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女不動産屋 柳本美土里

「さて、自分はあとどれくらい生きられるのだろうか?」
山川勝は、今年78歳になる。
直腸がんが見つかったのは1年前だが、既にどうすることもできなくなっているらしい。

勝は、九州の島にある高校を卒業すると同時に、集団就職で関西にやってきた。
大手製鉄会社に集団就職した。
一人前に仕事ができるようになった24歳の時に、勝と同じように九州からやってきた節子と社内結婚をして、まもなく彼女の妊娠が判明した。
しかし、その妊娠は手放しで喜べるものではなかったのだ。
「う~ん、母体の心臓が持つかどうか・・・医者としましては出産はお勧めできません。」
節子は生まれつき心臓が弱く、出産時の負担に耐えられないのだ。
「やっぱり、子供は諦めよう。節子を危険な目に遭わせることはできないよ、子供はいいから」
「ううん、大丈夫よ。私、頑張るから。どうしても勝さんの子供が欲しいの、お願いだから」
自分の胸にすがって泣く節子に、勝は抗うことはできなかった。
「もし、私が出産に耐えられずに、私か子供かの命の選択をしないといけなくなった場合は子供を助けてあげてね。どっちみち私は長くは生きられないと思うし、私と勝さんの子供に生を継いでもらいたいから」
そんな選択を迫られたとしたら、果たして自分は「子供を生かせて下さい」と言えるのだろうか?
それはすなわち、「節子を殺してください」というようなものではないか?

分娩室の前の長椅子に腰掛けて、勝は祈っていた。
出産中に胎児の健康状態が悪化した時には、出産を中断するということを出産前に同意させられていた。
それは、妻か子供かの選択から逃れることができたということなのだが、だからといって妻の体が安心だというわけではない。
子供が出産できず、自分だけが助かったとしたら・・・節子の辛さを想像するだけで胸が詰まった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。時が過ぎるのが、こんなに遅いと感じたことはなかった。
分娩室からしっかりとした産声が聞こえた。
「やった、生まれた!」と思ったのも一瞬、節子は大丈夫なのか?それを確かめたくて
やがて、分娩室から出てきた看護士に駆け寄った。
「節子は?嫁は?」
「大丈夫ですよ、母子ともに健康です」
看護士の言葉に、体中の力が抜けたように、勝はその場に座り込んでしまった。

生まれたのは男の子、名前を明とした。
大変な思いをして授かった子供だ、という思いが強かったのか、たいそう可愛がり大切に育てた。
二人目ができたと判ったのは、明が小学生の頃だった。
一人目の出産が幸いにも上手くいったことで安心をしていたのか、勝も節子も大丈夫だと高をくくっていた。
しかし、出産する年齢が明の時とは違っていた。
36歳の節子は、どうにか出産はしたものの、産後は体調を崩し床に伏せるようになった。
「勝さん、ゴメンね。私の身体が弱いせいで」
その言葉が、節子の口癖になった。
勝は節子の言葉に、どうしたらいいのか判らなかった。
頭をもたげるのは、自分が節子に無理をさせたんじゃないかと自分を責めることだけだ。
「私に万一のことがあったら、早めにお嫁さんをもらってね。子供たちにとってもお母さんは必要だから」
時折、そんなことを言うようになった節子は、弟の弘を生んでから1年経つか経たないかのうちに、心臓発作を起こし先立ってしまった。
勝は39歳で妻に先立たれ、小学6年生と乳児の子供が残された。

乳飲み子を抱えたまま、勝は仕事をすることはできない。
勝も節子も、既に両親を亡くしていたため、頼れるのは、嫁に行った姉しかなかった。
「うん、ええよ。明くんも弘くんも、うちにとったら可愛い甥っ子や。うちの人も賑やかになるって歓迎してくれるわ。幸いうちは食堂してるから、食べる分には困らへんし」
姉は、二人の子供を快く預かってくれた。
それからというものは、勝は週末ごとに姉の家に通った。

それから1年ほど経ったある日、姉が1通の手紙を手にして勝に話しかけた。
「もう、そろそろええやろ。これは、節子さんから生前に預かった手紙なんよ。自分が死んだら開いてくださいって。そして、勝さんには内緒にしてくださいって」
その中には、懐かしい節子の整然とした字が並んでいた。

「お義姉さん、この手紙を読んでくださっているということは、私が死んだということなんですね。なんだか変な気持ちです。
でも、たぶんそう遠くない時期に読まれていると思います。自分の身体がどんどん悪くなっていっているのが判るんです。発作がでる頻度も増えてきているし。
私は、幼い頃から心臓が悪くて、お医者さんから激しい運動は止められて育ちました。入院したことも、幾度となくあります。心臓疾患の専門医がいる病院には、同じような子供たちが集まるんですよね。そこで仲良くなった友達が亡くなったという話を聞くたび、次は私の番かも?なんて思ったものです。

