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女不動産屋 柳本美土里

「花見にはまだ早かったみたいね」
「でも、今日は天気も良くて暖かいし、良かったですよね」
「そうよね、外でご飯食べるなんて久しぶりで、なんだか嬉しいわ」
ネイルアーティストの美希と柳本不動産の美土里は、川の土手のベンチに腰掛けた。
桜が咲きかけたという知らせを聞き、美土里はどうしても行きたい場所が頭に浮かんだ。
そこは、美土里が幼い頃に住んでいた街で、川沿いに桜並木が延々と続いている。
花が咲く時期になったら、そこに行きたいと、時折電車の窓から見ていた。
とはいえ、1人で行くのは寂しすぎる。
そう思い、ネイルアーティストの美希を誘って花見に来たのだった。

「私の子供の頃はね、こんなに川沿いは整備されてなかったのよ、ベンチもこんなに無かったし、川にも土手を下りると簡単に入れたし・・・この川に入って、アメンボを見たり魚を見つけて追いかけたりしたわ」
美土里は遠くを見るように、昔を思い出していた。
「そういえば、あの向こうにね、市長だった人の大きな家があるんだけど、その横の坂を下ったところに同級生の家があったの。彼女は髪の毛が天然パーマで、それが理由でいじめにあってたわ、インド人とか、頭に焼きソバ乗せてるんか、とか言われて」
「それで、美土里さんは?」
「あら、もしかして私もいじめに加わってたんじゃないかって?」
美土里は美希を睨みつけた。
「いえいえ、そんな意味で言ったんじゃないんですが・・・」
「ははは、冗談よ。ちょっと美希ちゃんをからかっただけ」
消え入るような美希の声に被せて美土里は笑った。
「もう、美土里さんたら」
美希は美土里の腕を軽く小突いた。

「私はね、昔からあんまりそういったことは気にならなかったの。自分は自分だし、他人は他人。自分と気が合うと思った人とは付き合ったし、気が合わない人とは無理して付き合うことはなかったわ。それで、グループから疎外されたとしても、元々群れて行動するのは好きな方じゃないから、あんまり気にならなくて・・・そういう意味では、協調性が無かったのかもね」
「彼女の家は、バラック小屋みたいな小さな家だったけど、うちもその頃は、借家のアパート住まいだったから、どっちもどっちってとこだったのかもね。彼女の家にも遊びに行ったし、私の家にも遊びに来てもらったわ」
「たぶん彼女のお母さんは自分の娘がいじめられているのを知っていたんでしょうね、私が彼女の家に遊びに行くと喜んでくれてね、娘と遊んでくれて、ありがとうって言うの、私は一緒に遊んでいるだけだから、感謝されるのは、ちょっと違和感を持っていたんだけど、母親としては嬉しかったんでしょうね」

「そうですね、お母さんとしてはいじめられている娘と仲良くしてくれる友達がいて、いつになく楽しそうに遊んでいる娘を見ることで心が救われたんでしょうね」
ひと呼吸を置いて美希は続けた。
「実は私のところは母子家庭なんです。私が小学校に入るまでに母親と父親が離婚して、私は母親に育てられて・・・今でこそ片親世帯って多いようですけど、その頃はまだまだ少なかったんです。経済的にも苦しくて、ずっと小さなアパート暮らしでした。私はそんなアパートに友達を連れてくるのが恥ずかしくて・・・それでも、すごく仲良くなった友達だけは家に連れてきたことがあるんです。そうしたら、普段絶対に食べられない、クリスマスか誕生日くらいしか出してもらえないショートケーキを、母親がおやつに出してくれたんです。お母さんも、自分の娘を不憫に思っていたんでしょうね、友達が来てくれて嬉しそうというか安心したような顔をしてました」
「そう、美希ちゃんも苦労したんだね。でも、だからこそ人の痛みも解る優しい人になれたのかもしれないよ。人生の経験で、無駄なことは何もないと思うから」
「なんだか美土里さん、今日は真面目ですね」
「え?私はいつも真面目ですけど」
顎を上に向けて言って笑った美土里の顔を、桜の花びらがひとつ撫で落ちた。

