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女不動産屋 柳本美土里

寺の前に桜の樹が立っているのは相応しくないと思っていた。
桜がピンク色に空を染める様子は、華やかなシーンにこそ似合うものだ。
入学式、花見、新たな門出。
そうした晴れやかで楽しい場面を、桜が縁取っているからだろうか?
それとも、日本人のDNAの中に、晴れの舞台と桜とが結びついてしまっているのか?
そういう既成概念が、その日の桜に崩された。
ピンク色の花で彩られていた時期が過ぎ、その花がほぼ散り去り、骨ばった枝があらわになってしまった桜の樹は、決して華やかなものではなく、人生の終焉の後に過ごす寺に相応しい寂しさを与えている。

陽平は、その桜の脇を過ぎ、寺の門をくぐった。
格子戸を開いて中に入ると、住職の奥さんらしい女性と目が合った。
「お参りですか?」
ふくよかな顔立ちの女性は、声までも柔らかくなってしまうのだろうか?
そう思わせるような、優しい声だ。
「ええ、三木家の墓に行きたいのですが、どちらにあるか教えていただけますか?」
自分の家の墓がどこにあるのか判らないというのは、恥ずかしいことだと思うせいか、俯きがちに尋ねた。
「ああ、先日ご供養させてもろうた三木さんとこのお墓やね、それならこちらです」
そう言いながら式台を踏み、つっかけを引っ掛けて、女性は先に進んだ。
寺は小高い丘の頂上に建っており、その裏側の斜面が墓地になっている。
段々畑のように、斜面に沿って建てられている墓の真ん中あたりに設けられた石の階段を中腹まで降り、平行にしばらく進んだところで女性は止まった。
「こちらが、三木家のお墓です」
視線の先には、三木の名が刻まれた墓石があった。
「そうそう、お水を使われるんやったら、階段を反対側に曲がった先に水道がありますから、そこのを使ってくださいな。火をつけるマッチも置いてますし、隣にはゴミ捨て場もありますから、ほかすもんがあるんやったら、そこにほかしておいてくださいな」
「ありがとうございます」
陽平は頭を下げた。
「いいえ、よろしゅうお参り」
墓の場所を尋ねる人も、時々いるのだろうか?慣れた様子で案内してくれた女性は、柔らかな笑顔で来た道を戻っていった。

小さな頃には、両親に連れられてこの墓にお参りに来たのだろうか?
いや、たぶん自分が来るのは、今日が初めてだろう。
陽平が物心ついてからでも、両親が墓参りに行くという話は聞いたこともなかったし、母の晴子はともかく、そんなことをするような父親ではなかったから。
陽平は墓石を丁寧に洗い、花を替え、線香を立てて、両の掌を合わせた。

父の記憶と言えば、酒を飲んで暴れている父ばかりだ。
母は、お酒が入らないときは優しい人だと言ったが、建築現場で働いている父が仕事から帰って来るときには、既にどこかで飲んでいて、アパートに帰ってくると玄関の戸を激しく叩き、大声を出しているのが、子供心に恥ずかしくて堪らなかった。
母が少しでも注意をしようものなら、子供の前でも容赦なく母親に手を上げるような人だった。
薄い壁のアパートは、父のどなり声や母を殴る音までも周りに聞こえていたのだろう、母は同じアパートの住人に会う毎に、頭を下げていた。
酔っては父が母を虐げる暮らしが続いていた。

そうした夫を持つ母は、相当に我慢強い人だった。
父がいくら打とうが蹴ろうが、じっと耐えて、されるがままになっていた。
ある時は、父の拳をかばった手の当たり所が悪かったのか、指の骨が折れていたこともあった。
父に殴られても、骨が折れても、決して痛いという言葉を母の口から聞いたことはなかった。
それでも母は、自分が辛抱をすることで家庭が守れるのならと、我慢を重ねていたのだろう。