子供の頃は、死というものがどういうものなのか理解できていなかったのでしょうね。死をそんなに怖いとは思っていませんでした。失うものが少なかったからなのかもしれません。自分では、成人するまでこの世にいることはないだろうなんて思っていたものです。
それが、どうしたことか、勝さんと結婚をし、愛する勝さんと私の血を継いだ二人の子供まで授かりました。私にしては出来すぎた人生です。
だから、もう思い残すことなくあの世に行ける、そう思うのが本当なのでしょうが、大切な家族と別れると思うと、どうしようもなく辛くて。
死ぬことは仕方の無いことだと諦めています。でも私が死んで、勝さんや子供たちが悲しむ姿を想像すると、胸がかきむしられる思いです。

お義姉さんに、お願いがあります。
勝さんは、明と弘を抱えて仕事をしながら育てるなんてことはできません。私たちの親は既に亡く、きっとお義姉さんに子供たちの養育をお願いすることと思います。
どうか、子供たちのことをお願いします。
そして、勝さんのことです。
実直な彼のことですから、私が亡くなった後も、もしかしたら再婚はしないなんて言い張るかもしれません。彼は、私の死の責任の一端を自分のせいにしている節も見受けられますので尚のことです。これが私の自惚れで、私のことなんてさっさと忘れて再婚してくれるのなら、それに越したことはないんですけどね。
たぶん、放っておいたら彼はいつまでも再婚はしないように思います。
私が死んで、適当な時期、それもできるだけ早い時期に、勝さんに再婚を勧めてください。

私は既に亡くなった者です。私に遠慮して再婚しないなんて、女としては嬉しい気持ちですが、それでは彼のこれからの長い人生や、子供たちのためにもなりません。
勝さんにも、子供たちにも、温かい家庭を築いて幸せになって欲しいんです。それが、彼らに女として母としての幸せを与えてもらえた私の最後の願いです。
どうか、どうか、よろしくお願いします。山川節子」

途中からは涙を拭いながら、勝はどうにか手紙を読んだ。
読み終えると勝は、声も出さず手紙を握り締めて嗚咽するほど泣いた。
姉は、前のめりになった勝の肩を優しくつかんだ。
「節子さんの気持ちを大切にしてあげることが、あんたにできる供養じゃないの。これからの自分や子供たちのことをよく考えなよ」
姉の言葉が、勝の心に染み入った。

数ヵ月後、姉が縁談を持ってきた。
義兄の遠縁にあたる女性で、年齢は勝より8つ下の32歳、離婚歴がある。
いわゆるバツイチで、前夫の間には子供はできなかったようだ。
農家の実家に戻って家業を手伝っていたが、田舎のことだ。今とは違い当時の田舎では、出戻りとして世間の目も冷たく、弟の縁談話が持ち上がったのを機に、姉の再婚先を探そうということだった。
小さな料理屋で形ばかりの見合いをした。
名前は良子、ふっくらとした柔和な顔立ちは優しさを漂わせていた。
勝はひと目で気に入った。
二人は、自分たちの出自のこと、育った環境など、ひと通りの話をすると、お互い黙ってしまった。
話を切り出したのは勝だ。
「お聞きいただいているかと思いますが、うちには中学2年生と2歳の息子がいます。もし、私と一緒になったら、いきなり二人のお母さんになってしまうのですけど、いいんですか?」
勝はおそるおそる尋ねた。
「はい、それは承知しています。山川さんとお子さんたちが認めてくださるなら、お母さんになれるように頑張ります」
「でも、僕でいいんですか?」
「今日、山川さんにお会いするまでは、どういう方なのかとっても不安でした。でも、こうしてお話を伺い、何も隠すことなく偉ぶることなくお話をされるご様子を拝見しますと、とても好い方のように思います。是非、結婚を前提にお付き合いをお願いしたいと思います」
そう言うと、良子はゆっくりと畳に両手をついた。

