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女不動産屋 柳本美土里

美土里は、東京の私立大学を卒業してから、都内の銀行に勤めていた。
くっきりとした目鼻立ち、どちらかというと派手な顔立ちの上、170センチ以上あるかの身長は、本人が望むと望まざるにかかわらず目立っていた。
加えて、誰に対しても物怖じせずハッキリと物を言う父親譲りの性格。
まわりの女性行員たちからは浮き、事なかれ主義の上司からは煙たがられている。
それでも、銀行にやってくる癖を持ったさまざまな人に対して堂々と渡り合える度胸と、要領よくこなす仕事の能力、頭の回転の速さで、皆から一目置かれる存在になっていたのは確かなようだ。

性格はともかくとして、外見の良さに惹かれて、銀行の内外を問わず、美土里に言い寄ってくる男は絶えなかったのだが・・・。
ある日、セクハラで有名な支店長が美土里の支店に赴任してきた初日、支店長の席の横を通り過ぎようとしたとき。
美土里の臀部を支店長が撫でたのだ。
「パーン」風船が破裂するような音がしたかと思うと、椅子から転びそうになった支店長の頬に、美土里の大きな手の平の型が真っ赤に貼り付いていた。
その話は、数日もしない間に支店間を駆け回り、それをきっかけに行内で美土里に言い寄る男は途絶えた。

そんな美土里が、地元に帰ってきた。
顧客よりも行内ルールを尊重する銀行に嫌気がさしていたのも後押しして、父親に喉頭がんが見つかったのをきっかけに、さっさと銀行を退職し郷里の関西に帰ってきたのだ。

「病気になったからって、通院しながらまだまだ仕事もできるんや。別に慌てて帰ってくることもなかったんやけどな」
「そんな強がり言うても、もう歳なんやから、いつどうなるか判らへんでしょ。私も不動産屋を継ぐとしたら、いろんな勉強もせんとあかんし」
「おいおい、言うほどの歳と違うぞ、それに誰が不動産屋を継げ言うたんや、美土里は嫁に行って幸せになってくれたらええんや、もうええ歳なんやし」
顔の前で手を振って美土里は返事した。
「あかん、あかん、私をもろうてくれる言う男は、そうそうはおらんわ。それに、ええ歳いうのは余計や」
美土里もやり返した。
「銀行も辞めてもたんやから、自分で働かんと食べていかれへんわ。いつまでも病気の親の世話にはなられへんからね」
「生意気言いよって」

他の不動産屋で勉強がしたいという美土里の強い希望もあり、父親の友人である遠井不動産に勤めることになった。
「美土里ちゃんか、おおきゅうなったなあ」
「遠井さん、そんな子供に言うようなこと言わんといてください。父親からはもうええ歳や言われてるんやから。まあ、背は人並み以上に成長しましたけど」
笑顔で遠井は頷き、そして真顔になった。
「美土里ちゃん、美土里ちゃんのお父さんとは昔からの同業者で友達やし、美土里ちゃん自身も、こんなに小さな頃から知っている。そやけど、うちで仕事をしてもらうとなったら、話は別や。かなり厳しいけど、大丈夫か?」
「はい、遠井さん。その覚悟で来させてもらいました。きっちり鍛えてください」
「うん、そうか、ええ覚悟や、ほな頑張りや」

父親が見込んだ不動産屋の遠井に、美土里は3年間みっちりと鍛えられた。
「美土里ちゃん、ちょっとこっち来てくれるか?」
契約の時に使う奥の応接室に美土里は呼ばれた。
「まあ、そこに座って」
美土里は背筋を伸ばして、遠井と対面に座り、言葉を待った。

