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女不動産屋 柳本美土里

「美土里さん、これから不動産業ってどうなんやろか?」
「どうって?」
「消費者の所得は下がってるし、消費税は上がる言うし、人口は減ってるし、家を買おうって人がおらんようになるんちゃうやろか?」
エステート山本の山本がぼやいた。
山本とは、以前売買仲介をした際に、売主側と買主側として取引をしたことからの付き合いだ。
40代の少しお腹の出た中年オヤジで、男性としての魅力は全く無いのだけれど、これで正義感の強いところがあり、不動産屋2代目という同じ立場でもあることで、二人はなんとなく親近感を感じている。

「そうね、でも消費税は景気が回復してから上げるっていう話だし、政府は住宅関連の減税措置も考えているみたいだから、そう悲観ばかりしていても仕方ないでしょ」
「そやけど、景気が回復してからって言うても、給料が上がらな買えまへんがな。うちなんか、先月3件もローン審査で落とされた客がいるんでっせ」
「あらあら、そんなに・・・それは大変ね」
美土里は運んできたコーヒーカップを山本に差し出して言った。
「たしかに銀行融資は厳しいみたいね。過去にカードの引き落としが何度か遅れただけでローン審査で拒否されてるみたいだし。以前はそこまで厳しくなかったように思うんだけど・・・」
美土里は、星のデザインを施したピンクのネイルの長い指を顎に当てた。

「そやけど、この仕事してたら、なんであんなにぎょうさん税金を払わなあかんのかって、頭に来るわ」
「下取り物件なんて、買っても数ヶ月で売るのに、登記移転するのに登録免許税を払わなあかんし、売った後は建物消費税も払わなあかんし・・・ほんまやってられへんわ」
「山本さん、珍しく今日はえらい憤慨してはりますね」
「ほんま・・・怒りたくもなりまっせ。実はこないだ、うちの爺さんのお兄さんが亡くなったんですわ。相続についてはうちは関係ないんやけど、爺さんの兄の息子、つまり親父の従兄弟になる人が、ぎょうさん相続税を払わされたみたいなんですわ」
「へ~、資産家だったんだ」
「まあ、先祖は結構な土地を持っていたみたいで、その多くを爺さんのお兄さんが相続していたみたいで」
美土里は、何かを考えるように天井を見た。
「その相続税の申告って、普通の税理士の先生がしたの?」
「普通のって?」
「相続税の申告に強い先生じゃなく、一般的な所得税や法人税の申告をしている先生の場合、土地の評価が適当なことがあるみたいだから、評価がきちんとされているか調べてみた方がいいんじゃない?」
「相続税不動産の評価額って決まってるんちゃいますの?」
「山本さん、相続財産も財産である以上、いくらの価値があるかっていうことが基本的な考え方なのよ。登記簿上の地目や面積ではなく、実際の利用状況や大きさや形状、道路付け、変形地かどうかなどで、財産価値は変わるの。それを不動産の評価なんてしたこともないような税理士が、前面道路の路線価と地目、登記簿面積だけで評価額を出してしまって、過大な財産評価になっていることがあるわけ。過大な評価になっているとしたら、当然に相続税も過大に納めてるってことになるわね」
「へ~、そんなこと考えもせえへんかった」
山本は腕を組んで、感心した。

山本は、先代の父親に美土里が言った話をした。
「そやな~、ほなら話してみたろか?取り戻されへんかって、もともとや。うまく取り戻せるんやったら、儲けもんやしな」
そう言うと、携帯電話を取り出し、従兄弟に電話を掛けた。
「豊か?・・・そうかいな、会社で任せてる税理士の先生にしてもろたんやな。ほなら、もしかしたら相続税がいくらか還ってくるかもしれんから、相続税の申告書を持っといで、うちの息子が世話になってる不動産屋の切れもんの姉さんにみてもらったるから」
そういうとニヤリと笑って携帯電話を閉じた。
親父、またなんか悪いこと考えてるな?
山本の先代は、エステート山本の創業者だ。
少々強引な営業で鳴らした一昔前の不動産屋のイメージぴったりのタイプだ。
違法なことはしないし、お客さんに損をさせることはないのだが、金が何よりも大切だと公言してはばからず、陰では金の亡者とも言われていた。
山本はそういう父親をあまり良く思っていないようだ。
親父の従兄弟に直接に話をしようかとも思ったものの、親戚づきあいも無く、仕方なく親父を通したのだ。
山本は小さく舌打ちをした。

