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集団的自衛権の行使も、ひ、み、つ(イメージ)

皆様、平成26年の幕開けです。新年明けましておめでとうございます。本年も相変わらず、ラビットプレス+をご愛顧のほどお願い申し上げます。

昨年の暮れ、野党の猛反対と国民の不安を無視し、衆議院、参議院を強行採決で可決へ導いた問題の「特定秘密保護法案(以下秘密保護法)」。
反対の国民の声は、実は報道や執筆に関わる業界人がメディアを通して煽っていた感も否めず、我々一般人は、「なんだかよくわからないけど、国民の知る権利が抑制される悪い法律で、なんでもかんでも秘密だからという理由で正しい情報が伝わらなくなるんだってさ」程度の理解しかないのも事実。


強行採決はお手の物自民(共同通信)

そこで、新年早々ではありますが、この法律の本当の目的を、法案作成の経緯から紐解き、我が国にとって本当に必要な法律なのか、否か、法律の問題点は、本質は。それを皆さんで考えて頂こうと、重い腰を上げました。

【秘密保護法の骨組みはこうだ】
人間、誰にも秘密がある。生きていれば、1つか2つくらい秘密があるかもしれない。同じように、国家にも秘密がある。例えば、軍事情報だとか、外交関係の情報なんかは重要。漏れてしまうと、日本が危険な状況になってしまうかもしれない。しかし一方で、今、日本を動かすのは誰か?内閣総理大臣ではない。一人一人の国民が、日本を動かす(国民主権)のであるから、国を動かす国民が国家秘密を知らない、知らされないのは非常に問題である。というのが、マスコミを中心に巻き上がっている議論なのである。

秘密保護法の概要とは、国家の秘密を漏らした人、その秘密を盗もうとした人を罰する法律で、国家の秘密というのは、国家の安全保障に関わる問題(特に防衛や外交など)に限定されている。
しかし、現行法律下(例えば公務員法)でも、国家の秘密を漏えいした公務員に対する罰則規定はあるが、非常に軽い罰則しか用意されていない。
そこで、秘密保護法では、未遂も対象とし、更により重い刑罰を科すことで、国家秘密を守ろうということなのである。
又、日本には直接的にスパイ(違法な機密情報収集)を処罰する法律が整備されていない(先の公務員法や自衛隊法、刑事特別法・注1などは条文にそれらの行為を罰する規定が存在する)が、秘密保護法にはその機能も備えるという。
注1)刑事特別法
「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法・正式法令は、日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法(昭和29年6月1日法律第151号)」。
アメリカ駐留軍に関して、刑事上の実体法および手続法に特別規定を設けたものであり、行政協定に基いてアメリカ駐留軍の機密と安全を保護し、併せて刑事裁判権の管轄を規定したものである。
その規定の特徴は、全体として刑が重いことが挙げられる。特に軍機保護については、機密の探知、収集、漏洩の他、その未遂をも含み、その上、陰謀、教唆、煽動をも罰することになっている点、また手続規定の部分ではいわゆる属人主義をとって治外法権の色彩が強いことなどが指摘される。

【秘密保護法運用の被害者は…】
国民主権原理とは、国家の在り方を最終的に決定する力のことだ。民主主義の土台で、憲法を貫いている根本の精神である。
正しい情報を与えられない国民は、正しい判断ができない。

個人個人が政治や社会を動かしていくために、「表現の自由」が定められている。国民が正しい判断をするには、正しい情報を得る「知る権利」が欠かせない。
秘密保護法は、この原理の基本である「知る権利」に有利には働かない。所謂「沖縄密約」など、政府の違法機密も隠蔽できる。秘密にしておきたい「核の密約」などの情報も、意図して「特定秘密」に指定し、秘匿化できるのである。
一方、公正なチェックは現在のところ全く期待できない。「保全監視委員会」などが置かれるというが、政府の一機関にすぎないから、客観性が担保されないのは当然である。「安全保障上の支障」というだけで、国会への情報提供も禁止される。国民の代表である国会議員でさえ、特定の委員に選ばれた者以外、その内容を知ることも、当該委員から聞き出す行為さえ罰則の適用を受ける。

司法権の監視も一切受けない。判断はすべて行政府(内閣)が握る仕組みは、三権分立からの逸脱に他ならない。正に、行政府に白紙委任状を手渡すのである。重要情報を独占する官僚制民主主義はやがて独裁に陥り、暴走するかもしれない。


最高裁判所も手を出せない?(イメージ:最高裁外観)

中国や北朝鮮など、情報統制を公然とする国家を見ても、正しい情報が伝えられない国民が悲劇的であるのは明らかだろう。言論統制が敷かれた第二次大戦前の日本も同じ状態だった。「治安維持法」で検挙された事件のうち、裁判に至ったのは一割程度であったが、罰せずとも検挙するだけで効果は抜群だった。秘密保護法も特定秘密に接近しようとしただけで処罰の規定がある。「話し合い」が共謀に当たるとする。容疑が掛るだけで、家宅捜索を受け、パソコンなどが広く押収され得る。しかも、「主義主張を国家や他人に強要する」活動が、テロリズムと判断される規定である。今後どのように法律が運用されていくのか、考えただけでも恐ろしい。
やはり、この法律の被害者は、私たち国民そのものなのである。


私たちは、加害者?ですか(イメージ:資料・共同通信)