二人の再婚については、子供たちの気持ちを尊重しようということにした。
とはいえ弟の弘は、まだ乳児だ。しかし、もし、中学生になっている明が反対するのなら、この縁は無かったことにしようと。
勝の姉が食堂で仕事をしている間、良子が子供の面倒をみるというようにして、子供たちに近づけ、そのうち再婚のことを切り出すことにしたのだ。
明が良子に馴染んだと思われたころ、勝は明と向き合った。
「お父さんは、あの良子さんと再婚しようと思うてるんやけど、それは明と弘のお母さんになるということでもあるんや、明はどう思う?」
「どう思うって・・・」
明は少し考える風に勝を見返した。
「明や弘のお母さんになってもらってもええかってことや」
勝は明の目を覗き込んで訊いた。
「僕のお母さんは、生んでくれたお母さんだけや。良子さんはいい人やし、弘はまだ小さいからお母さんがいる方がええやろうと思う。そやから、お父さんと良子さんが結婚するのは反対はせえへんよ」
明はクラスでもトップの成績で、学校での生活態度も良く先生からの受けもいい。
物事を論理的に考えるのは、成績がいい子供の特徴でもあるのだろうか?
自分の家族のことなのに、感情を出さずに答える明に勝は父として少し違和感を覚えた。
それでも、節子の願いもあるし、やはり子供たちのことを考えると、姉に養育を任している今の生活がいいとは決して思えない。
暫くして、勝と良子は再婚した。
結婚式も披露宴もなしの結婚だったが、子供たちと4人の生活が始まった。

明は、父がいつか良子さんと結婚すると言い出すだろうと感じていた。
突然に現れた良子さんが、自分たちに優しく接するのは何だか不自然だったし、父がやってくる週末は、必ず父が良子さんを送っていくのだから。
明は、父が許せなかった。
あまりにも、お母さんが可哀想だ。
お母さんは、弟の弘を生んだことが原因で死んでしまったのに、まだ何年も経たないうちに、お母さんを忘れたかのように、他の女の人と再婚しようとしている。
弟の弘は、小さいからお母さんのことを覚えていないだろう。だったら父と良子さんと弘の3人で家族になればいい。自分は学校を卒業して、できるだけ早く家を出よう。
家の中では、できるだけ自分の部屋にこもり勉強をすることにした。
家族との関わりを避けたとしても、勉強をしている限り、文句は言われまい。
それなりの大学を出て、寮のある大手の会社に就職して家を出ることが明の目標になった。

あれから40年近くが経過した。
勝は製鉄会社を定年退職し、しばらくは嘱託として働いていたが、今は妻の良子と年金暮らしだ。
長男の明は、関西の有名私大を卒業して大手銀行に就職すると、さっさと家を出て行った。
次男の弘は、子供の頃からの夢だったバスの運転手になるため、高校を卒業してバス会社に就職した。
今から思えば、良子と再婚してから長男の明が家で暮らしていたのは数年ほどだ。
多感な時期を複雑な家庭環境で育った明は、どう思って暮らしていたのだろう?
おもてだった争いや反抗は無かったが、最後まで明が心を開くことはなかったように思う。
弟と歳の差があったことも、兄を孤立させていたのかもしれない。

弟の弘に産みの母親が他にいたということを告げたのは、家族が3人になった小学校の3年生の頃だったろうか。
弘は、たいそうビックリしたようだったが、しばらく言葉を考え、口を開いた。
「僕は、僕を産んでくれたお母さんのことは全然覚えてへん。そやけど、そのお母さんが自分の命と引き換えるように僕を産んでくれへんかったら、僕が生まれることは無かったんやし、ありがとうって思ってる。でも、僕は今のお母さんがずっと僕のお母さんやと思うてるから」
それを聞いた妻の良子は涙した。
兄に比べ、学校での成績はあまり良くなかったが、弘は心根の優しい子だ。
良子の気持ちを慮って、そういう言葉が出たのかもしれない。

明も弘も30歳を過ぎた頃に嫁を貰い家庭を築いている。
結婚後20年ほど経つのだが、兄には未だ子供ができず、年齢的にも既に諦めているようだ。
かたや、弟夫婦には3年前に勝の初孫となる女の子を授かった。
だが、先妻である節子の遺伝なのだろうか、その女の子は生まれながらに心臓が弱かったのだ。
路線バスの運転手の給料では、病気の子供を抱えての生活は、決して楽ではない。
母親は、子供に付きっきりになるため、パートに出ることもままならない。
子供の病気とともに懸命に生きている次男家族を思うと、居たたまれなくなる。
ときおり、なにかと援助をしてやるのだが、自分が他界した後のことを考えると勝は心が波立つのだ。
孫だから可愛いのはもちろんだが、孫娘が先妻の節子の生まれ変わりのように思えて、なんとしてでも病気を治してやりたい気持ちでいっぱいになる。
治すことができないとしても、肉体的に苦痛を強いられているのだから、せめて経済的には心配のないようにしてやりたい。