翌日に、やってきた豊とともに、山本は愛車のジャガーに乗りこんだ。
「相続税の申告書控えは持って来ていただきましたか?」
「ええ、お父さんにも言われてたので、ちゃんと持ってきましたよ」
そう言って豊は、手提げ鞄を持ち上げた。
「それじゃ~、行きましょう」
ギアをドライブに入れた。

「ここですか?」
柳本不動産に着き、あまりのレトロな建物を見た豊は、心配そうに山本に尋ねた。
「そうですよ、ここですよ。ビックリしましたか?」
「建物はかなり年数が経ってるんですけど、ここの社長は、ほんま切れもんですから、心配なく」
そう言うと、最近やっと開けるコツを覚えた木戸をガタピシと鳴らした。
「美土里さん、おりまっか?」
「そんな大きな声を出さなくても、小さな事務所なんですから聞こえてますよ」
美土里は微笑みながら、パソコンの後ろから出てきた。
「こ、この方が美土里さんですか?」豊は息を呑んだ。
「えらい美人ですやん」
「そうでしょう、美人の上に頭も切れるし行動力もある。これで、もうちょっと・・・」
「もうちょっと何ですか?山本さん」
美土里は山本を睨んだ。
「いやいや、別に何もあらへん、ふ~、失言するとこやったわ」
「この方が、先日、山本さんが言われていたご親戚の方ですか?」
「はい、山本豊って言います」豊は、自分から名乗った。
美土里に促され、二人はソファに座った。

「山本さんからお聞きしたのですが、って、どちらも山本さんですね」
こちらが豊さん、で、え~っと・・・
「え~っとって、もしかしてわしの名前忘れたんでっか?こりゃ、参ったな~」
「あ、いや、ちょっと、普段名前呼ぶこと無いし~」
美土里は焦って言い訳をした。
「もう、頼みますわ。わしは、勝男ですわ、か・つ・お」
「そうそう、勝男!なんかアニメっぽい名前やな~って思ってたんです」
「ほんま、言いたい放題やな」山本は呆れて苦笑いをした。
美土里は、山本の苦笑いも気に留めずに、話を再開した。
「では、お二人とも山本さんなので、豊さんと勝男さんで話をさせていただきますね」
「先日、豊さんは相続の申告納税をされたって言う話を勝男さんから聞きましたが、お父様が亡くなられたのはいつ頃ですか?」
「そうですね、ちょうど1年くらい前です。で、今から半年前くらいに申告し納税しました」
「それじゃあ、大丈夫ですね」
「大丈夫って?」
「あまり昔の相続なら相続税の取り戻しはできなくなるんです。相続が発生してから、つまり被相続人であるお父様が亡くなられてから5年10ヶ月以内である必要があるんです」
「へえ~、そうですか」豊は、頷いた。

「それでは、申告書の控えを見せていただけますか?」
豊は鞄のファスナーを開き、申告書の控えを引っ張りあげ、美土里に手渡した。
美土里は、それを1枚1枚慎重にめくり、丹念に見ていった。
ひと通り目を通すと、美土里は豊に告げた。
「相続財産のうち、不動産は6箇所あったのですね。これを見せていただくと、全ての土地の評価額は路線価を基準として、面積を乗じて算出されているようです。私も、それぞれの土地を見てみないことには何とも言えませんが、たぶん、いろいろな減価要素があると思われますので、ちょっと調査させていただきます。つきましては、この申告書の控えをコピーさせてくださいね」
そう言うと、美土里はソファから立ち上がった。

「あの~?」豊が問いかけた。
「調べてもらうのは助かるのですが、費用の方は?」
「ああ、そうですね、費用のお話をしておかないとね」
ニコリと笑い、美土里は、またソファに座りなおした。
「もし私が調査をして、不動産の評価額が下げられるようなら、相続税の還付申告が得意な、うちと提携している税理士さんに還付申告を依頼して欲しいの。どうせ顧問の先生に還付申告の依頼をしたとしても、自分がした相続税申告の還付申告なんて、たぶんプライドが許さないでしょう?だから、顧問の先生には黙って還付申告をこちらの先生に依頼して欲しいの。あっ、でもその先生は成功報酬で動いてくれるから、特にお金は準備しなくても大丈夫、もし還付できなければ1円も支払わなくていいわ。報酬額は相続税還付がされた金額の一定割合としているみたい。そうね、たしか還付金の35%だったと思うわ。私は、その先生の報酬の一部をいただくことになるから心配しないで」
「それで進めて、いいですか?」美土里は念を押した。
「はい、それなら私の方は何のデメリットもありませんし、どうぞよろしくお願いします」
「それじゃあ、早速、現地調査や法的な調査に入るわね。たぶん、測量も必要になるかもしれないから、その場合はまた連絡させてもらいます」

