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女不動産屋 柳本美土里

「美土里さんは、ゴルフも上手やなあ」
ゴルフのハーフを終え、レストハウスでエステート山本の山本はビールのジョッキを一気にあおった。
今日は、不動産協会の親睦ゴルフコンペだ。
親からの2代目不動産屋という共通点だけで、片や背が高く整った顔立ちの上品な育ちのお嬢さん、片や小太りでお腹の出た中年オヤジ、接点がありそうもない山本と美土里だが、なんとなくウマが合い、今日も同じ組でゴルフのコースを廻っていた。
「あら、そういう山本さんも今日は調子がいいわよね。まだボール2個しか無くしてないわね」
「ようそんなこと言うわ、馬鹿にしよって。今日はドライバーが当たらへんからボールが無くなるほど飛んでへんだけや」
美土里は、思わずビールを吹き出しそうになった。

「柳本さんは面白いですね~。それにゴルフのフォームも、身体を軟らかく弓なりにしならせて一気に振り下ろすダウンスイングは、なかなかのパワーですよね」
話に加わったのは、不動産買取を専門とする会社の社長である相原だ。
相原は、年間にゴルフを50ラウンド以上するゴルフ好きで、ゴルフの腕もシングルプレーヤーなのだ。
ゴルフ焼けか、浅黒く焼けた顔に切れ長の目が、なかなかのナイスミドルという雰囲気を醸し出している。
「相原さんにお褒めいただけるなんて、光栄です」
「ホントに筋がいいですよ。もう少し頑張ったら、僕も負けそうですよ」
「そんな、それは言い過ぎですよ」
美土里は、きつく目を閉じて首を振った。

「こうして美人とゴルフをさせていただくのも嬉しいですけど、次は一度、仕事でもご一緒させていただけませんか?」
同業者が集まると、どうしても仕事の話題になっていく。
「ええ、ぜひこちらこそ、よろしくお願いします。相原さんところは、競売物件を落とされて再販されているんですよね」
「ええ、そうです。でも、競売だけじゃなくて、任意売却物件を買い取ったり、一般の物件でも買取希望のお客さんがおられたら買い取りますので、よろしくお願いします」
相原は、テーブルに両手を付いた。

不動産を担保にお金を借りてローンの支払いができなくなったり、その不動産の固定資産税や管理費の支払いができなくなった場合に、金融機関や市町村、管理組合などが不動産を差押えて、裁判所に競売を申立て、強制的に債権を回収する方法が競売。
所有者の意思で売却金から支払いを行うことを目的に、不動産売却を行うことを任意売却と言う。
しかし、売却した後、支払いが完全にできるのであればいいのだが、任意売却の場合は通常、売却価格より支払いをしないといけない金額の方が多く、金融機関や市町村は、売却代金から全額回収できないケースが多々ある。
そこで、売却価格を(複数の支払い義務がある場合)どのように配分するかということが、しばしば問題となる。

「相原さん、そういえばこの間、うちで任意売却物件を取り扱ったんですけど、ちょっと教えていただいていいですか?」
「どんな内容ですか?」
相原は身を乗り出した。
「まずその物件は、住宅金融支援機構の抵当権がついていたんですが、その債権は現在は債権回収会社に移っているんです。それで、債権回収会社が所有者に任意売却を勧めたようで、所有者がうちに任意売却をしたいからって依頼をしてこられたんです」
「ええ、それで?」
「うちが売却査定を行い、それを提出後に債権回収会社が売出し価格を決め、うちで売却活動を行いました。買主が現われたのですが、値段交渉が入ったんです」
「売り出し価格が高かったんですかね?」
「そうですね。うちの査定価格が720万円、売出し価格として提示されたのが810万円でしたから。購入申込は750万円だったんです」
「売り出してから1ヶ月以内に買主が現われたからか、うちとしては、査定金額よりも高い価格で申込が入って喜んでいたのですが、それでも債権回収会社は当初は750万円でも渋ってたのです。でも、近隣の売却事例やうちの査定価格の根拠などを挙げて、なんとかその金額で承諾が出たのですが・・・」
「だったら、問題なく進んだのでは?」
「いえ、それが売却代金からの配分について問題になったんです」
「配分で問題ですか?どこかの債権者が承諾しなかったとか?」
「う~ん、そうとも言えるんやろか?」
美土里は、こめかみに人差し指を当てて首を傾げた。

