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巨大化した金融機関の本当の価値はどこにあるのか(イメージ)

バブル景気が崩壊したと言われる1990年(平成2年)4月以降、日本の金融機関は不良債権の処理に奔走する日々に追われ、次第に企業としての体力を失っていった。

又、同時期に総会屋等に対する利益供与事件が明らかになるなど、その不透明な融資体制や、護送船団方式により喪失した国際競争力など、こうした問題の解決に迫られた。これらの諸問題の包括的な是正のため、1996年第2次橋本内閣は、その政策の柱に「金融制度改革」、所謂「金融ビッグバン」を提唱。1998年には独占禁止法が改正され、持株会社の設立が可能になり、統合のための制度的環境が整備された。
こうした中、銀行の統合による規模、多角化による経済性、コスト削減効果等により見込まれる経営改善効果を期待した我が国の金融機関は、1999年以降雪崩を打って再編へ走り出す。
こうして1970年代から1980年代に掛けて、「都銀13行」「大手20行」と呼ばれた各銀行は段階的な吸収や合併を繰り返し、2006年には4大銀行(三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行、三井住友銀行、りそな銀行)、3大メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ 、三井住友フィナンシャルグループ )体制となり、現在に君臨している。

TBS系人気ドラマ「半沢直樹」では、メガバンクの内部事情が描かれ、知られざる巨大組織の裏事情が好調な視聴率を維持したのだが、実際の大手銀行にもドラマさながらの事情があるようだ。平成25年9月27日、金融庁検査によって、みずほ銀行が暴力団への融資を隠していたことが発覚した。その背景には、メガバンクならではの知られざる事情が。

今月は、巨大銀行同士の合併によって複雑奇妙に絡み合ったメガバンクの実態に迫り、常軌を逸したと言われる銀行の常識にメスを入れる!

【不正融資の温床・メガバンクの提携ローンシステムとは】
■みずほ銀行暴力団関係融資事件
金融庁は9月27日、暴力団組員ら反社会的勢力との取引があると知りながら、2年以上も抜本的な対策を取っていなかったとして、みずほ銀行に銀行法に基づく業務改善命令を出した。取引件数は230件、融資総額は2億円超に上っており、金融庁は10月28日までに業務改善計画を出すよう求めた。

銀行と反社会的勢力(注1)をめぐっては、みずほ銀行の前身である第一勧業銀行が総会屋に利益供与していた事件が2009年に起き、社会的な問題となった経緯がある。
みずほ銀行は、住宅ローンを契約したり、自行の預金口座を開設したりする場合は、顧客の属性を調べる事前の審査によって反社会的勢力を排除している。しかし、提携ローンに関しては、信販会社が顧客の事前審査をしており、銀行は事後に審査をしているだけだ。今回は、事後審査で反社会的勢力との取引を把握しながら、担当役員で情報が止まり、その後も放置していたことが問題となった。ドラマでも経営首脳に不正情報が届かない、情報伝達の不備が描かれた他、反社会的勢力が支援先企業の取引先で登場する類似点があるなど、ドラマのようなことがメガバンクで実際に起きていたといえる(産経新聞)。

注1
反社会的勢力は「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」と定義され(平成19年6月政府広報)、暴力団や暴力団関係企業、総会屋、社会運動や政治運動を標榜(ひょうぼう)する不良グループなどの総称で、活動実態は暴力的な要求行為や、法的な責任を超えた不当な要求を行って経済的な利益を獲得するとしている。

問題となった提携ローンは、顧客が自動車や貴金属などを購入する際、信販会社が顧客の返済能力を審査した後、銀行が顧客と契約して融資する仕組み。
日本クレジット協会によると、2011年度の各種提携ローンの新規契約額は、前年比約5%増の2兆2111億円余り。提携ローンは、信販会社にとっては銀行資金を背景に契約を広げられる一方、銀行は信販会社の顧客網を活用して融資を拡大できる利点とリスクヘッジにメリットがあり、契約は増加傾向にあるという。


図中の信販会社は顧客と保証委託契約を結び、みずほ銀行の融資金の
保証を行うので、みずほ銀行はノーリスクだ!(資料:日本経済新聞)

【メガバンクの構造的問題・派閥抗争】
ドラマ「半沢直樹」でも再三取り上げていた前身行別派閥の形成は、現在でも銀行内部の意思決定や情報伝達系統に障害をもたらしている。