そんな母の我慢の糸が切れたのは、僕が小学校3年、妹がまだ生まれたばかりの、あの夜だったろう。
いつものように、酒を飲んで暴れ母を殴っていた父親を、僕は蔑んだ眼で見ていた。
僕の視線に気づいた父は、僕と僕の後ろで泣いている妹の方へ、焦点が定まっていない尋常ではない眼を向けてやってきたのだ。
いつもは父に殴られているだけの鈍い母親が、その時ばかりは同じ人とは思えない機敏な動きで、父を追い越して僕たちを抱きすくめた。
「そこを、どけっ」
そう言いながら、父は母の背中も頭も構わずに足蹴にした。
しばらく暴れると、疲れたのか飽きたのか、父は舌打ちをして卓袱台に置いていた酒をまた飲み始めた。

翌日、小学校から帰ってくると、いつもは居るはずの母も妹も姿が見えなかった。
二人の代わりにテーブルにあったのは、僕宛てに書かれた書き置きだった。
「陽平、ごめんね。かならず、むかえにくるから」
母は、子供にまで手を掛けようとした父をついに見限ったのだ。
父がいない昼間にしか、子供を連れて逃げ出すことはできなかったのだろう。
小学校に行っている自分と、赤子である妹とを連れて逃げることは難しかったのかもしれない。
迎えに来ると書かれた書き置きは、いつ迎えに来るとは書かれていなかった。
明日になれば迎えに来てくれるかも?
そう願う気持ちは、1か月を過ぎた頃から絶望に変わっていった。
自分は母親に捨てられたんだと思った。

父は、関わりを避けるように、僕が寝てから帰って来るようになった。
僕が起きる前に、お金を置いて父は出かけ、そのお金が僕の1日の食事代と小遣いになった。
暴れる父を見なくて済むようになったことは良かったが、誰もいない家に帰る理由もなく、中学にあがった頃には、悪い仲間とつるんで夜通し遊んだり、泊まれる友人の家をはしごしたりする生活となった。

嫁の晴子は、何も悪くない。
それは、十分過ぎるほど解っている。
嫁の悲しむ顔を見るのが辛いのだ。
堪え切れずに、こみ上げる涙を抑え込むように顔を歪め、それでも湧き出てくる涙を流す嫁を見ると、心臓を万力で掴まれたような辛い気持ちになる。
その顔を見たくないという一心が、真っ直ぐに向かい合うことを避けさせたのかもしれない。
歯車が狂い、自分の思いを止めようとしても、どんどん思わぬ方向に進んでいくのを感じた。

嫁と一緒になった頃は、建築資材を扱う問屋で働いていた。
自分でも酒癖が悪いのは知っていたので、お客さんである工務店や土建屋から誘われても、気をつけて酔わないようにしていた。
あの日は、土建屋から急な注文を受けたが、頑張ってなんとか材料を納めた。
しかし、土建屋からは不良品だとクレームをつけられ、無理やり謝罪をさせられたのだ。
自分のミスとはどうしても思えないのに。
気持ちの置きどころがないまま、飲まずにどうしても帰ることができず、同じ居酒屋の暖簾をくぐることにした。
どれくらい飲んだだろうか?クレームをつけられ謝罪をした相手の土建屋の社長が、居酒屋に居たのに気づいたのは、すっかり出来上がっていた頃だったのだろう。
理性をすっかりなくしていた自分は、大声で相手を罵倒し、胸倉を掴んでいた。
後は、何がどうなったのやら。
気がついたときには、流れた鼻血でシャツが汚れ、手にも血がついて独りで外に転がっていた。
翌日、会社からの電話で起こされ、その電話でクビになった。
口下手な自分は、嫁にその経緯や気持ちを伝えることができなくて、その事実だけを知った嫁は、ただ泣いていた。

その後、建材問屋のお客さんである、ある土建屋に拾われた。
建築現場での仕事で、慣れない肉体労働だったが、嫁も子供も居る身で仕事をより好みする余裕はなかった。
慣れるまでの辛抱だと思いながらも、30歳をとうに超えてから始めた肉体労働は、なかなか慣れず、自分よりもひとまわり近くも年下の者から指図され注意を受けるのは、耐え難かった。
それでも、収入が良ければ嫁に対する気持ちの余裕も生まれるのだろうが、以前よりも所得は大きく減ってしまった。
嫁に掛ける苦労も、大きくなっているのだろうと思うと、胸が重くなった。
自分の器では抱え込めないほどのやりきれない気持ちが、一時期は控えていた酒を、また近づけるようになっていた。
そして酒に酔って、鬱積している気持ちを嫁にぶつけるようになっていた。
嫁に甘えていたのだろう、酔って嫁を殴ったり蹴ったりしても、嫁はじっと耐えていたので自分を受け入れてくれていると思っていた。