「いえ、管理費や固定資産税の滞納が多すぎたようなんです」
「というと?」
「債権回収会社が言うには、会社の社内規定で、配分は売却価格の14%までしか認めないらしいんです。750万円の売却価格なので、その14%の105万円までしか認めないと・・・」
「抵当権抹消費用が5万2500円、仲介手数料が29万9250円、売却の費用だけで35万円強になります。マンションの管理費・修繕積立金の滞納が約60万円、固定資産税等の滞納が57万円、引越し代金が20万円。全部で172万円強になりますので、14%の105万円からは、67万円以上もオーバーしてしまったんです」
「ええ!?それは調整が大変ですよね」
相原は、眉間に皺を寄せて少し仰け反った。

「固定資産税とか管理費とかは何とかならんかったんか?」
じっと聞いていた山本が口を挟んだ。
「固定資産税については、市役所と交渉してなんとか20万円の配分で辛抱してもろたんやけど、管理費積立金については、滞納額を支払ってもらえないのなら買主に請求するって言われて・・・」
相原が頷いた。
「そうですね、区分所有法で、包括継承人つまり不動産の買主や競売の落札者に、マンションの管理費や修繕積立金は引き継いで請求できるようになっているんです。多分、管理規約にもそういう規定があるんじゃないですか?」
「ええ、それは知っていました。だから、管理費や修繕積立金は問題なく配当されるだろうと思っていたのですが・・・」
「で、どうされたんですか?」
「105万円に合わすためには、固定資産税等が20万円、管理費・修繕積立金が60万円、引越し代金が20万円、抹消費用が1万2500円、仲介手数料が3万7500円の配分になったの」

「ええ~!?仲介手数料3万7500円って・・・そんな殺生な」
山本の大声で、レストハウスにいたお客さんが一斉に美土里たちのテーブルに視線を集めた。
「シッ!山本さん」
子供を叱るように、美土里は口に指を当てた。
山本は首を竦めた。
「仲介手数料の残りについては、決済後に分割して支払ってもらう約束はしたけどね、もし自己破産でもされたら、取りっぱぐれるだろうね~」
美土里の言葉の語尾はため息混じりになっていた。
「でも、それって酷いわな。司法書士が受け取る抵当権抹消費用や不動産業者の仲介手数料は売却に係る費用なんだから、優先的に配分するべきちゃうんか?」
山本の憤慨に美土里は答えた。
「私もそう思うわ。でも、債権回収会社は仲介手数料を削れとは言っていないの、売却価格の14%しか配分は認めないって言っているだけなんだから」
「でも、それって債権回収会社の勝手な規定やろ?」
「そうかもしれないわね。でも現実問題として、管理費や積立金の滞納を買主に請求されたら、売買上のトラブルになるから優先的に払わないといけないし、市町村もある程度の金額を提示しないと差押を外すことはできないでしょうしね」
「司法書士の先生も、初めは5万2500円の見積を出してこられたんやけど、債権回収会社が司法書士の費用としては抵当権抹消分しか認めないって・・・先生もブツブツ言われてたけど1万2500円と抹消に関する費用だけにしてもらったんよ」
「そうですか、でも引越し費用の20万円は、なんとか圧縮することができなかったんですか?」
相原も鋭く突っ込みを入れた。

「実は転居については、実際は45万円ほど掛かっているんです。引越し業者へ10万円、転居先の礼金が20万円、保証会社の保証料や火災保険料、仲介手数料で15万円ほどになるので、お客さんには引越し費用として25万円は用立ててもらって、なんとか引越しをしたんです」
「じゃあ、それ以上の用立ては無理だったから、仲介手数料も配分の金額しか受取れなかったってことか」
「いえいえ、実は用立ててもらった金額は25万円だけじゃなかったんですよ」
美土里は、手を顔の前で左右に振った。