美土里から豊に連絡があったのは、3日後だった。
「相続された不動産を調査させていただきました。6箇所の不動産のうち、3箇所で評価減ができそうなので、提携税理士を紹介させていただきますので、還付申告の依頼をしてくださいね。測量については、今回はしなくても良さそうです」
「そうですか、いくらくらい還付されるんでしょうね?」
「それは、税理士さんから聞かれた方がいいと思います。私は不動産の評価をするだけで、その後の相続税の計算は税理士さんがされますからね。不動産の評価が70%くらいに減額されると思いますから、結構な額の返還が見込めると思いますよ」
美土里は税理士と引き合わせる日程を豊と調整した。

「美土里さん、評価額が出たそうやな。今後のこともあるから、わしにも評価の仕方を教えて欲しいんやけど、ええかな?」
「山本さん、意外と勉強熱心なんですね」
「からかわんといてくださいよ、ともかく今から行くから、よろしく」
そう美土里に告げるや否や電話を切った。

「山本さん、いらっしゃい」
「すんませんな、いつもいろいろ手間かけて」
「いえいえ、私もそれなりに儲けさせてもらってますから、フッフッフ」
「じゃあ、講義始めるわね」
「お願いします」
美土里は笑みを浮かべて、テーブルに資料を広げた。

「まず、1つ目の土地だけど、これは土地面積が1200平米あるでしょう。地目は宅地になっているけど現況は雑種地で空き地になっている。ここについては、広大地評価を使うわけ」
「広大地評価?」
「ええ、このままだと一般の消費者には売れないってのは、山本さんも判るわね」
「そやな、こんな広い土地を売るとしたら、まあこの辺りやったら建売の開発用地として、建売屋に放り込むのが普通やろな」
「そうでしょう、ここの最適活用は建売住宅なのよ。でも、建売住宅を建てるためには開発道路を敷地内にとって、そうね40坪から50坪くらいの土地を、ここなら6区画くらいに切っていかないといけないでしょう。そして、建売屋さんも開発道路などの販売できない土地の分を差し引いて事業計画をするわよね」
「そうやな」
「となると、普通の数十坪くらいの宅地の単価と、これだけ大きな宅地の単価を比べると、開発をしないといけないような面積の土地単価は安くなるわよね」
「うーん、なるほど。とすると、路線価に単純に面積を掛けて計算したらあかんっちゅうことやな」
「そうよね、最低でも開発道路の部分は差し引いて計算しないとね」

「2つ目のこの土地は、間口が狭くて奥行きが長いでしょう」
「あっ、これはわしでも判るわ。査定するときの基本やもんな。これは間口が狭いから間口狭小地として補正率を掛けて補正し、奥行きが長いと、奥行長大補正をするってことやな」
「はい、その通り。間口が狭くて奥行きが広いということは、建物の形の自由度が低くなり一般的に日当たりも悪くなる、そこでそれぞれの補正をして減価するわよね。こんなことも判らずに相続税申告をするなんて、この税理士あんまりだわね」

「3つ目の土地はね、前面道路が3メートルしかなくて、道路の反対側に川が流れているから、1メートルのセットバックが必要なのよ。セットバックは知っての通り、将来4メートル道路を作るとして、4メートル未満の道路に接した土地は4メートル幅の道路を確保するために土地を差し引き、差し引いた土地の上には建物が建てられないなどの制限があるのよね。その上、実はこの土地の上に、都市計画道路の予定があったため、その分の減価もあったのよ」
「なるほど、どれも言われてみれば土地の評価を下げる要因だから、減価になって当然だよな。不動産業者なら、路線価に面積を単純に掛けてもおかしいって感覚的にも判るんだろうけどな」
「まあ、確かに慣れていない税理士さんにはちょっと難しいかもしれないわね」
「で、これで、なんぼ税金が還ってくるんや?」
「そんなこと、税理士さんに聞かないと判らないわ。私は不動産の評価をしただけだから。でも、なんでそんなに還付額が知りたいわけ?」
「いや~、実は親父がうるさく聞くんやわ。親父は豊さんに、還付額のいくらかを美土里さんの紹介料として貰うように企んでいるらしいんや」
「まあ、呆れた。従兄弟からそんな名目でお金を貰おうなんて」
「そうやな、わしもそう思うんやけどな、あの親父やからなぁ・・・」
山本はうな垂れた。