あの日はいつもとは違っていた。
嫁にやり場のない気持ちをあたり散らし、いつものように殴っていた時に、ふと後ろからの視線に気がついた。
振り向くと、そこには自分を非難する長男の陽平の眼があった。
そう、嫁を殴っている自分は間違っている。
そんなことは、お前に指摘されなくても解っている。
やっていることが間違っていることは解っているけど、誰も自分の心を理解してくれる人は居てないんや、正義漢ぶって俺を見るなや。
陽平の眼が怖かっただけ、その眼をやめてほしかっただけだ。
気がつくと、陽平と鞠子を抱いて庇う嫁の晴子が眼の前にいて、その体全体で自分を拒絶していた。
そのとき、自分が全く独りになった気がした。
その翌日、嫁の晴子は鞠子を連れて出て行き、息子の陽平だけが残された。
息子から母親を奪ったのは自分だ。そう思う気持ちから、息子と顔を合わせるのも苦痛になった。

あの人は、本当は優しい人だ。
私が、田舎の村からあの人のもとへ嫁いで行った頃は、なんて口数の少ない人だろうと思っていたが、それが却って彼の誠実さを感じさせた。
彼が私のことを大切に思ってくれているのは、話さなくても感じていた。
私が悲しむことが、彼を悲しませることなのだということも悟った。
そんな彼は、酒を飲むと人柄が変わる性格だった。
初めは、非常にびっくりしたものだが、そうでもしないと彼は、優しくて気が小さいから、自分の気持ちを吐き出すことができないのだろうと思えるようになった。
彼が、酒を飲んで取引先の社長を殴り、会社をクビになったときにも、彼を責めるのはやめよう、私までが責めてしまうと、彼の居場所がなくなってしまうと思った。

私に対する暴力も、どこにもぶつけられない気持ちを甘えて私にぶつけているだけだろう。
そんなことは、私が辛抱すれば良いことだ。
私たちの間には、息子と娘、二人の可愛い子供がいる、大切な4人の家族なんだから。
そうして頑張ってきたつもりだったけれど、子供に迫ったあの夜だけは許すことができなかった。
私だけが辛抱して、それで気が済むうちは良かったのだが、子供に危害が及ぶのであれば、これはもう我慢ならない。
翌日、私は、娘の鞠子を連れて実家に帰った。
息子の陽介と別れるのは、自分の身体をちぎられるように辛かった。
本当に、息子の陽平も連れて帰りたかったのだが、そうすると彼は本当に独りぼっちになってしまう。
独りぼっちになってしまったら、彼はどうなってしまうか判らない。
陽平には辛い思いをさせることになるだろうが、彼の生きる望みを奪わないためにも、息子だけでも残しておかないといけない。
でも、きっといつか迎えに行くからね、ごめんね、陽平。

僕が中学3年になった頃、母が戻ってきた。
いや、正確に言うと、母と1人の男性がやって来た。
男性は母親よりも僅かに年齢が上のような、丸顔の優しい顔立ちの男性だ。
母は、男の横でじっと黙っていた。
卓袱台を挟んで、父と男は対峙した。
「今、僕は晴子と鞠子と一緒に暮らし、贅沢させてやれてはいませんが、なんとか暮らしは成り立っています。晴子は、実家の近くの喫茶店で働いていました。僕が晴子と知り合ったのは、その喫茶店です。三木さんのところにいた頃の話は、晴子からお聞きしました。過去のことを詮索するつもりもありませんし、私の立場からどうこう言うことは何もありません。単刀直入にお話させていただきますと、晴子と正式に離婚をしていただき、陽平くんを養子にいただきたいのです。あなたが今、晴子に対してどういう気持ちなのか、鞠子のことをどう考えているのかは解りません。晴子と、鞠子、そして陽平くんの幸せを願う気持ちをお持ちなら、承知してほしいんです」
そう言って、男は父の眼を真っ直ぐに見た。
腕を組んで俯いていた父は、家族の歴史をひとつひとつ思い出すように、ゆっくりと時間をかけて頭を起こし、眼を見開いた。
「ほんまに、晴子、鞠子、陽平を幸せにしてくれるんか?」
父の問いに、男はゆっくり頷いた。
「晴子、それでええんやな」
父の言葉に、母は泣きそうな顔をして頷いた。

