金算入した資産については、固定資産税(償却資産)の申告が必要となる。
(地方税法341条、取扱通知(市)第三章第一節第一、五)

【固定資産の価格は誰がどうやって決める?】
固定資産価格の決定権は市町村長にある(地方税法第403条第1項、東京特別区は都知事)。ただし、国は総務大臣をして固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を定めた「固定資産評価基準」を告示しなければならず(地方税法第388条第1項)、その詳細な基準を用いて評価額を決定する。

〈土地〉
宅地の固定資産税評価は、総務大臣の定めた固定資産評価基準に基づき街路に沿接する標準的な土地の単位当たりの価格である路線価(注2)を付設し、この路線価に基づいて各土地について、画地計算法を適用して評価額を求める市街地宅地評価法(路線価方式)により行う。
その他の地目の土地については、それぞれに評価基準が定められている。

〈家屋〉
家屋の評価額は、買入価格や建築工事費ではなく、総務大臣の定める家屋評価基準によって算出する(評価基準には、一般的な家屋に使用される資材や設備に点数が設定された再建築費評点基準表があり、どのような資材や設備がどれだけ施工されているかを確認する家屋調査を基に評価を行う)。
評価基準では、再建築費(価格)を基準として評価する方法(再建築価格方式)を採用し、評価の時点において、評価の対象となった家屋と同一のものをその場所に新築した場合に必要とされる建築費を求め、その家屋の建築後の経過年数に応じた減価を考慮し、その家屋の価格を求めるのである。つまり、「どのような資材をどれだけ使用しているか(再建築費評点数)」、「構造及び用途等の区分に応じて設定されている建築後の経過年数に応じる減価率(経年減点補正率)」及び「地域に応じた物価水準と工事原価に含まれていない設計管理費、一般管理費等負担額の費用(評点一点当たりの価額)」によって評価額を算出する。
具体的には、評価しようとする家屋について、単位当たり再建築費評点を付設し、経過年数に応ずる減点補正率、床面積及び設計管理費等を考慮した評点一点当たりの価額を乗じて、評価額(価格)を算出している。

※家屋の評価額=単位当たり再建築費評点×経年減点補正率×床面積×評点一点当たりの価額
評価基準では、その種類用途、構造等によって再建築費評点基準表が定められている(固定資産評価基準第2章別表第8)。

〈償却資産〉
固定資産税の対象となる償却資産とは、土地及び家屋以外の事業の用に供することができる資産で、その減価償却費が法人税または所得税法の規定による所得の計算上、損金または必要な経費に算入されるもの(法人税または所得税を課されないものが所有するものを含)をいう(前述3.償却資産参照)。


わしも実は償却資産!?(イメージ:softBank)

償却資産については、その資産を1月1日現在保有している者が事業所の所在する市町村(東京特別区は都税事務所)に自ら申告しなければならない。
その価格は、資産ごとに耐用年数と取得価格から評価額を算出し、現行ではそれがそのまま決定価格となり、課税標準の特例が適用されない場合に限り決定価格が課税標準額となる。

注2:固定資産路線価と相続税路線価
公的土地評価について相互の均衡と適正化が図られるように努めるという土地基本法の趣旨を踏まえ、相続税においては地価公示価格の8割程度を、固定資産税においては同じく7割程度をそれぞれ目途に評価を行っています。固定資産税評価は、総務大臣の定めた固定資産評価基準に基づき街路に沿接する標準的な土地の単位当たりの価格である路線価を市町村(東京都は都)が定めるのに対し、相続税評価は税務署が国税庁長官の定めた財産評価基準に基づき路線価を付設しています。ただし、その算出方法も多少異なることから、必ずしも8:7の関係が成立するものではありませんが、それぞれの評価の適正化を推進し、均衡を確保するために、税務署と市町村は相互協力と情報交換を行っています。


相続税路線価4000万円
固定資産税路線価3500万円
地価公示価格(実勢価格)5000万円

【固定資産価格の評価替え】
固定資産税は、固定資産の価格(適正な時価)を課税標準として課税することが原則である。このため、本来なら毎年評価の見直しを行い、これによって得られる「適正な時価」を基に課税を行うことが納税者間における税負担の公平に資することになるが、膨大な量の土地、家屋について毎年度評価を見直すことは、実務的にはほぼ不可能であること等から、土地と家屋については原則として3年間評価額を据え置く制度、つまり3年ごとに評価額を見直す制度がとられている。この制度を評価替えという。この意味から、評価替えは、この間における資産価格の変動に対応し、評価額を適正な均衡のとれた価格に見直す制度だといえる。ただし、土地については地価の変動が大きい都心部など、毎年度時点修正を行っているところもある。

一方、家屋の評価替えは、「建築物価の変動(再建築費評点補正率)」と「家屋の建築後の経過年数に応じた減価(経年減点補正率)」を考慮して全国一律に3年に一度行う。
家屋の評価額(価格)の見直し方法を算式で示すと次のとおり。

価格=基準年度の前年度における単位当たり再建築費評点×再建築費評点補正率×経年減点補正率×床面積×評点一点当たりの価額


評価基準補正係数(総務省)

以上のように、評価替えでは建築物価の変動を考慮するため、再建築費評点補正率の上昇割合によっては、計算上、今までより評価額が上がることも考えられる。しかし、家屋は減耗資産であって、前年度の評価額を上回ることは望ましくないという考えから、評価が上がっても前年度の評価額を据え置く措置をとっている。その結果、評価替えの年でも評価額が下がらないことになり、冒頭のように、年数が経つにつれ、一般的には償却される資産が何故?となるわけだ。

【都市伝説は生きていた!?】
前述した固定資産家屋評価基準の別表第8を見れば、屋根、基礎、外壁、柱、内壁、天井、床、建具、設備に至るまで、項目別に詳細な分類がなされ、それ毎に評点数の基準点と、仕上げや使用部材、製品による補正係数が定められている。そして、この基準を使用して貴方のご自宅を評価するのが役所の担当官です。つまり、床の間はヒノキ特級、化粧板はケヤキ一枚板、漆喰塗りの真壁造りで天井にはスギの単板を巡らせ、埋め込み型エアコン装備etcの自慢は、固定資産税課職員が喜ぶ高額納税者仕様となっているわけです。

つまり、今も昔も、家屋調査のときは出来るだけ貧乏を装う、という都市伝説は、本当だったのです。


素敵なお家ですね…。(イメージイラスト:岡山県奈義町)