「美土里さん、聞いてくださいよ~」
美希は、打って変わって声を上げた。
「ど、どうしたの急に」
美土里は、ご飯を喉に詰まらせそうになった。
「その母親がね、相談もなしに勝手に引越しを決めちゃったんですよ。良くしてくれている社長さんがいるから、不動産のことなら絶対に声を掛けてねって、あれだけ言っているのに・・・ほんと信じられない」
美希は頬を膨らませた。
「まあまあ、美希ちゃん、そう怒らなくても・・・そんなことってあるわよ、条件にピッタリの物件がチラシに載ってたりすると、つい連絡して、その流れで案内されてって」
「そうかもしれないけど・・・」
美希は、まだ不満そうだ。
「それで、お母さんが気に入った物件って、どこの物件?」
「私の家と近いほうがいいと思ったらしくて、S駅の南側にある8階建てのピンク色のマンションらしいんです。で、賃料が7万円で礼金が3か月分。それで、保証金や敷金が無い代わりに賃貸保証の会社と契約をしないといけないらしくて、そのための保証人に私になってくれって言われて・・・」

「ふ~ん、S駅の南側の8階建てピンク色のマンションって、もしかして、ヌーベルコートって名前のマンション?」
「う~ん、すみません、ちょっとマンション名まで覚えてないんですけど、そのマンションどうかしたんですか?」
「たぶん、ヌーベルコートだわね、だってあの辺りで、ピンク色のマンションって他にないもの。そのマンションはね、実は私が企画したのよ」
「え?美土里さんが?」
「そう、わたしが父の柳本不動産を継ぐ前に、勉強のために働いていた遠井不動産での仕事だったのよ」
「へ~、それは偶然ですね」
そう言いながら見た美土里の顔には、怪訝な表情があった。
「美土里さん、何か気になることでも?」
「うん、ちょっとね。確かあのマンションの礼金は2ヶ月だったと思うんだけど・・・私がオーナーさんと相談して、入居してもらいやすいように、敷金や敷引きという方式じゃなく礼金方式にして、それも2ヶ月にしようって決めたと思うんだけど・・・条件が変わったのかしら?」

「ちょっと待って、調べてみるわ」
そう言うと美土里はヴィトンのバッグからスマートフォンを取り出し、指で弾きだした。
「ああ、あったあった。ふむふむ・・・」
「美土里さん、それで解るんですか?」
「ええ、レインズっていう不動産業者間情報があるんだけど、これはインターネットで閲覧できるのよ。それで、ヌーベルコートの情報が出てないか探したの」
「元付けが遠井不動産で、やっぱり礼金2ヶ月になってるわよ」
「これって、どういうことなんですか?」
美希は首を傾げた。

「美希ちゃんのお母さんは、どこの不動産会社と話をしているのか判る?」
「え~っと、たしか何とか賃貸センターって言ってたと思うんだけど・・・」
「ってことは、遠井不動産じゃないのね」
「はい、そんな名前じゃないです、賃貸って言葉が入っている会社でした」
美希は断言した。
「とういうことは、もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」
美希が問い返した。
「賃貸専門の業者によくあるんだけど、元付け業者は貸主さんから広告料とかの名目で賃料の1ヶ月分報酬を貰い、客付け業者は借主さんから仲介手数料として賃料の1ヶ月を貰うのが一般的なケースなんだけどね、貸主さんとしては自分の物件を優先的に部屋探しをしている人に紹介してもらいたいから、元付け業者に支払う報酬とは別に客付け業者に広告料とかの名目でインセンティブを出すことがあるの。これは貸主さんによって、インセンティブを出したり出さなかったり。出すケースでも1ヶ月分や2ヶ月分とか、まちまちなの。客付け業者としては、インセンティブの多い物件の方が収入が多くなるから、そちらでお客さんに決めて欲しいんだけど、お客さんの希望で、そうはいかないこともあるでしょう。そうした場合、つまりインセンティブが無いか少ない場合には、礼金の額を客付け業者が勝手に値上げして、その値上げした分をインセンティブとして出してくれって元付け業者や貸主に言ってくることがあるの」
元付けとは、貸主さんから賃貸募集を依頼されている不動産業者で、客付けとは、借主を見つけた不動産業者である。