「俺の気持ちは無視かよ」とも思ったが、あのタイミングで実は僕は救われた。
僕は、中学生になって荒れに荒れていて、学校の先生からはすっかり見放されていた。不良の先輩とつるむことが多くなり、もっと上の先輩、それこそヤクザにも、顔や名前を覚えられるようにもなっていた。
それに反して自分の中では、そろそろ世間に抗って生きることも疲れてきた頃だった。
だからといって、この環境では、簡単に普通の中学生に戻ることはできないように思えていた。
遠くの地に行くことで、これまでの僕を知らない人たちと、新しい人間関係を築く環境を与えてもらえたことで、まともな人生を取り戻せると思ったのだ。

アパートから出て、僕にすがりついて詫びる母に、何も言えなかった。
母が本当に自分を捨ててしまったのではないことが、その姿と涙で、はっきりと解ったから。
今なら、優しい言葉のひとつも掛けられたのだろうが、中学生の僕には、照れくさくて突っ張ることしかできなかった。
言葉が足りないのは、父譲りなのかもしれない。

養父の家に行くと、鞠子が待っていた。
赤ちゃんだった鞠子は立派に大きくなり、笑顔が可愛い少女になっていた。
家には、他に養父の実子がいるという話を聞かされた。
僕より、4つ年上の大学生。
大学の近くに下宿していて、年に数回しか帰ってこないらしい。
家は借家だったが、それぞれの部屋を与えてもらい、決して裕福ではなかったが何の不足もなかった。
養父は、父のように母に手を上げることもなく、好きなお酒を、毎日母と二人で静かに盃を傾けていた。
僕たちにも優しかったが、間違ったことをすると、しっかりと叱ってくれる人だった。
実の子供に対するように、目を赤く腫らして叱ってくれる養父を見ると、僕は素直に嬉しくて感謝の気持ちで胸がいっぱいになり涙をこぼしたものだ。

僕と鞠子は、そんな養父と母とに育てられ、社会人となることができた。
鞠子は、高校を卒業すると、早々と結婚をして子供を授かった。
僕は、鉄工所に勤めながら定時制高校を卒業し、溶接工として働いている。
実の父と別れてから15年になるが、父はどうしているのだろう?
そんなことも考えないことはなかったが、中学校卒業、高校進学、就職など、目まぐるしく変化する青年期のなか、つい過去の人になってしまっていた。

それは、突然の電話だった。
父が亡くなったと。
僕の中の父には、何ひとつ良い思い出はなかった。
父が死んだという話を聞いても、「ああ、そうですか」程度にしか思えなかったというのが、正直なところだった。
それでも、行ってやれという養父の言葉に従い、かつて育った街にやってきた。
僕を待っていたのは、晩年父と一緒に暮らしていたという美和と名乗る女性だった。
50歳には届かないくらいの年齢だろうか?
派手な顔立ちが、年齢よりも若く見せているようにも思えたが・・・
人生の最期を看取ってもらえる女性と暮らしていた父は、僕たちと別れた後、案外幸せな人生を歩んでいたのかもしれない。

「陽平さんやね。あんたのお父さんは、ずっとあんたと鞠子さんのことを言うてたよ。陽平は進学したやろか?とか、鞠子に彼氏はできたんやろか?とか」
「あんたのお母さんにも、あんたらにも、ほんまに悪いことをした。歳いってからは、それが口癖になってたんやで。あの人は、今はもう死んでもておらへんけど・・・私が言うのもなんやけど、これを境に許したって欲しいんや」

