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性風俗、従軍慰安婦、危険ワードを使う心理は?(共同通信)

日本維新の会、共同代表の橋下大阪市長が沖縄の米軍普天間基地を視察した際、司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」などと発言したことに端を発し、旧日本軍の従軍慰安婦問題に関して「歴史を調べるといろんな軍で慰安婦制度が活用されていた。銃弾が飛び交う中、猛者集団を休息させようとしたら必要なのは誰だって分かる」と述べ、又「日本政府が暴行脅迫して拉致した事実は証拠に裏付けられていない。ただ意に反して慰安婦になった人にはやさしく配慮しないといけない」と大阪市内で記者団の質問に答えるなど、その発言に対して国内はもとより海外でも波紋を広げた。
もともと橋下発言に関してはその真意と裏腹に、メディアの最大活用という戦略的広報の手法を重要視していることは知られている。今回の発言と露出の意図は当然来月に迫った参議院通常選挙戦略にあるのだろう。しかし、その時々の話題でそれらの戦略的広報活動を実践してきた橋下発言も、ナイーブな「性」という材料を利用したことに失敗はなかったか?又、本当は失言の範疇なのか?今月は、公人・橋下徹という人物の心理を探り、対極に構える政局の動きを解く。

【橋下徹が過去に行ってきた広報戦略】
橋下徹氏は2008年2月に大阪府の知事に38歳で就任して以来、政治的ニュースの発信源であり続けている。その一つの大きな答えはメディアとの関係だ。
橋下徹氏は「都構想で大阪を再生させる」と訴え、知事職を途中辞任して大阪市長選に鞍替え出馬し、構想に反対する現職平松市長を追い落としにかかった。知事選には、腹心の府議会議員・松井一郎氏を後継者として指名。大阪で40年ぶりとなる知事、市長のダブル選挙を仕掛けた。橋下徹氏は、「メディア抜きには僕なんて存在できない政治家ですよ。メディアの皆さんが無視すれば僕は終了する」と憚らずに言う。政治生命の維持のため、常にメディアに報道されることを意識している発言だ。ダブル選挙はその好例で、「どうすればメディアに取り上げてもらえるか」と常に計算し、自分たちを改革派、既成政党や対立候補を守旧派とする印象を植え続けながら選挙戦を決行したことを後に明かしている。


テレビでの活躍は橋下徹の原点(日本テレビ番組)

橋下徹とは、「テレビの世界で生きてきた寵児」である。テレビの特性とは、本人の実体験から「圧倒的な特徴がないと視聴者に伝わらない」ことを挙げる。 コメンテーターは複雑な事象でも歯切れよく斬ること、時には極論で茶の間を沸かすことが求められる。発言は、曖昧さを排除して「右か左か」に単純化され、過激さを増す。橋下徹氏はテレビの世界で培った手法を政治家になっても踏襲し、政治・行政の劇場化を演出する。舞台は選挙に留まらず、日常の会議や政策決定過程にまで及び、メディアに公開して賛否両論が巻き起こるような対立劇を演出した。大阪府知事就任後の最初の演目は、大阪府の財政再建だった。当時、大阪府は6兆円近い府債を抱え、財政の硬直度は47都道府県中、ワースト2。橋下徹氏は就任の日、職員を前に「大阪府は民間で言えば破産会社。職員の皆さんは破産会社の従業員」と財政状態の危機を訓示し、2008年度予算案を白紙撤回し、4月から4ヶ月限定の予算に組み直し、その間に徹底的な財政再建策をまとめる奇策を採るなど、メディアが喜ぶ手法で財政再建の必要性を広く周知することに成功した。
財政再建の中心となったのは、大阪府の全職員約9万人を対象とした給与カットで、役職に応じて3.5~16%削り、退職金を5%削減。労働組合からは激しい反発が起こったが、橋下徹氏は従来非公開だった組合との交渉を公開。「我慢の限界を超えている」と反発する組合幹部と、「財政が立ちゆかなくなったら民間企業なら従業員はクビだ」と攻める知事との応酬がメディアで報じられ、橋下知事を支持する圧倒的多数の声が、上記カット案を審議する府議会議員に毎日のように寄せられた。長引く不況で雇用情勢が不安定な中、身分保障された公務員に向けられる厳しい風潮を巧みに煽り、追い風にした。テレビカメラの回る中、涙を見せながら職員に訴える姿を記憶している人も多いと思う。正に「橋下劇場第一幕」のクライマックスだった。
メディアを通じた発信と受信を重視する橋下徹氏の政治スタイルは、必然的に「民意が何を求めているか」「何をすれば民意に支持されるか」という行動の基準を生む。知事就任早々、公約を棚上げしてもコストカットに集中したのは、それが「民意」と判断したからだ。