「それって違法じゃないんですか?」
美希は口を尖らせた。
「う~ん、違法かどうかの問題点は、2点あるの」
「1つ目の問題は、さっき一般的なケースで、元付け業者は貸主さんから広告料とかの名目で賃料の1ヶ月分報酬を貰い、客付け業者は借主さんから仲介手数料として賃料の1ヶ月を貰うって言ったけど、本来は賃貸の仲介手数料は貸主と借主が支払った仲介手数料の合計が賃料の1ヶ月以内と規定がされていて、元付け業者と客付け業者がそれを分けるってこと、でもそうなると元付け業者は他の業者に情報を流さずに自分のところに来た入居希望者だけに情報を提供するようになるわよね、そうなると貸主さんとしては、なかなか入居者が入らない空室期間が長くなってしまい困るので、仲介手数料以外の名目で報酬を出してでも早く入居してもらった方がいいと思って、そうするわけ。広告を貸主さんから依頼されたとしたら、その費用を不動産会社は貸主に請求できるってことにはなっているから、広告料という名目になるんだろうけど、実際それだけの広告料が掛かったのかどうかは、判らないわね。広告料が単に仲介手数料の代わりの名目にしているとしたら、違法と言われるかもしれないけど・・・これも貸主側からの進んで出している報酬なら、誰も文句は言わないから表には出ないんだけどね」
「次に、礼金を引き上げる場合なんだけど、礼金を引き上げたからって、貸主が元々想定している礼金は入ってくるんだから、貸主の腹は痛まないのよ、だから貸主としては、どうぞご自由にっていうスタンスになる場合がほとんどかもしれないわね、貸主が承諾して借主がその条件でOKなら、契約としては成立するだろうからね・・・・元々礼金2ヶ月で済むところが3ヶ月支払わないといけないことになるから、損をするのは借主だけってことになっちゃうけどね。どちらの問題点も、明白な違法とは言いにくいのが実情みたいよ」
美土里は辛そうに美希を見た。
「何とかならないんですか?」
縋るような目で美希は美土里を見た。

「そうね、まず美希ちゃんのお母さんが引越ししようとしているのが、ヌーベルコートかどうか確かめないとね」
「それは、家に帰ったら解りますよ、たしか保証会社の保証契約書の内容をFAXが来てましたから」
「そう、じゃあまず物件がどの物件か確認して連絡を頂戴、それと契約予定日って出てるのかしら?」
「はい、母親は働いてますので、来週の日曜日に契約するって言ってました」
「契約は未だなのね!じゃあなんとかなるかもしれないわ。今日中に物件がヌーベルコートかどうか確認して連絡を頂戴ね」
「はい、判りました」
お弁当も食べ終わった頃、ちょっと風が出てきて寒くなってきたので、二人は戻ることにした。

「いらっしゃいませ、あ!美土里さん、ご無沙汰しています」
美土里を出迎えてくれたのは、遠井不動産の事務員の幸江だ。
幸江は、遠井社長の姪にあたり、高校を卒業してから勤めているので、かれこれ10年ほどになる。
「幸江ちゃん、久しぶりね、元気にしてる?」
「ありがとうございます、美土里さんもお元気ですか?」
「ええ、私は元気なんだけどね・・・」
「ということは、お父さんの具合が悪くなっているんですか?」
「まあボチボチってとこかな?もう年寄りだから、病気の進行もゆっくりみたいよ」
「また、そんな毒づいて・・・」
二人は複雑な表情で笑った。
「ところで、遠井社長はおられるかしら?」
「はい、ちょっと呼んできます」
そう言って席を立って奥へ入ろうとした幸江より早く、奥から社長の遠井が姿を現した。

「やっぱり美土里ちゃんか。聞いたことがある声が奥まで聞こえてきたから・・・でも珍しいな、忙しいやろうけど、たまには顔を出しなよ、で今日はどうした?」
「社長、すみません、ご無沙汰していまして」
美土里は、カウンターの前でペコリと頭を下げた。
「うん?その表情は、なんか話がありそうやな、まあこっちに掛けたらどうや」
そう言って、来客用テーブルを指差し、事務員の幸江にお茶を持ってくるよう指示した。