僕が返事をしなかったのを、許していないと思ったのか、美和はさらに話を続けた。
「あんたらが一緒におった頃のことは、あの人から聞いたわ。かなり酒癖が悪かったみたいやね。そやけど、あんたらと別れてからは、ぴったりと酒をやめたって言うとったわ。自分自身で願を掛けていたみたいやったね。自分が酒を断つことで、子供たちが幸せになれると思い込んでたんやろね。あたしが勧めても絶対に飲もうとせんかった」
突然に聞いた父の意外な姿に、頭を殴られたような思いだった。

「それにね、あの人は、あんたらに迷惑ばっかりかけて、何ひとつしてやれなかったからって、あんたが受け取れるように生命保険を掛けてたんよ。受取人を自分名義にしていたから、亡くなった後は、相続人のあんたが受け取ることになるんよ。あたし?あたしは、一緒に住んでいたけど籍は入れてないから、相続する権利はない。まあ、内縁の妻ってことで、相続できるとか言う人もいるけど、あたしは、生前にいろいろ面倒みてもらったからええんよ、あの人の気持ちを大切にして、あんたが受け取ったらええ」

唖然としている僕を前に、さらに美和は続けた。
「あの人は、両親も兄弟も既に亡くなっているから、あの人の相続人っていうのは、あんただけみたいやから」
僕は首を傾げて聞いた。
「でも、僕は子供の頃に養子縁組をして他の人の子供になったんですよ、父とは縁が切れていて相続なんてできないんじゃないですか?もし、あったとしても、妹の鞠子もいるんだから、鞠子も同じように相続人になれるんじゃないんですか?」
「あんたもそう思うやろ、実はあたしも最初はそう思ったんや。それで、そんなことに詳しい友人の不動産屋の女社長に調べてもらって、いろいろ話を聞いたら、そうやないって。あんたが養子になったんは、普通養子縁組っていうて、実の親の相続も、育ての親の相続もできるタイプの養子縁組らしいんや。そやからあんたは、あの人の相続人なんや。で、妹さんは、まだ小さくて6歳未満のうちやったから、特別養子縁組っていうタイプの養子縁組で、完全に実の父との関係は切れてしまうらしいんや。特別養子縁組ちゃうかったら妹さんも相続人になれたんやけど、特別養子縁組という形をとってでも、父親と離さなあかんかったんやろうな。そやけど、あの人もあんたと妹さんで扱いが違うってことまでは知らんかったんやろな、子供らに保険金が入るからって言うてたし。まあ、これはあんたが考えることやけど、保険金のいくらかは妹さんにもやったら?これは、お節介過ぎる話やけどな」

僕は妹に、美和が話したことの全てを話した。
僕たちの結論を出し、二人して養父の前に座った。
「お父さん、僕たちを引き取ってくれて育ててくれて、ほんまにありがとう。どないして恩返しをしたらいいか判らないくらい感謝してる。それで、死んだ実の父の生命保険金を、僕たちが受け取ることができるらしいんやけど、そのお金を受け取って欲しいんや」
感謝をお金で替えることはできないことは判っている。でも、父に受け取ってもらえれば、大きな恩に、少しでも報えるように思ったのだった。
養父は、目を瞑って話を聞いていたが、僕の話を聞き終えると一つ咳払いをして、口を開いた。
「あんな、お前らは勘違いしてるで。わしがお前らを引き取ったんは、お前らがお母さんの子供やったからや。お母さんはわしの嫁やから、その子はわしの子や。親が子供を育てるのは当然のことで恩に着ることなんか何もあらへん。保険金は、三木さんが自分の命と引き換えに、お前らに残してくれた大切な気持ちや。そんな気持ちのこもったもんを、わしが受け取ることができるわけないやろ。どうしても必要になった時に自分らのために使うんや。まだまだ、お前らは子供の考えやな」
養父は、僕たちの提案を笑い飛ばした。

門前に桜の樹があるお寺に父は眠っている。
養父の言葉を父に伝えに行こう、さて父は何と言ってくれるだろうか?(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。