例えば、みずほグループは富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3行が2000年に統合して発足したが、その足跡は3行による派閥抗争の歴史だと言われる。
みずほフィナンシャルグループ(以下FG)は、今年3月上旬、傘下のみずほコーポレート銀行(以下CB)とみずほ銀行(以下MB)を合併して、7月1日に発足する新・みずほ銀行の頭取にFG社長の佐藤康博氏(1976年日本興業銀行入行)が就任する人事を発表した。佐藤氏が持ち株会社と新しい銀行のトップを兼務するのは大方の予想通りだったが、去就が注目されていたFG会長兼MB頭取の塚本隆史氏(1974年第一勧業銀行入行)は、代表権は外れるものの新銀行の会長に残った。今回の人事の最大の注目点は、7人いた副社長・副頭取が全員交代したことである。特に富士銀行出身者が一掃されたことが注目を集めた。MB副頭取の中野武夫氏(1980年富士銀行入行)は4月1日付でみずほ信託銀行社長へ転出し、みずほ信託の野中隆史社長(1975年富士銀入行)は同社の会長に就任した。
中野氏は長年、財務担当としてみずほグループの資本戦略を担ってきた切れ者。富士銀行出身のエースとして、次期トップの呼び声が高かった人物だ。信託に出されたことで、ポスト佐藤のリストから抹消された。
CB副頭取の永濱光弘氏(1976年富士銀入行)も、みずほ証券の会長に転出した。2度目の大規模なシステム障害で引責辞任したMB頭取の西堀利氏(1975年富士銀入行)の後を受けてFG副社長になった西澤順一氏(1980年富士銀入行)も退任。副社長・副頭取の内でも富士銀の出身者には、ことのほか厳しい人事だった。中野氏も西澤氏も80年入行の56歳という若さであるのに。「富士銀ばかりが狙い撃ちされた」と。


(イメージ:昔の銀行)

みずほグループでは、前身旧3行の本店所在地を使って行員を識別する内部慣習があるという。旧富士銀行出身者を「大手町さん」、旧日本興業銀行を「丸の内さん」、旧第一勧業銀行を「内幸町さん」と呼ぶ。最近では「大手町と丸の内」の対立と揶揄されるばかりで、「内幸町」の影は極端に薄い。これは、MBで起きた2度にわたるシステム障害が派閥地図の再編抗争の発端だったと言われている。
1回目は2002年4月。旧3行が合併してMBとCBが誕生したが、MBのシステム統合に失敗した。統合の主導権を握った第一勧銀が、自行のシステムをゴリ押ししたことが原因とされた。そこで富士銀組と興銀組が手を組んで、第一勧銀組を追い落としたのだ。
今日に至るまで、第一勧銀が主導権争いに加われないのは、そのためである。第一勧銀組が脱落し、富士銀と興銀の対決になった。その時点では、持ち株会社を拠点とする富士銀が優勢だったが、2回目のシステム障害を引き起こす。

2回目のMBのシステム障害は、東日本大震災直後の2011年3月。MB頭取である富士銀出身の西堀利氏が引責辞任に追い込まれた。この時は、興銀と第一勧銀が手を組んだと言われた。富士銀はシステム障害で勢いを失い、主導権を握ったのが興銀だったのである。

現在のみずほグループは、興銀出身の佐藤氏が持ち株会社と中核銀行のトップを兼ねるワントップ‐ワンバンク体制に移行した。しかし、もともと興銀、富士銀、第一勧銀という派閥があって、更に、消滅した2つの銀行の元MB、元CB組という更迭組が、新たな派閥を形成して出世レースにリベンジするのは明らかであるし、3つあったトップのポスト(持ち株会社の社長と傘下の2つの銀行の頭取)が2つに減ったのだから、その抗争はこれまで以上に激化するのは必至であろうという(取材元:ビジネスジャーナル編集部)。

「やられたら、やり返す! 100倍返しだっ!!」

銀行ATMシステムは今や窓口業務の心臓部(イメージ)

そして7月1日、新・みずほ銀行は興銀組のトップ、佐藤康博氏率いる巨大銀行のガバナンスが整った。
本年2月に中期経営計画を発表した佐藤氏は、同時に、旧三行の派閥意識の払拭を目指した新人事を発表したことは前述した通りだ。6人の副社長を各分野のトップに据え、それぞれが銀行・信託・証券の全てを横断管理する仕組みに改め、縦割組織体系に横串を刺すように、ガバナンスの強化と意思決定の迅速化に繋げていくとした。しかし、現場のFG関係者は、「新銀行では中年以降は旧三行の争い、若手はみずほ銀行とコーポ銀行で争いの構図が見えている」との就職情報誌の記事(3月11日)にあるように、今回の合併によって、派閥抗争が収束するどころか、拡大する可能性も示唆していた。

2013年6月29日、記憶にも新しいその日の午前零時。全国の現金自動出入機(ATM)が一斉に停止した(7月1日午前8時までの56時間)。
今回のシステム移行は、コーポ銀行の店名を、「みずほ銀行」に合わせる作業が中心で、銀行システムの中核には手を触れておらず、特別厄介な作業工程は含まれていない内容だったという。このように比較的容易な作業内容だったにも拘らず、みずほ銀行は通常の2倍のテストを行い、遡って4月には障害発生に備えた全行員対象の訓練も実施。更には、6月29、30日には朝晩2回の会議で移行状況を確認し、佐藤康博社長は会社に泊まり込みまでしたという、異例の厳戒態勢でシステムの移行に臨んだ。これは、前述した2回の重大な事故を踏まえてのことであり、金融庁から業務改善命令を出される結果となった過去と併せ、三度目の失敗を犯すようなことがあれば、「みずほは本当に無くなるかも知れない」という緊張感が漂う中、システム移行が行われたようである。(日本経済新聞)