【法案作成の黒幕は誰か】
「秘密保護法はアメリカの要請によって作られた」と分析する向きは多い。
スノーデン事件(スノーデン元CIA職員が提供した機密文書から、NSA(米国家安全保障局)が、日本を含め外国の首脳の電話を盗聴したことが判明)では、盗聴されていたとする各国首脳がアメリカに対し猛抗議を行ったのだが、日本は「米国政府に事実確認はしない」「全く問題ない」と静観する(菅官房長官)。
本来、秘密保護の重要性を大義に本法案の成立をこれだけ推し進めるなら、スノーデン事件に際し、率先して抗議すべき国であるはずなのだが、全くその姿勢が見えてこない。
又、ケリー米国務長官とヘーゲル米国防長官が来日し、日米両政府が10月3日に開催した外務・防衛担当閣僚協議会(2プラス2)で合意し、記者発表された共同文書に以下のような記述がある。

「より力強い同盟とより大きな責任の共有に向けて」

日米安全保障協議委員会 2013.10.3
岸田外務大臣
小野寺防衛大臣
ケリー国務長官
ヘーゲル国防長官

前略
II 二国間の安全保障及び防衛協力
中略
・情報保全
情報保全の強化により、二国間の信頼関係は引き続き強化され、両国間の情報共有が質量双方の面でより幅広いものとなり続ける。閣僚は、情報保全が同盟関係における協力において死活的に重要な役割を果たすことを確認し、情報保全に関する日米協議を通じて達成された秘密情報の保護に関する政策、慣行及び手続の強化に関する相当な進展を想起した。SCCの構成員たる閣僚は、特に、情報保全を一層確実なものとするための法的枠組みの構築における日本の真剣な取組を歓迎し、より緊密な連携の重要性を強調した。最終的な目的は、両政府が、活発で保全された情報交換を通じて、様々な機会及び危機の双方に対応するために、リアルタイムでやり取りを行うことを可能とすることにある。
後略

つまり、「情報保全を一層確実なものとするための法的枠組みの構築における日本の真剣な取組を歓迎」と明記されているということは、すでにこの段階で日本の閣僚がアメリカの高官に対し、秘密保護法の成立を「確約」しているということになる。

更に、秘密保護法第9条には、アメリカ発の確固たる証拠が明記されている。

第9条 特定秘密を保有する行政機関の長は、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために必要があると認めたときは、外国の政府又は国際機関であって、この法律の規定により行政機関が当該特定秘密を保護するために講ずることとされる措置に相当する措置を講じているものに当該特定秘密を提供することができる。
当然、この「外国の政府」とは、アメリカを指す。

では、アメリカはこの秘密保護法で一体何を目的としているのか。前述の「2プラス2・外務・防衛担当閣僚協議会」が、アメリカの戦略を知るうえで非常に参考になる。「2プラス2」の共同文書では、「集団的自衛権を歓迎する」「日米の軍事的な相互運用性を高める」と書かれている。そこから読み取れることは、「自衛隊が米国の指揮下に入り、共同オペレーションをする。その時に、米軍と同等の軍事機密が必要になる。所謂「自衛隊の米軍の下請化」が目的であるといえる(孫崎享:元外務省国際情報局局長・元駐イラン大使)。


法案成立後、早々と“歓迎”を表明のハーフ副報道官(ロイター)

【法施行。いったい何が問題なのか】
運用の被害者は、の項でも述べたが、マスコミや有識者の懸念が現実となった場合、どのような状況がこの国に訪れるのか。

自民党の石破茂幹事長が自身のブログで、デモ活動について「単なる絶叫戦術はテロ行為と変わらない」と指摘した。市民の表現活動が同法案ではテロ行為と認定され、処罰対象になると宣告したようなものだ。自民党ナンバー2の幹事長が同法案が「言論弾圧法」であることを認めたも同然で、極めて問題だ。(琉球新報2013.12.04)


法案成立の夜、国会議事堂前に押し寄せたデモ隊(共同通信)

政権が秘密を強化することは、情報公開によって、国民の知る権利をどう担保するのか、という問題に直結する。国民は、この法律の運用を託す時代の政権をどう選ぶのか、という責任論に突きあたる。日本の文化人や学者、マスコミの人たちが、論理的に反対するのではなく、第二次大戦に導いた軍国主義と重ね、漠然とした不安で反対を表明する。
しかし、時代は大きく変わっており、経済も国境を超え、相互に関連し合うグローバル化が進み、また情報化が圧倒的に進展した時代と軍国主義時代を重ねることは、論理というよりも、情緒的な回顧でしかないのではないか。
反対と絶叫した文化人や学者、マスコミの人たちは、結果としてそれにノイズを発生させ、本来国民が直面している、真に解決しなければならない課題から、国民を遠ざけてしまったのではないかとさえ思う。
この法案が提出されたことで議論が深まれば、国家の安全のために秘密を保持することと、国民主権国家として、情報公開をどう担保し、権力を監視する機能を同時に強化するかを両立させる絶好の機会であるはず。その知恵を生み出せるのかどうかで、この国の将来が決まる。


見ざる言わざる聞かざるがこの国の掟(イメージ)

なにが問題なのか?
秘密保護法の中身、条文自体というより、むしろ、現行の刑事司法の運用の下で、このような法律が成立し、もしも誤った方向に濫用された場合、司法の力でそれを抑制することが期待できないということ。それが最大の問題で、議論の本質でなければならなかったはずである。今後の法改正に期待する。