「豊さん、こちらが税理士の森芝先生です」
美土里は、相続税申告に強いという森芝先生を豊に紹介し、それぞれが自己紹介をした。
「森芝先生、この度はいろいろお世話になります。ただひとつ心配なのが・・・相続税の申告をしていただいたのが、うちの会社の顧問税理士なんです。その先生が行った相続税申告に対して還付請求とかするとなると、なんだかケチをつけているみたいで、顧問税理士の先生が気を悪くされないかと思って・・・」
豊は心配そうに森芝税理士を覗き込んだ。
「ああ、それ、よく言われる話なんですけど、相続税申告をした先生には還付については、まず知られることは無いですからご心配なく。たまに、税務署からの相続税申告に対しての調査が入る場合、申告税理士の立会いを言われることもあるようですから、その場合は私に連絡してきてください。大丈夫ですから」
「そうですか、それなら安心しました。で、還付の手続きをしてもらうのには費用はいくらかかるのでしょうか?」
「ええ、私が頂戴する報酬は完全成功報酬でさせていただいています。還付金がなければ報酬は要りません。還付金があれば、その35%を報酬としていただいています。よろしいですか?」
「はい、美土里さんからもお聞きしていたのですが、きちんと先生からお聞きした方がいいかと思いまして・・・。相続税、高いな~って思って納めたんですが、それがいくらかでも還ってくるのなら、先生への報酬を支払ったとしても、万々歳ですよ」
豊は、森芝税理士に依頼した。

「土地の評価は美土里さんにしてもらってますので、その他の財産については、ひと通り目を通すだけでいいでしょう。1週間以内には税務署に更正の請求ができると思います。その後に税務署が却下してくるかもしれませんが、それもこちらで交渉させていただきます。まあ、それを経て最終的な還付額が確定しますので。必要があれば、またご連絡させていただきます」
森芝税理士は、ニッコリと微笑んで、書類を鞄に詰め帰っていった。

「美土里さん、この度は、ありがとうございました」
「あら、まだお礼を言うのは早いかも知れませんよ、税務署に更正の請求が却下されたとしたら税金が戻ってくるかどうか?」
「え、そんなに微妙なんですか?」
豊は眉を下げ不安そうな表情をした。
「冗談ですよ。あの申告内容なら、まず間違いなく大丈夫でしょう、お礼を言うのはこちらの方ですよ。私もお役に立てそうで嬉しいです」

1週間後、森芝税理士より美土里に電話があった。
「美土里さん、ご紹介ありがとうざいました。山本さんの相続税の件ですが、更正の請求をさせていただきました。すんなり認められるとしたら4000万円ほどの還付になると思います。美土里さんがしっかりとした資料を付けていただいているし、まず大丈夫でしょう。山本さんに連絡をさせていただいたら、大変喜んでおられました。再来月くらいには還付されるでしょう」
「そうですか、先生ありがとうございました」
美土里は電話を置いた。

それから2ヶ月ほど経ったある日、エステート山本の山本と豊が、そろって柳本不動産を訪ねて来た。
「美土里さん、本当にありがとうございました。まさか、いったん納税した相続税が還ってくるなんて思いもよりませんでしたよ。本当に、税務署から4000万円ほど口座に振り込まれていたんですから」
「美土里さんは税理士の先生から報酬をもらうって言われてましたけど、これほんの気持ちだけですけど受取ってください」
そう言って、伏見の日本酒と封筒を目の前に押した。
「わあ~嬉しい、甘いものも嫌いじゃないけど、やっぱりこれよね、これ」
美土里は、日本酒を抱きかかえて小躍りした。
「豊さん、遠慮なくいただきます」
美土里が見せた笑顔は、今まで豊が見た中でも1番の笑顔だった。
「ほんと、今度も美土里さんに助けられたよな。うちの親父も、柳本不動産には足を向けて寝られへんって言うてたわ」
「あ~、もしかしてお父さん・・・」
「ええ、勝男くんの父親から美土里さんの話を聞かなければ、こんなに税金が還ってくることにはならなかったし、私は本当に感謝してるんですよ。お礼はきちんとしないと」
豊はそう言った。
「そう、じゃあこれ以上は言わないけど、贈与税がかからないようにしないと駄目ですよ」
「そこんとこは、親父は抜かりないみたいですわ」
3人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。