大会議室での役員会は権力闘争の舞台なのか(イメージ:明治生命記念館)

かくして、新・みずほ銀行は順調に船出をしたわけだが、僅か2ヶ月あまりでの座礁である(暴力団関係融資事件の発覚)。これはあまりにタイムリーで、何らか意図的なものを感じざるを得ないのではないかと。

暴力団問題の融資は全て、グループの信販、オリエントコーポレーション(以下オリコ)を通じた中古車などのローン。2010年12月には行内で把握されていたが放置され、融資件数は200件以上に膨らんだ。12年12月に金融庁検査で指摘されるまで対策は取られなかったという。
岡部副頭取の説明では、当時、歴代頭取に責任が及ぶのを防ぐことに対策の殆どが費やされたという。問題融資の情報は、当時の副頭取で止まり、頭取ら経営トップに伝えられなかったというのだが、不祥事の度に旧3行の派閥争いが原因と言われ、今回の問題も「オリコは第一勧銀の案件だった」(銀行関係者)、「オリコの問題融資は第一勧銀が処理すべき案件」(同)で、富士銀や興銀の出身者は見て見ぬふりの態度だったというから、情報が伝わらなかったのではなく、1997年、第一勧銀総会屋利益供与事件の際、歴代頭取ら11人が起訴された時、旧日本勧業銀行出身の元頭取が、「あれは旧第一銀行の案件で旧日本勧業出身者は関係ない」と発言して顰蹙(ひんしゅく)を買ったのと同様、経営トップとは思えない旧行意識の中での対応の遅れが指摘されている。

今回の発覚には当然に内部告発という見方がある。内部事情を掌握できる立場にある人間は、内幸町組の失墜を目論んだのか?そうではあるまい。勿論身内からも血は流れるだろうが、最も責任を追及されるのが現頭取(佐藤康博氏)以下、経営トップ陣(前述した旧興銀組)でなければならない。
つまり、昨年12月の金融庁検査が本年3月で終了し、9月27日「前略・反社会的勢力との取引が多数存在するという情報も担当役員止まりとなっていること、等経営管理態勢、内部管理態勢、法令等遵守態勢に重大な問題点が認められた。このため同行に対し、銀行法第26条第1項の規定に基づき、下記(略)の内容の業務改善命令を発出した。」という金融庁からの行政処分が出されるに至ったのだが、事は全く金融庁検査での説明とは違う事実を暴露するところまで進む。
「経営トップは、聞かされていなかった」で押し通すつもりが、西堀利頭取(当時)に報告が上がっていたこと、佐藤現頭取も出席していた取締役会に提出されていた書類に「事実」が記載されていたことも明らかになっており、一転して佐藤現頭取にも責任が及ぶことになる図式だ。これには、金融庁もその威信と名誉を掛けて挑まなければならないところに追い詰められた格好で、「単純な見落とし」や「高度な判断の落としどころ」という言い訳は通用しないことは明らかであるから、面子を完全に潰された金融庁の矛先は、当然に容赦なく「丸の内組」に向けられるのである。


面子丸つぶれの金融庁はどう動くのか(イメージ)

【倍返しの連鎖・次の勢力は】
業界では、今回の不正融資事件を契機に、旧3行の勢力地図がまた塗り替わるのは当然とみている。旧第一勧銀の発言力はもっと低下する。持ち株会社のみずほFG社長とみずほ銀行頭取を兼務する興銀出身の佐藤康博氏の責任は、どう足掻こうとも、抗弁しようとも免れない。傷ついた旧第一勧銀組と旧興銀組に代わって、勢力を拡大するのは、前回の人事で一掃された「無傷の旧富士銀組」という構図だ。
すでにその様相を予測させる人事がなされている。9月30日、持ち株会社とみずほ銀行の法令順守担当に、富士銀のエースと目された人物がそれぞれ就任した。みずほFGの法令順守担当は、副社長でみずほ銀行副頭取を兼務する岡部俊胤(としたね)氏。富士銀出身の前田晃伸氏がみずほFG社長時代に、その秘書室長を務め、「側近中の側近」と言われていた。もう一人は、富士銀出身の辻田泰徳副頭取。みずほ銀行の法令順守を担当した。前述の前田氏が全国銀行協会の会長を務めた際に、前田氏の懐刀として活躍した生え抜きである。

両名とも、佐藤頭取の後継候補として「大手町組」が温存してきた二枚看板であるという。今回、みずほグループの再生のカギを握るコンプライアンス担当に抜擢されたということは、次のトップがもはや旧興銀から旧富士銀に交代(奪還と言って憚らない)するのは時間の問題だと見る筋は多い。「やられたら、直ぐにやり返す」。ドラマをも凌ぐ凄まじい権力闘争である。
旧自民党政権下において、総裁が日替わりで変わったこの国の実態は、経済界においても同様なのである。これでは国も、銀行も変われるはずがない、という庶民のため息が聞こえる。


(イメージ:奥村宏・著/七つ森書館)