「聞くところによると、お父さんの病状も悪くなってきてて、最近では週の半分くらいは事務所に出て来られへんらしいやないか?」
「美土里ちゃんは、うちに来てから3年になるけど、よう頑張った。売買や賃貸の仲介だけでなく、建築の知識もついて、建売でも買取り再販でも、それに土地活用のコンサルティングもできるようになった。お客さんの相続の相談にも乗れる。こんな優秀な営業マンには、そろそろお父さんとこに帰ってやって、楽にさせてやったらどうや?」
美土里は、俯いた頭を持ち上げた。
「社長、ありがとうございます。お気持ちはとっても嬉しいのですが・・・」
「なんや、問題でもあるんか?」
「いや、そうやなくて、遠井社長には可愛がってもらって、不動産の仕事をしっかりと教えていただいただけで、まだまだ何も返せていません。もっとこの会社で売り上げも上げて少しでも報いたいんです」
「美土里ちゃん、あんたみたいな優秀な社員は、いつまでもいてもらいたいんは、やまやまや。そやけど、わしもあんたのお父さんには恩があるんや。あんたを預かったのもお父さんへの恩返しの気持ちがあったからなんや。それを、いつまでもあんたを引っ張ってることは、お父さんにも申し訳ない」
「これで縁が切れるわけでもないし、これからは、同業者としてお互い助け合えるところは助け合っていけたらと思うとるんや、うちも美土里ちゃんの世話にならなあかん時があるかもしれん、もし美土里ちゃんが遠井不動産のことを思うてくれるなら、そのときには力になって欲しいんや」
「遠井社長、解りました。本当にいろいろと、ありがとうございました」
遠井の温かい風が、美土里を包み込んでいるようだった。

美土里は、遠井の言葉を父親に伝えた。
「遠井さんが大丈夫と言うのなら、おまえも不動産屋として一人前になったということやろう」
「これから柳本不動産はお前に任す」そう言うと、自分の机から会社の代表者印を取り出し、美土里に手渡した。
美土里は、代表者印を両手で包み込み、「頑張ります、社長お疲れ様でした」そう言って深々と頭を下げた。

日常業務も慣れてきたある日、柳本不動産の玄関の木戸を乱暴に開ける男がいた。
「ちぇっ、ほんまにここのドアは開けにくいわ。今時こんな木戸の玄関の不動産屋なんか、あれへんがな。アルミサッシにでも替えたらええのに、ほんま社長は渋ちんやで」
悪態つきながら入ってきた男は、大きめの紫色スーツに、本物かどうか怪しい金ぴかのブランド時計、年齢は30歳代半ばというところだろうか。
いかにも昔の品の無い不動産屋という風体だ。

「あれ?柳本社長はどこに行かれたんでっか?」
「どちらさんですか?」
美土里は男を一瞥して、言った。
「協会で社長にお世話になっている根岸ですわ。柳本社長は、こんな美人の事務員雇うたんか?」
根岸は独り言のように言った。
「あの~、私は事務員とは違いますが・・・おたくの言うてる社長は、先代で私の父や思います。私が二代目の柳本不動産代表の美土里です。何かご用ですか?」
「へ~、おたくが、柳本社長のお嬢さん?早よう言うてくれたらええのに・・どっかの飲み屋の女を事務員にでもしたんやと思うてもたわ」
「飲み屋の女って・・・」
美土里は呆れて怒ることもできなかった。
「ところで、何の用ですか?」
美土里は、憮然と言った。

「あんたで、判るかな~」
根岸は、美土里を評するかのように上から下まで眺めた。
「ここに父はいませんし、用が無いのなら帰ってもらえますか?」
品性の欠片も無いような男。
美土里の根岸に対する印象は、最悪だった。

「まあ、そう怒らんと」
「実は、ちょっとえらい目に合うてしもうて、それで柳本社長に相談しに来させてもろたんや」
「うちは賃貸仲介をメインでやっている会社なんやけど、うちに管理を任せてくれている貸家のオーナーが、貸家業もしんどなったんで、少々安くてもかまわへんから買い取ってくれへんか?って言うてきたんや。そんならということで、うちも計算して買い取り価格を出して、契約をした。そこまでは良かったんやけど・・・」
「後から出てきた、黒木地所いう会社が、オーナーから無理やり貸家を買い取ってもたんや。そやけど、こっちは先に話をつけて契約もしてるんやで。そら無いやろ?」
根岸は憤懣やるかたない様子で、愚痴った。
「根岸さん、そう言われますけど、オーナーさんも相手方から機嫌ように代金を受け取っているんでしょう?根岸さんの手前、無理やりに売らされたって言ってるだけじゃないんですか?」
「契約をしてから、第三者に売ってしまったのなら、根岸さんは契約書に則って、そのオーナーさんに損害賠償請求をして、違約金を貰えばええんとちゃいますか?」
美土里は、淡々と話した。