メディアでの“涙”も重要な主張?(共同通信)

【小泉劇場と橋下劇場】
「自民党をブッ壊す!」と叫び、自民党候補に刺客を立てて2005年8月の総選挙を敢行した小泉純一郎・元首相。二人とも対立構図に持ち込む選挙戦術や、ワンフレーズアピールの圧倒的な発信力、大量の政治信者を生み出すカリスマ性を兼ね備えているが故、この二人を比較する人々も多い。
しかし、小泉氏が自民党の古い派閥政治を生き抜き、首相という政治家人生の頂点に上り詰めて初めてメディアの脚光を浴びたのに対し、若い橋下徹氏は政治とは無関係の世界から突然現れ、メディアを生命線に駆け上がってきたという経緯がある。
小泉元首相は、歴代首相で初めて1日2回のぶら下がり、囲み取材(取り巻きの報道陣の質問に応じる取材スタイル)を取り入れた。しかし、その取材時間は数分か、長くても10分程度であったが、橋下徹氏は1日2回の取材に対し、記者の質問が尽きるまで応じ、1回で1時間以上に及ぶこともあるという。又、別に週1回開く定例記者会見は2時間近く話すことも珍しくない。又、報じられ方には強く執着し、朝は出勤中の車中で主要新聞にすべて目を通し、夜は録画したニュース番組をチェックする。そして内容によっては即座に「誤報だ」「前後の文脈を無視している」などと報道機関や記者個人を名指しで批判し、ツイッターやフェイスブックなどSNSで徹底的に反論する。橋下徹氏は小泉元首相に比べて、数倍メディアにはどん欲である。


このスタイルは小泉戦略(共同通信)

【メディアを知りつくした橋下のワンフレーズ戦術】
「バカ!」「くそ」「ぼったくり」…およそ公人には相応しいと言えない言葉を巧みに配し、感情的に怒りを表現したり、法律家らしい難解な法曹業界用語を話したりと、ニュースの報道にもつい耳を傾けてしまうなど、橋下徹氏の弁舌には定評がある。例えば、国直轄事業負担金制度や大阪府教育委員会制度など。直轄負担金は、国が行う道路整備や河川改修などの公共事業費の一部を、地元自治体にも負担させる仕組みだが、2008年当初、国は金額の明細も示さなかったため、地方自治体の不満が高まっていた。
橋下府知事は2009年2月、府の予算からこの負担金の一部計上を見送ることを表明(当然メディアで)して問題提起すると、直後に上京し、当時の国土交通相と面談。報道陣に、「地方は国の奴隷ですよ。奴隷解放をしてもらいたい」とまくし立て、制度の問題点を「奴隷」という言葉で発信した。さらに1ヶ月後の政府の委員会では、不当な高額料金を要求する悪質飲食店に例えて、「ぼったくりバーみたいだ」と酷評、さらに波紋を広げた。負担金の廃止は全国知事会が1959年から国に求めてきた古い要求課題だったが、国に公共事業を減らされることへの恐れもあって結局大きな声にならずに今日を迎えた歴史を持つが、橋下府知事の一連の発言が報じられると、他県の知事らも次々と呼応。地方の圧力が国を動かし、2010年度から制度の一部廃止に繋がった。又、教育委員会に対しては、全国学力テストの市町村、学校別公開に関し、7人の子持ちの親として、「くそ教育委員会が(結果を)発表しないと言うんですよ。ガンガン文句言ったらいいですよ」とラジオ番組で発言、さらに報道陣の前で教育委員会を束ねる文部科学省を「バカですね」などとこき下ろした。発言は大きな物議を醸したが、情報公開を求める主張は主に保護者の共感を呼び、教育委員会側が押し込まれ、翌年度、大阪府内では市町村別の結果が情報公開請求に応じて、2009年度から原則公開された。