「なんや、結婚でも決まったか?」
「そんなん違います。それって今時分はセクハラって言われる発言ですよ、幸江ちゃんに言ったら訴えられますよ」
「ほうそうか、セクハラで訴えられるか?難儀な世の中になったもんやな~」
久しぶりに会ったことなど忘れ、声を上げて笑いあった。
「社長、実はちょっと教えて欲しいことがあるんです」
「美土里ちゃんでも難儀するような問題でも起こったんか?」
今度は、本当に心配顔で遠井は美土里を見つめた。
「いえ、大した話じゃないんですけど・・・実は、私が企画したS駅前のヌーベルコートに入居申込が最近入りませんでしたか?」
「おお、よう知ってるな。あの物件は人気があって、なかなか出入りがないんやけど、たまたま先月末に1部屋空いたからレインズに出したら、すぐに賃貸屋から入居申込が入ったわ。美土里ちゃんの企画が良かったんやろうなあ」
遠井は、賃貸専門に扱う不動産業者を賃貸屋という言い方で昔から呼んでいた。

「ありがとうございます」
「いやいや、頭を下げなあかんのはうちの方や」
「それで、その入居者は、下江って名前の方じゃないですか?」
「そんな名前やったかな~? ちょっと幸江ちゃん、こないだヌーベルコートに入った入居申込あったやろ、それ持って来てくれんか?」
キーボードを数回叩いたかと思うと、直ぐにプリンターが動き出し、幸江は入居申込を持ってきた。
「これやこれ、え~っと、そうそう下江って名前になってるわ。それで業者はビッグ賃貸センターや。そやけど、なんで美土里ちゃんがこのお客さんのことを知っているんや?もしかして賃貸屋の客と美土里ちゃんとこの客とバッティングでもしたか?」
「いえ、その下江さんは、うちのお客さんじゃないんです。私の友人のお母さんなんです」
遠井は美土里の話を促すように頷いた。
「私もレインズを確認したんですけど、あの物件の礼金は2ヶ月になってますよね、でも友人に聞くと礼金は3ヶ月って言われたそうなんですが・・・」
「ああ、よくある賃貸屋の手口や。礼金3ヶ月にするから増やした1ヶ月分を広告料として欲しいと、もともとあの物件は広告料1ヶ月やから、合わせて2か月分を広告料としてもらいたいって話や。ほんま爪の長い賃貸屋やで」
「オーナーさんは、2ヶ月分の礼金は確保されるから承諾したんですね」
「そうやな、オーナーさんが承諾してるんやから、元付けとしてはどうしょうも無いわ、借主さんは可哀相やけど」
「でも、まだ契約はしてないんですよね」
「そうや、契約は次の日曜日の予定やから、まだや。まさか美土里ちゃん・・・」
「ええ、そのまさかですよ」
美土里は、遠井の目をじっと見据えて言った。
「遠井さんとこには迷惑掛けませんから」
「そうか、美土里ちゃんが思うようにしたらええけど、あんまり敵を作らんほうがええんとちゃうか?」
「ええ、社長のお心遣いは嬉しいのですけど、今回ばかりは、わがままをさせてください」
「判った、もう何も言わん」
そう言うと、冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。

その夜の美希からの電話は、美土里にとっては遠井不動産で知った情報の確認に過ぎなかった。
美土里は美希に、お母さんと話がしたいからと、翌日にでも会えるようにセッティングを依頼した。