「普通なら、そういうことになるんやけど・・・そのオーナーさんは、谷本さんって言うんやけど、付き合いも長いし、そんな不義理なことをする人やないんや、うちとしては、そんなことはしたくないし、逆になんとかして欲しいって谷本さんに泣きつかれてるくらいや、今回のことも、ひどい話なんや」
「ひどい話って?」
「黒木地所が、谷本さんが貸家を処分したいということを知って、家に押しかけてきたらしいんや。それで、谷本さんは根岸さんと売買契約をしたから無理だって言ったのに、根岸とこが手を引くという話が業者間でついているからと騙し、谷本さんの前に売買代金の半額700万円の現金を置き、所有権移転の書類にサインをさせ、権利証を持っていったみたいなんや」
「そんな無茶な話・・・」
美土里は呆れた。
「うちは、賃貸メインやから売買のことが、解らへんし、柳本さんやったら、ええ解決方法教えて貰えるかと思って来たんやけど・・」
根岸は落胆したように肩を落とした。

「そや」
根岸はポンと手を打った。
「今回の取引で黒木地所は谷本さんに重要事項の説明をしてないみたいなんや、それを問題にして、黒木地所に手を引かせるって訳にはいかへんやろか?」
「あのね~、根岸さん。宅地建物取引業法35条の重要事項説明義務は、売主や仲介が不動産業者の場合に、契約の前に買主に対して物件の内容をきちんと理解してもらうために、不動産業者に課せられた説明義務で、今回のように売主が個人、買主が不動産業者の場合には、この重要事項説明義務違反にはあたらないのよ」
「だから、その点においては黒木地所に問題は無いってこと。あなた主任者免許持ってないの?」
「はい、恥ずかしながら・・・・」
根岸は、また肩を落とした。

「なんとかしましょう」
うなだれている根岸を見て、美土里の口から言葉が突いて出た。
面倒な話を持ち込んできた根岸は、品位の欠片も無いような男だが、お客さんを大切にする気持ちを持っているみたいだし、柳本不動産を頼ってきたことには間違いない。
それに、悪徳不動産屋に一般消費者のオーナーが騙されて、困っているのを知っては真面目にやっている同業者として黙ってられない。
「とにかく物件がどういう状況になっているか調べないと・・・権利証も持っていってるとなると、所有権移転もされている可能性があるわね。まずは謄本をとって確認しないと」
「そしたら、わしが、法務局に行って確認してくるわ」
根岸は、事務所から飛び出そうとした。
「ちょっと、待って」
「何や?」
「べつに法務局に行かなくても、謄本の内容は、いまどきインターネットで確認できるのよ。すぐに確認するから、座ってて」
美土里は、目の前のパソコンのキーボードを両手で素早く叩いた。
「事件中になってるわ」
「事件中?」
「そう、権利の移動とか謄本の内容に変更が加えられる場合、法務局内での書き換え作業中ということで、事件中って表示になるのよ」
「ってことは?」
「そう、おそらく黒木地所が所有権移転申請をしたのでしょうね」
「ええ~、遅かったかあ」
「いや、まだ終わったわけじゃないわよ。オーナーの谷本さんは、黒木地所に根岸さんとこと話がついているからって騙して契約させ、所有権移転の書類を出させたのですよね?」
「そうみたいですわ」
「もしそれが本当なら、民法96条の第1項、詐欺または脅迫による意思表示は取り消すことができるって条項にあたる可能性があるわ」
「まずは、オーナーの谷本さんに話を聞かないといけないわね」