時には市民、府民相手でも激論を交わす(朝日新聞)

誰もが認める膨大な勉強量は半端でないと言われ、さまざまな施策や制度を猛烈な勢いで学習し、議論し、課題を理解することにかけては、他の追随を許さない能力を発揮するという。過激な言葉は単なる罵詈雑言ではなく、機能不全に陥る日本のシステムの弱点を見事に突いており、橋下徹に訴求力を持つ秘密となっている。

【制度改革論と競争主義】
橋下徹氏の理解は、その生い立ちによって培われた人格と、環境によって固定化された思考パターンを分析してみることも必要だ。14歳まで母子家庭で育ち、校内暴力で荒れた中学校から府内屈指の進学高校へと進み、自らの才覚と努力で弁護士業界と芸能界を生き抜いてきた橋下徹氏だから、政策にも強い競争原理を働かせるのではないか。
例えば、教育条例の根底にある、教師や学校を競わせて質を高めようという思想が流れている。ただ、その結果、一連の条例化議論と同時期に重なった2012年度の大阪の公立学校教員採用試験で、合格者の辞退率は、例年より3~4ポイント高い過去最悪の数字を記録し、教員志望者の大阪離れが進んだ。
又、現在は大阪市長である橋本徹氏に、制度や機構、手続きの変革を志向する側面があることだ。大阪維新の会・松井大阪府知事と取り組んでいる大阪都構想は、大阪府と同等の権限を持つ大阪市を、府に統合し、類似施設の建設や類似施策の提供といった「二重行政」をなくし、広域行政を担う大阪都と、住民に身近な基礎自治体に再編する考えで、氏の制度論の根幹を成す。さらに維新が2012年7月5日発表した衆院選の公約原案、「維新八策」改訂版では、「グレート・リセット」を合言葉に、首相公選制や道州制、参議院廃止など、国の根幹システムの変革案が並ぶ。橋本徹氏の著書には、システムの変革や制度改革による住民サービス、国民サービスの向上という理論づけが並ぶ。ここでも対立構図を「現行制度」と位置づけ、それらを破壊することで大方の目的が達成されると説く。


大阪はひとつでいい!(日本維新の会)

【風俗活用報道と政局の反応は】
先月の騒動に対して、当初、橋下大阪市長はいつもの戦略的メディア露出を成功させ、ともすれば「したり顔」で様々な番組に登場した。しかし、事はそんな簡単ではなく、国際的な性風俗文化の論争にまで拡大し、自らの発言に対する理論攻勢どころではなくなった。沖縄駐留のアメリカ軍司令官から当局に報告された内容に対する国務省報道官の正式見解に対して、「(非難されることは)非常に光栄。沖縄の現状を(米)国務省にどんどん伝えたい」と強気のコメント。しかし、今回の経緯は橋下市長の思惑と違う方向に動き出しているのは事実だろう。参議院選挙を目前に、メディア露出の機会を増幅させる目的もあってあえて問題発言とも言われる覚悟で発した「慰安婦、風俗業活用」というフレーズに対し、政局を巻き込んでの論戦には「望むところ」であったはずだが、アメリカ議会や国防総省の風俗産業に対する建前がここまで徹底されているとは思わなかったのかも知れない。民間に関しては、我が国も、他国もそう変わりはないだろう。橋下発言に対する一応の理解も相当数の人々が持っている。しかし、公人という甲冑を付けたとたん、本音の議論など微塵も付け入る余地はなく、橋下流民意の議論は誰も相手にしてくれない孤立無援に置かれてしまった。


橋下市長に抗議する女性議員団(共同通信)

与党・自民公明はもとより、みんな、民主、社民、共産もここぞとばかりにアメリカ風の建前論で批判を集中砲火し、討論や議論に持ち込ませない戦術に切り替えてきた。併せて、橋下市長の意に反し、地元民衆や維新議員の中からも批判と失言が相次ぎ、これまでに無かった「窮地」に立たされているのは自明であり、この難局をどう乗り切るのかによって橋下徹氏の真の政治力が問われている。

<執筆日:2013.5/18>