「初めまして、柳本不動産の柳本美土里といいます。美希さんとは仲良くさせていただいていまして、いつもお世話になっています」
美希の母親は、小柄で年相応の皺が顔に刻まれているが、はっきりとした目鼻立ちで整っている、目元は美希とそっくりだ。
「いえいえ、こちらの方こそ、美希がお世話になっております。その上、この度は、私が勝手なことをしたために、美希に叱られてしまいました。本当に申し訳ございません」
美希の母親は、申し訳なさそうに顔をしかめた。
「いえ、不動産のことは、ご縁の問題ですから、特にどうこう言うつもりは無かったんです。でも、美希さんから今回の話を聞きまして、どうしてもお節介の気持ちが出てしまいまして」
美土里は、母親の様子を窺った。
「お節介と言われますと?」
「では、はっきりとお話させていただきたいと思います。今回入居されるヌーベルコートの賃貸条件につきまして、お母さんも納得して進めてこられた話とお聞きしましたが、契約をせずに、今回の賃貸の申し込みについてはビッグ賃貸センターに、一旦、断りを入れて欲しいのです」
「一旦断りを入れる?どういうことですか?」
母親はビックリして美土里を見上げた。
「お母さんが契約しようとしているヌーベルコートは、本当は礼金2ヶ月で募集をしている物件なんです。でも、ビッグ賃貸センターが自分の報酬を上げるために、礼金を3ヶ月にしようとしているんです。お母さんは1ヶ月余分に支払いをさせられようとしているんですよ!」
「ええ~、そうなんですか?でも、最初にもらった資料にも、礼金3ヶ月って書いてたんですけど・・・」
「それは、たぶん資料を書き換えて渡されたんだと思います」
美土里は呆れたように言い放った。
「でも、断りを入れたら私はヌーベルコートに住むことはできなくなるんじゃないですか?だとしたら3ヶ月の礼金でも・・・」
「大丈夫です、私が責任を持ってヌーベルコートに入っていただけるようにしますから」
少し考えて美希の母親は口を開いた。
「解りました、柳本さんの言われるとおりにします」
「ありがとうございます。では、まずビッグ賃貸センターに、電話で結構ですから、娘に引越しを反対されたからということにでもして、申し込みは無かったことにして欲しいと言ってください。それでもしつこく契約を勧められるかもしれませんが、娘の反対を押し切ってまで引越しをするつもりは無いからと、はっきりと断り続けてください」
「でも、一部お金をビッグ賃貸センターに渡しているのですけど・・・」
「申込金ですね。それも契約にならない場合は返してもらえますので、返してもらってください。万一、なかなか返さないようでしたら、こちらから話をしますので、教えてくださいね」
「それから次は、もう一度、柳本不動産にヌーベルコートの入居申込書を出してください。柳本不動産を通して契約をしてもらいます」
「そんなことできるのですか?」
「はい、大丈夫です」
自信ありげな美土里の答えに、美希の母親は、こくりと頷いた。

それから10日後、美希の母親は遠井不動産にて、美土里とともにヌーベルコートの契約を無事に済ませた。

「美土里さん、ありがとうございました、お母さんも喜んでたわ。契約を断るのには苦労したみたいだったけど、礼金が1ヶ月少なくなった上に仲介手数料も要らないって言われたって。その上、ビッグ賃貸センターでは要るって言われていた害虫駆除費とか鍵交換代も、美土里さんとこじゃ要らないって?どうしてそんなことができるの?」
「いえいえ、元々礼金は2ヶ月なんだから1ヶ月減ったっていうのは、おかしいわよね。仲介手数料については、お母さんを物件に案内したわけでもないし、貸主さんから広告料をいただいてるんだから、お母さんからいただかなくてもいいわ。害虫駆除費や鍵交換代なんて、賃貸屋が勝手に作った費用で、元付け業者は、そんな費用は請求していないんだから。どうせ害虫駆除っていっても、せいぜい部屋の中にドラッグストアで買ってきた害虫駆除薬を撒くくらいでしょ、そんなの必要なら自分でやればいいのよ、数百円でできるわ」
美土里はそうした賃貸業者のやり方に、我慢ならないようだ。

「でも、美土里さんとこに迷惑は掛かりませんでしたか?」
「大丈夫でしょう。美希ちゃんのお母さんがうちを通してヌーベルコートに入居したことなんて、ビッグ賃貸センターにはわかりっこないと思うわ」
「そうですか、それならいいんですけど・・・本当にありがとうございました。じゃあ、お礼に今度ご飯奢らせてくださいね」
「うん、楽しみにしているわ。しっかり飲んでもいいように、休みの前日の火曜日にお願いね」
「はい、了解しました」
美希はおどけて手を額に当て敬礼をした。
それを見た美土里は吹き出した。(完)

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。