「こちらは、私がお世話になっている柳本不動産の2代目の柳本美土里さんです」
根岸の紹介で、美土里は名刺を差し出した。
「この度は、お世話になります。谷本と申します」
オーナーの谷本氏は、70歳近い年齢の男性で藍色の和服を着て座敷テーブルの向かいに座っていた。
「ことの経緯は根岸さんから伺いました。失礼ですけど、谷本さんが黒木地所に根岸さんと話がついているからって騙されたっていうのは事実なんですね?」
「はい、私は根岸さんの先代から付き合いがありまして、あの家も永い間、貸家として根岸さんとこに管理してもらってたんです。私も歳だし、これからのことを考えると、借主さんが出られたこの機会に処分した方がいいかと思い、根岸さんに買い取ってもらう話になってたんです。そして根岸さんとの契約書にも署名捺印させていただきました」
「そうしたら、黒木地所の代表だと言われる黒木って人がやってきて、根岸さんとは何度も取引がある業者だと、今回の件は根岸さんと話がついていて、根岸さんに代わって黒木地所が買い取ることになったと、そう言われたんです。私もにわかに信じがたかったので、根岸さんに確認をさせて欲しいと黒木に言ったのですが、自分の話を信じられないのかと凄まれて・・・売買代金の半分を準備してきてもいるのだからと強引に契約書に署名捺印させられ、所有権移転の必要書類とともに権利証を持っていったのです。私としては根岸さんに申し訳なくて・・・」
谷本氏は、根岸に向かって手をついた。

「では、あの家を取り戻せたのなら、根岸さんに売り渡すというお気持ちだということでよろしいのですね」
「無論です」
「判りました、それではちょっと黒木地所に話をしてみます」

黒木地所は、繁華街の一角に事務所を構えていた。
玄関には黒と金色の章が掛けられており、監視カメラも設置されている、どうみても普通の不動産屋には見えない。
「よくこんな事務所で開業の許可が得られたもんだわ」
美土里は、根岸とともに黒木地所のインターホンを鳴らした。
「どちらさまですか?」
言葉遣いは丁寧だが、低いドスの利いた声がインターホンから響いた。
「私、柳本不動産の柳本といいます。この度、御社と谷本さんとの取引の件で、谷本さんの依頼で、エステート根岸の根岸さんとともにお話に伺いました」
間もなくドアが開き、細身のスーツを着た短髪の男が立っていた。
「まあ、どうぞ」
室内には神棚が祭られ、1面の壁には提灯が並んでいる。

応接セットに座ると、奥から恰幅のいい丸坊主の中年男がやってきた。
「わしが、黒木です。どんな話でしょう」
「単刀直入にお話させていただきます。谷本さんと中古戸建の取引をされたと思いますが、谷本さんは黒木さんに騙され、脅されて、本意ではない取引をさせられたと言われています。谷本さんは、今回の取引を取り消したいとのことですので、黒木さん、よろしくお願いします」
「威勢のええ姉ちゃんやな、誰が騙したとか脅したとか、好き勝手抜かしよって」
黒木が本性を現した。
「根岸と話ができてるって言うのは嘘や、姉ちゃんの隣に座っている根岸が一番よう知っとるやろ、そやけど脅したいうのは違うで、自分の話を聞いて判断してくれいうて谷本の爺が自分で署名捺印したんやから」
「万一脅したっていうのが違うのだとしても、嘘を信じて行動させることを詐欺っていうのじゃないですか?黒木さん」
「さあ、どうやろな」
黒木はうそぶいた。
「民法96条第1項で、詐欺または脅迫による意思表示は取り消すことができるってあるのをご存知ですよね。あなたの嘘を信じて署名捺印した谷本さんは、詐欺による意思表示ということになり、取り消すことができるんです」
「そんなこと、当然知っている。そやけど、わしが嘘を言うたという証拠はあるんか?谷本の爺に言うただけの話、わしがとぼけたらどうしょうもない話やろ?え?」
黒木は、大きな顔を突き出して言い放った。

「黒木さん、私たちが、谷本さんと黒木さんとの間で、言った言わないの話を持ち出してるとでも思っているんですか?」
そう言うと、美土里はスーツの胸ポケットから小さな機械を取り出した。
「ICレコーダーです。今までのお話は全て録音させていただきました。あなたが自分の口で嘘を言ったということも、しっかりと録音されています」
「チッ、こしゃくな女やな」
黒木もこれで降参かと思ったのだが・・・
突然に笑い出した。
「ははは、そんなこともあろうかと思うて第三者に所有権移転をしたんや、あんたの言う民法96条の第3項に、詐欺による取り消しは善意の第三者に対抗できないってあるやろ、所有権移転した相手は、その善意の第三者なんや、善意の第三者の意味判ってるやろ?事情を知らない第三者のもんになってもたってことなんや。姉ちゃん残念やな。もう話が無いのなら帰ってくれるか」