「実は、管理組合への滞納が管理費と修繕積立金だけじゃなくて、敷地内駐車場や駐輪場の使用料も滞納してたんです」
「それって、いくらくらいの滞納だったんですか?」
「約36万円です」
「36万円って、かなりの額ですね~」
「そうなんです。しかも、管理費や積立金の滞納が不動産の買主に引き継がれて、新たな所有者に請求がくるっていうことは知っていたのですが、この駐車場や駐輪場の使用料についても、買主に引き継がれるって管理規約になっているんです」
「それを、債権回収会社に申し出たのですけど、使用料は不動産に付属した(管理費や修繕積立金のような)費用じゃなく、管理組合との契約で利用している利用料だから売買代金から配分することはできませんって・・・」
「確かに、その理由も一理あるかな?って。だって、管理費や修繕積立金は、マンションを所有していれば必然的に掛かってくる費用だけど、駐車場使用料なんてのは、別に不動産所有等とは関係の無い契約だからね。それで結局、売主さんにその36万円も準備してもらったの」
「よう、それだけのお金を用意できたもんや」
「借りたって言ってたけど・・・」

「そやけど、その不動産の買主に前の所有者が滞納した駐車場使用料を請求するっていう管理規約もおかしいんとちゃうか?」
「私もそう思うの。駐車場の賃貸借契約をしたのは、個人と管理組合だから、次の買主は賃貸借契約もなにも管理組合としていないのに、支払い義務が発生するっていうのは、とっても不条理な気がして・・・勝手にそんな管理規約を作って次の所有者に請求してきたとしても、新所有者としては、自分はマンションの1室を買ったのであって、相続でもあるまいし、前所有者と管理組合の債権債務全てを引き受けた覚えはないって拒否すればいいんじゃないの?って思うんだけど」

「これからが相原さんに教えてもらいたい本題なんです」
「相原さんは、競売とか任意売却とかの経験が豊富でしょうから、こういうケースもあったんじゃないですか?どうされているんですか?」
相原は、少し思い出すような仕草をした。
「そうですね、美土里さんが言われるように、駐車場の賃貸借契約をしていたのは前所有者ですから、新所有者はその契約から発生する支払い義務については関係ないという理屈は契約行為という点においては当然だと思うんです。でも、区分所有法という法律の第7条で先取特権、第8条で特定承継人の責任という条項があるんですよね。簡単に言うと、これらの条項では、マンション内で支払う必要のあるものを支払わない場合は、その所有する区分所有、つまり部屋や敷地持分から優先的に支払ってもらうことができる(第7条)っていうこと、それは特定承継人(その部屋を買った人や競売で所有者となった人など)に対しても行うことができる、と規定されているんですよ」
「そして、まさにこの争いが裁判となった事例として、東京地方裁判所平成20年11月27日判決(平成20年(ワ)第9871号事件)があるんです。その判決は、区分所有法の7条と8条を理由に、駐車場使用料についても新所有者に支払い義務があるっていう判決だったんです」

「だから、うちは買い取ったり落札したりしたマンションの管理費や修繕積立金の滞納額だけでなく、駐車場使用料や自転車置き場の使用料まで管理組合に支払ってますよ」
「そうなんですか?そういう判例があるんですね。でもなんだか納得できないな~」
美土里は唇を固く閉じ、眉間に皺を寄せた。
「私も、これってなんだかな~って思うことがありますよ。管理組合として管理費や修繕積立金の滞納に対抗する有効な手段は限られていると思うけど、駐車場なんてのは、滞納したら契約解除して使用させないように駐車場利用規定で決めていたらできることだと思うんです。そうすれば、滞納額が大きくならないのにってね」

「管理費や修繕積立金、それに敷地内駐車場使用料は、一般的には管理組合の収入となるものやから、滞納者が増えると管理組合の運営にも支障を及ぼすやろな~」
賃貸マンションの管理もやっている山本は、管理側の立場からこぼした。
「滞納額を増やさない、しっかりと回収する、ってためには、相原さんが言われるように管理組合としてもいろいろと考えないといけないわね。まあ、管理組合としては包括承継人から取れれば回収できるという考え方かもしれないけど」
「ということは、見方を変えれば、管理費などの滞納額を増やしているということは、自分の財産価値を減らしているっていうことになるわね」