「それで、美土里さん、私が生きている間に次男家族に、いくばくかのものを残してやりたいんです。多少の蓄えもありますが、私自身の病気の治療費がいくらかかるか判りません。と言って、死んだ後では相続になって、思うように次男夫婦に財産を移すことは難しいと思うのです。
それに、残された妻の良子は次男夫婦と暮らすことになるかと思いますが、次男夫婦と暮らす良子の立場も考えて、彼女にもそれなりのものを持たせてやりたいのです。
そこで、唯一の財産といえる、以前美土里さんのお父さんから紹介いただいて購入した家をなんとかお金に換える方法はないでしょうか?」
美土里は、勝から聞いた内容を書いたテーブルの上の紙を持ち上げ勝に向かった。
「そうですね、家を現金に換えるには、売る他はないと思います。他には、家を担保にお金を借りるという方法もありますが、ご年齢がいっておられますし、年金所得だけだとすると、家を担保にしたとしても、そう簡単に借入はできないと思います。財産を次男さんに移す方法であれば、遺言をする方法が一般的だと思うのですが・・・」
勝は、美土里の言葉を遮った。
「いえ、以前、弁護士に聞いたのですが、遺言をしたとしても慰留分というのがあって、長男も相続財産のいくらかについては主張することができるらしいのです」

「ええ、その通りです。ということは、長男さんには財産を全く渡したくないということなのでしょうか?」
美土里は、訝しげに勝を見た。
「遺言にすると、長男と妻や次男との間にわだかまりが残るような気もします。長男の明には、辛い思いをさせてきたと思っています。産みの母親の愛情を受けていたことを覚えていたから、継母を受け入れることができなかったのでしょう。次男のように、何も判らなかったら、そう苦しむことはなかったのだと思います。そういう点では明に申し訳ない気持ちはあります。しかし、現在、銀行員として経済的に安定した生活をしている明よりも、病気の子供を抱えている弘の方が、お金の重みが大きいと私は思うのです。妻の良子の面倒も次男に見てもらうということもありますし、できるだけ自然に応援してやりたいんです」

「そうですか、判りました。でも、売るとしたら山川さんご夫婦は、どこか賃貸にでも入られるのですか?」
「それが・・・・誠に勝手なお話ですが、住み慣れた家を離れたくはないのです。年老いて引越しをするのも堪えます。どなたかに売ったとしても、私が生きている間は賃貸として今の家に住まわせていただくというのは、あまりにも我儘でしょうか?」
美土里は、額に手を当てた。
「となると、収益を目的に不動産を購入される方を探す必要があります。すぐにでも自分で住みたいと思われて家を探している方への売却は無理ですね。もちろん、収益目的で不動産を買われる方はおられます。その場合には、その物件からいくらの収益があがるかということがポイントになりますので、賃料相場からの価格設定をしていく必要があるでしょう」

「でも、ちょっと待ってください。売った後に賃貸として住むとすれば、受取った金額は、ご主人のものになりますので、それを、そのまま奥さんや次男さんに渡してしまうと、譲渡税が掛かってきます」
「では、どうしたらいいのですか?」
「売らずに名義を奥さんに移し、そのまま住み続けましょう。
奥さんについては、結婚後20年以上経っていたら、夫婦間の居住用財産の贈与については基礎控除110万円を合わせて2,110万円までの配偶者控除という制度がありますので、それを利用して2,110万円までの持分を贈与し登記されると、その分については贈与税を支払う必要はなくなります。
評価が2,110万円に満たないなら、名義全部を奥様にされても構いません。
名義が奥様になった後、住み続ける訳ですが、将来旦那さんが亡くなってから売った場合は、家は奥様の名義ですから、売却代金のうちの全部もしくは持分割合で、奥さんが代金を取得することになります。
ただし、これは居住用であり引き続き住む見込みであるということが必要ですので、売ることを前提に、前もって贈与することはできません。
でも、住み続けるつもりだったとしても、旦那さんが亡くなって、年老いた奥さんが独りになってしまって、息子さん家族と住む必要に迫られたのだとしたら、そのための売却に対して、税務署が(引き続き住む見込みだった)と言う点を否定するでしょうか?

次男さんには、奥様と一緒に住みだして、面倒を見てもらうのだとしたら、生活費やお孫さんの教育費を奥様が渡すことや、年間110万円までの贈与税の基礎控除などをうまく使うことで援助や財産移転をすることができると思います。
毎年決まったように110万円を移していると贈与税逃れの財産移転とみなされますので、実際には税理士さんとよく相談してやっていきましょう」

「そうですか、そんな方法があったんですね。税金のことまで考えていませんでした。妻や次男にお金が渡るのであれば、今すぐに家を売る必要はないですからね。少しでも多く遺してやることができれば、嬉しいです」
「奥様が次男さんとお住まいになられるなら、家を空けて引き渡すことを前提にできますので、購入して自分で住みたい、もしくは建替えて住みたいというお客様にもアプローチできます。収益目的の方だけを対象に売却活動をするよりも、よっぽど売りやすくなると思いますよ。その節は、弊社に是非」
「美土里さん、なかなかしっかりされてますな。でも、その時には私はこの世にいませんから、嫁にしっかり言いきかせておきますよ」
勝は、満足そうに笑った。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。