「美土里さん、敵もなかなかのもんやな。もうあかんのかな」
柳本不動産の事務所近くの喫茶店「M」で、根岸がこぼした。
見かけによらず、根岸は気が弱いのかもしれない。
「いや、もう少し調べてみましょう」
「もう夕方だし、とりあえず今日のところは帰りましょう。また明日、私のほうから連絡するわ」
美土里は伝票を持って立ち上がった。
「美土里さん、あの趣味の悪い服の人、誰ですか?」
レジで喫茶店のアルバイト店員の三咲が怪訝そうに尋ねた。
「ああ、同業者よ。確かに趣味は悪いわね。でも、それなりにいいところもあるみたいよ」
「ええ~、もしかして美土里さんの彼氏ですか?」
「ちょっと三咲ちゃん、止めてよ。いくらなんでも私のタイプじゃないわ」
つい声が大きくなり根岸に聞かれたのではと思い、美土里は慌てて口を抑えた。

昨日の夜、根岸は行きつけのスナックで深酒をして頭が痛く、まだ部屋で寝ていた。
「根岸さん、ちょっと調べて欲しいことがあるの」
美土里から根岸に電話が掛かってきたのは、翌朝の9時半だった。
疲れた声で電話に出た根岸を気にすることもなく、美土里は話を続けた。
「黒木地所の会社謄本を法務局で取って、県の宅建業の担当課に行って、従業者名簿を確認してきて欲しいの」
「名前は、友田和樹。そういう名前があるかどうか?詳しい話はそれからするわ」
「はいはい、判りました」
根岸は、痛む頭をもたげてベッドから起き上がった。

「はい、これが黒木地所の会社謄本。従業者名簿には友田和樹の名前は無かったけど、会社謄本には平の取締役として名前があります」
「ほんと、しっかりと載っているわね」
美土里はニッコリとした。
「美土里さん、友田和樹がどうしたんですか?」
「これ見て」
美土里が差し出したのは、インターネットで取り出した登記事項証明書だ。
オーナーの谷本氏が持っていた貸家の所有権移転登記の内容が掲載されていて、谷本氏、黒木地所、そして最期に友田和樹の名前があった。
「これって?」
いまひとつ合点のいかない根岸に苛立つように美土里は話し出した。
「つまり、黒木が善意の第三者に所有権移転したって言ったことが本当かどうか調べたわけ」
「民法96条の場合、詐欺にあって意思表示したことは善意の第三者には対抗できないんだけど、悪意の第三者には対抗できるってこと。悪意とは、事情を知っているってこと、この友田和樹が事情を知った上で所有権を取得したのだとすると悪意の第三者となり、谷本氏は所有権を取り戻すことができるのよ」
「友田が黒木地所の取締役に名前を連ねているとしたら、同じ会社の代表である黒木の詐欺行為を知らなかったと言い逃れはできないでしょう」
「なるほど」

「柳本さん、この度はありがとうございました。お蔭さまで所有権を取り戻すことができ、元々のお約束だった根岸さんにお譲りすることができました」
和服姿の谷本氏が、頭を下げた。
「いえいえ、柳本さん。根岸さんの立場からすると、谷本さんに違約を主張することもできたのですけど、永年のお付き合いのある谷本さんに対し、そんなことはしたくないと仰られまして、そして黒木から所有権を取り戻す方法はないかと頑張っておられたのです。いろんな不動産業者もいますが、黒木みたいなのばかりとは決して思わないでください」
「はい、それは十分に承知しています。今回は、柳本さんのような勇敢で真っ直ぐな素敵な不動産屋さんにもお会いできたのですから」
谷本氏は相好を崩した。
「それにしても、黒木のあの困った顔、谷本さんにも見せたかったなあ」
根岸の言葉に、3人は大声で笑いあった。

※このドラマはフィクションであり、実在の団体や個人とは何の関係もありませんので、ご承知ください。