「相原さんのような買取業者なら、その滞納分を計算して購入額を決められると思うけど、仲介業者の立場からは注意をしないといけないわね。一般的な契約条項では、滞納額などの債務は売主が支払って債務が無い状態で買主に引き渡すってあるんだけど、売主に支払い能力が無い場合で、代金から(使用料などの滞納の)配分がされないとすると、売主の契約違反になるものね」
「契約違反になったからって債務の支払い能力の無い売主が契約違反による損害賠償を支払えるとは思われへんしな。契約違反があったからって、賠償額をとることもなかなかできないのが実際やろ?それやったら滞納額を買主が支払うことにして、その分の売買価格で調整したらええんちゃうか?」
「まあ、一般の売買ならそれもありだわね。でも任意売却の場合は、売買価格が下がると(債権回収会社などの)債務者から売買価格の承認が出ない可能性もあるでしょう」

「そう考えると債務者も気の毒やな。相場の変動によって売却価格が下がって担保不動産からの回収ができなくなるのは、金融機関の審査の問題だから仕方がないと思うけど、マンションの所有者が、買った後に発生する管理費などの支出すべき費用を払わなかったからと財産価値を減らして、そのために回収金額を減らしてしまうのは納得しかねるやろな」
「だから、駐車場などの使用料は配分に認めないって言うんでしょうね」
「管理組合が滞納に対する有効な対策が立てられているかどうかで、万一の場合に金融機関が回収できる額が変わるというのなら、融資の際の審査項目に、滞納に対する管理組合の対策の有無も入れないといけないのかも?そうなるなら、管理組合も滞納に対する有効な対策を考えるようになるんじゃないかな?」
「でも駐車場使用料などの使用料については、使用できなくするなどの有効な対策を立てることも可能かもしれないけど、管理費や修繕積立金の滞納に対しては、どういう対策があるんでしょうね?エレベーターを使わせない、なんてことは無理でしょうし・・・」
「区分所有法の第59条に、区分所有権の競売を申し立てることができるとあるけれども、このケースでできるかどうかの判断は難しい部分があるし、裁判で競売決定されるのは相当ハードルが高いと思われますね」
「基本的なことかもしれないけど、管理費等を自動振替にする、滞納を早期に見つけてすぐに督促する、滞納が一定金額になれば少額訴訟を行うなどを、粛々としていくことが大切なんじゃないでしょうか?」

「この管理費や使用料などの滞納の問題は、管理組合だけじゃなく、金融機関・売買の買主・仲介業者、それぞれの立場でよく注意をして、対策や対応を考えないといけないわね」
「管理士などの専門家がリードして管理規約や滞納対策を作っていくことも必要かもしれませんね」

「それで、美土里さん、その任意売却は3万7500円でやったんでっか?」
「ふふふっ」
美土里は含み笑いをした。
「実はね、山本さん、57万円の固定資産税滞納額を20万円で差押解除の承認を得たときに債権回収会社に連絡したの。当初の配分案より37万円圧縮しました!って」
「そこで、債権回収会社の出方を伺って、わざと暫く黙ったのよ。そうすると、向こうから、他にも配当すると売買金額の14%では納まらないですけど、37万円分が回収額が増えたということと今月中に決済していただく条件で特別に稟議を上げます、って言ってくれて」
「ってことは・・・」
「結局、仲介手数料は全額配当されたってこと」
「おお、やったな。さすが柳本不動産の美土里さんや。向こうから口火を切らすなんて、しっかりしとるわ」
「でも、一時は3万7500円での仲介も覚悟したんよ。買主さんや買主側業者に迷惑を掛けるわけにもいかないから、決済だけはちゃんとしようと思って・・・」
「そういう気持ちが債権回収会社の担当者にも伝わったんちゃうんかな?」
「それはどうか判らないけど・・・今回の件では私もいい勉強になったわ。これから任意売却の場合は気をつけないと」

プレーをしていた前の組が既にレストハウスからいなくなっているのに、美土里は気付いた。
「あらっ、もうこんな時間。昼からのラウンドに行かないと。山本さん、残りハーフ、ボール無くさないようにね」
「ちぇっ、スコアさえ良くなるんやったら、なんぼボール無くしてもええけどな」
相原も、そのやり取りを楽しそうに眺めながら、席を立った。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。